4-1:事態の急変。事の発端
新章開始です。本年もよろしくお願いいたします。
戦いを終え、メルヘン城のティールームに戻り。
まだ昼前の時間、ティールームにはまたこの城に滞在している6人が集まっている。
また一段成長させてくれたセラフィーナへの感謝も気持ちもあるが、それ以上の圧倒的な恐怖を知ってしまい、この国の姫と騎士団長は少し後悔、というかまだ少し怯えの感情があった。
こちらから願って見せてもらったあの力。セラフィーナからも「考えない方がよい」と言われた意味が、実際に見せられて初めて理解できた。痛感した。
アレは決して人が求めてはならない、そんな力で。
戦いの場にあり、あそこまでどうしようにもない、完全に生殺与奪の権利を奪われた状況など経験はなく。
しかもそれが、あの島全土を覆っていた。
いや、その程度の範囲で済ませてくれていたのだと、二人にはよくわかっている。
ウィンストがセラフィーナの逆鱗に触れたとき、あの光は一瞬ホルン岬を中心に、シェフィールド全域をその範囲に収めていたのだから。
もし目の前の人物の気が変わったら、その瞬間自分たちどころか、この国が一瞬で終わってしまう。
あの<災厄の魔女>の話が事実である事、その力の一端を身を持って体験できたのは、果たして良いことなのか。
「あの、セラフィーナ様。その。」
どう言葉にすればいいかわからない。だが自分たちが願い出て見せてもらったこともあり、アセリア姫もセティスもこの先どう切り出せばいいのか思い悩んでいた。
「ふふ。わたくしが怖い魔女だったと分かって少しショックという感じですわね。
でもわたくしは先ほどお話ししました通り、この世界の力そのもの。それを扱う意志として、決して貴女方が恐れるようなことはしない、それはお約束できますわ。」
いつもの穏やかな、優しい雰囲気で。
まだ言葉の意味が分からないところがあるが、この方の本質はこれなのだ、ということは伝わってくる。
「それで、これからなのですが。わたくしとしてはアセリア様がなぜ、わたくしのこと、クリスティアラのことをご存知なのか。そのお話をお聞きしたいですわ。」
その言葉に、今まで少しうつむき加減だったアセリア姫がはっと顔を上げる。
そうだ。この方は私の祖先を。大切な妹を救った方で、今もこの国を、シェフィールドを救ってくれた方で。
何かに気が付いたように。そして安堵したように。
「申し訳ございません。わたくし達がお願いしたことですのに、いつまでも恐れていてはいけませんね。
姉様、わたくしはセラフィーナ様を信じますし、信じております。大切なお話もあります。」
やはり、アセリア姫はどのような状況にあっても、常に前を向き、未来へ進もうとする。
この少女の心の強さは、いったいどこから来るのか。
「ああ。そうだな。私もそう思う。
アセリアの言う通りだ。セラフィーナ様、私から願ってお見せいただいたのに、このような情けない姿をお見せし申し訳ございません。」
ふたりともやっと、普通な感じになってきて。
話を聞いて、よくわからないことが多いミリエラとレアニールではあるが、一つだけすごく気になることがあって。
「あ、あの。アセリア様、セティス様。その、おふたりとも呼び方が、あの時の。」
ミリエラにとってみれば、親友の兄のことなのだから知ってはいるが、公というか他の者がいる場で、このように呼び合うのを見るのは初めてで。
「ん。セラフィーナ様はすべてお話ししたし、アセリアにとってはすでに家族みたいなものと思ってな。」
「わたくしもです。少しおかしいかもしれませんが、わたくしにとってはもう一人の姉様のように感じてますわ。」
なんか気が付いたら家族認定されていた。
そんなこんなで、恐怖の体現だったあの瞬間は姫と騎士の心の内にしまわれて。元通りの雰囲気になって。
そこで突然、今まで聞きに回っていた侍女から、言い忘れていた大事なことが告げられる。
「セラ様。わたしもアセリア様のお話はすごく気になるのですが、先にどうしてもお伝えしたいことが。」
