1-10:もうひとつの真実と、誘拐?
ちょっと長めになってしまいました。
後々に見返したら変な重複があるかもしれない。
セラフィーナがシェフィールドへ来た目的を。
ミリエラにも分かるよう、自分たちが把握している情報から、要所を掻い摘んで説明する。
そして小一時間が過ぎ。
セラフィーナから説明を受け、なんとなく目的を理解したミリエラ。
「つまりセラフィーナ様は、この国を、他国の侵略から守る為に来られた、という事ですか?」
「国といいますか、この国に住まう、罪もなく巻き込まれてしまう方々をお救いしたい、ですわね。」
これが1つ目の目的。災厄の魔女と呼ばれた者が、なぜこんなことをするのか。
だが、今のセラフィーナを見ているミリエラにとっては、当たり前のようにも感じられる。
「それで、アセリア様は、同じ神聖魔法の使い手としてお会いしたい、と。」
(どうしてこれが妻って話になるのかは、いまいちわかりませんでしたけど…)
これが2つ目の目的。近隣で有名になっていたアセリア姫の事を調べ、会いたくて来た。
災厄の魔女が、という事を考慮しなければ、同じことを考える者は多い。
「そうですわ。アセリア様もセティス様も、素晴らしい方と聞き及んでおります!」
この話になると、急にキラキラとした、子供のように期待した顔になるセラフィーナ。
(セラフィーナ様、すごく超然としているけれど、こういうところは分かりやすい方ですね。)
あまりにも嬉しそうなセラフィーナに、ミリエラは苦笑しつつ、
「アセリア様だけではなく、セティス様ともお会いしたいのですね。」
「ええ。わたくし、剣も魔法も得意なんですのよ。ですからぜひ、評判のお二人にはお会いしたいのです。」
「確かに。セラフィーナ様、とてもお強いですものね。お会いして、それからどうされるのですか?」
「え?ええ。えっとですね。で、できれば手合わせ頂けないかと。」
(これについてだけは、ごめんなさいね。
今はまだ、本当の事は話せませんの。)
「て、手合わせですか!?」
これは流石に驚く。
既にミリエラの中で、セラフィーナは圧倒的強者として認識されてはいるが。
災厄の魔女である以前に、あの時、男達を軽くあしらったところをこの目で見ている。
確かにすごく強く、美しかった。
ただミリエラにとっては、アセリアとセティスも圧倒的強者である。
過去、ミリエラはこの二人に、一度命を助けられたことがある。
その時の二人は、魔獣相手に圧倒的で。
信じられないほどの強さで。
「でもまずは、シェフィールド。
そしてこの国の問題を解決、ですわね。」
また思考の海に沈みかけたミリエラだが、現実的な言葉に意識を切り替えた。
「そ、そうですね。まさかお二人の目的が、私の望みそのものだったなんて。」
全容については把握できないが、話を聞く限り、この国は結構詰んでいた。
豊かな食資源を持ち、平穏な日々を続けていたことから、他国から平和ボケしていると思われ。
そこへ当代最高と誉れ高いアセリア姫が現れ。
その高過ぎる能力を持つ美しい姫君を手に入れんと複数の国、貴族が画策し。
正攻法では無理と判断したとある国が、裏から手を回して国そのものを手に入れようと企み。
他国と面していない、戦時は前線からみて背後となるシェフィールドに、自国の人間を多数隠れて移民させ。
領主の手による弾圧を演出して、民の反感と正当性を作り出し反乱を起こさせ。
他国から来た民を弾圧した悪国を討つ、という名目で、侵略を開始する計画である、と。
「お父様は、その計画の一端で。
あんな風に変えられてしまったのですね。」
そう考えると、余計に悲しい。他者の思惑、欲望で、善良な父が悪人にされるだなんて。
「それもあるのですが。
ミリエラさん、申し訳ございません。」
唐突に。
ミリエラに向かって、セラフィーナは深く頭を下げた。
「え?えっと、何のことですか?」
急に謝罪され、本当に何のことか分からないミリエラ。
今日、自身の危機を助けてもらい、それ以降ずっと親身に接してもらっている。
更にこの方は、なんの縁も所縁もないフィルメリアの民を護る為、他国の侵略計画を阻止するためにここに来ているのに、謝罪の理由が分からない。
ミリエラの疑問は、しかし次の言葉でかき消される。
「わたくしがもう少し早くに気付いていれば、あなたのお母様を死なせずに済んだのかもしれません。」
「え!?お母様がっ?
