6-3:トラブルの種は意外と簡単に見つかって
「あ、いや。我々は怪しいものでは」
「とても綺麗な中庭でしたので、少しここの空気を楽しんでおりましたの。緑が多くて、とても素敵なお庭ですわ。」
至極真っ当に対応しようとしたセティスの言葉をさえぎって、アセリア姫がなんかそれっぽいけど微妙でもある答えを返す。
ノースパレスの中庭。あまりいい天気ではないが、雨が降る程でもない曇天。
確かに白亜の大理石で創られた神殿の中央にある、緑豊かな庭園はとても綺麗ではあるが、お天気が微妙である。
「む。まあ、確かにそう言われれば、そうだが。」
その言葉に、曖昧な顔で頷く神官戦士の一人。
「おまえたち、見かけないな。どこから来た?」
もう一人の男も、最初の一言に比べれば若干やわらかな口調となり、確認するように問いかける。
アセリア姫の言葉に半信半疑ながらも、可愛らしい少女と凛とした女性剣士、ローブとフードに身を包んだ、魔法使いっぽい二人。
女性ばかりの冒険者パーティという外見は、ある程度までなら怪しさもスポイルしてくれるようである。
「はい。ちょっと前までは北の国に居ました。私達は特に本拠地の無い、流れの冒険者です。」
神官戦士の問いに、なんの逡巡も無くスラスラと答えるシェルン。嘘は苦手ではあるが、嘘が無ければボロも出ない。
フィルメリアは確かに北の国だし、元々セラフィーナとシェルンは全国を巡って戦の火種を消し続けているので本拠地もない。
冒険者パーティも形だけとはいえ結成しているので、シェルンの口から出た言葉はすべて真実である。
ただ、北の国というのがマトモに考えるとものすごく遠い、という位だが、国名を出していないのでソレも問題なし。
その答にはツッコミどころもなければ嘘をついているようにも見えず、シェルンの人懐こい笑みもあいまって。
「そうか。それならゆっくりしていくといい。それからここの者でないのなら念のため伝えておく。
くれぐれも神殿の二階には上がらないように。二階は行政区だからな。礼拝や観光で解放している施設は全て一階だからな。」
最初に向けた全力の警戒心はどこへやら。
聞いた説明とシェルンの笑顔に、神官戦士の一人はすっかり警戒心を解いて教えてくれた。
だがもう一人は。
「冒険者か。そちらの女、ずいぶんと長い剣を持っているな。そんな華奢な体で、それほどの剣を扱えるものなのか?」
セティスが背にさしている、とんでもなく長い剣。
さすがにそれは目立つようで、警戒というほどではないが、なんとなく興味津々という感じで聞いてくる。
「ん、ああ。一応私は魔法剣士だ。魔法でサポートしているから、このサイズでも問題ない。」
本当は魔法騎士だけど、騎士って言っちゃうと普通は国家に所属する軍属になってしまう。
一応パーティ内の役割も剣士という事になっているので、セティスもそれっぽい言葉でお茶を濁してやりすごす。
「そうか。いや、それほどの剣を扱えるというのであれば、女性と言えどなかなかの手練れと思えてな。
もし機会があれば、一度手合わせ願いたいものだ。」
どうやらもう一人の神官戦士は、どこかのお姫様のように戦うのが好きな性格のようである。
そんなやり取りも終えて、とりあえず疑われていたっぽい状況も何とかなって。
もちろん廃スペックなお姫様は神官戦士に対応している間も、その鋭敏な魔力感知で神殿内の人々をサーチしているし、お手紙魔法での監視もずっと続けている。
そしてその上空からの監視網、その一角で。
(あら?あちらの方でなんだか慌てている女性が見えますわね。)
脳裏に投影されている映像に、少し平穏とは言えない状況が見て取れて、それを表に出さぬように確認する。
見えているのは、一人の女性が周囲を窺いつつも、足早にどこかへ向かっている状況。
普通であればそれは割と普通かもしれないことだが、その後方に何やら追いかけているように見える人物も見て取れる。
セラフィーナはお手紙魔法の場所を移動し、よりその状況が鮮明に見える距離まで近づけて確認する。
足早にどこかへ向かっている女性は、セラフィーナやアセリア姫のようにローブにフードを纏った姿。なんとなくお忍び風。
追いかけているのは、よく分からないが小柄な人物。
前を行く女性を必死に追いかけているようである。
(これは、もしかすると少しマズいかもしれませんわね。)
追っている者がどんなものなのかは不明だが、小柄だからと言って安全とも考えられない。
そうであれば急ぎ向かう必要があるが、いざとなれば既に捕捉している場所であるため、空間転移ですぐそこに駆け付けられる。
ただ空間転移するにはマズい状況なので、シェルンに念話で。
(人違いかもしれませんが、少し気になる状況を見つけましたわ。シェルン、警備のお二人を遠ざけられませんか?)
