2-3:シェルン
侍女さんが侍女さんを助けに来ました。
「ご飯、とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。」
―― 場所も時間軸もまた変わり。
書簡を送った次の朝の、ミリエラを起こした後。
今日のレアニールさんは、お嬢様が心配で、このくらいの時間に出社されている、のは置いておき。
大量の朝ごはんを、結局五分の一程頂いたミリエラは、量はともかくその味にはとても満足だった。
正直、シェフィールド領領主邸の料理長に申し訳ない。
そのくらい、シェルンの料理は凄かった。
ポンコツな主人の侍女を、1800年以上やっているわけで。いろいろな、主に生活面のスキルが。
尋常ではないレベルになってる。
片づけを済ませると、シェルンはリビングに戻り
「ではセラ様、行ってきますね。
ミリエラ様をよろしくです。」
いつもの明るい笑顔であいさつし。
いつもの微笑で頷くセラフィーナ。
「ミリエラ様、セラ様は時々抜けてますから。
私がいない間はお願いしますね。」
「は、はい。分かってます。」
「ちょっとシェルン。どういう意味ですの!?
ミリエラさんも!」
セラフィーナのことをからかって。
「では、夕刻までには帰れるようにします。」
予定を伝え、出て行った。
「シェルンさん、どちらに行かれたのですか?
買い出しかな?」
「いえ、わたくしが所用を頼みましたの。
ミリエラさんは、今日は如何なさいますの?」
「え?えっと、誘拐されてる私の予定を。
誘拐犯に聞かれるのもおかしいような?」
「ふふ、それもそうですわね。」
確かに考えてみれば、形式上は誘拐犯だが。
「それでは、わたくし達もお出かけしましょう。」
―― ガチャリ。
扉が閉まる音を聞き。
家を出たシェルンは、一度セラフィーナのいるであろう方向に向き直る。
目を閉じ、軽く頭を下げ。
「行ってまいります。姫様。」
普段の元気で明るい雰囲気をまるで感じさせない、落ち着いた声音で、小さく告げる。
頭を上げ、目を開いたとき、そこには元気な笑顔を絶やさなかった、幼さを残す可愛らしい顔はなく。
その瞳も、雰囲気も、研ぎ澄まされた刃のように、鋭く、危険なものとなっていて。
次の瞬間。
まるで予備動作を見せずに跳躍したシェルンは、人ならざる速度で、シェフィールド邸へと向かっていった。
―― シェフィールド領、領主邸。上空
領都内はセラフィーナ同様、飛行魔法で移動し、領主邸へ向かい、上空から、シェフィールド邸を伺う。
こんな魔法が使えるのは、現時点では二人しかいない。
ただ、コレを使える、資質のあるものは。
それなりに早い時間に出たため、まだレアニールは屋敷に着いてないはずだったが。レアニールが早めに出勤しているなんて、当然知らないし。
到着してからしばらく周囲を警戒していたが、ミリエラから聞いた、それらしい背格好の人物は屋敷を訪れず。
魔力検知、と呼ぶには、常識を遥かに超える検知能力で、邸内を探す。
暫くそうしていると、二人の人物がいる部屋で。
唐突に一人が襲い掛かる動きを検知した。
その後、微弱な魔法の感覚。
消音魔法と思われる、を確認。
「アレですね。同時に工作員も確保できそうです。」
シェルンは音もなく、急降下して窓から飛び込み。
使用人に馬乗りになって、小さな炎を相手の顔に近づけている、もう一人の使用人。
嫌悪を感じる笑みの人物を確認し、
(あれが工作員。魔法使いベース。
格闘もできそうですね。)
思いつつ、襲われてる使用人から引きはがすため、目いっぱい手加減し、その背中に、回し蹴りを叩き込んだ。
いくら魔力検知できても、相手の肉体的な頑強さは分からないので。
誤って、殺してしまうわけにもいかないし。
受け身を取ることもできず、回し蹴りを受け吹き飛ぶ、工作員らしき人物。
シェルンは吹き飛んでいく先の壁に防御結界を張り、屋敷へのダメージを防ぐ。
自分が突入した窓は。
仕方ないので諦めた。あとで直そう。
工作員、シェリーヌはそのまま壁にたたきつけられ。
床に頽れたのを確認すると、シェルンは襲われていた使用人の傍に立つ。
「だ、誰?」
素早く目を走らせ、ミリエラに聞いた容姿と照合し。
「レアニールさんですね?
申し訳ありません。特定に時間がかかりました。」
「は、はい。あの。」
少し幼さを残した顔は鋭い表情で、シェリーヌの吹き飛んだ先を見据え、レアニールの方を向かず、冷たい、落ち着いた声で答える。
「ミリエラ様を保護している方から、あなたの保護と。
ミリエラ様の元へお連れするよう命じられました。」
「お嬢様を!?お嬢様はご無事なのですか?」
ミリエラの安否。今レアニールに一番必要な情報が聞けると思ったその時。
「いつつっ。何?お前は?
