3-4:書簡の真意
中空に佇み、周囲を見渡す。
先の交戦の間もできる限り注意して、戦場は街中にならないよう、人がおらず建物のない場所となるよう。
弾き飛ばされるたびに、誘導してきた。
今シェルンがセティスと相対している場所は、街からは離れた郊外。既に大きく開けた場所に来ている。
仮に戦闘を継続しても、ここならば問題無い。
出来るならば、やはり戦いたくはないが。
シェルンはそんな想いを籠め、ひとつ行動する。
「セティス様には申し訳ありませんが、引いていただきます。」
両手にあったダガーが虚空に消え、右手をセティスに向けてそっとかざす。
(来るっ!?)
シェルンの手に透き通った金色の、暖かい魔力が集中し、消えるのを見て。
(なんだ?い・・・ま・・・?)
その様子を見て、そこからの攻撃を警戒し油断なく見据えていた。・・・はずだった。
そのセティスの身体は、金色の魔力に既に包まれており、優しく癒すように。安らぎを齎し、安心感に満たされ。
(これはっ?まずいっ!!)
自分の心に齎された安らぎに、安心感にあえてむち打ち、その感覚を引きはがす。
「貴様、今のはまやかし、か?」
今の感覚は危険だった。
戦場にあって、暖かく優しいぬくもりの中で。
のんびりと体を休めて、ゆっくりとした落ち着いた時間を過ごすような。
幼子が母の腕の中に、抱かれているような・・・
「違います。騙すような真似はしておりません。セティス様程のお方であれば、お気づきかと。」
目の前の少女が告げる、その言葉。
言われる前から、そう分かっている。気付いている。
少女の放った自分を包み込んだ魔力は、本当に今までの疲労を癒し、高速機動で傷ついている身体も癒していた。
アセリア姫の誇る回復魔法、ハイ・ヒーリングをさらに上回るような、そんな癒しの力で。暖かい力で。
「なぜ回復魔法を、敵に施す?」
「引いていただくと申しました。それにセティス様と、敵対する意思はございません。
最初に申しました通り、貴女と戦うつもりはありません。」
この少女のスタンスはやはり最初から徹底していて、みせるのは離脱、防戦、戦闘の拒否。
やることがあると言っていた。それが何かは分からないが。
いや、かの魔女の関係者であれば。そして推測通りならこちらにとって悪い結果にはならないと考えてはいるが。
だがまだミリエラは彼女らの手中にある。
絶対の信頼が置ける状況ではない。
出来るならこちらがこの少女を確保し、交渉が必要となった場合に有利なカードを用意する。
国を護るという責務がある以上、自分と姫の想定だけで事を進めることは。状況によって、国民にリスクを取らせることは出来得る限り避けたい。
「今の魔法だけでも私の力量はお判りいただけたかと。賢明な判断を願いたいのですが。」
だが、ここまで戦力差があると。
なにより、ここまで優しさを見せられると。
――
コンコン。
自室を訪れた人物に、部屋の主が声をかける。
「誰だ?」
「おはようございます姉様。わたくしです。」
「アセリアか。開いている、入ってくれ。」
アセリア、姫を呼び捨てにする姉様は、騎士団長のセティスである。
普段はお互い敬意を持ち「様」づけで呼ぶが、二人きり、あるいは王、王妃との四人の時だけは、二人はこう呼び合っている。
少し、なんかこう。
美しい百合の花を想起させるかもしれないが。
たぶん違う、とおもう。
魔女から届いた書簡を確認した日の翌朝、アセリア姫はセティスの元に訪れていた。
「昨日は大変だったが、少しは眠れたか?」
「はい、皆様のお陰で。姉様も?」
皆様とはセティスに代わり、姫の護衛についていた三人の騎士の事である。
セティスはあの後騎士団に指示を出し、レイノルドの元を訪れ、グラツィオにシェフィールド卿への伝令を直接手配した。そういえば彼はまだ戻っていないか。
実は知らない所で彼もおかしなことになっている。
のは今は置いておき。
騎士団の大隊をひとつ動かすという手続きは、それなりに大変である。
細かなところは各担当が行うが、今回は状況が悪い。
セティスは団長として自分が責任を持ち、方々に挨拶に行き、魔女のことが表沙汰にならないよう、知り得るものの範囲を狭め、箝口令を敷いて。
