4-2:現地調査
「ではこうしましょう。わたくしが転移魔法で皆様をそれぞれの場所にお送りしますわ。
その間にシェルンがお昼を作ってくれれば、待ち時間を有効活用できて一石二鳥ですわ。」
緩んだ空気の中、ミリエラの一言で一応皆気付き。
「しかしグラツィオの回復だけは急ぎたい。」
「魔獣が現れたという地に被害がないか確認せねば。」
「せめて兄上に一言伝えておきたい。」
「お父様にあらましだけでも。」
と、焦ってはいなくてものんびり昼食をとるにはちょっと無理がある要件も多く、セラフィーナとしてもお昼ご飯の優先度を無理やりねじ込むのはだめだなぁと分かっていて。
まずは何よりグラツィオの治療である。
結局最初に言ったようにセラフィーナが行うこととなり、レイノルドを伴い方角と距離を聞いて数度ワープして。
早馬でここメルヘン城まで駆けてきたレイノルドとしては何とも言えない気分で、数分もかからず目的地へ。
「こ、こちらの建物で安静にしております。」
セラフィーナが、グラツィオのもとまでやってきた。
「失礼する。グラツィオ、俺だ。生きてるか?」
安静にしている部屋に入り、まずレイノルドが声をかけて状況をみるが。
「あ、ああ。生きてるぞ。まだ出てなかったのか。」
すごく弱弱しい声が返ってきた。
その言葉を聞き、部屋に入ると即。
「失礼しますわ。」
セラフィーナの声とともに瞬時に金色が立ちのぼり、ベッドで安静にしていたグラツィオを包みこむ。
「う。え!?おお?なんでだ?」
なんか突然全快になって驚き、ベッドから起き上がり。
いや、この国の誇るアセリア姫と、そのハイ・ヒーリングの効果は当然グラツィオも知っているが。
少なくとも王都との往復にかかる時間から見れば、半分どころか四分の一も時間がかかっていない。
なのでグラツィオは、カーランド領都から状況確認と見舞いに来たレイノルドが、まだ発っていないと勘違いして。
「お、おいレイノルド。どうなってるんだ?
そちらは、アセリア様...ではないですね。」
セラフィーナはいつも通りのお姫様スタイル。
こんな僻地にどう見てもお姫様なドレス姿で来るなど、アセリア姫が慰問とかで来るくらいしか思いつかないが。
「初めましてグラツィオ様。
わたくしはセラフィーナと申します。レイノルド様のお話を聞きまして、わたくしが治療にと馳せ参じましたの。」
普通に自己紹介と、ここに来た目的を告げて。
「あ、ああ。そうでしたか。
セラフィーナ!?おいレイノルド?まさか災厄の!?」
グラツィオはセティスからの特命でミリエラの誘拐をシェフィールド卿に伝えに行って以降、情報がアップデートされていない状況であって。
つまりまだミリエラは誘拐されている認識で。
「落ち着けグラツィオ!この方は敵ではない!
俺もミリエラも助けられているし、それどころかこの国を救うためにいろいろ動いてくださっているんだ。」
レイノルドの言葉に、立ち上がりかけていた体をベッドに戻し、その上に座り。
「どういう状況だ?説明しろ。」
レイノルドにとっては親友と言ってもいい間柄の男は、とりあえず説明を求めて。いろいろ聞いて。
「そ、そうか。そんなことが。
先ほどは失礼しました。それと治療いただきありがとうございます。まさかアセリア姫以外にこれほどの治癒魔法の使い手がいるとは。」
礼とともに、その技量に感嘆する。
ともに見ていたレイノルドはシェフィールド全域を癒してしまったアレを知っているので、今更驚きはないが。
「それでグラツィオ、改めてお前が遭遇した状況を詳細に聞きたいし、団長にもお伝えしたい。
すぐに団長のもとへ向かいたいのだが、いけるか?」
「おいおい回復した直後だというのにそれか。
ったく人使いの荒い上官様だぜ。
って状況じゃないか。すぐ用意する。待っててくれ。」
若干悪態をついて。だがそれも笑いながら。
お互いを信頼しつつもライバル関係で上司と部下の関係でもある二人は、子供のころからの付き合いも変わらない。
建物の外で少し待ち。
「お二人、とても仲が良ろしいのですね。グラツィオ様もなかなか鍛えてらっしゃるし、素敵な魂をお持ちです。
お互い切磋琢磨されているような、しっかりと信頼関係を築けているような。いい関係のようですわね。」
微笑みながら、グラツィオとの関係に言及する。
ミリエラとの関係を祝福していた時もそうだった。
この方は、他人がよい関係であることを、まるで自分のことのように喜んで、優しく見守ってるようで。
「ええ。腐れ縁ってやつです。
ガキの頃からの付き合いで。あいつも俺も、昔から全然変わらないですね。」
少し遠くを見ながら。昔を懐かしむように。
若くとも、歩んできた道は人それぞれで、この青年は、いい仲間に恵まれているようで。
「悪い、待たせた。あれ?馬はどこだ?
