4-4:忘れ去られたはずの想い
「それでは改めまして。
わたくしはセラフィーナと申します。わたくしについてはあなた方が信頼できるこの国の姫君、アセリア様にご紹介いただいた方がよいかと思いますわ。」
王族全員と騎士団トップを集め、メルヘン城で急遽開催された会食で。
ひとまず自分が何者なのかを事細かく説明するのはめんどくさ...じゃなくて事態そのものを把握し、かつ皆に信頼ある者でなければ難しいので、もとより信頼されているお姫様に自己紹介を丸投げする。
もちろんその間に会食の形となったお昼ご飯を全力で頂く算段である。
このお姫様のすごい?所は、ものすごく急いで食べているときもなぜかその優雅で気品のある立ち居振る舞いは崩れず、普段と変わらない高貴なお姫様然としているところである。なんか時短的な感じか存在的な感じで金色を利用しているらしいが。
魔法の使い方を根本的に間違っている気がしなくもないお姫様である。もっと味わって食べよう。
「わたくしがセラフィーナ様とお会いしたのは、先日罷免となったウィンストの悪事が露見したときで...」
アセリア姫の説明を聞きつつ、美味しくいただきつつ。
すでに娘からセラフィーナのことを聞いている国王クラードとその妻シルヴィア王妃は、穏やかな表情でどちらかのはるか祖先の姉となる姫君に話しかける。
「貴女が来てくださって本当に救われた。この度の件、まだ問題は続いているようだが、すでにわが友グライスと、そしてこのシェフィールドの地を護っていただいたこと。
心より感謝する。」
国王から感謝の念を伝えられる。間違いなく国の代表として感謝を述べている形なのだが、ここは謁見の間とかではなく、しかもお食事中。
この国の王様は以外とノリが軽いようである。
そして国王と王妃の二人はとても仲がよろしいようで、セラフィーナにもそれは伝わってきて。
外見的には二人の娘のようなセラフィーナだが、その仲睦まじい二人をまるで見守るような気持ちで。
いや、決してお婆ちゃんとかそういうのではなくて。
ないはず。
二人の姿を見ていると、確かに国王クラードは外見が美しいものが多いと言われるフィルメリア王国において、国王を務めている人物らしく美形の中にもしっかりとした、芯のしっかり通った雰囲気が見てとれる。
一方の母、シルヴィア王妃はとても娘によく似ている。
つまりアセリア姫とよく間違えられるセラフィーナともかなりよく似ていて、親子と言われても通じそうだが。
実際にはまだ40直前という王妃と比べ、娘に間違えられそうな永遠のお姫様は1800年以上生きてるわけで。
実年齢と外見が完全に逆転しているので、なんだかよく分からない微妙な空気になりかけているが。
「こうしてみると、本当にアセリアに似てますわね。わたくしの娘が増えたみたいで嬉しいですわ。
セラフィーナ様にご兄弟はいらっしゃいましたの?」
シルヴィア王妃はそんな逆転現象などまるで関係ないとばかりに、自分よりはるかに長い年月を生きているこのお姫様を見て、娘に思えて仕方ないらしく。
今はその家族関係について嬉しそうに聞いている。
「ええ。姉妹ばかりですが。二人の妹、アルティーナとエルフィリアがおりましたの。
ですがその、王妃様、兄弟の話は。」
アセリア姫から聞いた、この国の悲しいお話。
大切な長男を失ったはずの、その王妃は。
「お心遣い、感謝しますわ。でももう6年も前の事。レナードの事はもう、わたくしも。」
少し寂しそうな表情は見せるが、しっかりとした言葉、眼差しで、気遣いに気付き感謝するシルヴィア王妃。
「それに貴女に比べれば、なんてことはありませんわ。」
なんて、セラフィーナの事を聞いているかのように。
隣で話を聞いている国王クラードも、少し寂しげではあるが、既に乗り越え、先を見ている者の笑顔で。
「そうだな。俺たちにはアセリアもいる。この国を支えてくれる、たくさんの頼れる臣下もいるしな。
貴女は...いや。貴女にも大切な方が傍に仕えている。