結局昨夜は姫の元に戻れることは無く、深夜まで団長としての業務に追われていた。
「少し遅くまでは起きていたがな。それなりには寝たよ。」
今日以降、もしかするとあの魔女と戦闘になる。
その可能性はゼロではない。
今は少ないと見積もっているが。
だが万が一に備え、自分の体調も万全を期すべき。
そのためにセティスは昨夜業務が終わり次第、自室に戻って睡眠をとり今日に備えた。
「昨晩から、そして今朝もずっと考えているのですが。」
窓辺に立ち外を眺めるセティスの後ろで、アセリア姫は部屋に備えられた小さなテーブルの椅子の一脚に腰かけ。
その表情は昨夜の。
ミリエラを案じていた不安げな様子は全くない。
その瞳にはセティスと共に、討伐任務に出た時のような。各地を巡り癒しの旅をしているときのような強い意志の光を湛えている。
常に人々を助け、護る。そんな本来のアセリア姫を取り戻した、そんな様子が垣間見える表情で。
「ミリエラさんを攫ったというあの魔女。本当に・・・いいえ、本当の意味で攫ったという事なのでしょうか?」
魔女の放った言葉を反芻し、その意味を考え。
アセリア姫は違和感に気付いた。
「そうだな、私も色々考えたが。
アセリアは、どう思っている?」
セティスもやはりあの書簡について、あの後ずっと考えている。
考えれば考えるほどミリエラを人質とした人物の、あまりに優しい雰囲気と、丁寧な物腰。
そして、アセリア姫に対する「お願い」という言葉。
圧倒的な魔法の能力を見せつけながらも、その力は決して相手を傷つけるような形では使われず、伝えることだけに徹していた。
姫を求めるのであればもっと攻撃的に、それこそあの書簡にも攻撃魔法を仕込む事さえ容易と思えるのに、そんな手段を取らなかった理由。
「わたくしはあの時、魔女がミリエラさんの首に触れた。
その手を見た瞬間に冷静さを失いました。
ですがあの魔法の信じられない程の高みも、ミリエラさんを鎖につないだ姿も。
明らかにわたくし達、見るものの心を乱し。
そうして考えを誘導し、誤った答えを導きださせ。
何か本質を隠している。今はそう思えてなりません。」
その場から離れ努めて冷静に、起きた状況を客観的に考えて、ひとつひとつの言葉を、内容を思い出していき。
そしてひとつ、気付いた。
「姉様はあの魔女、セラフィーナと名乗ったあの方が、なぜミリエラさんと私の関係をご存知だったか。
その点については考えられましたか?
あの方は確かに『親友』という言葉を使いました。」
そう、あの書簡で語られた『大切な親友が魔女の手にかかり』という言葉。
アセリア姫にとってかけがえのない存在であることを、魔女、セラフィーナは明確に理解していた。
「ああ、確かにそう言った。だからこそアセリアは必ず魔女の元に赴く。そのような期待、要望。改めて考えれば、そういった思惑も感じたな。」
あの時は、親友だから助けるのは当たり前。
そんな、ほんとうに「あたりまえ」のことだから、アセリア姫もセティスも気付けなかった。
「なぜあの方は、わたくしとミリエラさんの関係をご存知だったのか。
わたくしの知るミリエラさんは、姉様も同じお考えかと思いますが、聡明で思慮深く、周りの人々をとても大切にする、わたくしにとっても誇れる友です。
そのミリエラさんがわたくしを呼び寄せるために攫った魔女に、わたくしと親友であるなどと。
教えるはずがありません。」
一夜明けて冷静になって、一つひとつの言葉を思い出し。
親友。そのことは近しいものか、そうでなくとも常に姫とミリエラの間柄を見てきたもの以外知りえないはず。
二人で公務を行うようなこともないのだから、市井の噂になるような事もないし、わざわざ喧伝もしない。
「ああ、ミリエラならばそんな情報を漏らすことはない。
あるとすれば、考えられるのはふたつ。
魔女に心を操作されたか、あるいは。」
窓辺から振り返り、アセリアの座るテーブルに近づき。
「あるいはミリエラさんご自身の意思で、伝えてよいと考えた。姉様もやはり、そう思われているのですね。」
立ったまま姫を見下ろすセティスの目を、座ったままでしっかりと見据え、姫も同じ考えであると告げる。
「第一あの書簡はあれほど高度であるにもかかわらず、ミリエラを攫ったという言葉とその姿。