セティスと手合わせをしたいといった男が、まだ会話を続けている。その状況でいきなり消えるのはあまり好ましくない。
セラ様のお願いに、シェルンはすぐに対応し。
「あの、おはなし中すみません。もうそろそろ移動しなきゃいけない時間になりました。私達はそろそろお暇したいのですが。」
会話に割って入り、神官戦士にお願いする。
その言葉を受け、あっと気が付いたような表情をして。
「ん、ああすまない。少し長話をしてしまったな。」
「それじゃ道中、気をつけてな。」
セティスと割と真剣に話していたっぽい男が、少しだけ寂しそうに返事をし、もう一人は警備を務める者らしく挨拶して。
二人はその場から立ち去り、四人はようやく解放される。
そうなれば、あとは気になる場所に移動するだけ。
ただ、ここからがセラ様の廃スペックが発揮されるところで。
「少し気になる状況を見つけましたの。火急かもしれませんので近くまで転移しますわ。」
小声でアセリア姫とセティスにも伝え、頷いたのを確認して。
すぐにその場から、セラワープで監視している場所の側へ。
当然四人はその場から消え去るが。
「ん?何だ、今のは!?消えた、のか?」
神官戦士の二人が立ち去ったのを確認したセラフィーナは、周囲に人がいないことをしっかりと確認して転移魔法を発動した。
だがその場所は、見通しのいい神殿の中庭。
―― 綺麗ですから、神殿内の状況が把握しやすいですわ。――
なんて自分で言ってしまう位には、とても周囲を見渡しやすい場所である。
もちろん木々はあるがあまり背が高いものはなく、見渡しやすいという事は、周囲からもよく見える場所であり。
神殿の二階からであれば、当然その中庭はとてもよく見えて。
要するに、魔法の監視網で人々の動きをチェックしていたお姫様は、肉眼で自分達を見ているものに気付かなかったのである。
「おい、今中庭にいた四人がどこに行ったか分かるか?」
「い、いえ?タイレル神父、どうかしたのですか?」
「いや、冒険者風の四人が居たのだが、目を離していないはずなのにいつの間にか消えたんだ。」
「冒険者風の四人といいますと、女性の四人連れですか?でしたら先ほど私に神殿の事を聞いてきた方たちでしょうか?」
「なんだと!?であればクリス様の失踪に関わりがあるのか?シスターグレイス、四人の顔は覚えているか?」
「は、はい。なんとなく、ですが。」
イメージ的には、指名手配に近い雰囲気で。
早速神殿の者に怪しまれるくらいにはいつも通りに、セラ様はどこか抜けているポンコツっぷりを発揮して、問題の場所へ。
―― その、問題の場所では。
いきなり人前に出ると怪しまれるというか恐れられるので、当然セラフィーナは人目につかない場所へと転移する。
そこからは徒歩で、対象へと近づいて。
上空からの監視は続けているので、女性と尾行者の位置を把握してすぐ駆け付けられるように移動する。
その状況で、お約束のように事態は動き。
「あら。尾行の方が前の人に向けて走り出しましたわ。」
小声で皆に伝え、すぐに対応できる距離まで近づく。
その視界に収めた先は。
何かに急かされるように足早に、目立たぬ裏道をどこかを目指し進みゆく一人の女性。
その方向は、ノースパレスから北へと進み、なんとなくセラフィーナ達が宿泊する宿と同じ方向である。
もっともその人物がどこを目指しているかは、まだ分からず。
そのうちうしろから追っていた小柄な人物が追い付き。
上空からの視点ではなく、直接見ればそれは子供のようで。
そのものは、前の女性に追いつくと。
「待ってよっ!おばちゃん!」
(あら?おばちゃん?)
