74.土下座されちゃったらしかたないよね
――おっと、その前に鑑定しなきゃな。
僕は奥さんのシーラさんを見ながら《分析》を発動させた。
すると、『状態:バジリスクの毒』と表示されていた。
「……あの、シーラさんがこうなってからどれくらい経ってるんですか?」
「もう1週間もこうして苦しんでいるんだ……」
1週間……それは、もうそろそろ時間が差し迫っているはずだ。
僕の記憶では、『バジリスクの毒』というものはAOLではデバフとしてプレイヤーが食らうことはない。
ただ、その毒におかされたNPCをポーションを使用して助けるというクエストがあったはずだ。
んで、問題なのがこの毒の進行速度だ。
――たしかAOLのクエストでは、NPCが死ぬまでに10日ほどかかるって言ってたんだよね……。
それまでに解毒することがクエストクリアの条件なんだけど、こいつはただの毒じゃないんだよね。
普通の毒ならキュアポーションの神級でも使えば治るんだろうけど、この『バジリスクの毒』はクエスト用のせいか、それだけでは治らない。
そう、もう1つ特殊な素材が必要なんだ。
――ゲームと同じとなると……これは少しやっかいだなぁ。
みんなの視線が僕に集中していて、今さらできませんなんて言える雰囲気でもない。
といっても、手元に素材はないし……しかたない、判断は任そう。
「えーとですね、奥さんは『バジリスクの毒』にかかっていると思います」
「『バジリスクの毒』!? な、なぜそんな凶悪な毒に妻が……!」
「それについては僕にもわかりません。ただ、この毒は10日間ほどで死に至ると言われています。今日で1週間でしたら……」
「そ、そんな……」
伯爵はまさに顔面蒼白といった血の気がすっかりなくなった色になり、膝から崩れ落ちてしまった。
「ソーコさん、何か方法はありませんの?」
その様子を見ていたフランさんが、縋るような目で僕に聞いてくる。
どちらかというといつも自信満々な彼女の姿を見ているだけに、今みたいに少し弱々しい感じでこられると、ちょっとイケない気持ちになっちゃいそうだ。
でも、さすがに僕も時と場所を考えるわけで、
「ただのキュアポーションだったら持ってるし作れるんですけど、この『バジリスクの毒』というのはある素材が必要なんです。でも、それを僕は持っていないんです」
「そう……ですの……」
僕は変な気持ちを抑えて、努めて冷静にフランさんに説明した。
「あのっ、キュアポーションじゃ本当に効かないんでしょうか? 試してみたらもしかするなんてことは……」
「ん、いいですよ。では、これを使ってみましょうか」
アリシアさんが必死な様子で僕に訴えかけてきたので、インベントリから特級キュアポーションを取り出した。
「ソ、ソーコさん……? それは――」
「特級のキュアポーションです」
「「「!?」」」
僕が答えると、フランさん、アリシアさん、それに絶望する様子だったクリプトン伯爵まで目を大きく見開いて驚いていた。
まぁ、この世界で特級なんてそうそうないだろうし、珍しい存在なはずだ。
「ととと、特級……で、ですの??」
「はい、そうです。どうせならこれを試してみればわかってもらえるかなと。これだったらある程度の毒には効くはずですし、完全に効かなかったとしても、多少よくなったり効果があるはずなんです」
「そそ、それは特級ならば当然といえば当然――ではなくて! そんなとんでもない代物をなぜソーコさんが!?」
「え? 作っただけですよ」
「へ? あ……そうでしたわ、ソーコさんの本当の職をすっかり忘れてましたわ……ふふ……」
フランさんは、なぜか呆れたように乾いた笑いをしていた。
なんで?
「と、特級を作る……? いったいどういうことなのか私にはさっぱり――」
「クリプトン伯爵、それについては気にしないほうがいいですわ」
「――! わ、わかった! これ以上詮索はしないし、公言しないことを約束しよう」
……ちょっと特級はやりすぎだったかな。
でも、これでダメなら僕の言ったことの信憑性も高まるだろうし、ここにいる人たちは口も堅いから多分大丈夫だよね?
「では、これを」
「感謝する、ソーコ殿……!」
僕が伯爵にポーション瓶を渡すと、それをシーラさんの口に近づけ少しずつ飲ませた。
「どうかこれで……頼むっ!」
これが効かないことを知ってる僕は、伯爵が手を合わせて祈っている姿を見ているとなんだかいたたまれない気持ちになってくる。
「おぉ……なんという神秘的な光なんだ!」
「すごいですわ……特級ポーションを飲むとこれほどの反応があるなんて……」
「ええ、私も初めて見たけどこんな風になるのね……!」
3人ともシーラさんの身体を包み込む明るい光に、ただただ呆然と見つめていた。
たしかに見た目は強い光があって派手だし、実に神秘的だ。
だけど――、
「光が収まっていく……シーラ!」
ようやく光が収まって伯爵がシーラさんに声を掛けるも、僕の予想通り彼女からの反応は何もなかった。
「そんな……特級でもダメだというのか……」
「残念ながら、これにもう1つの素材を足さなければ、この『バジリスクの毒』を解毒することはできません」
「そ、それが何なのか教えてもらえないだろうか?」
「それは――『ウィーゼルの血』です」
別に隠す必要もないので、僕は非常にレアな素材の名前を伯爵に教えてあげた。
「ウィーゼル……それは、たしかかなり珍しい魔獣ではないだろうか?」
「はい、そうですね。なかなか出会わないと言われています。強さこそそこまでではないんですけど、これに関してはかなり運要素が強い魔獣です」
まったく情報がないわけではないけど、それにしたってまず会うことが難しい魔獣なのは間違いない。
「う……うぅ……」
クリプトン伯爵は、ついに膝をついて俯きながら涙を流し始めてしまった。
あまりにもどうしようもない状況に、いろいろと悟ってしまったのかもしれない。
残り3日という猶予がない状況で、与えられた情報も絶望的なものならば、そうなっても致し方ないだろう。
――でも、彼は運がいい。
「――フランさん、少しだけ寄り道してもいいでしょうか?」
「っ! ええ、もちろんですわ! ソーコさん、なにか方法がありますのね?」
フランさんの言葉は伯爵にも届いたのか、すごい速度で顔を上げた。
「そ、そうなのか!? ソーコ殿なら……ソーコ殿なら妻を救えるのか!?」
――うわっ、近っ!
ダンディズムの塊みたいだった伯爵の顔は、今や涙と鼻水でとても同じ人物には見えない。
これを涼しい顔でスルーしちゃうのは、さすがに僕には無理だなぁ。
「え、ええ、まぁ……」
「どうか……どうか、頼む! 妻を助けてくれ!」
目の前でされる伯爵の土下座に「あ、久し振りにこの光景見たな」と、僕はちょっと懐かしく思うのだった。
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『アラサーから始まる異世界無双ライフ 〜スキル『シャドウマスター』は最強でした〜』
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チートスキルを授かうも役に立たず、おっさんになってから覚醒する物語です!
本日複数話投稿するので、ぜひ読んでみてください!




