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3-15:奪還と帰還

すみません。おそくなりました。

 お城を見に来る家族を、小さな子供たちがはしゃぎ、親が振り回されている姿にほっこりして。


 アセリア姫とともに、少しの時間、ゆっくりとして。


 この時間でいろいろと話したいこともあったが、話始めると非常に込み入ったことになりそうで、やはり大事を片付けてからということになり。


 セティスは事前に報告と根回しをするため、食事が終わってすぐに城を発っている。


 なにしろ昨日、姫様と騎士団長様は強硬してシェルンについていった(空輸された)ため、その場を見届けたアジトの回収班からしか、報告が行っていない。


 昨日の行動についての関係各位へ報告と、アセリア姫の今日の予定、シェフィールド邸に向かい、事態の収拾に立ち会うことの連絡は急務である。


 最初は団長にそのような連絡役などさせられないと、レイノルドがその役を買って出たが。


「第二大隊は全員休暇中だ。

 お前だけ働かせるわけにはいかん。それに今はミリエラの大事な時だろう。お前が支えてやらずにどうする気だ?」


 と騎士団長に止められて。

 当然周りの者たちも異論はなく、レイノルドは少し申し訳なさそうに、そして少し嬉しそうにして。


 セティスが城を発つ際は、まさかの飛んで出発するという現実に口をあんぐりと開けて固まって。


 そういえば、彼はセティスが空輸されてプルプルしてた時は城内にいて目撃していないし、セラフィーナが降臨するような感じで降り立った時も重傷で倒れていたし、後ろを向いていたので目撃していなかった。


 結果、城にのこった者の中で唯一、人が空を飛ぶなどという人外の所業を知らない状況で。


 なにより、もともと自分の剣指南役としていろいろと手ほどきしてくれていた、尊敬し、目標としている騎士団長が飛び立つという現実は、身近な人間が突然超常の存在になってしまったような、そんなショックを受けていたのである。




 そんなレイノルドも、ミリエラと美しい景色を眺めることで心を落ち着かせ。ついでにお腹も落ち着かせ。



 ゆっくりした時間が過ぎて。

 周りの者達の状況を見て、セラフィーナが動き出す。


「皆様、おちついたようですわね。

 では、シェルン、すこしよろしいですか?」


 ミリエラの父を救うため、必要なものは二つ。


 ひとつは当然、支配の呪法を解除すること。

 そしてもうひとつ、強靭な精神を持っていたからこそ施されてしまった、魂を食らう悪しき邪法。

 その魂の欠落を補うことこそが、今回アセリア姫でさえ対処ができない、最大の問題であり。


「使っていないお部屋に、あなたがレアニールさんと一緒にお連れした方がまだ眠っていますの。

 かの邪法を施したお方であれば、ミリエラさんのおうちに行く前に、少々お話を伺いましょう。」


 今までまるで忘れ去られていたようだが、大事なことなのでセラフィーナは覚えていたようである。


 そもそもお城を建てたとき、その部屋に運び込んだのが自分だから、忘れるわけもないのだが。



「わかりました。連れてきますねー。

 結構アレな感じの人なので、起こしたら暴れないように気を付けないといけないです。」


 会話を聞いていたレアニールは少し顔を引きつらせ。

 確かにレアニールとしては、シェリーヌに殺されかけたのだから、かなりのトラウマではあるが。


「ご安心なさって。何かしようとしても、ここにはあなたのことを護ってくださる方ばかりですわ。

 シェルン。わたくしが起こしますから、そのまま連れてきてくださいね。」


 その表情を見て、すぐにフォローし。

 もっとも、シェルンが解放なしで五割の力も出さずに制圧できる相手ではあるので心配はしていないが、念のため自分の前に来るまでは起こさないようにして。




 ほどなくして、また手提げかばんのようにぶら下げて、シェルンが眠ったまま、いや、停まったままのシェリーヌを連れてきた。


「えっとたしか、シェリーヌさん、でしたわね。

 では、起こしますわ。」


 言って、一度ミリエラが見た魔法。

 ミリエラを襲った男たちを起こすときにも使った、魔法の光でシェリーヌを包み込む。


「あら。起きませんわね。」


「そういえば、鳩尾に浸透魔法入れてたんでした。

 停まったままだから起こしても気絶したままですね。」


 シェルンの攻撃のひとつ。浸透魔法。

 魔力爆発同様、特に名前は特に付けていないが、シェルンが武器を使わず格闘するときに時々使う魔法である。


 指向性を持ち、相手を吹き飛す魔力爆発に対して、まるで気功の寸勁すんけいのように極近距離で、魔力を接触点から浸透させて内部から衝撃を与える魔法であり、相手を吹き飛ばさずに強力な一撃を叩き込める。