危険な状況かと思ったら、なんか違っていたようで。
女性を追いかけていた小柄な人物はほんとうに子供の、少年っぽい声で前を行く女性を呼び止めていた。
その言葉に、前を急ぐ女性が足を止め。
「だーれがおばちゃんですかっ!だれがっ!!」
全力でブチ切れている女性。
確かにマントにフードで姿を隠し、背格好は女性とは分かるけれど、年齢までは判別がつかない。
「ね、ねえアセリア。クリス様って、それなりにお年を召された方ですの?いえでも、4年まえに代替わりした法王様の子なら。」
突然想定外の状況に、セラフィーナは小声で尋ね。
「い、いえ。私と同じくらいの方だったかと。それにほら、あちらの方もお若い方のようですわ。」
ブチ切れてはいるが、否定してるし、確かに声音は若そう。
そんな状況を、隠れたまま見守っていると。
「ご、ごめんなさい!お顔が分からなくてっ。あの、ずいぶん前の道で、コレ落としましたよ!」
何のことはない。落とし物を拾って、持ち主を追いかけていただけのとてもいい子だったようである。
ただ、その少年が手にしていたモノは。
大きな宝石が金の台座にあしらわれた、かなり高価そうな装飾品だった。それこそ、売ればかなりの額になりそうな。
だがその子はとてもいい子のようで、ネコババせずに持ち主に届けてくれたようである。
「あ!ご、ごめんなさい。拾ってくれたのですね。」
最初のブチ切れた言葉はどこへやら。
とても親切な少年に失礼なことを言ってしまったことを恥じるように、丁寧な物腰となって、差し出された装飾品を受け取り。
そこでちらりと周囲を確認してからフードを取り、その顔を露わにして親切な少年に丁寧に謝って。
「ありがとう。これはとても大切なものなのです。落としたことに気付かなかったなんて。本当に、助かりました。」
しゃがみこんで、少年に視線を合わせて微笑みかける。
フードを取ったその顔は、確かにアセリア姫と同じくらいの年頃にみえる、少女と言えなくもないくらいの女性だった。
ただ、その顔を見た少年はものすごく驚いて。
「え?あ・・・クリスティン、おうじょさま?」
「あら、私の顔を知っているのね。ごめんなさい。今はお忍び中なの。出来れば誰にも言わないでくれる?」
なんて、セラフィーナ達にとってはものすごく都合のいいというか、本当に気にかけていた人物だとこれで確定した。
「は、はい!わかりましたっ!」
なんだか夢見るような表情で、王女の言葉にコクコクと頷く少年に、王女様も優しく微笑み。
「これは大切なものを届けてくれたお礼です。無くさないように、おうちに持って帰りなさい。」
遠目には分からないが、何か小さなお礼の品を手渡し、またお礼を言って女性、クリスティンはまた元の通り北へ向かい。
少し頬を紅くした少年は、少しぼーっとした感じとなり、それから嬉しそうな笑顔となって。
帰路と思われる道を走っていった。
「ふふ、いいこですわね。」
「そうですね。少しでも育ちが悪いとネコババしてしまいそうに高価そうなものでしたよ。」
セラフィーナとシェルンはのんびり感想をのべ、また足早に移動するクリスティンを気付かれぬよう追いかける。
(セラ様、お止めして神殿に報せないのですか?)