ど、どうしてそんなことになるのです?」
「ここまでのお話で、シェフィールドが計画の要であることはご理解いただけたかと。
そしてそこで反乱を起こさせるため、工作員があなたのお父様を篭絡したことも。」
「は、はい。そこまでは理解できています。」
「そのためには、シェフィールド卿を篭絡できる状況を作り出す必要があります。
例えば、大切にしている奥方様が、不慮の事故で亡くなられるとか。」
「あ。」
言葉を失う。お母様の死は、本当に不慮の事故だった。そのはずだった。
仮にも一地方を治める領主の妻であり、伯爵夫人が事故死したのだ。
当然国をあげて調査は進められ、その結果が疑いようのない、不注意からの転落死、と結論付けられたのだ。
「そんな。そんな事が?」
「先ほどまでのお話で、人の心を操る術に長けた工作員がいる事は、ご理解いただけているかと。」
「はい。」
「であれば、事故が起きたときに、周囲の人間すべてが術中に嵌っていたとしたら、どうなりますか?」
「!」
そう、お母様は転落死だった。お父様の仕事の手伝いで、商業ギルドに書類を届けに行き。
お金の絡む書類であることから、信頼できる人物にしか任せられない仕事だ。
そこで、ギルド三階にあるギルドマスターの部屋に書類を届け、階段を降りるときに足を滑らせて転落した。
商業ギルドの階段は急な螺旋階段であり。
皆その設計に文句を言いながらも、気を付けて昇り降りしていたものである。
そんな階段だからこそ、お母様も常に気を付けていたはずなのに、その日、足を滑らせ。
「目撃証言は皆、ミリエラさんのご両親からも信頼されている、長いお付き合いの方ばかりでした。」
「はい。」
「全員がお母様の死に心からショックを受けていた、と聞きおよんでおります。」
そうだ、皆私も知るものばかり。
母の死を悼み、私と一緒に泣き、私を慰め、葬儀でも母に心からのお礼を述べていた方ばかり。
「そんな方々ばかりだからこそ、証言に信憑性が増す。
彼らに催眠暗示をかけて、事件の瞬間だけ記憶をすり替えてしまえば、完全犯罪の完成です。」
「そ、そんな。」
「お母様を誰かが突き落としたという現実が、足を滑らせたという虚実に上書きされる。」
「ぅ。」
「その場に居合わせた、信頼厚い方々が全員がそう証言すれば、だれも疑いませんから」
誰も証明ができない、しかしここまでの話を聞けばそれが真実としか思えない、母の死の真相。
そう確信したとき。
ミリエラの傷だらけの心はまた、決壊した。
「ぅ…あ…あああ…うわぁぁぁぁ!!おかあさまぁぁ!!」
机に伏して泣いた。号泣していた。
その悲痛な姿は、長き時を生きてきた二人でさえ、ただただ見守ることしかできなかった。
二人にできることと言えば。
(シェルン。聖王国王女として。
もう一つ、あなたに命じます。)
(分かっております。かならず。
必ずこの件の実行犯。術者を割り出します!)
