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1-3:翌朝はのんびりと

ここから一部、ミリエラさん視点のお話が入ります。

 カヤック村。

 フィルメリア王国最北端にあるシェフィールド領の、もっとも東にある小さな村である。


 美しい自然と美味しい海産物以外は特徴もないその村のはずれで、人知れず災厄の魔女は過ごしていた。



 村から少し離れた場所に位置する、足場の悪い岩山。

 かつては鉱山があり、一時期人も集まったが、今ではほぼ廃墟になっている。

 そんな寂れた場所に、周囲に融け込むように隠蔽魔法が施された、目立たない建物があった。


 半年ほど前に、魔女が独自の建築魔法で作り上げた、即席の住居である。

 いくつか据え付けられた窓のひとつから中を覗けば、早朝からキッチンで楽しそうに動き回る少女が見えて。



 元気に朝食の準備をするのは、薄いピンクシルバーの長い髪をツインテールに結い、ゴシック調の黒いメイド服にヘッドドレスを身に着けた可愛らしい少女。


 名はシェルン。

 災厄の魔女セラフィーナに長年仕える侍女であり、普段は見た目通り、メイドとしての役割を果たしている。


 シェルンはキッチンからリビングのテーブルへ最後の一品を運び、「ん...」と軽く伸びをすると、次に蒸らしていたハーブティーをカップに注いで。

 リビングに面した扉の1つへ向かうと、コンコン、と軽くノックをし、扉の向こうへ挨拶する。



「おはようございます。セラ様」

「おはよう、シェルン」



 部屋の中から返事を聞くとともに扉を開き、中に向かい一礼する。


 セラ様と呼ばれたシェルンの主人、セラフィーナはすでに体を起こしており、ベッドの上に腰かけたままで入ってきた侍女に顔を向けた。


 シェルンのそれと同じ、淡いピンクシルバーの髪を長く伸ばした、空色の瞳を持つ少女。

 整った顔立ちには高貴さが溢れ、その美貌はアセリア姫に勝るとも劣らない。



 常に優しい微笑を湛え、その佇まいは気品に満ち。

 薄いネグリジェを身に着け、ベッドに座るその姿は、寝起きだというのに高貴で清楚な雰囲気に包まれている。



 この人物こそが、昨夜アセリア姫に脅迫状の書簡を送り付けた張本人であり。

 いにしえの時代より生き続ける、災厄の魔女。



 シェルンは主人の微笑に可愛らしい笑顔を返し、ソーサーに載せたカップをベッド脇にあるテーブルへと運ぶ。



「お目覚めのお茶になります。どうぞ。」


「ん、いい香り。ありがとう、いただくわ。」



 セラフィーナは、運ばれてきたハーブティーの香りを目を閉じてゆっくりと堪能し、しばらくしてから手を伸し、カップをそっと口に運ぶ。



 その所作はひとつひとつが洗練されたものであり、貴族や王族といった上流階級のように優雅である。



「今朝は村で頂いたミントに、レモングラスをブレンドしました。如何ですか?」


「えぇ。とてもすっきりとして、気持ちよく目が覚めますわ。今朝もありがとう、シェルン。」



 セラフィーナがゆっくりとハーブティーを味わう姿を眺めつつ、満足そうにするシェルン。

 この侍女はお茶が好きなセラフィーナを満足させるために長年研究し、今では趣味の一つになっている。


 朝のティータイムを楽しむセラフィーナに歩み寄り、自身が仕える主人の隣に座ると、軽い感じで質問する。



「セラ様、書簡は予定通り、お姫様が無事に開封されたみたいですね。あのお姫様、


 いえ、この国はどう動くと思われます?」


「そうですわね。


 まずは兵士で偵察して、でも奇襲やミリエラさんの奪還は無理ですわね。現地に城がないですから。」



 ベッドに腰かけたまま、微笑を絶やさずに。ゆっくりとハーブティを味わいつつ、侍女の質問に答える。


 今は偽装誘拐の脅迫状をアセリア姫宛で届けた次の朝。約束の日まではあと二日である。



「優れた指揮官がいれば、このあたりにも偵察の者は来るかもしれませんが、昨夜は静かなものでしたね。」


「セラ様の隠蔽魔法に気付くものなんていませんから、ここはバレないですよ~。」



 人を攫い、脅迫までしているとは思えない程にのんびりとしたやりとり。緊張感もなにもない。



「わたくしとしましては、いきなりアセリア姫様が来られても困りますけどね。

 せっかくミリエラさんにもご協力頂いてますのに。」



「そうですねぇ。とても平和な国って感じでしたけど…

 ずいぶんと腐敗や策謀が進んでますし…国王様や姫様には現状を見て頂きたいですし。」



「まぁ、そうですわね。