こちらのお姫様は馬車か何かできたんじゃないのか?」
少し困ったように問うて。
こうして人外の所業、その犠牲者がまた一人。
「なんだよ空間転移って!?ずるいだろっ!」
腐れ縁の間では、その言葉にも遠慮なく。
「あ、いえ。貴女に言ったわけではないです!」
セラフィーナの微笑を見て、あわてて。
―― メルヘン城。ティールームのキッチン。
セラ様がグラツィオを迎えに行く間、残ったものは空間転移というズルができることで優先順位を改めて検討し、その間二人の侍女はお昼の用意をしたり。
「レアニールさん、私は食材を調達してきますので、先にあのへんにあるお野菜の下ごしらえと、果物の方ををお願いします。」
魔法で時短ができることはシェルンがやった方が圧倒的に速いというかズルができるが。
お野菜のカットや面取り、デザートにするフルーツの加工は手作業なのでちょっとズルできない。
それでもシェルンの方が戦闘速度的に強烈に速いが、そこは戦闘メイドと比較しちゃいけないわけで。
ごく一般的な侍女であるレアニールは、侍女としても次元が違うシェルンの頼みを、少しでも役立ちたいと喜んで引き受けてキッチンで全力を出している。
「アセリア様、セティス様。今日のお昼はお肉とお魚、どちらがよろしいですか?セラ様はおいしければどっちでもいいので、せっかくだからお二人が決めてください。」
グラツィオの容態を心配しつつ、転移魔法の順番待ちをしている二人に、なんか突然振られた。
「え?えっと姉様は、どちらがよろしいですか?」
「あ、ああ。そうだな。私もどちらでもいいが。いつもは任せているからあまり考えたことがないな。」
お姫様も騎士団長も、お料理の献立を考えるという事は今まで経験がなく。身分的には当たり前だが。
「私はいつも献立考えているのです。
セラ様以外の方がいるなら、その方の好みに合わせて作ってみたいのですよー。」
と、なんか自分達よりよほど高貴な?方の侍女に頼まれて断れず、ある意味戦闘や政治、軍の運用以上の難題に頭を悩ませていた。悩ませていたが。
「早く決めてくださいね。セラ様帰ってきちゃいます。」
急かされる。なんかものすごくにこやかに急かされる。
よく考えたらこのメイドはお姫様にも騎士団長にも礼儀正しく接するが、行動は容赦がない。
圧倒的な実力差を見せつけられた時もそうだが、あの超高速空輸を思い出すと、逆らってはいけない気がする。
「わ、わかりましたわ。先日は素敵なシーフードフルコースをいただきましたので、今日はお肉で。」
アセリア姫が持ち前の決断力で、即決する。
セティスは何かほっとした表情をして。
(先日のシーフード、おいしかったのにな。)
自分も聞いてほしかったお嬢様もいて。でもお姫様と騎士団長な侯爵様を差し置いて、伯爵令嬢は何も言えず。
そしてその言葉を聞いたシェルンが飛び立って、数分後にはなんか大量の、部位ごとに綺麗に切り分けられたブロック肉を冷蔵魔法で保冷して運んできて。
「あ、あの、そのお肉はいったいどこから?」
「今狩ってきました。ここの森はいろんな美味しい動物さんがたくさんいて狩りも楽ですよー。」
なんか、森にいっぱいいる鹿っぽい何かをサクっと狩ってきたらしい。
(シェルンさんも、やっぱりズレてますよね。)
「ミリエラ様?今」
「ななな何も考えてませんよ!」
(だからどうしてそこは鋭いんですかー!)
