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2-1:工作員

ミリエラさん中心の章はおわりましたが、まだしばらくメインヒロインはのんびりです。

いつ出てくるんだ?

「ゆうかい?」



 いきなり告げられた意味不明の提案に、またぽか~んとしてしまったミリエラ。


「やっぱりこのお顔、かわいらしいですわね。」


「確かに。セラ様がみたがる気持ちも分かります。」




 なんだか失礼なことを言われてる気がする。



「ちょ、ちょっと!?また私、からかわれたのですか?」


「あ~いえいえ違います!ちゃんとした提案です!」


「提案、ですか?誘拐が?」


 少しだけ不信感を込め、若干ジト目でシェルンを見る。

 ちょっぴり慌てた侍女は、真面目に説明を始めた。


「あ、誘拐と言っても、もちろん偽装です。

 ミリエラ様には危害は一切加えませんし、私たちで大切に保護します。」


(保護。確かに今の私にとって、家に帰るのはリスクが高すぎる。かといって今のシェフィールドに、領主の娘を匿ってくれる人などいない。)


「そ、それならそうと最初に言って頂ければ。それで誘拐して、どうするのです?」


「ミリエラ様が誘拐された!と、王宮に伝えるのです。そうすれば、色々動くと思うんです。」


「え?王宮に、ですか?」



 誘拐したという手紙。いや脅迫状を、いきなり王宮へ送りつける。そんなことをして大丈夫なのだろうか?


「はい。少なくともシェフィールドの現状。今のところ王宮には把握されてないはずです。」


「それは、そうですね。こんなひどい状況なのに、陛下が何もしないわけがないです。」


 あの陛下が。お父様と懇意にしている、民想いの陛下が、ここまで何もしていない。


 それはつまり、シェフィールドの現状が、王宮に届いてないという事になる。


「そこにミリエラさんが誘拐された。

 なんて報せが届いたら、どうなります?」


 届いたら。

 間違いなく王宮からシェフィールドに確認が来る。


 そうなれば。



「分かりますよね。王宮の目がシェフィールドに向き、実情が白日の下に晒されます。」


 そう、領内の状況はそれは酷い。


 今日街を歩き、襲われたミリエラは、実体験としてそれを分かっている。


 街の様々な機能が停止し、重税が課せられ。

 スラムまで出来ている現状が、王宮の耳に入る。


 この方法は意外と、アリなのかもしれない。






それから綿密?な打合せを行い…



「それじゃ早速、脅迫状つくりますか。」

「シェルンさん、

 それ楽しそうに言うセリフじゃないですよ。」


 なんて、緊張感の欠片もない感じで、脅迫状の書簡づくりがスタートして。





「そんな!?ミリエラさんまで!?どうしてですの?」


 作成後にセラフィーナをからかって。

 気持ちを軽くしたりして。




「では、封印致しますわ。」


 セラフィーナが書簡に手をかざすと、瞬時に大量の魔法陣が現れる。


 魔法陣はキラキラと輝きながら、ひとつひとつが個別の意思を持つように模様を描き。


 全てが消えた時、書簡は複雑で精緻な文様を持つ、純白の光でコーティングされていた。


「ミリエラさんに伺った通りであれば。これで、アセリア様しか開封できませんわ。」


 非常に高度な神聖魔法。見ていたミリエラには全く分からない術式が施され…


「すごいとは思っていたのですが、セラフィーナ様、魔術も本当にすごいのですね。」


 驚愕。いにしえの時代から生き続ける魔女の、力のほんの一端に触れ。


「それじゃセラ様、私はご飯作りますので、お手紙、出してきてくださいね~。」


「はい。ささっと行ってまいりますわ。」


 お姫様が気楽にお遣いに行くような光景に呆れる。


 セラフィーナの事を見れば見るほど。


 ミリエラはこの、高貴で優しく、ほんわかとした天然な魔女の事が。




 とっくに、好きになっていた。



 だが。



「アセリア様、本当に大人気ですわね。

 すごい数の書簡がありましたわ。」



 どうやってか、無事に書簡を紛れ込ませたようだが。



「やっぱり、少しやりすぎな気がするのですが。」



 あの書簡を見られることだけは、やっぱり、最後まで抵抗があった。



 事の次第が分かれば、絶対にセティス様に叱られる!





