5-7:災厄の魔女
今回は2-7の詳細みたいな感じです。
しんどい話が続きます。ごめんなさい。
セラフィーナの心に、直接訴えかけてきた言葉。
操られたシェルンとアルティーナ、大切な二人が相打ちになるという悪夢を見せつけられた、最悪の状況で。
城に残るものも魔獣に蹂躙され、エルフィリアを抱きしめたまま魔法で応戦していたセラフィーナもその数には抗えず、二人きりで魔獣に囲まれた状況となる。
そんな状況で、心に響いたその言葉。
『悔しいか?憎いか?』
最初はだれの声か分からなかった。聞いた事のない、ただセラフィーナの事を気遣っているような響きも含む、男性の声。
『わ、わたしは。』
確かに悔しかった。自分の力で護る事が出来ず、このままではエルフィリアもいずれ殺される。
そんな状況で、悔しくないわけがない!
ただ、それでも。
憎いという言葉は、少し違う気がした。
『悔しいです。悔しいですわっ!でも・・・』
セラフィーナの気持ちを理解しているのか、聞こえる言葉のイメージが、感情が変化する。
『ならば護りたくはないか?大切なものを。』
その言葉には、当然頷く。
『当り前ですわっ!でも、もう、みんな。わたくしにはアルも、シェルンも、お母様も・・・きっとお父様も。』
頷くが、もう護りたいものは殆ど失った。
今腕の中に抱いている妹も、魔獣に力尽くで引き離されれば、護りぬくことなど今の力ではとてもできはしない。
問答しながらもずっと攻撃魔法を、魔力が尽きるまで放ち続ける覚悟で放っているが、どれだけ倒してもあとから湧いてくる。
『護りたいけれど、もうわたくしには、エルの事も。』
きっと、護れない。
状況は絶望的で、何の希望も見いだせない中、知らぬものにそのようなことを問われたところで何の解決にもならない。
はず、だったのに。
『ならば俺を受け取れ!俺も大切なものを失った!護る事が出来なかった!だから俺の持つ力を以て、今度こそ護れっ!』
『だめです!貴方の意思ごとすべてこの子に与えたら、この子は持ちません!』
そこで急に、慌てた様な女性の声が聞こえ、同時にセラフィーナ自身に何かの力が入ってくるような、そんな感覚が襲って。
自身の中に、他人の意識が、入ってきて。
そこからは何が何だか分からなかった。ただ自分自身が何かに置き換えられていくような、意味不明な感覚に襲われ、それをずっと耐え続け。
自分の中に入ってくる、とんでもない力の奔流。それと同時に自分の記憶に追加されていく、他人の記憶と意思。
それはアレグレットの心。記憶。
娘を護れなかったアレグレットの、この国を興した、自分のはるか遠い祖先のものと徐々に分かっていくその記憶と、意識。
長き時の間封じられ、妻と共に延々と止まった時の中に在ったその意識は、心は、世界と繋がったことでそのまま世界へと流れ、魔法となって世界の一部となり。世界そのものとなり。
今その存在を使い、魔法としてセラフィーナの中へと、世界そのものとなって入っていく。
だがその意識は非常に強く、セラフィーナは自分の意思がどんどん押しつぶされて消し飛ばされそうになる程の圧力を感じる。
人の中に在る記憶は受け止める事が出来ても。
一人の人間が複数の意識を同時に宿すことは出来ない。
ひとつの体を、ふたつの意思で同時には使えない。
入ってくる力と、記憶と共に雪崩れ込んでくるアレグレットの意識に、セラフィーナは徐々に自身の意識が飛びかけ。
『だめですっ!この子は私たちの大切な、ティアルーナの遠い娘ですよっ!アレグレット!』
世界と繋がっている存在がセラフィーナの中に入り、力を渡すだけでなく、意識すらも書き換えてしまいそうな状況に。
アレグレットと共に封じられていた、セレナーデの意識が。アレグレットに心を繋げ、自身も止まった時の中、魔法となって世界の一部となっていたセレナーデが、止めようと呼びかける。
自分たちの子孫を、末裔を護ろうと。
セラフィーナの存在そのものを書き換える魔法の中に存在するアレグレットの意識。この瞬間にそれだけを分離する魔法など瞬時に織り成せるわけがない。
それを分かっているセレナーデは、自分を犠牲にすることを決めて、自分も魔法として、セラフィーナに入る。
『私も貴方も、過去の時代に生きた者。今はこの子の時代です!せめてこの子の心だけでも私が!』
もうひとつの意思がセラフィーナに入り、さらにその人物の記憶もセラフィーナの中に受け止められ。
そして。
『ねえ、アレグレット。あなたの想いは分かるけれど、今を生きているのはこの子。だから渡すのは力だけにして。私はあなたと共にずっといますわ。それに。』
セレナーデは、共にあり続けた夫に呼び掛ける。自分たちの大切なものを護る為に。
『あなたにも分かっているでしょう。この子こそが、私達の事を受け継ぐ大切な娘だと。だから、ね。』