そこからはキッチンでレアニールの悲鳴が聞こえたり、ものすごいスピードで動き回るシェルンが見えたり。
「あ、あの。お料理ってああいったものでしたっけ?」
「わ、わたくしはいつも料理長さんにお任せてしておりますので、キッチンの中は存じませんわ。」
「あ、ああ、私もキッチンには入らないな。」
あの侍女は戦闘以外も人外だと改めて痛感して。
そんな感じで、セラフィーナが発ってからまだ5分くらいか10分くらいか。ともかく意外とすぐに。
「ただいま戻りましたわ。
グラツィオ様もお連れしました。」
人外メイドの主である人外が帰ってきた。
「シェルン、あとどのくらいで出来そうですか?」
「だいたい20分もあればできますよー。」
「わかりましたわ。まずはミリエラさんをお父様の所にお連れしてから、三人で魔獣の目撃場所に参りましょう。」
セラフィーナは料理ができるまでに、優先する所用をすべて終わらせる気満々であり。
「では皆様、参りましょう。ここに戻るのも時間の無駄ですので、セティス様も、レイノルド様、グラツィオ様も。」
その言葉とともに、その場から四人が消えて。
「セラ様。急いでますねー。あれはそうとうお腹が空いてるみたいですね。」
そういうことらしい。
それを聞いて、グラツィオを癒す担当が無くなって、とりあえずメルヘン城待機組となっているお姫様は、
「セラフィーナ様、本当に食べることがお好きなのですね。そういえば、お二人がお食べになったものは、いったいどうなっているのでしょう?」
セラフィーナもシェルンもあまり大柄でもないし二人とも痩せている。そんな二人が、いつも大量に食べる光景を思い出して、お姫様は謎に対するもっともな質問をして。
「そうですねー。どこに行くんでしょうねー?
人と違って食べなくても大丈夫だとは思うのですが。
結局どうなってるのかは私も知らないのです。」
結論。なぞは謎のままだった。
「着きましたわ。ではミリエラさんは一度ここに残って、お父様にお話をなさってください。」
先日領主を元に戻した時に、シェフィールド邸の中庭、そこの目立たぬ場所に転移用の目印を設置しておいたので、ここへは見えない場所からも直通である。
その目印はセラフィーナが編んだ術式で、その場所ごとに若干の変化をつけて、これだけは「シェフィールド邸」とか名前を付けて保存している。
おかげでセラフィーナは目印を設置した場所であれば、術式の起動時に名前を指定するだけで、どこからでも直通で転移きてしまうというひどいチートで。
「なんか、セラフィーナ様がいない生活に戻ったら、当たり前のことがすごく不便に感じそうです。」
と、今後を考えちょっと恐れを抱くミリエラを残し。
「次は魔獣を見た場所ですね。お話からは城からのが近そうですし、一度お城を経由して。
そこからはグラツィオ様の指示に従いますわ。」
なんか今日は、短時間でひたすら移動ばかりしている気がしてきたが、やらなきゃいけないので仕方ない。
「では参りますわ。」
と、すぐにまた転移して、城からはグラツィオに位置と距離をきいて、可視範囲内の連続転移で。
「ここです。私が突き落とされたのはこちらです。」
現地につき、グラツィオの説明を聞く。
「確かに戦闘の跡があるな。グラツィオ、お前がどう戦ったか説明しろ。」
セティスの言葉に、その時の戦闘状況を覚えている範囲で説明していく。
その間、騎士団の団員ではないセラフィーナは発言をせずに状況の確認に徹し。
レイノルドもセティスの言葉には口を挟まず。
「そうか。お前相手にそこまで戦える個体か。
それで、その個体がどのように指示を出していたか、どんな形で連携していたか説明できるか?」
戦闘状況をつぶさに確認していくセティスだが。
「はい。どうも鳴き声で指示を出していたようなのですが、それが部分的に、人の発する声のようにも聞こえて。」
「人の言葉だと?具体的にどう聞こえた?」
人の言葉を話す魔獣。セティスにとってはつい先日対応したばかりのあの男を嫌でも思い出す。
「明確な言葉ではなかったのですが、ミギ、とかオサエコメ、とかウテ、などと言っているように聞こえました。」
明確ではないが、確かに人の言葉で指示を出しているようにも聞こえる。
「そうか。それと大切なことを確認していなかった。
魔獣の形態はどんなものだったか、覚えているか?」
戦った相手の形状。これも当然大切な要素だ。
先日の男は、狼型からハリネズミのような形に変化し、さらにそこから鳥へと変化した。
変化する魔獣に遭遇したこと自体初めてだが、なによりその特異性は、魔力の塊、コアになる部分があったことで。
「指揮をしていた個体は大型の熊のような個体でした。
常に後ろ脚だけで立ち、両腕と魔法を使っての攻撃で、魔法の同時発動数は私の見た限り三本。
ただし格闘中にも魔法を発動してくるタイプで。」
熊のタイプ。魔獣の中でも厄介な部類だ。狼型と違って機動力に劣るが、その膂力は非常に高く、また人同様後ろ脚だけで立って行動する。
