2-2:捜索・恫喝・そして強襲
話の進行が遅くてごめんなさい…
「はぁ、はぁ。これだけ刷り込めばいいでしょう。
ん、もうこんな時間か。くそ!」
ソウルドレインで魂。意志力を奪い、そのあとでマインドドミネーションを時間を掛けて施し。
ようやくグライスに掛けた術式を、綻ぶ前の状態に戻すことができた。
既に外は暗く、夜遅くまでかかってしまったことに、シェリーヌはまた苛立ちを露わにする。
(もうすぐ計画も大詰め。またミリエラが来たら厄介ね。
この際、もう小娘は壊しておくか。)
かなりの時間を擁して、支配の呪法をかけ続けた。
綻んだ、これまで時間をかけて、ゆっくりと構築したソレを、この数時間で立て直すのは、かなりの重労働だった。
激しい運動をしたかのように乱れた息を整え。
汗をかいた体は、香水でごまかし。
暴れる男を抑えた為に、乱れた服を整え。
髪を結い眼鏡をかけ。
目立たない使用人姿に戻ったシェリーヌは。
刷り込み直後で、意識がもうろうとしているグライスを、椅子の背もたれに預け。
かけていた消音魔法を解除し、自身も疲れた体を、執務室に用意されたソファに預けて休ませる。
―― コンコン。
(こんな時間に、誰?)
しばらく体を休めていると、遅い時間というのにノックの音が聞こえてきた。屋敷内の使用人は皆、遅い時間は自室で休んでいるはず。
特に今年に入ってからは、彼らの行動もアレで誘導されているはず。予定外の執務室への訪問に疑念を。
「領主様!緊急の報せです!開けてください!」
(緊急?それにこの声。だれだ?)
「ミリエラ様が!大変なのです!」
(なんだ?ミリエラが?何があった?)
いまだに意識が朦朧としているグライス。
誰かに会わせれば、状況は悪化しかねない。
(くそっ!今日は何なのよっ!?)
心の中で悪態をつきながら、開錠し扉を少し開ける。
「どうされましたか?旦那様はご気分がすぐれないと、夕刻からお休みでして。」
扉を叩いていたのは使用人ではなく。
一人の騎士だった。
「領主様にお付きの使用人の方ですか?
大事なお話がありますので、一度外していただきたく!」
「あ、はい。えっと、騎士様はおひとりですか?」
「伝令は自分だけであります!
すみませんが、事は急を要するうえ。」
ギキィィン!
「う」
騎士に強催眠をかけ、素早く周りを確認し。
(本当に一人だけか。もう、面倒ね。)
騎士を部屋に連れ込み、扉を閉めて。
再度消音魔法をかける。
「で、あんたはどこの誰で、何を伝えに来たの?」
「王国騎士団、第二大隊所属。グラツィオです。
領主様に、ミリエラ様が誘拐されたこと。
伝えに来ました。」
「なんですって!?」
(ミリエラが誘拐?誰が?なんのために??)
自分たちの計画は、決起まではあくまで平静を装い、事が起きてからは領主に全ての罪を被せて収めるはずだ。
そこにミリエラの誘拐などという予定はなかったはず。
領主側に少しでも大義名分があれば、自分たちの正当性に穴が開く。
急遽計画が変わった?それとも他の理由?
状況の急変に混乱しながらも、シェリーヌは今できる最善手を考える。
「詳しく教えなさい。誘拐されたとは、どういうこと?」
「本日王宮に、ミリエラ様を誘拐したとの、脅迫状が届きました。」
(なんだそりゃ?脅迫状?なぜ王宮に。)
「それで、王宮はどうするの?」
「自分は王宮の意向は、詳しく存じません。
セティス様の指示で、第二大隊が動いております。」
(第二大隊か。ウィンスト。
あいつなら、うまくやれるか?)