いつもの元気な感じではなく、臣下としてふるまう時のシェルンになっている。
その言葉を聞き、セラフィーナも意図をくみ取り。
「ええ。お願いしますわ。」
いつもの柔らかい表情で。
「先日夜の任務中、魔法陣の解除作業完了後なのですが、お伝えするのを失念しておりました。
申し訳ございません。」
先に謝る。シェルンがこういう話し方をするときはかなり厄介ごととセラフィーナは分かっているので、責めることも問いただすこともなく、頷くだけで先を促す。
「シェフィールドの領都に、アレがいました。
戦闘力はそこまで高くはなさそうでしたが、鳥型で飛行能力があるタイプで。
私が交戦する前に、セティス様が倒されました。」
その言葉を聞いて、セティスも表情を変える。
そうだった。あの激動の中にあって流されてしまったが、あの時遭遇した、あまりにも特異な魔獣。
もとは人の姿をしていたのに、突然魔獣となり、性格も豹変して狂気の、魔獣そのものの性質となり。
「そうでしたか。では今回の件はやはり。」
シェフィールドを調査していた時に掴んでいた情報。この国に侵攻を画策しようとしているものが、アセリア姫の身柄を狙っているという事は分かっていたが。
先ほど、二人と一線交える前に聞いたアセリア姫とセティスの過去、そして今シェルンに聞いたピースがはまったことで、セラフィーナの中ではすべての出来事がひとつの線に繋がった。
「まだ確定ではないですが、お察しの通りかと。」
シェルンも肯定する。
今回セティスと剣を交えるまで、セラフィーナとの手合い以外ではずっと使っていなかった解放状態での戦闘。
以前に使ったのは200年以上前。解放なしでは対応しきれず、一時開放で対応した、自分達の宿敵。
「残念ですわ。アセリア様のお話をゆっくりお聞きしたいと思いましたのに。また優先すべきお仕事ですわね。」
二人の話と雰囲気に、そしてあの魔獣にかかわるという事に、周りの者たちは口をはさめず。
「アセリア様。この件はおそらくフィルメリアにとっても大切なお話になりますわ。
改めて、国王様も交えて」
「セラフィーナ様!いらっしゃいますか?
こちらに団長が伺っていると聞きまして!」
話を進めようとしたところに、階下、城の外から大きな声で呼びかけられる。
「レイノルド様!?」
ミリエラの驚く声が響き。
―― 一人増えて、ティールームで。
「王都へは早馬で一人向かわせました。
私は休暇中とはいえ事は一刻を争うかと思いまして。」
レイノルドは。
休暇を与えられミリエラと過ごしていたが、シェフィールドの解放作戦が終わってからは一度里帰りしがてら、ミリエラとの今後を実家に伝えに行っていたが。
そんな彼からの報告は、耳を疑うものだった。
なぜか数日前、セティスからの特命、領主へのミリエラ誘拐を伝えに行った後行方不明で捜索中となっていた、レイノルドの部下というか同僚のグラツィオが、ボロボロの姿でカーランドの海岸で見つかって。
彼はレイノルドと同期で、共に切磋琢磨した仲であり、腹心とも呼べる間柄で。
動きやすいようにあえて小隊長等の役職を与えず、セティスやレイノルドを裏で支える重要な役割を負っている。
そのグラツィオが重症で、一命はとりとめたが、王都と違い強力な回復魔法を使える魔法使いがおらず、まだ療養中という。
何とか意識を取り戻した彼に事情を聴いたところ、一部の記憶が抜け落ちた状態で、騎士団長へ報告に戻るはずが、なぜかホルン岬のウィンストを目指して移動しており。
その道中も意識が混濁していたようで本来のルートを外れてしまい、誰もいないシェフィールドの海岸沿いで魔獣に襲われてようやく自意識を取り戻し。
多勢に無勢、数に勝る魔獣の攻撃から身を守ることができず、海に近い崖の上から突き落とされて意識を失ったという。
いろいろと意味が分からない。
まずグラツィオはなぜウィンストへ報告に向かった?
なぜシェフィールドの海岸で魔獣に遭遇した?
カーランドで見つかったのは、海続きでそちらに流されたからだろうか?
