６０．涙と後悔
「え……なんで……？」
チヨメは現状が理解できず、その瞳は激しく動揺しているのが見て取れた。
僕は彼女を落ち着かせるために、
「落ち着いて。久し振りだね、チヨメ」
傷ついた腕を隠すようにして優しく語りかける。
「お館様――」
一瞬、チヨメは何か込み上げたような表情をしたけど、傷口から血が滴る僕の腕に気付く。
「ぁ……わた、し……」
「気にしないで、これくらい大丈夫だから！」
「あ……あぁ……お館様……なんてことを……！」
よろよろと倒れそうな足取りで後ろへ下がるチヨメ。
彼女が泣いたとセラフィが言っていたように、今のチヨメはかなり不安定そうに僕にも見えた。
「こんなに大したことないから！ ね、自分を追い込んじゃだめだよ？ それよりも、こうやって再会できたことを喜ぼうよ！」
「お館様……申し訳ありません……命をもって償います」
「チヨメ――ッ！」
チヨメは手に持つ短剣を喉元に突き立てた。
僕は止めようとするも、
――くそっ！ 間に合うか！？
「たあぁ――――ッ！！」
それよりも速く、僕を一瞬で追い越す影があった。
「セラフィ！？」
そして――、
「とぉ！」
「ぐ――っ」
セラフィがチヨメを蹴飛ばした。
ドゴンッ！ という音とともに、吹っ飛んだチヨメの小さな体が部屋の扉をぶち壊した。
「ご主人様、助けに来たのです！ 悪いやつはセラフィがパパッとやっつけるのですよ！ だから褒めてほしいのです！」
セラフィがドヤ顔でポーズを決めていた。
純粋な戦闘力という強さでは、アンジェやリリス、チヨメといったＥＸＲの中でも、セラフィが頭１つ抜きん出ていた。
だからこそ、僕は吹っ飛ばされたチヨメが心配になった。
「セラフィ！ あれはチヨメだよ！」
「へ？ チヨメなのです？」
セラフィはキョトンとした顔で首を傾げた。
いつもなら可愛いと思うけど、今の僕にはそんな余裕もなかった。
「そうだよ、セラフィ。だからもう攻撃しちゃダメだ。いいね？」
「わ、わかったのです！ あわわ、チヨメに怒られるのですぅ……あぅ、ご主人様どうしたらいいのです……？」
僕が諭すと、セラフィは慌てだして助けを求めてきた。
「とりあえず、チヨメの様子を見に行くよ」
「は、はいなのです！」
僕たちが走り出そうとすると、
「な、何事ですの！？」
「どうした！？」
フランさんたちまで起きてしまった。
まぁ、あれだけ派手に大きな音を出してたら起きないほうがおかしいか。
とりあえず「すみません、ちょっとした手違いというか勘違いみたいなのがあって……」と、説明になってない言葉で簡単に伝え、チヨメに駆け寄った。
「チヨメ！ 大丈夫！？」
「ぅ……お館様……！」
不意打ちみたいな感じでセラフィの蹴りをまともに受けたので、命に別条はなさそうだけど、かなりダメージはありそうだ。
その証拠に、どうやら今まで気を失ってたみたいだ。
「無理に喋らなくていいから！ 今、ポーションを――」
「お館様、私は……チヨメは問題ありません。それよりも、お館様の傷を……本当に申し訳ありません……」
チヨメが俯くと、ぽたぽたと床に涙が零れ落ちた。
「チヨメ……」
今のチヨメは、僕を傷つけてしまったことで責任というか、かなりの自己嫌悪に陥っている気がする。
僕がなんて声を掛ければいいかと考えていると、
「チヨメ、ごめんなさいなのですーっ！」
セラフィがチヨメに抱きついた……というか、飛びついたと言うほうが正しいかもしれない。
「ぅっ……セラフィ……そう、あなたもお館様に会えたのね……」
チヨメはセラフィの飛びつきに少し顔を歪めたけど、ほんの少し気持ちが和らいだ顔をしたように見えた。
「ごめんなさいなのですぅ……すぐに回復するのです！ ――《天使の祝福》！」
セラフィが『固有能力』の《天使の祝福》を使うと、チヨメの身体を眩しくなるほどの光が包み込み、傷をみるみると回復させた。
ＡＯＬに回復魔法はないけど、『固有能力』ではセラフィのように回復スキルを持つサポーターも多い。
だけど、セラフィの回復スキルは規格外なので、『味方１人を完全に回復する』ということができるのだ。
「……セラフィ、回復させる相手が違う。お館様の傷を癒やして欲しい」
「あっ！ しまったのです！ でも、しばらくこのスキルは使えないのですぅ……」
「ああ、このくらいならポーションで十分だよ」
僕はインベントリから上級ヒールポーションを取り出して飲んだ。
傷はみるみると塞がった。
３発しか食らってないので命に問題なかったけど、あれをまともにくらってたら今こうして会話することも無理だったろう。
「よしっ、全回復っと！」
僕とチヨメが回復したところで、ぞろぞろとみんなが部屋に集まってきた。
もう夜も遅い時間だけど、このまま寝るわけにもいかない。
「チヨメ、まずはどういう経緯でこうなったか、説明してくれるかい？」
まずは事の経緯をチヨメに確認することにし、僕はなるべく優しく彼女に話しかけるのだった。
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