それ以外に一切の悪意がない。」
セティスの言葉に、静かにうなずくアセリア。
姉と慕う騎士団長の、続きの言葉を待ち。
「あの言葉そのものも、騎士団を動かすと決めた時にふと気になった。違和感を感じた。
アレは本当に悪意なのか?ブラフではないのかと。
なぜ今状況が見えない、シェフィールド領主の令嬢をタイミングよく攫うのか。
明らかに我々をシェフィールドへと誘っている。」
渡りに船とばかりに斥候に丸ごと第二大隊を動かし、王国に蔓延る問題を探る。そのための道具にも利用したが。
「姉様はミリエラさんを攫ったこと自体が、我々、王宮の目をシェフィールドへ誘導するためのもの。
そう思われるのですね。」
「それもある。
だがそれだけだと、まだみっつ疑問が残る。」
セティスもアセリア姫の隣にある椅子の一脚に落ち着き。
「なぜあの者は誘拐などという、相手の気持ちを逆なでする形を取ったのか。
なぜアセリアを呼ぶのはすぐではなく三日後なのか。
そしてなぜアセリアへの願いを書簡で述べないのか。」
考えるほどおかしい、書簡の内容。
「はい。わたくしもミリエラさんがおそらく信頼された方が、なぜ誘拐などという形で、こちらに敵意を見せたか。」
王国の至宝といわれるアセリア姫。
その姫君との関係すらも話してしまうくらいに信頼される人物であれば、こんな回りくどいことをせず直接姫に願い出ればよいのではないか?
「おそらく魔女は。いや、セラフィーナはこちらの力量を試すつもりではないかと、私はそう考えている。」
あの時は必ず斬る!などと考えていたが。
冷静になればなるほど、その気持ち自体が乗せられたものに感じてくる。
そもそもあの書簡に籠めた魔法だけで、魔女の方が格上であることは容易に伝わるはずである。
にもかかわらず、まるで表面上は敵対を望むように。
格下の者が自分に対し、絶対の覚悟で挑ませるように。
「姉様も、そうお考えなのですね。
わたくしも昨日あの素敵な、芸術のような封印を解いたとき、そのあとの事で昨日は動転してしまいましたが。
でもあの時封印をひとつひとつ見て、解析して、解いて。
今思えばあの封印は本当に、今のわたくしに合わせられていた難しさで。
これは試されているのではと、そう感じました。」
姫の言葉にセティスも頷く。
おそらく間違いなく、自分たちは今試されている。
「そしてふたつめ。なぜアセリアを三日後に呼んだか。
あれほどの者であればすぐに来いと言えば済む話だ。
そうでなければ三日は中途半端に過ぎる。」
これについては既に、セティスの中では明確な答えが出ている。
「我々を試そうとするものが、我々の目をわざわざシェフィールドに向けて、三日・・・いや二日の猶予を与える。
ならば答はひとつだ。
かの者はシェフィールドの問題を既に把握していて、そしてそれを我々に見せようと、解決させようとしている。」
自分たちが噂レベルでしか掴めていない、不可解なシェフィールドの状況。
問題無いはずの、シェフィールド卿の悪評。
実は今年に入り、もし国王ではなくアセリア姫かセティスが現地を見ていれば、もっと早くに事は露見していた。
そしてこの点については、セティスは自信を持って答をだしているが。
あのお姫様は過保護なところがあるので、解決させるのではなく自分達で解決しちゃおうとしている。
動くのはシェルンだけど、悪夢の変換術式もあるし。
なのでコレについては、少し間違っている。
「そして最後の、なぜアセリアへの願いを書簡で述べないのか。正直これだけは分からない。
直接話をしなければならない事なのか、それとも。」
それとも今試されている、その結果が無ければ述べられないのか。ならばそれにできる限り応えるべき、か。
「姉様、まずはシェフィールドですね。そこの状況を」
――――
「引けと言われて、引き下がれる状況でもあるまい!」
セティスからはまだ謎の少女という認識だが、先ほどまでのシェルンであれば抑え込んで、ミリエラを保護するためのカードになると、そう考えていた。
だが今はセティスから見ても、圧倒的な存在となってしまった目の前の少女。
その力量、そしてあの暖かく優しい魔力。
既に魔女に、セラフィーナに試されているとすれば。
やはり引くという選択肢はない!