いきなり攻撃なんて失礼じゃない。」
シェリーヌが壁際でゆっくりと身を起こす。
ダメージは多少あるようだが。
「やはり、あの程度では効きませんね。」
「ふぅん。分かってるって感じね。それに。
聞き捨てならない事を言ったわねぇ。」
今目の前の小娘は、ミリエラを保護。と言った。
誘拐されたという情報と食い違う。
どういうことだ?
こいつらが誘拐されたミリエラを確保した?
分からないが自分の前に姿を現したなら幸いだ。
こいつを尋問すればミリエラを確保できる。
「んふふ。今、ミリエラを保護している、と言ったわね。」
「あなたには関係の無いことです。」
シェルンはまるで興味がない。
と言った感じで、冷めた口調で返す。
「つれないのねぇ。でも少しくらいは教えてくれても…」
質問する体で話をしていたシェリーヌが。
話途中でシェルンに飛び込む。
その右手にはいつの間にか刃渡りの長いナイフを持ち、
殺さないよう、相手の戦闘力を削ぐよう。
左肩めがけて正確に振り下ろし。
ギィン!
その刃は、シェルンの身体に届くことなく、左手で。
防具も何もない、素手の手の甲で受け止められる。
よく見れば、手の甲に届いていない。
その表面には、小さな防御結界が展開されていた。
「なっ!?」
「不意打ちのつもりでしょうか?
その程度の速さでは意味はありませんね。」
冷静に相手の攻撃を見極め、力量を推し量る。
(くそっ…!)
心中で苦虫を嚙み潰しつつ、
しかしこの距離なら、シェリーヌの独壇場だ。
攻撃を止めた小娘の顔を正面から睨み。
ギキィィィン!
と、その瞳に強催眠の魔力を、いつも以上につよめに叩きつける。これで終わり。
この娘から情報を搾り取れば、全て片が付く。
「さぁて、ミリエラの事、全部話してもらいましょうか。」
余裕を取り戻し、催眠状態の相手にいつも通りの尋問を開始する。
「なるほど。あなたが今回の件で。
シェフィールド卿を篭絡した実行犯ですか。」
(なにっ!?)
「相手の目に魔力を叩き込む強催眠魔法。
この練度であれば、ソウルドレインが使えても、おかしくはないですね。」
(!こいつっ!?)
シェリーヌは予想外の状況に一瞬驚くも、危険と判断し、すぐに後ろに飛び下がる。
一方のシェルンはシェリーヌの予測に違い反撃はせず、その場に佇んだまま。
「お嬢ちゃん、やるじゃない。
まだ若いのに、どうやってその力を手に入れた?」
見た所二十歳にも満たない少女だ。
人の生気、魂を吸い、若さを保っているシェリーヌに。
この若さで、この強さは不可解である。
持てる才能はともかく、修練による実力は、積んだ年月に比例する。
自分と同じ方法を使えるものは少なく。
知識としては知っていても、目の前の小娘がソウルドレインを使えるとは思えない。
ならばこの若さで、自分のナイフを素手で防げるような魔法技術、どうやって身に着けた?
詠唱も発動も、シェリーヌの感知能力を持ってさえ、感知しきれなかった。
「あなたの質問に答える気はない。だがあなたが、
ミリエラ様のお父様を惑わした張本人なら。」
氷のように冷え切った表情に、同質の声音。
今のシェルンをミリエラが見れば、とても同一人物とは思えないだろう。
「張本人なら、どうするのかしら?」
先ほどは不意打ちを見切られた。
だが、自分本来の戦闘スタイルは格闘ではない。
自身の力、特に魔法戦においては絶大な自身を持つシェリーヌは、余裕をもって相手の言葉を伺う。
どちらにしても、催眠が効かないとなると、少なくとも、この場での情報収集は難しい。
ならばここで、どのような形であっても潰しておかねばならない。
「張本人ならば、この場で叩きのめし。
ミリエラ様の前に引きずり出す。」
「あら、そう。でもそんなこと、できるのかしら?」
言うとシェリーヌの周りに、魔法陣が複数浮かび。同様にシェルンの足元に。
人ひとりを囲む程度の魔法陣が描かれた。
「んふふ、バカねぇ。
お話に付き合ってた時点であんたの負けなの。
さようなら。」
そう言って、パチンと指を鳴らす。その瞬間。
シェルンの身体が、灼熱の業火に包まれた。
会話の裏で構築していた、対個人用の攻撃魔法。
フレアバースト。
効果範囲は人一人を丸のみにできる程度だが、炎の檻に囲まれた領域内で、数多の連鎖爆発を引き起こし、超高温を作り出す。
防御魔法の上からでも対象を焼き殺す、殺人に特化した強力な魔法だ。
微動だにせず炎に包まれた少女を確認し。
しかしシェリーヌは一切油断しない。
相手の不意打ちを感知できなかった。
初手で一撃を食らった事にプライドを傷つけられ。
自分の仕掛けた不意打ち。正面からの攻撃ではあるが、会話で欺いたはずのナイフも弾かれ。