「そして私が最も苦戦した理由にもなるのですが、今まで見たこともないサイズで。私から見て4、5倍はあろうかという大型の個体でして。」
「なんだと?それほどの巨大な個体、今までの討伐でもほとんど遭遇していない。そんなものが国内にいるだと?」
これはまずい。小さな村を狙われれば、騎士団への依頼を出す前に全滅してしまう可能性がある。
それだけ戦闘力の高い可能性がある個体。
しかもそれが魔獣の部隊を率いているという。
「私の視界に入ったものだけになりますが、ほかの個体は狼型が3、虎型が2、それと。」
なぜか言葉を切る。
「どうした。それと、何を見た。」
「いえ。見間違いの可能性もあるのですが。
人の形のように見える個体が1。
ですがそれは一切戦闘に参加せず、少し遠くに見えたもので、夜間の視界だったので確証はなく。」
人型。セティスにとってつい先日遭遇したあの男。
だがあれは、人型の時は人としてふるまっており、魔獣としての本性のようなものを表してからは、人の形をとることはなかった。
「それは魔獣の外見で、人の形をしていたのか?」
魔獣であれば、禍々しい魔力を纏い、その外見はどす黒いオーラのように包まれている。
あの時の男は、人から魔獣に代わるまでは一切その妖気のような魔力は放出していなかったが。
「はい。人にしか見えない形で、どす黒い妖気を纏い、私が戦っていた者たちの後ろから眺めているような形で。」
詳細な報告を聞けば聞くほど、今までの魔獣討伐任務で見たこともないような個体が次々と出てくる。
しかし狼型はともかく、虎型2と熊型1。
グラツィオがよく生き延びてくれたと、そうとしか思えない位に魔獣の中でも厄介なものが多い。
「遭遇した魔獣は、それで全部になります。それと。
いろいろとご心配をおかけし申し訳ございません。」
状況を説明したうえで、まだ団長に、皆に心配をかけていたことに言及していなかったことを思い出す。
セラフィーナに転移させられているので、普通は先に行うべきことがいろいろとすっ飛ばされていて。
「いや、その状況でよく生き残ってくれた。
お前だから何とかなったようなものだ。こうして情報もしっかりと覚えていてくれるのも助かる。」
一通りの情報を聞き、まずは労う。
そのうえでこの特殊な魔獣について考える。もちろんフィルメリア王国騎士団としては前代未聞の状況。
唯一知っているであろう人物に聞くのは当然である。
「セラフィーナ様。頼ってばかりで申し訳ないのですが、もしこの状況でお分かりのことがあれば、我々にも教えていただきたく。」
グラツィオの報告から、この方なら知っている情報も出てくるだろう、そう思っていたが。
「そうですわね。気になる点は多々ありますが、今の時点ではこの場でお伝えすることはございませんわ。」
まさかの情報ゼロ。これにはセティスも驚く。
この方ならば、何かは出てくるだろう。そういう信頼というか期待というか、そういったものがあったのだが。
「それではセラフィーナ様。貴女も見たことがないタイプという事でしょうか。あるいは新種が?」
質問を変えて、何とか情報を得ようとするが。
「いえ。今の時点でお伝えすることがないだけですわ。
お伝えすることがない、というよりは。
伝えても意味がない、と言った方がよろしいかしら。」
(伝えても、意味がない?)
セラフィーナの言い回しに困惑する。
何かしら知っているのであれば、情報を共有したほうが当然動きやすくなるし、対策も考えられる。
だが今までのセラフィーナを見てきたセティスには、この方が考えていることには意味がある、と推測し。
「では、後ほどであれば」
「ちがいますわ。詳細をお伝えする間もなく。
すでに遭遇しているからですわ。」
「な!?」
セラフィーナがその言葉を発しても、周りには魔獣独特の魔力はまだ感じられず。
だが。
「そこでいつまで見ているつもりですの?
それとも、こうして差し上げた方がよろしいかしら?」
セラフィーナの言葉とともに、自分たちの後方。
グラツィオが転落させられた断崖そばで話していたセティス達が、海を背にして戦わざるを得ない状況。内陸側に。
空間にビシリッと亀裂が走り、直後砕けて。
隠蔽魔法で身を隠し、セティス達の検分状況を観察していたと思われる魔獣の一部隊。
グラツィオを突き落としたと思われる者たちと同じ構成の魔獣が、隊列を整えたように整列し、戦闘準備をして。
「ほう。俺の隠蔽魔法に気づくものがいるのか。
これはなかなか、楽しめそうだ。」
ゆったりとした口調。
赤い長髪を後ろで縛り、赤い目の、その男。
だがしかし、その体にはどす黒い魔力を纏い。
「馬鹿な?貴様、生きていたのか!?」
セティスの驚愕。
あの時、確かに自らが斬った、あの男。
鳥型に変形をした、魔獣となった男が。
複数の魔獣を従えるように、悠然と構えていた。