何より届かないにしても、我々はまだ全力を出していない!
まさかセラフィーナに試されているわけでもなく。
シェルンは今の時点では、とにかく魔法陣をどうにかしたいと思ってる事も知らず。
そもそもセラフィーナは自分が戦いたい、全力の騎士団長様を見たいのであって、決してシェルンに美味しい所をおまかせするつもりはない。
実はそういう意味で、シェルンは密かに焦っていた。
(はぁ、困った。絶対あとで「わたくしが戦いたかったですわ!」って言われる。)
不可避の戦闘であってもお姫様にあとで拗ねられる。
要らない苦労も多い侍女である。
結果として・・・
実は一方的にセティスが勘違いしているだけなのだが。
シェルンも魔法陣を潰したいと言えばいいだけなのだが。
「そうですか。では仕方ありません。
力ずくでも引いていただきます。」
そう少女が告げるのを聞き。
セティスは構えた剣の、魔石のひとつ。先ほど指で触れたモノとは違う、攻撃のための力を発動させる。
「断るっ。輝けっ!」
その一言で魔石のひとつが、温かみのある白い輝きを放ち、刀身に集中されて。
力の奔流となり、正面に浮く少女に向けて解き放つっ!
(これは・・・)
シェルンはその光の奔流をしっかりと見極め。
セラフィーナが使う前方の敵を、悪意を持って人を襲う魔獣を、薙ぎ払う魔法に似て。ただこれは。
そのエネルギー量を視て、その組成を視て。シェルンは目を閉じ。
自分の纏う魔力にそっと術式を施して、一切避ける事も無く正面から受け止める。
(ばかなっ!?コレを受け止める、だと!?)
セティスが解き放った光の輝きは、目の前の少女をのみ込み、その後方に長く広い範囲をのみ込んで、有無を言わさずすべてを消滅させるはずの。
アセリア姫が魔石に籠めた魔法「ホーリーレイ」。
通常の神聖魔法「ホーリーレイ」は、魔獣を一撃一殺といった感じで、強力な光の帯、光線を放つ、対単体用の攻撃魔法である。
神聖魔法の持つ強力な浄化の力で、悪意の塊である魔獣を消滅させるが、大型の魔獣や強固な個体に至っては、単発では仕留めらないこともある。
その通常のホーリーレイは純白の輝きを持つが、アセリア姫のホーリーレイは黄色や橙色といった色味を含む暖色系、暖かみを感じさせる色である。
そして通常のホーリーレイとの圧倒的な違いはその攻撃範囲であり、通常はせいぜい直径5センチ、射程も10メートルほどの光の帯だが。
姫が放つソレは直径がゆうに5メートル以上で、射程も100メートル以上ある。
ありていに言えば、極太レーザーである。
魔獣討伐でアセリア姫が使用したソレは、解き放たれ薙ぎ払われた輝きの奔流は、瞬時に千を超える魔獣を消滅させ。
騎士団がかつて遭遇した最大級の巨大魔獣、その体長は50メートルはあろうかという、もはや生き物という範疇を凌駕したバケモノでさえ。
この魔法は、一撃で消し去った。
まさに人外、いや現人神のように扱われている姫の御業として。
女神の鉄槌として認識されている。
セティスから見ても、平時は使用を躊躇うほどの威力。
ソレが、絶大な攻撃力を誇る破魔の閃光が。
少女を包み込む、暖かい金色の光に融け、柔らかく霧散していく。
(火力を増幅するだけでは。使い方を間違えてますね。)
セティスは目を見開き、信じられない光景に驚愕する。
破魔の光が少女を包む暖かい加護の光に。
優しく諭されるように。
キラキラと光の粒子となって、虚空に消えてゆく。
奔流がおさまり、剣を構えたままのセティスの前には、先ほどまでと変わらず、ただ目を閉じて中空に佇む少女。
(そんな。これがかの者の力だというのか?)