 魔力爆発と違い、相手の攻撃を弾くような使い方ができないため、基本的に自分が打って出る場合しか使えない。


 シェリーヌを落とした時や、魔法陣敷設班のレイサード達を手刀で落とした時は、こちらを使っている。

 じゃないとふっとんじゃうので。


 シェルンはシェリーヌを抱き起し、気付けをするように、落とした時と逆の要領で、背中から浸透魔法を叩き込む。



「かはっ!?ごほっごほっ。」


 落ちた直後の状態だったシェリーヌは意識を取り戻し。


「いつつ。くそっ!あの小娘は。」


 気を失った直後に時間も停まっていたので、彼女の思考はいまだにシェルンとの戦闘中だったが。


「ってここはどこよ?それにお前らはだれよ?」


 屋敷のミリエラの部屋で戦ってたはずが、目の前にいるのは知らない者たちばかり。しかも知らない場所である。


 目の前の人物、そしてその周囲に居るものを見まわし。


「ま、まさかアセリア姫?が二人?

 いや、あっちが本物か。ミリエラとレアニールも居やがるし、どうなってんのよ?」


 混乱するシェリーヌに対し、セラフィーナは魔力視でその魂を見て、その人となりを確認し。

 そして見えたものに、視えてしまったものに、今まで浮かべていた、いつもの微笑がスッと消える。


 それになんだかアセリア姫の偽物みたいに扱われている気もするが、それはこの際気にしないことにして。


 ひとまず状況を伝える。


「ここはわたくしのお城ですわ。あなたはシェルンとの戦いで気を失って、ここに運ばれてきましたの。」


 セラフィーナが言葉を発した瞬間、ミリエラがはっとその横顔を見て。


(違う。これは、いつものセラフィーナ様じゃない。

 あの時と、レイノルド様が斬られた時と同じ?)


 困惑するミリエラをよそに、シェリーヌは自分に話しかけてきた、なんか寝着姿のアセリア姫っぽい人物を見て。

 そしてその言葉を反芻し。


「気を失って?


 くそっ!この私が、あんな小娘に負けたってこと?

 それで?アセリア姫みたいなあんたは誰なのよ?」


 状況が悪いということは理解し、ひとまず出方を伺うように、床に座ったままでセラフィーナをねめつける。


「わたくしのことは、おいておきましょう。

 どうするか、についてはあなた次第ですわね。

 まずは、あなたがミリエラさんのお父様にソウルドレインを使った術者。これは間違いありませんね。」


 セラフィーナには分かっていることだが、念のため聞いておく。違いましただとちょっと都合が悪いし。


「あ?わかってんでしょ?