最後まで、大切なものを夫に諭すように。あんな悲劇があって壊れてしまっても、本当はとても家族思いで優しいアレグレットに。護るべきものを伝える。
薄れかけた意識の中で、セラフィーナに聞こえた言葉は。
『すまなかった。そうだな。セレナーデ。』
『さ、行きましょうアレグレット。あとはこの子に任せて。セラフィーナ、あとは任せましたよ。』
二人の意識が、力と記憶だけをセラフィーナに残して。
この世界から、旅立ったことを伝え。
―― メルヘン城、ティールーム。
「こうしてわたくしは、アレグレットとセレナーデ、二人の記憶を引き継いで、存在そのものを世界に書き換えられました。」
誰もが信じられないような、そんな魔法。セラフィーナという存在を書き換え、世界そのものとしてしまうような。その上でその力の使い方を知るアレグレットと、共に生きたセレナーデの記憶をも全て託すという。
そんな、魔法。
「そこからは、あっという間でしたわ。アレグレットの記憶にある白銀の力はわたくしのものとなり、瞬時に国土を覆う魔獣全てをその力で消し去りました。
腕の中にいたエルは、その力に呆然としてましたが。」
あの時の光景は、1800年以上の時間を得ても今なお決して忘れる事が出来ない、悪夢の光景。
ただ、そこには二つだけ、セラフィーナに希望があった。
唯一護り切る事が出来た、そう思っていたエルが。
『姉様、シェルンはまだ息があります!助けてあげてっ!』
言葉と共に即座に回復魔法をかけ始めたエルを見て、ボロボロになっているシェルンを見て。
だが、回復魔法についてはセラフィーナと同レベルに使えるエルフィリアの力を以てしても、組成そのものが魔法で破壊されていたシェルンは回復せず。
「世界と繋がってしまったわたくしは、その時点であらゆる魔法を紡げるようになっておりましたわ。そしてシェルンという一人の少女が、その体が人としてはもう完全に壊されていることも。」
それを見たセラフィーナはシェルンの元へと駆け寄って、世界そのものとなってしまった自分を、シェルンにつなげ。
「そこからはもう、お察しの通りですわね。シェルンの心を護り、兵器として埋め込まれた部分をすべて排除して、それ以外は全てわたくしの、世界の一部に書き換えて、何とか救えましたわ。」
隣に座り、初めて聞く話に永遠に仕えていた侍女も驚きを隠せない表情をしているが。
「シェルンが意識を取り戻して、エルも護り切って。本当はそれで終わればよかったのですが。」
悪夢は結局、悪夢のままほとんど何の救いもなく、たった二人だけ護れた大切な姉妹と共に城を後にして。
魔獣に荒らされ、全てが終わってしまったクリスティアラを巡って、ただただ無力感と絶望を感じ続けるセラフィーナに。
「三人で国の惨状を見ていた時に、一人の男が軍勢を。人と魔獣の混成軍を引き連れて、わたくしの前に現れました。
その男は自身の放ったであろう魔獣の群れが殲滅されていることをまるで気にすることも無く、それどころか感心するように、わたくしにこんな言葉を投げましたわ。」
素晴らしい力だ。その力さえあればこの世界は思うがままだ。
それは我の為の力だ。今すぐに差し出すがよい。
その男の、人も、自ら作り出した魔獣すらも、失われたことに何の想いも無く、自身の欲望の為だけに全てを利用する男の。
人として外れた、その言葉に。有り様に。
「わたくしは初めて、ほんとうに救えないものがいるのだと、その時気付きましたわ。そしておそらくその者は、わたくし達を控えさせた軍勢で脅せると、そう思っていたのでしょう。」
そこからは、何も感じなかった。
義姉と妹が見ていることも忘れ、その男に対して心の底から怒りを感じてしまったセラフィーナは。
男と軍勢を、白銀の光で消し去った。
「人を手にかけたのはその時が初めてでしたが。わたくしももう、人ではなくなっていたのですね。その時には何も感じず、ただ世界に害を成す存在がひとつ消えた。
その程度にしか、感じませんでしたわ。」
語る表情に、もう涙はなく。
ただ自身の行いが、誤っていた自分が始まった瞬間を、悔いるように、あきらめたように。
「国を我欲のみで民すら巻き込み滅ぼすような者だ。セラフィーナ様の成したことは決して過ちでは無かろうよ。」
その表情に、この国の国王が言葉を入れる。
為政者であるクラードにとっては、正に身につまされる想いで。自国を蹂躙されれば、そして自分に力があれば、間違いなく同じことをする。それを過ちだなどと断ずることは決してできない。
「そうですわね。それだけを見れば、間違いではなかったのかもしれませんわ。ですがわたくしは、そこから過ちを犯し続けます。」
クリスティアラは既に無く、文字通り民も全滅。本当に誰一人生き残りは無く、残ったのは二人の王女とその義姉のみ。
暫く三人は絶望の中、母の形見となったティアラのみを回収して荒れ果てた亡国から離れ、安住の地を探し彷徨った。