王国騎士団第二大隊長。
ウィンスト・アル・レーベルグ。
レーベルグ領領主でもあり、伯爵位を持つ、騎士団の中でも位階の高い貴族だ。
第二大隊を率いて数々の武勲を上げ、王国を支えている人物でもある。
人当たりがよく、部下の面倒見も良いと評判の騎士だが、シェリーヌにとっては、別の。
目の前の騎士は、シェリーヌが知らない男だ。
第二大隊は総数およそ600名。
とても全員は把握できない。
ウィンストであれば問題はないが、念のため確認する。
「あなたは第二大隊のどこに所属してるの?直属は誰?」
「私はレイノルド副隊長以下の、第三中隊所属です。」
(レイノルドだって?また厄介な。どうする?)
思案する。
この男がウィンストの子飼いであれば丸く収まるが。
よりにもよって。
第二大隊で最も厄介な男の名が出てきた。
「わかった。あなたは隊長。ウィンストに、
シェフィールド卿にお伝えしたと。
そう報告しなさい。
それから、レイノルドにも同じように。」
「了解です」
(これだけでいいか?いや。)
「それと、誰がミリエラを攫ったのかは分かる?要求は?」
「<災厄の魔女>と名乗る者、だそうです。
要求は、アセリア姫様の身柄。だそうです。」
「はぁ?」
(なんだそりゃ。災厄の魔女だって?
冗談は大概にしてほしいわ。
それに、アセリア姫?
分からないわね。ホントになんなの?)
「分かった。いいわ。すぐに戻って報告しなさい。」
「はっ。」
騎士を送り出して扉を閉める。
(いったいどういう事よ?まずはボスに報告と確認ね。)
不測の事態に混乱しつつ。
工作員の女は所属する部隊のアジト。潜伏している領都内の自宅へと向かった。
―― 翌朝、まだ早い時間。
(お嬢様、どこへ行かれたの?)
昨日、ミリエラの部屋を模様替えして、そのまま帰宅したところで催眠が解けた。
シェリーヌの強催眠で記憶の一部が飛んでいる。
そんな不自然な状況で、レアニールは言いようのない不安を感じ、翌日、本来よりも早い時間に屋敷へと向かった。
そして分かったのは、昨日外出してから、ミリエラが帰っていないという事。
シェリーヌが王宮からの知らせを握りつぶしたため、屋敷内では誘拐の騒ぎにはなっていなかった。
その点だけは、シェリーヌにとって。
昨日、刷り込みに時間がかかり、夜まで領主の傍にいたのは、幸運だったかもしれない。
しかし使用人の誰もが、ミリエラがいないということに気付かず、果たしてそんなことがあり得るのか?
(私の記憶もだけど。
まさかエルヴィンさんやマリアリスもだなんて。)
朝早く、ミリエラの部屋にいくも誰もおらず。
住み込みの侍従長、初老の紳士といった風情のエルヴィンにミリエラ不在を告げると。
「そういえば、私も昨日から見ておりませんな。
いや、なぜ今まで疑問に思わなかったのか。」
と首を傾げ、そこにちょうど通りかかったマリアリス。
料理長であり、朝食の仕込みで誰よりも朝が早い同僚が
「そういえば、私も見てないですね。なんか最近、ごく稀に記憶が飛ぶことがあって。」
「おや、マリアリスもですか。職務怠慢に聞こえるかもしれませんが、私も最近。」
「侍従長もですか?」
なぜか使用人の記憶が、自分も含め皆時々飛んでいることが発覚した。だが。
「ともかく、仕事をサボるわけにもいきません。
皆様はお嬢様をお見かけしたら、私に報せてください。」
と、ひとまずは侍従長、エルヴィンの言葉で解散した。
当然ミリエラ付きの侍女であるレアニールは、屋敷中を探し、まだ見つからずに途方に暮れていたところである。
昨日、何かお嬢様に大切なことをお伝えした気がする。だが、昨日の記憶があいまいで。
―― 探している間に時間は過ぎ。
昼も近くなってきた時間。
もしかしたら部屋に戻られているかも。
そう期待して、再びミリエラの部屋に戻ってきた。
コンコン。
「お嬢様。お嬢様?」
扉が少し開いている。もしかして、戻られてる?