 集めた情報を纏める限り、王族の皆様や騎士団長様は、とても素敵な方のようです。」


「貴族は半分以上ダメダメですね!いつの時代も権力をもつと人って腐りやすいですね~!」



 頑張っている貴族もいるのだから一概にそうとは言えないのだが、セラフィーナ達が半年前から調査しているこの国の内情は、それはひどいものであった。



 他国と内通する貴族。

 国民を護るべき騎士団の一部が行っている、騎士道精神に悖る非人道的な振舞い。

 中央の目が届かない地区の荒れた治安。



「できれば。

 いえ、絶対にセティス様には来ていただきたいですわ。

 王国最強騎士の力、存分に見せて頂きたいです。」


「女性で殿方の騎士よりも遥かに強いという事は、

 間違いなくセラ様と同じ魔法騎士タイプですよね。」


「ですわね。剣技も魔法も同時に魅せて頂けそうです。

 今から楽しみで仕方ありませんわ。」



 自分を討伐に来るであろう最強騎士に、謎の期待をかけまくるセラフィーナ。

 キラキラの笑顔で無邪気に語るその姿は、とても災厄の魔女と呼ばれる人物には見えなかった。




「それはともかく、約束の日までにできるだけ状況を動かさないといけませんわね。」


「そうですね。

 私の予定は明確ですが、セラ様はどうされますか?」



「わたくしは貴女の動く領都以外で、少し陽動と。

 それ以上に、ミリエラさんとの対話、ですわね。」


「お願いします。」




 本当に願うような響きを持った言葉に無言で頷いて、セラフィーナはベッドから立ち上がる。

 シェルンもそれを見てすぐに立ち上がり、邪魔にならぬよう扉へ向かう。




 今は明るく振舞い、この二人と少女同士で楽しく過ごしているミリエラ。

 昨日、書簡をしたためる時も、混乱しながらも楽しく付き合ってくれた。




 だがその心は、今もまだひび割れたまま。


 ほんの少しの衝撃で砕け散ってしまう事を、二人はよく知っていた。




「さて、先の事は置いておき、まずは今日明日と、為すべきことを為しましょう。」


 言いつつ、セラフィーナもシェルンの後を追うように扉に向かう。



「そうですね。この二日、やらなきゃいけないことはいっぱいです!」


 国家相手に大絶賛脅迫中、という緊張感はそこには一切無く、変わらぬ微笑と、元気な笑顔。主従の二人は寝室からリビングへ向かう。



「ところで、シェルン」

「はい。なんでしょ...んっ!」



 侍女を唐突に呼び止めると、セラフィーナは振り向いたところを抱きしめた。


「ん...」



 二人を暖かく優しい光が包み込み、しばらくそのまま、静かに時を過ごし。


「今日はお願いしますね。シェルン。」

「はい。おまかせください。」



頬を赤らめ、潤んだ瞳でセラフィーナを見つめるシェルン。



 優しい光。暖かさに満ちた魔力。魔女は眷属たる侍女に、それを分け与え補充する。

 今日の任務を、必ず無事に成功させるため。




―― ふたりはリビングに入り。


 シェルンが用意した食卓の朝食をみつめ。

 少し困った顔で立ち止まるセラフィーナ。



「セラ様?どうされました?」

「えっと、ミリエラさんはまだお休みですの?」

「はい。これから起こすつもりです。」




「寝起きでこんなに食べられますでしょうか?」

「あ」



 セラフィーナとシェルン。

 災厄の魔女とその侍女は、莫大な魔力を持つせいか、とても燃費が悪かった。

 そして食卓には、三人分に綺麗にそろえられた食事が。



 一人分が、普通に考えて、成人男性四人分くらいのボリュームで並べられていた。

 きっと寝起きじゃなくても無理な物量である。



―― コンコン。


 ん?誰、レアニール?まだ眠いんですけど。


 私付きの侍女レアニールは、毎朝決まった時間に起こしてくれます。

 ですが私、ミリエラ・エル・シェフィールドは、今日は二度寝と決め込みました。


 だってふかふかで、とても気持ちいいベッドの中で、こうしてうにゃうにゃ。


 コンコン。


 だから、レアニール、今日は二度寝だから諦めて。


「ミリエラ様、朝ですよ~。起きてますか~?」


 ん?あれ?レアニールの声、じゃない?

 えっと、確かシェルンさんの声。シェルンさん!?


 ガバッ!!



 あああああやっちゃいました!ここは私のお部屋でも無ければ私のおうちでもないです!



「は、はい!起きてます~!!」


 慌てて跳び起きて、部屋に備え付けられた鏡の前へ。

 やばいやばい寝ぐせで頭ボサボサ!これはまずいです!