(お願いしますね。ミリエラさんの為だけではなく。
これ以上悲しみを増やさない為にも…)
「取り乱しました。申し訳ありません。」
どれくらい泣いていただろう。
涙の跡を残した顔を上げ、目を真っ赤に腫らしたミリエラは、見守ってくれていた二人に謝罪した。
今日一日で、色々なことがありすぎた。
レアニールの嘆願から始まって父の豹変、街での事件、セラフィーナとの出会い。そして今。
たった一日で何度泣いただろう。
何度心がひび割れたのだろう。
「わたくしこそ、本当にごめんなさい。あなたにとってはとてもつらいお話を、お気持ちを考慮せずに。」
また、先ほどと同じように横に座って、優しくあやすように頭を撫でている。
(セラフィーナ様はこうなると分かっていて。
それでも伝えるべきと、そう考えてくれたんだ。)
「いえ、いいのです。むしろ真実が分かっただけでも。
セラフィーナ様には感謝しかありません。」
真相を知らなければ、確かにこんな思いをしなくて済んだのかもしれない。
でも、それでも!
無知のまま。知らないまま、母を謀殺し、父を篭絡した者たちに、陰で笑われて過ごす。
大切な母を亡き者にされ、父を貶められた私に。
そんなことが許されていいはずがない!
そんな事では、いつか自分が母のもとに旅立った時、
私は、母にあわせる顔が無い。
まだ涙声は戻らないけれど。
先ほど感じた疑問を口にする。
「ですが、なぜセラフィーナ様が謝られたのですか?」
そう、この話、母の死の真相については、セラフィーナの突然の謝罪から始まった。早く気づいていれば、お母様は死ななかったかもしれない、と。
ミリエラの問いに、セラフィーナは寂しそうな、泣いているようにも見える笑顔を向ける。
「わたくしは自らの責務として、今は各国を渡り、わたくしの出来得る範囲に限られますが。」
そこまで言うと一度目を閉じ、
開くと空色の瞳でミリエラを見つめ。
「目に映る範囲で、こういった悲しいことが起きないよう、動いているつもりです。」
「自らの責務。ですか。」
言葉の意味に分からないところもあるが。
各国を渡り、とは。
ひとりふたりの、個人で動くには。
あまりにも規模が、対象が大きい気がする。
この方は、いったい何を背負っておられるの?
「はい。そしてミリエラさんのお母様の事は、
わたくしがあと三年。早くこちらに来ていれば、防げたかもしれません。」
「そ、そんな!?
セラフィーナ様はこの国の方ではないのです。
来ていれば救えたからなんて、そんな理由で責任を感じられる必要は!」
「えぇ。そうですわね。」
悲しそうに瞳を伏せるセラフィーナ。
その表情をみると、どうしても先ほど聞いた、1つのことだけは信じられなくなってくる。
(本当に、この方があの災厄の魔女なの?
確かにとてもお強い方でしたけど。でもこんなにも人々の事を想いやって、助けようとして。)
「あの、セラフィーナ様。
こんなことを貴女に質問するのは、おかしいのかもしれませんが。」
「はい、なんでしょう?」
「私の、私たちの知っている、その、災厄の魔女についての歴史は真実なのですか?