「いえ、グラツィオの容態も大事なのですが、彼が意識を取り戻して語ったことが、なんとも信じられない内容で。」
レイノルドの報告が続く。
意識を取り戻したグラツィオが語ったこと。
彼を襲った魔獣は、魔獣とは思えないほどに組織立って動いており、自分達騎士団のような、軍の一部のような動きをしていたという。
さらにその中でも、まるで小隊長のように魔獣に指示を出していた個体が確認され、それは戦闘力も高く、グラツィオの能力、騎士団でもそれなりに上位にいるはずの男ですら互角に持ち込むのがやっとで。
その個体と戦闘中に、まるで連携して動いているかのように別の個体が突進してきて、海に突き落とされたという。
「私が出る。その場所はわかるか?魔獣がいるとなれば即時の対応が必要だが、騎士団への伝達は時間がかかる。」
「はっ!おおよその位置ですが、グラツィオに聞いた場所をすでに地図に記して用意しております。こちらです。」
地図を出してセティスに説明するレイノルド。
場所を確認しながらもセティスは言葉をつづける。
「それとグラツィオの経験は必ず必要になる。姫様、グラツィオの治療をお願いできますか?」
セティスも聞いたことがない状況。
自身も重用しているグラツィオだからこそ、そう簡単に魔獣に負けるなどとは思えない。
何としても彼を復帰させてその経験と情報をもとに、状況の把握、今後の戦略を立てる必要がある。
「はい。わたくしが向かってグラツィオ様を癒します。
レイノルド様はわたくしのご案内をお願いします。
ミリエラさん、シェフィールド卿にも事の伝達と、お父様に、陛下に連絡をいただけるようお願いできますか?」
緊急事態でも冷静に、即時指示をだすアセリア姫。
年若い身でありながら、王族として、いやそれ以上に多くの経験を積んでいる姫君は、為政者としても指揮官としても非常に優れた能力を持っているようで。
「ミリエラ、私からも伝言を頼む。領の防衛、特にカーランド方面と、北の海側を固めるようにも打診してくれ。
私の名で、第一大隊を。兄上なら全て任せられる。」
軍部としてセティスが即座に指示を重ねる。
第一大隊。セティスがアセリア姫とともに圧倒的な能力を身に着けるまでは騎士団長を務め、そしてセティスの成長を見届けたあとは自らその地位を譲った男。
元王国騎士団長、現第一大隊長であるアルヴィンス・クレーディアが率いる、大隊の中では最強の隊。
セティスが全幅の信頼を寄せている義兄ならば、どのような状況でも即時、最善の対応を取ってくれる。
二人からの矢継ぎ早の指示を受け。
ミリエラにとって、おそらく今回の件がなければしり込みしているか追いつけないような状況だったが。
「承知しました。姫様と騎士団長の命として、父に、シェフィールド卿にしかとお伝えします。」
すでに弱いミリエラはおらず。
急変する状況の中、すでに為政者の顔となった、強くつよく成長した少女は、力強くその命を受け取った。
「レアニール、私とともに領都に。
到着したらお父様への伝達はあなたにお願いするわ。
私はセティス様の名で騎士団詰所に向かいます。」
皆冷静に。
少なくとも国内に組織立って動くという前代未聞の魔獣がいる状況は、下手をすればまた国難になりかねない。
そこに。
いままで傍観していた、いや。国を護ろうと、各自考え動いている者たちを見て。
「アセリア様。皆様の即時のご判断、対応は見事ですし、平時であればお任せしてもよいかとは思いますが。
今回の件。おそらくわたくしの、クリスティアラの責務になります。今回はわたくしも動きますわ。」
セラフィーナが、動く。
その一言に最も驚くのはミリエラである。彼女だけはセラフィーナの行動理念が、戦争の火種をつぶすことであると知っている。聞いている。
「セラフィーナ様。それではまさか、今回の魔獣は戦争を起こそうとしていると。そういう事なのですか?」
魔獣と戦争が直接結びつくなど、本当に、ほんの少し前までは思いもしなかったが。
この場にいるアセリア姫とセティス、ミリエラは、まさに今日の朝、クリスティアラ滅亡の原因を。
魔獣という生物兵器の存在を聞いている。
「組織立って動く魔獣がいる。
そしてセティス様が斬ったと先ほど聞いたものは、シェルンが私に報告を上げるほどのもの。
シェフィールドに仕掛けを施して自らを正当化しようとしていたものが、策を仕損じて実力行使に出た。
それが今の状況でしょう。」
セラフィーナにはすでに全体像が見えている。
ひとつひとつの出来事は点だが、その裏にあるものが見えていれば、それはすべて線上にある。
「皆様の移動も、わたくしが力添えいたします。
グラツィオ様、とおっしゃるお方の治癒も引き受けましょう。ですが今、この場に皆様が集っているうちに、今起こっていることの全容を、先にお伝えいたしますわ。」