暴力的ともいえる破壊力と範囲を持つ、アセリア姫の織り成したホーリーレイが。
魔獣討伐の最終兵器でもあった一撃が。
全く意味をなさない。
シェルンはゆっくりとその瞼を開き、セティスを見据え静かに告げる。
「その力をただ破壊に、破滅に。倒すこと、滅ぼすことだけを目的とされましても。
セラフィーナ様に、いえ私程度であっても。
決して届かないと、ご承知おきください。」
かわらず冷静な、だがその中に諭すような、導くような響きが籠められた声に。
セティスには、そう聞こえて。
剣を構えたまま目の前の状況に固まるセティスに対し。
「次はこちらから、いきます。」
シェルンが小さくそう告げると。
その姿は、セティスのすぐ隣に。
(速っ・・・!?)
気付いた時にはもう、素手となった左手の手刀がセティスの首筋めがけて振り下ろされ。
「くぅ!」
体をひねり剣を薙いで、かろうじて一撃を避ける。
だがその剣の軌道には既に少女の姿は無く。
セティスの正面で、低い姿勢で。
「マズいっ!!?」
咄嗟に剣を体の前に引き寄せ、全力で防御結界を展開する。
そこにズンッ!と小柄な少女の一撃とは思えない強烈な衝撃が走る!
その一撃は剣の鍔元、魔石をあしらわれた部分を避け、あまり損失が無いように金属部分だけを狙っていた。
打ちこまれたのは、少女の素手の拳。
打ち込まれた場所は、複数のガラス面を組み合わせるように構成された、セティスの防御結界。
パリィン!
一撃、素手の拳による一撃だけ。
だがシェルンの拳は今や膨大な魔力を纏い、その魔力をいつも通りに、指向性を持たせて爆発させるだけで。
「かはっ!!」
頑強なはずの結界がたやすく破壊され、剣そのものを打ち据えて、剣を支える両腕が衝撃に痺れ押し込まれ。
そのまま腹部に、剣の柄が叩きつけられた衝撃が走る!
何とか後ろに飛び下がり、ダメージを軽減させるも。
両腕は痺れたまま、すぐには回復せず。
腹部へのダメージは動けなくなるほどではないが。
敵のはずの少女に回復してもらった直後のたった一撃で、全力機動はすでに不可能。
このまま戦えば・・・いや、次の一撃はもう今のようには躱せない。
今の一撃だけでわかる。先ほどまでの優勢など全く関係がない。この少女が変わった瞬間に感じた、あの感覚。
自分が全力を出しても、自分一人ではどうにもできない。
一人では決して、届かない。
「さすがです。落とすつもりで打ち込みましたが、防がれるとは思いませんでした。」
変わらず暖かい光に包まれ、気が付けばこの少女は先ほどと比べ、雰囲気も表情も全く違う。
怜悧冷徹と言った、氷の雰囲気だった先ほどまでと。
今の、静かに落ち着いた、纏う光と同じ暖かい雰囲気。
セティスにとって、相対する少女の変化。これが。
不審な、何をするか、何をしでかすかわからない。
しかも自分でなければ、相手にならない程の。
そんな、危険人物から。
王国最強と謳われる自分にすら、諭し、教え、優しく導くような。
そんな、暖かく見守ってくれる、母のような存在に。
少女の存在が大きく変化したことが、何よりも大きく。
それは…シェルンにとっては当たり前のこと。
絶大な力を持つセラフィーナに、常に悲しみを、痛みを優しさに、暖かさに変えて。
人々を、目に映る人々を護り続けてきた、大切な唯一の主君に、優しく包まれ護られているような安心感。
常日頃はふざけ合う事も多いし、シェルンに無茶ぶりもする。それでも仕える侍女を、常に心から大切に想い。