 私の他に、ソウルドレインを使える奴がいるわけないじゃない。」


 とても口が悪い。

 少し会話しただけのシェリーヌに対する、セラフィーナの第一印象はこれである。

 だが、今の一言で言質はとれた。先ほどセラフィーナが視たアレは、間違いなく。



「いえ。ただの確認ですわ。

 それに、ソウルドレインを使えるものが他にいるか、という点についてはですね。」


 その言葉とともに、シェリーヌに対して手をかざし。


「え?い...ギガァ!ガハァ!!」


 突如シェリーヌが苦しみだし。その体は、セラフィーナの金色の魔力に包まれて。

 セラフィーナの突然の所業に、アセリア姫もミリエラも驚きを隠せない。


 だが、だれも言葉を発せない。


 何かの魔法を発動した瞬間から。



 セラフィーナの。雰囲気が違う。



「ミリエラさんのお父様の魂、返していただきますわ。」


 その声音に、アセリア姫も気付く。

 先ほどバルコニーで談笑していた時とは、まるで違う、優しさを感じられない、そんな声音で。



 その相手に対し、明確な敵意のようなものを籠めて。


 その言葉とともに、シェリーヌの体から不定形の、かなり透き通った魂の欠片。それが金色の粒子に護られ、ゆっくりと引き抜かれて、セラフィーナのもとへと漂っていく。



 シェリーヌの魂を視たとき、セラフィーナにはそれが視えてしまった。

 他者を魂を食い物にして、自分の力へと変える。

 そんな女の染まり切った魂の中で、ミリエラに似た、ミリエラと同じ波長のようなものを持った、高潔な魂の欠片。


 千切り食い、自らに取り込んだ魂を浸食し、混じり合おうとする濁った闇。

 混じり合ってしまえばそれはその魂の糧として、魔力に、エネルギーに変換されてしまうようで。

 それに、必死に抵抗して。

 まだ、ここで死ぬわけにはいかないと。その抵抗は、まるで大切な何かを護るためのようで。


 魂を視ることができるセラフィーナにとっても、これまでに見たことはほとんどない、おぞましい光景。

 まるで人が人を捕食するような、その光景。



 だが、必死に抵抗しているその魂の欠片を見たとき、これならばまだ救える!そう感じた。


 魂の欠損を、ミリエラの想い、心を借りて、足りない部分を外から何とか補うのではなく。

 この欠片を拾い上げ、ミリエラの想いと一緒に返してあげることができれば。



 本当に、完全に元に戻すことができるかもしれない!


 そう直観したとき、セラフィーナはこの場で即新しい魔法を織りなした。

 食い千切られた後なのに、あのように必死に抵抗しているような、そんな魂の欠片など、今まで見たことがない。


 だからいままで一度も考えたことも、見たこともない、魂の欠片を救い上げる魔法。


 自らが持つ世界に、癒し、護り、救う力に願い、自分の想いを、救いたいという気持ちを織りなし、紡いで。


 その魔法は、魂という本来形のないもの、その欠片を優しく包み、それを食おうとするものからそれを護り、壊れないようにゆっくりと引き離して、


 シェリーヌの元を離れたその欠片は、ゆっくりとセラフィーナのもとにたどり着き、その手のひらに吸い込まれていくように消えていく。


 激痛が消え、荒く息をつくシェリーヌに向かって。



「ソウルドレイン。


 とは、少し違いますが。

 あなたに千切り取られた、大切な魂の欠片。


 たった今、あなたの闇の如き魂から救い出し。


 確かにわたくしが預かりました。」


 先ほどの冷ややかな声とは違う。

 どこか安堵したような、優しく暖かい声色に戻って。


「この魂の欠片は、わたくしが責任をもって、シェフィールド卿にお返しいたしますわ。」



 信じられないことを言う。

 千切り取った魂を、ソウルドレインで吸収した魂を、その部分だけを分離して、奪い返すなど、出来るわけがない。


「ぜぇ。ぜぇ。あ、あんた。何言って?」


「お気づきでしょう。わたくしが、何をしたのか。」


 確かに何か、自分の中にあった暖かいものが、奪い取られたような感覚がある。

 だが、本来ソウルドレインで奪った魂は、奪ったものに魔力として吸収されるはず。



「そ、そんなことが、できるわけが。」


 感覚としては喪失した感じがあるが、それでも言われていることが、全く理解できない。

 魂の欠片を分離するなどという、ソウルドレインの使い手としても想像すらつかない魔法。


 そもそも、ソウルドレイン自体がそう簡単に会得できるような魔法ではない。

 自分のように、人を人とも思わないような、そんな精神でなければこの邪法は身に着けられないはずなのに。


 それを、グライスに返す?