俺如きの心配は杞憂だな。」
逆に気遣いされて。セラフィーナの気持ちも汲み取ってくれていて。やはり生きた年月は遥かに短くとも。
父は、母は。子を育み、大切にしてきた者たちは、いつの時代でも強くて。そして優しくて。
少ししんみりした空気となりかけた所を、シルヴィア王妃は気遣いなのか、ところで想い人はおりませんの?とか、実はどこどこの王子がアセリアにしつこくて、だの。
よくわからない方向の話をしてきたりして。
そもそもセラフィーナは過去の長すぎる人生にあって、当然感性は普通の女性なので、もちろん恋愛的な何かもあったりなかったりはしたが。
今は。いやかなり前から、とある分かりやすい理由からそういったことからは遠ざかっていて。遠ざけていて。
そこはシェルンも同じで。遠ざけていて。
そんなシェルンは給仕が落ち着いたのか、セラフィーナの隣の席に着き「ナンパとか困りますよねー。」とか小さな声で零しながら一緒に話を聞いている。
ちょこっと困った話もあるが、娘を大切にしている感は伝わってくるので、それはそれで丁寧に対応し。
まるで娘と話す母のように、色々と話を振ってくる王妃と談笑を続け。それまでの話と変わらずに、だが突然核心を突くような話が振られる。
「それで、セラフィーナ様のお話を娘から聞いたとき、気が付いたことがありますの。
我が国では代々王家の女子に受け継がれ、あの子が生まれるまでわたくしが預かっていた装飾品がありまして。」
そこでセラフィーナの頭上。
常に身につけている、プラチナのティアラに目をやり。
「もしかと思いましたがあれは、セラフィーナ様が妹君に、わが国の国王、その家系の遥かな祖先、エルフィリア様に託されたものではないかと。そう思いますの。」
シルヴィア王妃の言葉。
何も伝えていないはずの方から、そんな言葉が出て。
セラフィーナはあの時救う事が出来た妹、エルフィリアとしばらくの間共に過ごしたが。
受け継いでしまった、手に入れてしまった力を揮い、世界の終わらない侵略戦争をシェルンと共に止めるため、妹と分かれて過ごすことを決めた時。
その別れ際に、大切な妹に託した三つの物事があった。
ひとつは人として、クリスティアラの生き残りとして、後世に血を継いでもらいたいという願い。
その願いはアセリア姫に会うことで、その血がこの世代まで受け継がれていることが。妹が願いを叶え、その想いも受け継いでくれているということが確認できた。
ふたつめはあの時、封印の破壊と共に、封印されていたものと一緒に復活した、その時代まで時間が停まっていたというクリスティアラを建国した初代女王。
その方から託された、とあるひとつの高度な術式。
その術式はセラフィーナも中にもあるが、本来はセラフィーナ以外が持たなければ意味をなさない術式で。
その術式も、エルフィリアに伝えて。託して。
そしてみっつめ。初代女王から連綿とクリスティアラの歴代女王に受け継がれてきた、クリスタルのティアラ。
封印が綻ばぬよう、封印を護るように、女王の魔力を借りて、女王に力を貸していたといわれるそれは、国の名にもなっていた正当な王位継承者の証で。
本来はセラフィーナが受け継ぐべきものであったが、世界と繋がり、世界そのものになってしまった時点で、セラフィーナが持っていても効果はない。
だからこそそれに護られるべき、人として最後の一人となった妹へと託した、唯一の形あるもの。
王妃が一度目を向けた事からも、間違いはない。
「王妃様もアセリア様のようにエルの。エルフィリアの名をご存知なのですね。」
まずはそれを確認する。
いくら祖先と言っても、普通に考え失伝されているはずの年代が経っている。にもかかわらず、アセリア姫からもシルヴィア王妃からも当然のようにその名が出てきて。
「いえ。わたくしはあまり詳しくは存じませんの。
アセリアがある日突然わたくしに教えてくれまして。あの子はなにか、エルフィリア様の記憶でしょうか。その一部を受け継いでいるようでして。」