普段はその身を護る為。
危急の際は、他の者も共に護らせるため。
その力を貸し、分け与え、自らの想いを託して。
開放状態のシェルンは、セラフィーナの庇護下にある。
そんな万能感に、安らぎに包まれて。
危険を伴う単独行動時の冷徹な仮面は。
姫君の愛に、想いに護られている今は。
全く、必要なくて。
セティスはそれでも、引くことはできない。
一人では、届かないことは分かっていたが。
これほどとは、思わなかったが。
―――
「姉様、まずはシェフィールドですね。そこの状況を。」
朝、二人で話をして状況を整理して。
「姉様とわたくし、二人でで見極め手がかりを探して。
必ずシェフィールドとミリエラさんを、お救いして。」
「ああ。そして魔女と名乗る者の。
セラフィーナの、真意を確かめるっ!」
―――
「姉様っ!」
突如響く、第三者の声。
それと同時にセティスを包み込む、シェルンのソレに少し似ている、暖かく優しい、暖色系の白い光。
通常のヒールを遥かに超える、普通の人々から見れば常軌を逸したヒール。ハイ・ヒーリング。
魔法を放った、その声の元には。
紫紺の刺繍が美しい、光沢ある淡い瑠璃色のローブを身に纏った、美しい少女。
白銀の絹糸の如く長く伸びる後ろ髪に、長い前髪はハーフアップにして、小さな魔石をあしらわれた黄金の髪留めで留める。
その手には、漆黒の長杖。
長杖の先端には複雑で精緻な魔術文様を織りなした大きな台座があり、そこにはセティスの剣にあしらわれたものよりも遥かに大きな、巨大な。
暖かみのある白の魔石が、ひとつ固定され。
月明かりに映し出されるその姿は、まるで女神のように神々しく。
シェルンの開放を見た直後に、セティスが軽く魔力を籠めた魔石。それは二人をリンクさせるための魔石で。
自身の力だけでは及ばない事を。
魔石を創生した者に伝えて。
そのリンクに導かれた魔石の創者、姫君が。
強い意志を瞳に宿し、佇んでいた。
「加護をっ!」
姫君の言葉に杖の魔石が輝き、同時に自分とセティスの身体を中心に、光の粒子が立ち登る。
その輝きは、紅、蒼、碧、橙、白。
複数の属性が同時に発動されており、二人の全身を活性化し、強化し、思考も動きも加速する。
アセリア姫が使う最大限の強化魔法で、セティスも更にそのスペックを増加させて。
(そんなっ!?こちらにみえていたなんて。だからセティス様もシェフィールドにっ!)
騎士団長がどうしてここにいるのか。
なぜ姫の傍で護衛をしていないのか。
そんな疑問がやっと氷解したシェルンをよそに。
「貴女の目的は分かりませんが。
わたくしもお相手致しますっ!」
セティスを癒し、強化して、自らも参戦する。
王国の至宝。
フィルメリア王国第一王女、アセリア・エル・フィルメリアと。
王女の加護受けし近衛騎士、セティス・エル・クレーディアが。
聖王国の王女を名乗る魔女に仕えし、永遠の臣下シェルンに。
その全霊を賭して、戦いに臨むっ!
ようやく表に出てきた、メインヒロイン。
王国の至宝と呼ばれるアセリア姫様の実力やいかに?
本編内で述べてませんが、魔法の色はよくある属性で、本作では以下の設定です。一部まだナイショ。
紅:炎 攻撃系バフ
蒼:水、氷 思考速度バフ(冷静になる感じ?)
碧:風、木 速度バフ
橙:土 防御系バフ
白:神聖 自動回復、精神力バフ
黒、紫:闇系魔法…効果はナイショ
白銀:????
黄金、金色:????




