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55.冷たい瞳

 「やれやれ、この私がこんなところで人間の相手をせねばいかんとはな」


 ダームたちは、ボーリの用意した街外れの民家に来ていた。

 今日これからアルゴン帝国の宰相ミーンと、秘密裏の会談を予定しているのだ。


「申し訳ございません、ダーム様。本来であればもっと相応しい場所にお連れするべきなのですが、非公式ということもあり――」


「あー、いい。気にするな、ボーリ。お前が悪いわけじゃないのでな。ただ、下等な種族である人間の言うことを聞くのがどうにも虫酸が走るだけだ」


「ははっ」


 ボーリは慇懃に頭を下げる。


「まあまあ、今日これが終われば帰れるじゃないですか。あと少しの我慢ですよ、我慢」


「お、おい! 口を慎まんか!」


「はぁ、もうよい。こやつには言っても無駄だ。この私にこんな態度を取るのは、こやつくらいなもんだ。ただし、それは私の期待に応えれるという条件あってのものだ。ゲルマ、失敗は許されんぞ?」


「わかってますって」


 ゲルマはダームの脅すような発言にも動じることなく、軽く流した。


「まったく……それで? まだ来んのか?」


「はっ、外を見て回り――あ、どうやら来たようです」


 外に1台の馬車が止まった。

 それは宰相が乗るにはやけに貧相で、質素なものだった。


「ふん、目立ちたくない、というところか」


「恐らくは……。出迎えてまいります」


 ボーリはそう言って、外へ迎えに行った。

 一言、二言外で交わし、馬車から降りた人間を3人連れてきた。


「これはこれは、あなたがダーム殿ですかな。私はアルゴン帝国宰相のブロウ・ミーンと申します。遠路はるばる、我が国を訪れていただき感謝します」


 ミーンは、ニコニコと人の良さそうな顔で頭を下げた。


「ふん、まったく本当に遠くてかなわんわ。ハイエルフであるこの私が直々に来たのだからな、感謝せよ」


 ダームの偉そうな物言いに、ミーンのこめかみがピクリと反応する。


「……たしかにダーム殿をアルゴン帝国に呼び寄せた形にはなりますが、我らは協力関係のはず。そこに上下関係はないのでは?」


 ミーンは、かろうじて笑顔を保ったままダームに反論した。

 普段のミーンなら怒りを爆発し、すぐに処刑させるが、協力関係であるハイエルフに喧嘩を売るほど冷静さを失ってはいなかった。


「ふっ、上下関係がないだと? 貴様は何もわかってないようだな」


 ダームはあからさまに侮蔑のこもった眼差しをミーンに向けた。


「……わかっていないとは?」


「我らハイエルフと貴様ら下等な人間が同じ立場などと、そんなことあろうはずがないだろう? ハイエルフは常に頂点に立ち、この世界を管理しているのだ。貴様ら人間どもはそれを享受するだけの存在に過ぎん」


 ダームは、ミーンが不機嫌な顔を浮かべてるのにも構わず話を続ける。


「我らハイエルフが管理せねば、貴様らは互いを殺し合い、この世界を滅ぼしていくことになるだろう。そう、言うなれば貴様ら人間など()()のようなものだ」


「か、家畜だと!?」


 ミーンの顔がみるみる赤く染まっていく。


「ふんっ、貴様などまるで豚のようではないか。クハハハハッ」


 ダームは馬鹿にするように笑った。


「き、貴様! 言わせておけば……ッ!」


「ふんっ、そもそも貴様はなぜ私がここにいるのかわかっておらぬようだな」


「……エルフに伝わる『秘薬』を譲ってくれるはずだろうが」


 ミーンは、ダームから一種の洗脳のような状態にするエルフの『秘薬』をもらうつもりだった。

 それを皇帝に使い、傀儡にすることによって実質的なこの国の頂点に立つために……。


「少し考えればわかるのではないか? 我らは貴様らにポーションを与え、戦争を起こさせるように仕向けた。ではなぜか? すべては貴様ら人間どもを駆逐し、この世界を浄化するためだ」


「い、いったい何を言ってるのだお前は……」


 ミーンにはダームの言ってることが理解できなかった。


「ふっ……貴様のような下等な豚に言ってもわからぬか。まぁ、よい。早い話――貴様を洗脳してしまったほうが効率がいいということだ」


 ダームの脇に控えていたゲルマは、


「――氷矢(アイスアロー)


 ミーンの隣にいた2人の護衛に氷矢を放った。


「うぐっ!?」


「――っ!」


 1人は何本も刺さって絶命したが、


「へぇ、この距離で躱すのか」


 もう1人の女の護衛はそのすべてを躱したのだった。


「ちっ、何を感心しておるのだ。外しおって」


 その光景を見ていたダームは、舌打ちをして不満を露わにする。


「き、貴様ら、いったい何をしているのかわかっているのか!? アルゴン帝国だぞ!? それに私は宰相だぞ!?」


 ミーンは腰を抜かして喚き散らす。


「だったらなんだと言うのだ? 説明ならもうしたろう。理解もできぬ愚か者が」


「ぐ……っ! くそっ、()()よ! この私を全力で守れ!!」


 ミーンが地面に座り込んだまま、怒鳴るようにランに命令した。

 ランは内心「気安く名前を呼ぶな豚が」と悪態をついたが、目線は先ほど攻撃を繰り出したゲルマから逸らさずにいた。


「ランさんっていうのかい? いやぁ、最近やけに実力者と出会うことが多くなったな。あんたも相当やるってのが伝わってくるよ」


「ふんっ、所詮は人間。ボーリ、お前も加わってやれ」


「はっ、ダーム様」


 ランは先ほどの攻撃で、ゲルマがそれなりの手練れであることがわかった。

 そこに加えてさらにあと2人いることを考えると、分が少し悪いなと思考を加速させる。


「おいっ、なにをボーッとしている! さっさと奴らを殺さんか!! あぁ、待て。秘薬だけは壊すなよ!」


 後ろから集中力を削ぐ声が投げかけられ、ランは「黙っていろ!」と短く返す。


「なんだその態度は!? 貴様も()()()と同じで、何もわかっておらんようだな! 人質がどうなってもいいのか!?」


 ランはギリッと歯を食いしばり、


「卑怯者め……っ!」


 と悔しさを滲ませる。

 それを見ていたゲルマは気づく。

 2人の関係性が『歪』だということに。

 そして、1つの提案をすることにした。


「あんた……ランさんは、そいつに人質を取られて従ってるだけなんだろ?」


「……だったらなんだ?」


「おい! そんな奴の話を聞くな!」


 意図を理解したミーンは、慌ててランに命令する。


「あんたが俺たち側に付いてくれるなら――望むモノを取り返してあげるってことさ」


 それはランの中で、非常に大きな1つの選択肢となった。


「――ひっ……」


「……答えは決まったみたいだな」


 ランの冷たい瞳に見下ろされ、ミーンは小さな悲鳴を上げるのだった――。

お読みいただきありがとうございます。


ソーコたちの物語を少しでも、


『いいな』


『もう少し読んでみたいな』


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[一言] 目先の正解が大きな流れでも正解かは 個人には判り難し
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