(あの方がクリス様だとして、なぜこうもお急ぎなのかもわかりませんわ。まずは様子を窺いましょう。)
シェルンの念話に、セラ様は考えを伝え、また四人で追い。
辿り着いたのは。
「そ、そんな。閉店なんて・・・」
かつてセラフィーナが宿泊していた、北の最果て。
なぜかこの国の王女様が、ノースチャペル最北のお宿を目指していたようである。
そのまま周囲をうかがって。ただ、道行く人に尋ねるようなことはせず、どことなく途方に暮れたようで。
(シェルン、お近づきになってきてください。あとできれば、彼女が何故あそこで留まっているかも確認してください。)
セラ様がまた念話で、シェルンにお願いする。
(はいはい。おまかせをー。)
シェルンも軽い感じで引き受けて、人懐こい笑みを浮かべてクリスティンへと近づいていき。
「どうしました?何かお困りですか?」
とても自然に声をかける。いや、状況からするとあまり自然ではないのかもしれないが。
ただシェルンの外見は、相手を和やかな気持ちにさせる能力が非常に高く・・・戦闘モードでなければ。
「え?あ、いえ。何でもないです。失礼します。」
声をかけられたクリスティンは、お忍びらしく目立たぬよう、人と関わらぬように身を引く。
ただ、声をかけてきたのが自分よりも年若く見える、人懐こい笑顔の少女。その挙措に警戒した素振りはない。
そんな雰囲気を見て取って、シェルンは。
「あー、ココのお宿、廃業しちゃったらしいですね。私もココに泊ろうと思ったのですが、無くなっててビックリしました。」
無理に引き留めることはせず、お宿の事を知ってますよー、みたいな雰囲気をアピールする。今朝知ったばかりだが。
先ほど聞こえた、閉店を惜しむ声があるという事は、このお宿に何かしらの用事があったという事。
普通なら声に出すほどの事ではないが、それが口に出てしまうという事はよほど大切な用事があったようである。
つまり宿に関する情報を渡せば、何か反応があるはず。
さらに泊まろうとする、という事は、少なくともこの地に住まう者ではないという事のアピールにもなる。
そうであればお忍びのクリスティンが身バレするリスクも大幅に減る、と考えてもらえるわけで。
シェルンは先ほどクリスティンが発した一言からそこまでを計算して、その上でニコニコと微笑みながら誘導する。
「あ。貴女は旅のお方ですか?このお宿は、廃業してしまったのですか?」
シェルンの想定通り、話に食いついてくれて。
もちろんその続きは、今朝のやり取りで分かった情報を。
「はい。今日こちらに着いた冒険者パーティの一員です。以前こちらに泊まったのですが、代替わりで移転したようでして。」
そこから先もいい感じで食いついてくれるように、最果てが最北端に取って代わられたこともしっかりとお伝えして。
「移転ですか?それではこちらの宿を経営なさっている方は、今は別の場所で?」
「そうなんです。ちょうど私のパーティもその新しいお宿に、今日から泊まることにしたんです。よろしければご案内しますよ。」
まだ幼さを残す雰囲気の少女が、以前こちらに泊まったとか、今日から泊まる、とか。
よくよく考えるとなんだかおかしな状況のはずではあるが、とても大事な要件があるようで、クリスティンはソコに気付かず。
「え?えっと。すみません。よろしければ、お願いします。」
王女と気付いて無さそうに見える可愛らしい少女に、丁寧に頭を下げて。
セラ様のお願い通り、シェルンはサクッとお近づき、というかご案内役をゲットして。
「あ、少しだけ待ってくださいね。あっちにパーティの仲間がいるので呼んできます。勝手に行くとはぐれちゃうので。」
そこからはすぐに、皆と一緒に行動できる状況を作り出し。
「では、参りましょう。ホテル最北端へ。」
理由は全く分からないが。
神殿で慌てて探している人たちにも悪いが。
とりあえず、セラ様一行はこの国の王女様を、お宿に案内する。
果たして王女様が、お宿に用事なんて何かなー?
なんて、ちょっとワクワクしたりしながら。