どうやら王妃はあまり知らないようである。アセリア姫が特殊なのか、どういう理由なのかはまだ分からないが。
次にセラフィーナは一度目を閉じ、昔を懐かしむように少し思い出しながら、王妃の言葉にあったものを確認する。
「その装飾品。クリスティアラの王家に伝わるティアラが、この国の王家に受け継がれていたのですね。」
こちらを見て、頷くシルヴィア王妃。
その顔を見て。そうですよ、と言っているような優しい表情を見て、セラフィーナもまた、頷いて。
妹に託したティアラが、誤った使い方をされることも、失われることもなく、この時代まで大切に受け継がれてきたことに、堪え切れない嬉しさを滲ませながら。
今はまだメルヘン城のティールームでは、アセリア姫から集まってくれた皆への、セラフィーナの紹介とここまでに至った経緯の説明が続いている。
「あの時、アセリア様にお会いした時にお聞きした話も併せて考えれば、わたくしも間違いないと思いますわ。
よろしければティアラの意匠や、王妃様がご存知の事、詳しくお聞かせいただきたいですわ。」
セラフィーナは確信し、アセリア姫に聞きそびれていたことを少しでも聞いておきたくて。
王妃の知っていることは、セラフィーナにもとても大事なことに思えて、この話を続けていく。
「やはりそうなのですね。
あれはかなりの年代が経っているはずですのに、とてもそうとは思えない程に美しく、色褪せずに。
プラチナの台座に、ダイヤモンドの輝きよりも美しい白銀のクリスタルが多数あしらわれてまして。そして中央には大きな、透き通った黄金のクリスタルがございますの。」
その意匠は、当然セラフィーナが知っているもので。
まるで、セラフィーナの金色と白銀の光のようで。
「わたくしはもともと平民の出ですし、騎士団在籍中にこの人に見染められて王家に入った身。」
言いながら、隣の国王の腕をトントン、と軽く叩き。
「王家に入り初めての式典の時、価値観が平民のわたくしはとても緊張しまして、震えがくるほどでして。」
「ああ、あの時のおまえは、討伐任務で強力な魔法をガンガン叩き込んでる時とはまるで別人だったな。
あんなにしおらしくイテっ!」
隣でちょっとニヤニヤしながら語る夫を軽くハタき、黙らせて。いつの世も妻に惚れた夫は弱いものである。
「そのティアラを身につけますと、そんなわたくしをそっと護ってくれるかの様に力を貸してくれて。暖かく、優しい気持ちで満たしてくれて、心を落ち着けてくれましたわ。」
ほんとうに、金色の力そのもののようで。
その時を懐かしむかのように語るシルヴィア王妃を見て、クリスタルのティアラが受け継がれている。その言葉と、王妃の感じたという加護のような力。
それだけ聞けば、この王家がクリスティアラの、エルフィリアの直系であることは間違いないと。
セラフィーナにはもう、全部分かったように感じて。
もちろんアセリア姫がなぜ過去の記憶を持っているのかまではわからないが、少なくともフィルメリアの王家には、あれが代々伝わっていたのだ、という確証は得られた。
「王妃様、ありがとうございます。
今のお言葉だけでも妹が。エルがわたくしの願いをしっかりと聞き届けてくれた。それがよくわかりましたわ。」
礼を述べる。自分の願いが叶っていたことに。
想いが連綿と受け継がれていることに。
「わたくしは何もしておりませんわ。
それとあとひとつ。このフィルメリアにはあなたたち姉妹の事を受け継いでいることがあるみたいですわ。」
そう言って、少し誇らしげに。
「もうひとつ。それはなんですの?」
これはセラフィーナにはわからない。自分が妹に託した物事はみっつしか思い浮かばず。
そこから先の自分の人生はしばらくの間、望みもせずに命を奪い続けるという最悪な、地獄のような世界で。
そんな悪夢のような日々を数百年と過ごすうちに、分かれた妹の消息は完全に断たれ、その子孫の行方もわからず。
そんな妹から。いや、シルヴィア王妃の言葉からは私たち姉妹から受け継いでいるという、他のモノ。コト?