だが数年間、人と深く関わることを避け辺境の地で過ごすうちに、ほど近い場所で戦争が始まる。
その戦争は、セラフィーナ達が住む地を与えてくれた者たちの国が、侵略されるようなもので。
「最初はもう、戦争には関わらないと決めていましたわ。強すぎる力は何も生まない。わたくしの力は、破滅しか生まない。そう考えて、その侵略戦争も見て見ぬふりをしておりましたが。」
今住んでいるその地を与えてくれた恩義ある者たちも、その戦争で亡くなって。それどころか侵略国は、セラフィーナがいる辺境にまでも攻め込んできた。
国土全てを殲滅するような、そんな勢いで。
当然セラフィーナもエルフィリアも亡国の王女。見目もよく気品のある女性が片田舎に見つかれば、侵略者たちは手に入れようと躍起になり、人質まで取るような真似をして。
「そこからは過ちの繰り返し、ですわね。戦争はたやすく人の道を踏み外させる。たとえ末端の兵であれ、戦争で勝ち始めれば自分たちは何をしてもいいと錯覚する。
わたくしは目の前でそんな振舞いをする者たちを許す事など出来ず、結局力を揮ってしまいましたわ。」
増長しただけの兵も、元はそうではなかったのかもしれない。
そしてセラフィーナが殲滅をすれば、規模が大きければそれだけ無関係な者も巻き込まれる。
だがそれをひとつひとつ選別しようという考えなどその時のセラフィーナには思い浮かぶことも無い。
それどころか、まだ17歳となったばかりで国を失い、民をすべて失って、更に人を外れて世界となってしまったセラフィーナにとっては、全てが醜いものに見えてしまう。
「結局そこからは何度か、一部の者がもつ欲望を発端とした戦争で多くの人々が奪われ、侵略者たちは増長し、勝てばすべてが許されるような考えを何度もなんども見せられて。
わたくしはとうとう、自身の過ち、それに気づくことも無く再び悪夢の世界へ。今度はわたくしが人々を悪夢に陥れる者となる道へと、踏み出してしまいました。」
最愛の妹を巻き込まぬよう、できる限り戦争が起きないような地を探して逃げなさいと伝え、護る為の魔法を籠めたティアラを。
クリスティアラの後継者である証を、人の道からそれた自分ではなく、ずっと優しい人であり続けた妹に託して別れ。
「そこからはもう、戦争が起きれば侵略国を殲滅する。そんな行いを何度もなんども、それこそ数百年は続けていたでしょう。
わたくしの心はとっくに擦り切れて何も感じず、ただわたくしが助けた者たちの、感謝の言葉だけを支えにそれを繰り返し。
何時しかわたくしは人々から<災厄の魔女>として、伝説や御伽噺にあるような魔王や邪神と同列に扱われる。
そんな存在へと、成り果てました。」
セラフィーナが何故、災厄の魔女と呼ばれるに至ったか。
ミリエラだけは聞いていたが。当然行動を共にしていたシェルンは知り尽くしているかこだが。
その、今や伝説となった名が産まれた理由に。
決して戦争をやめる事が出来ない、人々の業に。
語られた言葉を聞く者たちは、誰一人、なにも言えず。
鎮まりかえったティールームで、少しの時が過ぎ。
そこで口を開いたのは、常に前を向き続ける現在の姫君。
「なぜセラフィーナ様が<災厄の魔女>と呼ばれたかは、分かりました。わたくしにはそのことに、何かを言えるような権利もなく、そのような立場でもありません。ですが。」
過去の姫君の空色の瞳を、白銀の瞳でしっかりと見据え。
「今わたくし達の前に居るセラフィーナ様は決してそのような、人を外れたものでも、心が擦り切れて何も感じないような、そんな方でもございませんわ。
とても慈悲深くて、人情に厚く義理堅い。わたくしはそんな、今のセラフィーナ様に。本来のセラフィーナ様に戻られた、戻る事が出来たその理由を、お聞かせいただきたいです。」
出会った時からずっと敬っていた、祖先の姉君。
フィルメリアを襲いかけた悪夢を未然に防ぎ、あらゆる面で人々を傷付けないよう影で動いてくれたその実績。
大切な親友を、命だけでなく心も護ってくれた、恩人。
アセリア姫にとってのセラフィーナは、決して災厄の魔女などではなく、人々を想い続ける優しいお姫様。
「そうですね。私もアセリア様と同じです。前に聞いたときも、それはお話し頂いてません。
私も、今のセラフィーナ様にどうやって戻られたのだろうって、ずっと思ってました。」
姫君の親友、ミリエラもそれを望む。
その言葉にようやくいつもの、慈愛の微笑が戻り。
「おふたりとも、ありがとうございます。そうですわね。」
一度言葉を切り、シェルンに視線を送り、頷いて。
シェルンはちょっとだけ、照れたような感じで。
「それでは、<災厄の魔女>が歴史の表舞台から姿を消した理由も、お話させていただきますわ。」
ようやくここから、明るいお話へと繋がります。
昔話だけで長々と続いてますが、おそらく次が昔話の最後です。