 人のために魔法を使うものが、人から魂を奪う魔法などを使えるわけがないのに。



「出来るわけがない。


 そうですわね。あなたが知っている魔法では。

 魔法というものを、ただ他者を傷つけ、悲しみを生むためだけに使っているようなあなたには。


 大切なものを救うため、魔法を織りなすことなど。


 決して、できませんわ。」


 まるで、使っている魔法そのものが、全く別のものだというように。シェリーヌの魔法に、侮蔑を込めて。



 セラフィーナの性質として。


 彼女は人の心をとても大切にするが、その対極にいる、人の想いをないがしろにするもの、非人道的な嗜好を持つものについては、一切の慈悲がない。


 相手が人である以上自ら裁くことはないが、そんな相手に対してはウィンストに対して行った罰のように、基本的に冷徹である。


 なぜなら過去、魂が視えるようになる前の彼女は、出来る限りの慈悲をもって人々に接し。

 本当に救えないものへの慈悲が、悲しい結果を生んでしまうということを何度もなんども経験して。


 その過ちを、二度と犯さないために。

 本当に大切なものと、救えないものがわかるように。

 願い、祈り、研鑽し続け。気が付けば、魔力視がそれを教えてくれるようになったのだから。



 それはつまり、シェリーヌの魂を視た瞬間、セラフィーナはこの女を、ウィンスト同様救えない魂。


 いや、それ以上に。魂を食い散らかすことに愉悦を感じるような、人の皮を被った何かと、気づいたがために。


「あなたには戒めの魔法をかけました。

 今後一切、他者への悪意を持つ行動はできません。


 後ほどフィルメリアの騎士団に引き渡しますので、それまではもうしばらく、お眠りなさい。」


 その言葉と同時に、セラフィーナをにらみつけていたシェリーヌからふっと力が抜け、眠るように目を閉じ。




 みな、セラフィーナの迫力というか、圧力というか。

 セラフィーナがシェリーヌと相対してからは、誰一人として全く言葉を発せず、ただ見守るだけだったが。


 やはり唯一、そんなプレッシャーに無縁な侍女は。


「やっぱりセラ様のお眠りの魔法はすごいですね。

 なんでこんなふうに直接、一瞬でかけれますかねー。」


 何の気負いもなく、いつも通りな感じで。


「ふふ。確かにこの魔法は少しコツがいりますが。

 シェルンも解放していれば、できるのではなくて?」


 こちらもすでに、いつもの柔らかな雰囲気で。



 空気が元に戻り、アセリア姫は。


「セ、セラフィーナ様。今の魔法。

 魂を、救い上げると。」


 アセリア姫ですら、全く理解が及ばない。

 そもそも魂というものを視える存在がいない。


 ただ、その言葉から、その表情から。セラフィーナがソウルドレインで奪われたグライスの魂を、奪ったものから分離して取り返したという。

 そんな、現実離れした事実だけは、理解して。


「ええ。シェフィールド卿の魂の欠片。とても強靭なお心でしたようで。まだあのものの中で、頑張っていらした。


 ですからわたくしも、そんな強いお心を救いたいと、そう願いまして。


 魂の欠片を救い上げる魔法。

 少し難しかったですが、先ほど、織りなしました。」


 その言葉に、言葉が返せない。

 高みにいることはわかっていたが。

 シェルンに聞いた時から。転移魔法を見たときも。


 セラフィーナのいる場所は、信じられないほどの高みだと分かっていたつもりだったが。



(魂を。人の心を魔法で救い上げるなんて。

 貴女の見えている世界は、どんな世界なんですか?)


 アセリア姫には見えない。分からない。


 でも。この方は。


 わたくしの祖先の姉である、この方は。


 ずっとずっと、魔法を信じて、研鑽し続けて。

 今この、信じられないほどの高みにいる。


 それは決して、絶大な魔力があるからでも。

 無限の時間があるからでもない。



 研鑽し続けたからこそ、今のこの方があるんだ。



 ならば。そんな世界があるのなら。


 そこに少しでも近づけば。



 わたくしもきっと、もっと救える、もっと護れる。




 セラフィーナ様は、それを信じさせてくれる!