期待を込めて扉をあけると、窓際に佇む人影を見つけ。
「お嬢様!いらしたのですか?あ。」
声をかけ、歩み寄ろうとしたところで気づく。
部屋にいたのは。
「ねぇ。ミリエラがどこにいったか、しらない?」
愛想のいい笑顔を浮かべ。誘拐されたミリエラの手がかりを探る、シェリーヌだった。
(お嬢様を、呼び捨て?)
同僚の言葉、そしてその雰囲気に、得体のしれない何かを感じつつ。
「シェリーヌさん。どうしてお嬢様のお部屋に?」
何とか平静を装い、後輩の使用人に質問する。
昨日も同じような感覚を味わっているが、その記憶は飛んでいて。
レアニールの言葉を聞いているのかいないのか、シェリーヌは笑顔を張り付けたまま、ゆっくりと近づいてくる。
「私もアンタと同じ。
ミリエラを探してるんだけどねぇ。」
いつもとは全く違う口調。
使用人として、一緒に談笑していた人物とは思えない。
豹変したかのようなシェリーヌに恐怖を感じ、ドアの方へ後ずさるが。
ズン。
「痛っ!」
体に鈍い衝撃を感じ、後ろ向きに倒れるような感覚。
ガチャリ、と。扉が閉まる音が聞こえ、
シェリーヌが押し倒したレアニールに馬乗りになり。
その手で口を塞いでいた。
(え?なに?)
突然のことに、パニックになりかけるレアニール。
両腕は膝で押さえつけられ、全く動かせない。
「サイレントフィールド」
シェリーヌは小声で魔法を発動させると、部屋を包む魔法が展開され。
口を塞いだ手をそっと離しながら。
「消音魔法をかけたわ。どれだけ騒いでも無駄よ。」
歪んだ笑みで、押し倒したレアニールを睨みつけ。
「もう一度聞くわ。ミリエラはどこ?」
恐怖で涙目になっているレアニールを、恫喝するように顔を近づけて問う。
「し、知りません。私も探してて。」
何をされるか分からない。
必死で恐怖する心を抑え、何とか答えを絞り出すが。
「それは分かってるわ。そうじゃなくて。
何か心当たりはないか聞いてるのよ。」
言いながら、眼鏡をはずす。
その顔は普段とまるで違い。
威圧的な雰囲気が何故か似合う、妖艶な顔で。
昨日、アジトに戻ったシェリーヌは、ミリエラ誘拐について確認し、驚愕した。
情報戦に長けた自分たちの組織が、何も掴んでいない。
あったのは、グライスへの伝令と同じ情報を、内通者が報告しただけだった。
ありえない、と思った。組織がつかめない程であれば、近しいものに聞くしかない。
「き、昨日。お嬢様にお会いせずに、帰ってしまって。」
脅され、震えながらも、レアニールが話す内容は、シェリーヌにも分かっていることだ。
昨日レアニールに強催眠をかけ。
そう仕向けたのは自分だ。
つまり催眠が解けず、レアニールはシェリーヌの思惑通り動いたというだけだ。
だが、万が一、という事もある。
万が一、仕えるお嬢様を大切に思っているこの侍女が。
何かを知っていて、隠しているかもしれない。
「そう、知らないんだ。じゃあ。」
嗜虐的な笑みを浮かべ。
レアニールの頬に優しく触れる。
恫喝してくる相手に顔に触れられ、レアニールの心中で恐怖がより一層高まり。
「あんたは邪魔してくれたし。
少し楽しんでから壊してあげるわ。」
頬から離した手。その指先に魔力を込め。
小さな炎を作る。
それをゆっくりと、みせつけるように顔に近づけていき。
「ひっ。」
レアニールは恐怖に目を閉じ、顔をそむける。
「精々、いい声で鳴いてちょうぐっ!?」
突然シェリーヌの声が途切れ。
体にかかっていた重圧が消えて。
目を開けると、そこには、
「だ、誰?」
黒いゴシック調のメイド服を着た。
知らない少女が立っていて。
「レアニールさんですね?
申し訳ありません。特定に時間がかかりました。」
幼さを残すその見た目には似合わない。
冷たく、落ち着いた声を掛けられた。
シェルン到着!
悪女VSメイド少女のバトルスタートです。