貴女がそうだったとして、とても歴史にあるような人物には思えません…」
「ふふ。わたくしの言葉ではなく、歴史や伝説の方が信じられなくなりましたか?」
ごまかすように微笑むセラフィーナ。そんな表情を、ミリエラは何かを期待するように真摯に見つめる。
「ミリエラさん。ありがとうございます。そう思って頂けるだけでも、わたくしはとても嬉しいですわ。」
「嬉しい、ですか。それは、どういう。」
「詳しくお話すると長くなりますので、これはまたの機会、とさせていただいて宜しいですか?」
もとはセラフィーナに助力を願うどうか、そのために彼女の目的を聞いたのだ。
もちろんセラフィーナの過去は気になるが。
「は、はい。それはもちろん。それとシェフィールドの。父の事は。」
「ここまで関わった以上、ミリエラさんを放っておくなんてこと、わたくしにはとてもできませんわ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
結果的に、願い出ずともセラフィーナは助力すると決めてしまった。
いや、多分最初から。
そのことには嬉しさと安堵を感じる。
一方で、災厄の魔女と呼ばれたものが過去に行ったとされる所業。
目の前の人物とはどうしても一致しないその内容に、真相が気になって仕方がない。
そんな想いが顔に出ていたのか、セラフィーナは口を開くと、少しだけ語る。
「一つだけ。簡単に申し上げますと。
歴史は事実の一端を伝えています。
確かにわたくしは一時期、数多の国を敵に回し、それらを滅ぼしました。」
「そ、そんな!どうして?」
期待していたものとは違う、歴史を否定しない言葉。
信じたくないと思うミリエラだが。
続く言葉に初めて何かが腑に落ちたような、安心できる気持ちになる。
「ですがそれは、わたくしの未熟さもありましたが、決して私利私欲の為でも、世界を破滅させるためでも無かった。」
「・・・・」
「歴史はどうあれ、これだけは。
これだけは、信じて頂ければ。
と、思います。」
これだけは。その部分にまるで願うような、祈るような、切実な想いを込めて語られた。
そう、この人は圧倒的な強さを持っていても。
ミリエラだけでなく、ミリエラを襲った男達でさえも、結果的に救おうとしていた。
あの状況であれば男達をみな叩き伏せることも、自警団に突き出すこともできたのに。警告とともに街が元に戻ることを伝え、希望を持たせ。
「そう、なんですね。セラフィーナ様は。
セラフィーナ様の想いや目的は、今も昔も変わらない。
私には、そう聞こえました。」
「本当に、ありがとう。
やはり貴女は優しくて、とてもいい子ですわ。」
セラフィーナは変わらない微笑の中に、隠しきれない嬉しそうな雰囲気を湛えてミリエラに礼を言う。
その顔を見て、ミリエラもまたセラフィーナの事を最後まで信じ切る!そしてシェフィールドを、父をもとに戻す!と心の中で強く誓う。
「なんかいい雰囲気なんですけどー?私忘れられてませんかー?セラ様の正妻はわたしですよ~。」
「正妻!?」
「あらあら、シェルンはヤキモチですか?かわいらしいですわね。」
「ヤキモチ!??」
「ぶーーー!ヤキモチってなんですかー!」
「わたくしをミリエラさんにとられてしまったから?」
「そ、そんな私、そんなつもりじゃ。」
「ふふ。くすくすっ」
「ぷっ。あは、あははっ」
「あ!また私の事からかいました?ん、ふふ、ははっ」
言葉とは裏腹に楽しそうな笑顔を見せるシェルンと、穏やかに笑うセラフィーナ。
重苦しい空気が一転、少女たちの可愛らしい笑い声に、部屋が明るい雰囲気につつまれる。
(そう、ですよね。どんなに悲しくても、つらくても。
こうして楽しい気持ちに切り替えないと。
とても、千年を超える時は、耐えられないですよね。)
シェルンの一言に、また救われた。
そして二人がなぜ、冗談のようなことをすぐに言い出すのか、なんとなくわかった気がした。
そう感じたミリエラだが。
「えっと、それでですね。ミリエラ様は今、色々大変だと思うのですが、提案があります。」
ぷ~っとふくれてたり楽しそうに笑ったりと忙しいシェルンが、ニコニコ笑顔で話しかける。
「はい。私にできる事であれば。」
明るい笑顔で楽しそうに切り出す侍女に、ミリエラも場を明るく変えてくれた感謝を込め、できる限り明るく応える。
「今日からしばらく。
わたし達に誘拐されちゃいませんか?」
「・・・・」
「・・・・」
「ゆうかい?」
満面の笑顔で告げられた、唐突で意味の分からないシェルンの一言。
その一言に、今日何度目か分からない混乱に陥るミリエラであった。
やっと振出しに戻りました。
ここからようやく、書簡を出したところにたどり着けます。
ミリエラさん、一日でどれだけ悲劇に見舞われるねん。