―― 時は少し遡り。


ミリエラが父の執務室から追い出された直後。



『お父様!優しかったお父様に…戻って…ください…』



 部屋の外から聞こえてくる愛娘の声が。


 徐々に遠ざかっていく。


 なんだ、これは?


 俺は一体何をしているんだ?



 なぜミリエラにあんなことを?いや、どうしてこんな。


 娘の声が弱くなっていくのを聞き。



 グライス・アル・シェフィールド。

 現シェフィールド家当主は、心の片隅にチクチクと痛みを強く感じる。


 もやもやとした気持ちに苛まれ。

 しばらくの間何もできず。



 そのうち娘の声が聞こえなくなる。


 おそらく部屋に戻ったのだろう。



 声を殺し、泣きながら。


 おかしい。

 ミリエラが俺に泣いてまで意見を言う事なんて、そんなことは以前は無かった。



 いつからだ?



 大切な娘が暗い顔しかしなくなったのは。



 いつからだ?



 俺が娘と話をしなくなったのは。


 そうか、真相を知ったあの時からだ。



 領民が妻を、ナタリエを殺したと知ったあの時から。



 いや、違う。


 仮に領民を恨んだとしても。

 ミリエラには何の罪もない。


 なんであんなに辛く当たらなければならないんだ?



 執務室のデスクについたまま、自分の行いが矛盾していることにぼんやりと気付き始める。


 なんなんだこれは。俺は一体どうなって。



 コンコン。



 頭の中で、必死にこの意味不明な状況を整理しようとしていたグライスは、ノックの音に思考を中断させられた。




「誰だ?」


「シェリーヌです。お茶をお持ちしました。」



 シェリーヌ。

 三年半ほど前に雇った、目立つところはないがそつなく仕事をこなす使用人だ。


 おとなしくはあるが人懐っこく話しやすい性格を評価し、妻が亡くなってからは、領民との対話、民意を纏める大事な役を任せている。



 妻はシェフィールドの現状を、ミリエラと共にたくさん体験して、分かりやすく俺に伝えてくれた。


 領を預かる者として、民と価値観を共有するのは何よりも大切な仕事であり義務だ。


 その仕事を、シェリーヌは快く引き受けてくれた。



 ここまで考えても、その矛盾に気付けない。

 シェリーヌが民意を纏め始めてから、自分の政策が、なぜ以前とまるで違うものになったのか?



 なぜミリエラがその役をしなくなったのか?