「先ほど貴女に妹君の事を聞いたのは正解でしたわ。フィルメリアの、今は貴族だけになりましたが。建国の時から受け継がれている風習でして。」
風習。セラフィーナが特に気にしていなかった、風習。
「姓と名を繋ぐ設置詞になりますが、男児にはアル、女児にはエルの名がつけられますの。」
アルとエル。確かにフィルメリアで知り合った数少ない者たちは貴族が大半だが。
確かに、シェフィールド卿は。レイノルドは。
ずっと共にいたミリエラは。アセリア姫も騎士団長も。
自分は既に、名乗りを聞いていて。知っていて。
でもまさか、そうだなんて全く繋がってなくて。
「なぜアル、エルとなったかという点についてはもう失伝しておりましたが、意味は伝わっておりまして。
なんでもアルは剣を持ち、大切なものを護るものであれと。
そしてエルは、癒し、慈しみの心を持ち、自らと子を護るものを支えよと。
そういった意味があるそうですわ。」
優しく微笑みながら、それを。
「きっとアルティーナ様は、剣を持ち皆を護るような勇敢な方で、エルフィリア様は癒しの術や力をもって皆を救われるような方。だったのかしらね。」
まるで、セラフィーナの大切な妹の、その想いが。
二人とも、この国に生き続けていますよ、と。
それ以上に、全ての想いを託した妹だけでなく。
失われた、護れなかった妹までも、ここにいますよと。
そう言われたように、感じられて。
シルヴィア王妃が小さな声で。
「今まで失伝されていたその名の由来、セラフィーナ様のお陰で、これからまた後世に伝えられますわね。」
と夫に、国王クラードに伝え。
「この国の伝統が俺たちの代でひとつ、正しく伝えられるようになるんだな。」
既にそれが正解だと、これからまたアルティーナとエルフィリアの名をあわせて受け継いでいくと言ってくれて。
まさかこんな会食の場で、現状とこれからを伝えるだけのつもりだった、そのはずだった場で。
そんな話を聞くだなんて、思ってもいなかったのに。
「では、セラフィーナ様。これからの、あら?
セ、セラフィーナ様!?どうされました?」
アセリア姫からの紹介とこれまでの経緯説明が終わり、これからは自分の番。今フィルメリアが置かれている状況を、自分が今までに何を見たのか、見てきたのかを。
説明しなきゃいけない。いけないのに。
アセリア姫からバトンを渡されたその時。
セラフィーナはまた、その瞳から零れる涙を。
隠すことも、取り繕うこともできず。
(アル。アルティーナ。貴女の想いもここに。わたくしが伝えずとも、エルの想いと共に、伝わってましたよ。)
少しの間、この国に伝わっていることに、想いに。
護ることのできなかった妹と。
護る事ができた妹の事を、また思い出して。
何かが吹っ切れたのか。やっと罪などないことを分かってくれたのか。セラフィーナの隣で一緒に聞いていたシェルンも、気が付けば一緒に泣いていて。
周りの皆はわからなくとも、そのお姫様が。
常軌を逸した力を持つのに、とても心優しく悲しい少女が落ち着くまでの間、何も言わずに待ってくれていて。
ほんの少し、気持ちを落ち着かせるための時を。
ゆっくりと、優しく静かに見守って。