「シェルン。申し訳ないですが、またこの方をお部屋に戻しておいてください。」


 侍女に再度お願いして。


「レイノルド様。後ほどで構いませんので、彼女もあの男と同様、騎士団で連行をお願いできますか?」


 シェリーヌの身柄は、フィルメリアに任せて。


「お話を聞くだけの予定でしたが。

 ミリエラさんのお父様、とてもお心が強い方ですのね。

 これなら想定以上に、お約束を果たせそうです。」


 少し嬉しそうに、伝えて。




「ではミリエラさん、そろそろ参りましょうか。」


 今日もっとも重要な、シェフィールド卿に施された術の解除と魂の救済、そして領民への説明。

 ミリエラにとっては、最も大切になるはずの、一日。


 昨日、失意の底から助けてもらい、たくさんの暖かさ、優しさで心もいやしてもらい。


 今日は自分が父を救う番である。


 ミリエラ以外の者にとってもこれから行うことは、このフィルメリアに仕掛けられた悪辣な攻撃に、本当の意味で対処するという重要な意味を持つ。


 なにより、魂の欠片をシェリーヌから取り戻すという、信じられないような魔法を見せられて。


 父を、本当に救える!きっとこの方が救ってくださる!


 セラフィーナの言葉に、そして見せてもらったその力に、ミリエラも意を決したような表情を見せ。



「セラフィーナ様。その、えっと。」


 それからちょっとだけ、困ったような表情を見せ。




「今日もまだ、寝着ですよ。」




 セラフィーナの後ろでは、うんうんとうなずいているシェルンに、そういえば!と今更気づいたアセリア姫。


 レアニールも慣れてしまったのか、ちょっと呆れた顔になっていて。


 レイノルドは薄手のネグリジェというその姿に、ずっと視線を向けられず、そのことを口に出すこともできず。

 口に出したらなんかミリエラに悪い気がして。

 決してそんなことはないのだが。


「あら?え、えっと。」


 今日はミリエラだけではなく、多くの、しかも自分と同じ血を引くというアセリア姫の前での失態に。

 さすがにちょっと恥ずかしそうにして。


「わ、わたくしとしたことが。ごめんなさいね。」


 取り繕うこともできず、素直に謝って。


 また、神に祈りをささげる少女のようなポーズで。

 金色のキラキラで、神々しい感じのお着替えをして。


 その神秘的な姿に目を奪われて、アセリア姫なんて少し感動してうるうるしているが。



「そ、それでセラフィーナ様。昨日もそうでしたけれど。

 その、お着替えの魔法というか、ドレスを生成する魔法というか。その詠唱って。

 やっぱり神様にお祈りする感じなんでしょうか?」


 昨日も見せてもらった、その神々しい姿に。

 その魔法、ドレスの物質化ってどんな魔法なのだろう?と興味を持ったミリエラに。



「ふふ。この魔法はこんな感じの術式を使ってですね。」


 そういって、微妙に誇らしげに。複雑だけど綺麗な形に織りなした、ドレス具現化の術式を目の前で可視化して。

 なんとなく術式の形そのものが、今セラフィーナが纏っているドレスとちょっと違う、別のドレスの形をしていて。


「ちょっと魔力を流せば、はい。この通り。」


 一瞬で、セラフィーナの纏っているドレスが、その術式のものに切り替わり。



「あれ?で、でしたら、さっきのお祈りのような、神秘的なお姿は何のために。」


「あれはですね。こう、今のようにぱっと服を変えてしまうと、あまり雅さがないといいますか。気づかれませんし。


 でしたらキラキラとした光の中、お祈りしている姿のほうが、神秘的で素敵に見えると思いまして。

 ミリエラさんも、そう思いません?」



(この人はまた、なにを言っているのだろう。)




 まさかの見た目重視だった。



「そ、そうですね。神秘的、でした。」


(まあ、セラフィーナ様ですものね。)





―― お昼前。シェフィールド邸。



 お屋敷で働いている方のことを考えたら、昼食が終わった後のほうがよかったのかもしれないけれど。


「術を解除された直後は、とても消耗しますわ。

 終わった後にお食事のほうがおすすめですわよ。」


 という、セラフィーナのおすすめに従い、この時間での訪問となり。


 事前にセティスが屋敷にも根回ししてくれていて、一行はなんの問題もなく、シェフィールド卿に目通りし。


「これはアセリア姫様。今日はどのようなご用向きで。」


 お姫様が連日訪ねてくるという状況に、傀儡状態のシェフィールド卿もちょっと混乱しているようで。


 さすがに込み入った話というか状況になるため、屋敷の使用人はレアニールを除き、みな席を外してもらっている。



「お父様。今日は少し、お時間をいただきます。」


 姫の後ろから、ミリエラが歩み出て。


 その姿を見て、先日のやり取りを思い出したのか、あるいはシェリーヌのかけた術の影響か。


 ミリエラを見て、すこし苦い顔をしたグライスだが。


 さすがに姫君の御前。先日のような感情的な状態にはならないようで、困ったような表情で。


「ミリエラ。これはどういうことだ?