全容。まだセラフィーナとシェルン以外は見えていない状況の説明。当然皆その言葉には賛同し、即時の行動は保留として、皆テーブルについて。
―― セラフィーナの説明を聞き。
「つまり、シェフィールドの問題を解決したことで、今この状況になっている。そういう事なのですね。」
アセリア姫が、聞いた話を一度区切る。
その内容は、おおむね以下のようなものだった。
6年前、アセリア姫が兄を救えなかったあの時、撲滅された疫病。撲滅できてしまった、疫病を模した魔法。
それによりアセリア姫の存在、あの魔法のカウンターマジックを編めてしまう存在が公になった。
そのことで姫の名声は各国に響き渡り、当然それは魔獣を使役する力を手に入れていた者たちの耳にも入る。
その結果、姫を狙ってフィルメリアの乗っ取る計画が立てられ、3年前から実行されていた。
その3年がかりの計画が、魔法陣の起動という形で最終段階を迎え、反乱直前まで行ったところで、瓦解する。
そのことに業を煮やしたものが魔獣を組織立てて攻撃に使い、王国へ侵略して姫の身を確保する。
「わたくしがお話しした通り、あの術式はやみくもに織りなしても決して紡げません。そしてクリスティアラの力なくして、実現することもまたできません。
その力を持つものがいれば、魔獣を使役するものとしては致命的な弱点となりうる。
だからこそ、アセリア様を確保し、金色の魔力そのものを手に入れることを画策したのでしょう。」
一通り状況を伝え、アセリア姫が目的だと伝え。
セラフィーナにとってはかつての、自身を狙われ、クリスティアラが滅亡したときの状況と重なる。
違いがあるとすれば、あの時は世界の力をもつもの。世界とつながった存在が封印されていたこと。
そして今は、その力とつながった存在、セラフィーナ自身が、意志をもって行動していること。
この違いはとてつもなく大きい。
セラフィーナにとってこの国、フィルメリアは自分たちの血を引くアセリア姫の国であるとともに。
戦を好まない優しい国家で、日々人々が懸命に生きていることもしっかりと見てきた。
ならばその国を、魔獣という悪意の塊を使役して我が物にしようとする者たちは、止めるべき存在だ。
その首謀者たちが、人類の敵と言えるものかどうかはまだわからないが。
「アセリア様とセティス様の状況判断と指示。わたくしもそのご判断を支持しますわ。
シェルン、聖王国王女として命じます。
貴女がアセリア様とレイノルド様を連れて、グラツィオ様のもとに向かいなさい。」
フィルメリアとして最速の二人、アセリア姫とセティスの飛行も、現時点ではシェルンには到底及ばない。
「御意。お任せを。」
また、いつもと違う二人。
アセリア姫との出会いの場がなければ。そして先ほどまでに聞いた話がなければ。
この二人の関係にも皆疑問を持っただろう。
今も二人ほど疑問を持った者はいるが、特に何かを言うこともなく。
「今回の相手を考えれば、万が一にも貴女の力で護れない状況にはできません。
シェルン。貴女の判断で全開放も許可します。どのような状況にあっても必ずアセリア様を。フィルメリアの民を護りなさい。」
ミリエラを助けたときは念話で行われた指示を。
今はこの場の者たちにもわかるように口頭で。
全開放。シェルンの全力を許す許可も出して。
「わたくしはミリエラさんをシェフィールド卿のもとへ届けた後で、セティス様と現地に向かいましょう。」
セラフィーナの転移に至っては、比較できるものがそもそも存在しない。
「セティス様、ミリエラさんにお願いされていた騎士団への指示は直接あなたがなさったほうが早いかと。
わたくしが直接王宮へお送りしますわ。」
全面的な協力を約束し。
新たな局面に、セラフィーナ自身が動き出す!
「わたくしが動くから焦る必要はありませんわ。
ですから皆様、まずはお昼にしましょう。」
なんかキリっとしていた顔が、突然いつもの慈愛の微笑に戻って。ついでに性格もいつものセラ様に戻って。
「ちょ。セラフィーナ様!?」
(ものすごく真剣に、なんかかっこよく指示を飛ばしていたのに!どうしてそうなるんですか!?)
ミリエラの疑問というか納得いかないというか。
「だってもうお昼ですわ。おなかが空いていては、いざという時に気が散ってしまいますわ。」
(はぁ。こんな大変な状況のはずなのに。あ!?)
張りつめていた空気が、ふわっと和らいで。
思いつめていた表情のレイノルドも、なんだかいい感じに力が抜けて。
「そうですね。そこも万全を期すべき。かもですね。」
やっぱりセラ様はずっとキリっとしてるといけない気がするのです。
最近ポンコツ成分が足りないのです。