何よりも、自身最強の武器である、強催眠魔法が効かなかった。
一般に知られているチャームとはレベルが違う、効果時間はさほど変わらないが、その効果は非常に強力で。
一度かかれば、一定時間内は確実に、生殺与奪の権利さえ奪える、その魔法が。
しかも、強催眠魔法を弾いたその者の姿は、自分よりも遥かに若い小娘だ。
自分の積み上げてきたものを汚されたような気になり、故に全力で潰すと決めたシェリーヌは、更に攻撃を加える。
「喰い尽くしなさい!カーズスネーク!」
言葉と共に、シェリーヌの周りに浮いた魔法陣から、十匹以上の魔法でできた蛇が放たれる。
食らいついた獲物に浸食し、呪いで組成を破綻させ、対象を崩壊させる呪いの蛇。
魔法であり物質ではない呪いの蛇は、フレアバーストの高温も関係ない。
そして厄介なことに、仮に防御魔法で炎を防いだとて、この蛇は防げない。
呪いの蛇の名の如く、防御魔法そのものを呪い、蝕み、破綻させて、その内部へと侵入する。
この2つの魔法を同時に放てることがシェリーヌの強みであり、必勝のパターンだ。
たとえ、フレアバーストの超高温すら防げる防御魔法を使ったとしても。
その盾は、呪いの蛇に破壊されて炎に焼かれる。
紫色に輝く魔力の蛇が全て炎の中に入り、対象に絡みついたことを魔力感知で確認すると。
その顔には愉悦の笑みが零れた。
「そ、そんな。」
目の前で、助けに来てくれた少女が焼き尽くされる。
悪夢のような光景に、その目を大きく見開き、炎の檻を見続けるレアニール。
「んふふ。残念ねぇ。
誰かは知らないけど、私の前では無力だったわ。」
「あ、あぁ。」
燃え盛る炎の檻は、レアニールがいる場所、数メートル離れた位置でさえ感じる、猛烈な熱気だ。こんなものに包まれて無事な人間などいるわけがない。
救出に来てくれた少女の最期を見せつけられ、再び震えだすレアニール。
そして数十秒、延々と燃え盛った炎はその魔力を使い果たし、徐々に弱まって消え。
「それで、この程度の魔法で、だれが負けるのですか?」
静かな、落ち着いた口調で。
炎に捲かれたはずのシェルンは。
目の前の工作員に問い質した。
「は…?」
信じられない、という表情を浮かべるシェリーヌ。
レアニールも同様だ。あの炎に包まれた時点で、全ての希望が失われたと思っていた。
しかし、炎の消えた場には、まるで何事もなかったかのように佇む少女。
表情も変わらず、氷の刃が如く、鋭く冷たい眼でシェリーヌを見つめている。
身に纏った、黒いゴシック調のメイド服にも一切の傷は無く、先ほど炎に包まれた光景が嘘のようであり、絡みついたはずの蛇も、魔力の欠片さえ残されていない。
ありえない!ありえないアリエナイ!!
シェリーヌは洗脳、篭絡を担当する、諜報、工作員ではあるが、組織で唯一、ソウルドレインを習得し、他者の命を吸い取るという外法で、若さを保っている。
当然、若さを延々と保ち続けることはできないが。どこかのチートお姫様とは違うので。
その分、同年代のものよりはるかに長い修練を積み。
同じ組織に所属する戦闘班のトップ2。シェリーヌからみても、バケモノとしか思えない二人。
あのバケモノ二人には敵わないが、工作員でありながら、組織第3位の戦闘力を持っている。
単独行動、独自裁量が与えられているのも、その高い実力があったからだ。
その私が戦闘で、たかだか二十歳にも満たない、こんな小娘に後れを取るはずがない!
肥大化したプライドは、目の前の小娘を倒すこと。
自身の殺人に特化した複合魔法を。
今までだれ一人として、防げなかったその攻撃を、こともなげに破った小娘を。
殺すことだけに執着する。
どうやって、この小娘の防御を食い破り、殺す?
シェルンさん、圧倒的強者感!
炎の中に捲かれて、炎が消えたら無傷ってのはお約束。
ちなみにお名前の元ネタは、セガ〇ターンのドラ〇ンフォースというゲームに出てくる、特にシナリオ上で重要でも何でもない(と思う)キャラから拝借しました。
同じ顔グラで、カティス、シェルン、フィーナ、ビューネ、メアというサモナーが居て・・・
顔グラが可愛かったので重用してると、よくパンタリオンが誘惑されてた想い出が…
ビューネだけ忠誠心が低かったなぁというのも懐かしい記憶です。
性格は最初なんとなく元気娘だったのですが、書いてる途中で通常モードと姫様臣下モードができてしまい、こんな子に。
なんとなく、同じ会社のPS〇2に出てくる、三位さんの影響を受けてる気がします。
想定してた武器は両手にダガーだし…
メイド服のスカートを翻して、ツインテ靡かせて、ツインダガーで高速回転攻撃…カッコイイヨネ…