 アセリア様に、お前が進言したのか?」


 また意見具申に来たのかと、少しだけいらだちを感じさせる声色で娘に問いかける。


「いえ、お父様。

 今日は私もお話に来たわけではないのです。



 セラフィーナ様。お願いします。」


 父の言葉には軽く返事を返すだけで。

 ミリエラは、セラフィーナに場を譲る。


「セラフィーナ?」


 突如知らない人物の登場に、さすがに首をかしげるが。


「シェフィールド卿。初めまして。

 わたくしはセラフィーナと申します。ですが。


 今の貴方との会話は、あまり意味を成しませんので。」


 セラフィーナにとって、傀儡となっているグライスとの対話は時間の無駄である。


 対話するとしても、その相手は本来の心を取り戻した、ミリエラが誇りに思う父なのだから。


 だからセラフィーナは、即時魔法を発動し。


「う!?」


 セラフィーナとシェルン、そしてアセリア姫だけが見えている、グライスに施された魔術が、瞬時に解除される。


「う...あ...」


 そのまま、自意識を喪失したかのように、うつろな表情となり、崩れ落ちそうになる父を。


「お父様!」


 すぐにミリエラが支え、そっと椅子に預け。


 今のグライスは、魂が欠損したうえで、そこを補うかりそめの、偽物の自我も存在しない状況で。


「さて、ここからが一番大事ですわね。」


 セラフィーナも傍につき、自身がもつ癒しの力。金色こんじきの魔力を発動して。


「ミリエラさん、お父様の手を握ってください。」


 そっとミリエラの肩に手を添えて、父を思う娘に手助けをお願いする。


「はい。こんな感じでいいですか?」


 しっかりと父の手を握ったことを確認し。


 セラフィーナは、先ほどシェリーヌから奪還した、グライスが奪われた魂の欠片を。

 ミリエラを経由して、ゆっくりとグライスの中へ。

 自身の魔力視で視える、欠けて薄まってしまった魂へと導いていく。


「ミリエラさん、あなたのお心も、想いも一緒に、お父様にお伝えします。心の中で、呼びかけてあげてください。」


 ミリエラにお願いして。



(お父様。どうか。どうか戻ってきてください。

 優しかった、私のお父様にっ!)



 祈り続ける娘の。



 心を、想いを掬い上げ。


 セラフィーナの世界が、魔法が。

 魂の欠片に、想いをそっと寄り添わせて。



 その想いを載せた欠片を、ミリエラの中から、手をつないだグライスの中に、ゆっくり、優しく導いて。



 静かな時間、透き通った金色が舞い散る執務室の中で。


 徐々にその部屋の主が、その瞳が。

 確かな、本物の意志の光を宿して。



 長い、長い悪夢から帰還した父は。




「ミリエラ。ありがとう。


 すまなかった。」



 言葉は少なく。

 今までの自分を覚えていたのか、娘に詫びる。


 セラフィーナは、自身の場をレイノルドに譲り。

 レイノルドは、大切な許嫁の肩に手を添え。


 アセリア姫と合流したセティス。

 レアニールも、そしてシェルンも。

 静かに、優しい時を見守って。




 憑き物が取れたような。

 そんな優しい、父の表情を見て。




 娘は、流れる涙を止められず。




「お父様...



 おかえりなさい。お父様っ!」




 本当に。やっと帰ってきた父との再会は。




 とても優しい、皆の想いに包まれて。

ようやく、ミリエラさんの想いがかないました。長かった。


あとは領民に説明すれば一件落着。になるはず。

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