ガチャ。


「あ。」


「起きてらしたのですね。おはようございます。」




「お、おはよう。ございます。」



 黒いゴシック調の服をカチッと着こなし、薄いピンクシルバーの長い髪をツインテールに結って。

 とっくに身支度を済ませている可愛らしいメイドさんが、寝起きまんまの私を見つめます。



「・・・・・」



 はずかしいハズカシイ恥ずかしい!!

 こんな格好をそんなみつめないで!



「あら、身支度されるのですか?お手伝いしますよ。」



 鏡の前に座った私を見て。

 いや、私のこのボサボサの髪を見て?笑顔で部屋に入ってくるシェルンさん。



「あ、えっとっ!そのっ!」



 完全に固まった思考回路で必死に言い訳を考えます。

 どどど、どうしよう。こんなみっともない姿見られて。


 貴族の子女として、他家の侍女に対してこれはダメです!完全にアウトです!!


 そう思いつつも、何もできずにあわあわしてると、当たり前のように近づいてきて。



「はい、鏡の方を向いてくださいね。」



 テキパキと準備を進め、いつのまにか手にしていた櫛で私の髪を梳かします。


 凄い!めちゃくちゃ手際がいい!

 レアニールよりずっと上手なんじゃ?


 見た目はどうみても私と変わらないか、いや、私より年下に見えるくらいなのに。



 私の知らないヘアオイルや化粧品を使い、あっという間に綺麗にされて。

 この保湿液スゴイ!お肌がモチモチです!髪もサラサラ!ヘアオイルが全然べたつかない!


 なんて、色々してもらってるのに、変なところで感動している場合ではありませんでした。



「はい。出来ましたよ。お綺麗ですよ~。」


 嬉しそうに言うシェルンさんに。



「あ、ありがとうございます。」


 間の抜けた返事しかできない私。




「ではお召し物を。」

「わー着替えは自分でできます!着替えます。はい!」



 まさかお世話になっている高貴なお方の侍女に、これ以上させるわけにはいきません。

 何とか退室してもらい、私はあわてて着替えました。


 身支度を整えリビングへ入ると、そこには優雅に佇むセラフィーナ様の姿がありました。

 薄手のネグリジェ姿、なんだか恥ずかしくて直視できませんが、変わらず高貴なオーラが溢れ出てます。



「セラフィーナ様。おはようございます。」

「おはようございます、ミリエラさん。

 昨夜はよく眠れまして?」



 早速優しい微笑に気遣いの言葉。この方はいつもこうなんだな、と改めて思います。



「はい。とても気持ちの良いベッドで。

 ありがとうございます。それと。」


 私は両手を前に揃え、深く頭を下げます。



「改めて。

 昨日は本当に、本当にありがとうございました。」


「ふふ。お礼は昨日、たくさんいただきましたわ。

 でも、ありがとう。さ、頭をお上げになって。」


 優しく受け止めてくれるセラフィーナ様。



「ミリエラ様、そういう堅苦しいのは無しで。

 みんなで朝ごはん食べましょ。」


「そうですわね。さあこちらへ。一緒に頂きましょう。」



 空気を読んでか読まずか。



 シェルンさんが元気に声をかけてくれて、セラフィーナ様にも優しく手招きされ。



「はい。えっと。す、すごいたくさん...ですね。」



 昨日同様、とても素敵なのに、どこかズレたお二人にさっそくやられました。


 朝ごはん。



 こんなに食べられるわけないじゃないですかー!




 テーブルに並べられたのは、サンドイッチに卵焼き、お野菜のサラダに。

 朝からカラアゲにベーコンたっぷりのコンソメスープ、お魚のソテー。



 しかも全部たっぷりのボリュームで。大人の男性でも四人分くらいでは?


 そんなサイズのスペシャルモーニングが。


 テーブルに三人前。

 つまり一人で四人分の分量で。



「やっぱり、無理ですよね。

 食べられる分だけ頂いてください。」



 苦笑いのシェルンさんと。



「ねえシェルン。ミリエラさんに取り分けて頂いて。

 余ったらわたくしが頂きますわ。」


 綺麗な笑顔で高貴な雰囲気を台無しにする、大食い宣言のセラフィーナ様。



 とても呆れた、そして昨日の事が信じられない程の幸せな朝が訪れました。



 なぜこんなことになっているか。



 それは私にとって激動の。最悪とも言ってもいい。



 そんな一日だった、昨日を発端とします。

次回からしばらくミリエラのターンです。


しばらくの間、メインヒロインのアセリア、セティスは空気です。

そんなのでいいのかな?


1-1後書きで紹介されてないキャラクターをこちらで。


■シェルン

<災厄の魔女>とよばれるセラフィーナに長年仕えるメイド少女。

セラフィーナと同じ髪色で、同郷と思われる。

常に元気で人懐こく、笑顔を絶やさない感じの子だが。

魔女が少なくとも1500年以上生きているので、長年セラフィーナに仕えているという事は、彼女も魔女と同じ人外である。

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