 シェリーヌは市井の声を集める役を負ってからも、給仕としての仕事も変わらず続けてくれている。



 彼女の淹れてくれたお茶はとても気分が落ち着くため、雇ってからは毎日、執務中に何度か淹れてもらっている。



 かき乱されていた思考を落ち着けるためにも、少し休憩した方がいいかもしれん。



「あぁ、入ってくれ。」


「失礼します。」



 ドアを開け、ワゴンを押しながら入ってきた。

 シェリーヌ。


 国民はほぼ銀髪、金髪のフィルメリアにあって、シェリーヌの髪は紅く、サイドテールに纏めている。

 普段は野暮ったいメガネをかけたおとなしい性格で、髪の色以外あまり目立つところないのだが。



 パタン。カチャリ。


 執務室の扉を閉めると、なぜか後ろ手に鍵を閉める。


 そしてそのまま部屋の奥にある執務机に向かってお茶のセットを載せたワゴンを運び、机の横に停める。



「旦那様、お疲れのようですね。

 すぐ淹れますので、少々お待ちを。」


「ありがとう。いつも済まない。」



 お茶の準備が進む間、椅子に深く座り気持ちを整理しようと目を閉じる。



コトッ。


机にそっと、ソーサーに乗せたカップが置かれる。



「どうぞ。」


「ああ。」



 カップに手を伸ばし、暖かいお茶の香りに心を落ち着かせて、ゆっくりと口を付け、程よい苦みを味わう。



 控えるように立っていた使用人は。

 その様子をしばらく眺める。




 お茶に施した。



 意識を希薄にし、催眠状態にする魔法が。



 ターゲットの中からしっかりと発動していく。


 その様子を。



 魔法が予定通り発動すると、

 サイドテールの髪を解き、やぼったい眼鏡をはずす。



 そこにいたのは先ほどの、目立たない使用人ではなく、妖艶な美貌を持ち、異性を狂わす。そんな、危険な香りを纏った女だった。



――「さっきはミリエラと、どんなお話をしたの?」


 先に消音魔法を展開し、外への音を遮断した女は。

 篭絡した男の頭を自身の胸に抱きかかえ、耳元で囁くように言葉を掛ける。


「民の、苦境を。領政の話を。」


「そう。それであなたは、どうするつもりなの?」


「このままでは、ダメだ。立て直さねば。」


(チッ。あれだけ時間を掛けて刷り込んだのに。

 一瞬でコレか。あの小娘、余計な事をしてくれる!)



 内心で毒づきながら、自身が長い間。

 二年半にわたって少しずつ男の心、魂に施した、魔法の状況を確認していく。



(術式がかなり綻んでる。


 やはり、肉親に感情で訴えかけられたらダメか。


 決起まであと二週間。このタイミングで!)



 この男は悪人として討たれなければならないのだ。


 善政をしていた領主の豹変と圧政。


 実際には違うが、これを他国から流れてきた者への弾圧と喧伝し、


 レジスタンス決起に、侵略の正当性を付与する。


 所詮、民衆など自分の国以外、内情を正確に把握することはできない。

 いや、自分の国ですら、把握しきれるものなどいない。


 反乱が、もとより住む住人の、圧政への抵抗だったとしても、情報さえ操作すれば、大義名分などいくらでも作り上げられる。


(さて、こうなったらもう仕方ないわ。

 少々危険だけど、またアレをやるしかないわね。)



 アレ。崇高な理想、確固たる意志を持つ、誇り高きこの領主を篭絡するために、一度だけ使った魔法。



 本来精神操作が難しい相手を、操作するの下準備。


 そして、対象の限界を超えれば

 あっけなく命を奪う。禁断の。



 シェリーヌは男の頭を抱いている右腕をおろし。

 背中の、心臓の上あたりに掌をそっと添える。


 そして発動する。



 シェリーヌ自身も、自分以外には使えるものを知らない、人の心を食らい壊す、悪しき魔法を。



「う、ぐ。グ、グガァ!アガァァァ!!」


 女の腕の中で、グライスが苦しみだす。



 その姿を、愉悦に満ちた。


 邪悪にすら感じさせる微笑で見つめ、



「さあ、私にその魂のカケラ。もう一度、捧げなさい。」



 人の魂。意志力、想い。その人を形作る大切なモノ。



 ソレを引きちぎり、引きずりだして、食い荒らす!



 ソウルドレイン。文字通り魂を奪う、禁断の魔法は、




 食らわれる者に耐えがたい。

 まるで心臓を槍で突かれ、抉り、引き裂かれるような。

 そんな激痛を齎す。




 男から吸い出した魂のカケラは。

 密着する女に吸収され。




「いい。美味しいわぁ。堪らなぁい。」



 その顔はまるで情事の後のように。



 恍惚の表情を浮かべていた。

シェリーヌさん、典型的な悪の美女ポジションを想定しました。

悪の美女って、絶対にこう。男を篭絡して破滅させるイメージですよね。

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