23.肉の盾
僕の目の前には、怒りを露わにする少年吸血鬼と、蛙みたいにひっくり返った3人の男女がいる。
いったいなんのコントだ、これ。
とりあえず、まずはレノを落ち着かせようとすると、
「ぐ――ッ!」
セシールが慌てて立ち上がり、剣を構え直す。
どうやら、まだやる気はあるみたいだ。
お姉さん方もゆっくりと起き上がって……うん、こちらも心は折れてないね。
「この程度で怯む僕ではないぞ。やられたら、お礼をせねばな」
セシールが中級のエンハンスポーションを飲んだ。
ダンが飲んでいたものと同じものだ。
そして――、
「行くぞ!!」
駆け出した――まっすぐに。
――いやいやいや、無策に過ぎる! 正面から突っ込んでくとか、舐めプにも程があるでしょ!?
「はあああぁぁ――ッ!!」
バカ正直に真正面からセシールが剣を振るおうとすると、
「《風槌》」
レノが短く唱えた魔法の風でセシールが横殴りにされる。
「ぬおぉッ!?」
風魔法に吹っ飛ばされて地面をゴロゴロと転がるセシール。
「セシール様!」
「うぐ……ッ、な、なんだ今のは? ――魔法か!?」
セシールには、どうやら今の攻撃がよくわかっていないようだ。
確かに風魔法は目で捉えにくいけれど、ある程度レベルがあると可視化できるので、対応は割と楽な方なんだけどな。
「セシール様、これを……」
セシールは、カーラから渡された下級ヒールポーションを一気飲みし、剣を握り締めて立ち上がった。
今までの余裕さがなくなって、表情が憤怒に染まっている。
「ふざけた化け物め……ッ! ――《アーススマッシュ》!!」
セシールの足元に突き立てた剣先から、レノへと光が地を割るように伸びていく。
それがレノの足元まで行くと、光が爆発してその身体を貫こうと上へ伸びた――けど、
「――なに!?」
それは当たらなかった。
「き、消えただと!?」
消えてません。
ってかあれが見えてないのかー……レノは、ただコウモリに変身して移動しただけだ。
――セシールの前にね。
「ひ――ッ!」
レノがコウモリから人型へと戻ると、セシールは急に現れたと勘違いして驚いた。
レノは、そのまま流れるように攻撃モーションへ移行する。
わかっちゃいたけど、まったく相手になってないし、このままだとセシールは簡単に殺されちゃう。
さすがにそれは夢見が悪い――。
ということで、
「――《風槌》」
「ひゃぶ――ッ!?」
とりあえずは助ける。
セシールからすると見えない風の塊が彼の顔面を殴って、後ろへと吹っ飛ばした。
――あ、歯が空中を舞ってる……まあ、死ぬよりはマシでしょ。
それに、そのおかげでレノの攻撃を回避できたわけだしね。
レノも、まさか攻撃を躱されるとは思ってなかったようで驚いた顔をしてる。
だけど、すぐに何が起きたか理解したようで、僕の方をキッと睨んできた。
「ぁ、あがッ――クソッ! ぼ、僕の歯が……っ! じょ、冗談じゃない、たかが吸血鬼1体でこの強さだと――!?」
あー、どうやらセシールは僕の魔法だと気づかなかったみたいで、レノにやられたと思ってるね。
セシールは、口と鼻から出てる血を抑えながら立ち上がったけど、よろよろしてる。
その顔は、端正だった顔とは似ても似つかないほどぐちゃぐちゃに様変わりしていて、実に気分が――いや、かわいそうに。
いやー、助けること最優先で魔法を放ったから、思いっ切り力を込めてしまった。
決して今までの鬱憤を、この機会に晴らそうとか考えてたわけじゃないよ?
「セ、セシール様!」
「あぁ、なんてこと――!」
お姉さん方は、ハッとした様子でセシールの元へ駆け寄る。
「くッ……! 2人とも、緊急事態だ。アレをするぞ」
「――!」
「わかりましたわ……!」
3人がこちらに聞こえないようにコソコソ何か話をしたあと、セシールはまた中級のヒールポーションを一気飲みした。
あれも結構な金額だと思うんだけど……でも中級じゃあ歯は治らないから、前歯数本はないままか。
「――ん、なんだ?」
ふと、お姉さん方が僕の方を見ていることに気付く。
なんだか嫌な笑みを――、
「「《麻痺》!」」
僕とアンジェに向かって、《麻痺》を放った。
この魔法は名前の通り、対象を麻痺させて一定時間行動不能にする魔法だ。
これを僕達に使ったということは――、
「ふぐッ――!?」
くぐもった声の方を見ると、セシールがフェルをレノの方へ蹴り飛ばしていた。
「フ、フハハハハッ! マヌケな奴らめ! 僕が本当にお前達を仲間だと思ってると? 馬鹿が、こういうときのための保険なのさ。フンッ……少々惜しいが仕方ない。精々『肉の盾』として、僕達を守っておくれよ」
「ふふふっ、いい気味ぃ……。あんた達、本っ当に鬱陶しかったんだよね」
「安心してね。あなた達のことは死んだってちゃあんとギルドに報告しておくから」
こいつ等……僕達のことを囮にして逃げるつもりか。
セシール達は酷く歪んだ笑みを浮かべ、走って大広間から逃げ出そうとするが、
「――逃がすわけがないだろう、《氷槍》」
レノの放つ《氷槍》が3人を襲う。
「《炎旋風》」
「なに――?」
僕の唱えた《炎旋風》が、氷の槍を呑み込んで溶かした。
セシールとミラ、カーラの3人は背後でそんな攻防があったとは気付かず、扉を開けて走り去っていった。
「……貴様、何を考えている。奴等はお前達を裏切ったのだろう? いや、そもそも《麻痺》を喰らってなぜ動ける」
「ああ、それ。だって、僕には効かないから」
それは僕の力ではなく、身に付けている装備の力だ。
首に付けているネックレス、URの『女神の首飾り』は状態異常無効の効果があるのだ。
「アンジェ、もう動ける?」
「はい、問題ないです」
アンジェも既に解けているようだ。
まあ彼女達の力じゃ、レベル差もあって長い時間拘束することは出来ないんだろう。
「……何なのだお前達は。いったい何を考えている?」
レノには僕の行動が理解できないらしく、訝しんだ瞳を僕に向けた。
別に彼等を助けたつもりはないし、どうせ後で報いを受けることになるだろうしね。
でも、今はそれよりも――。
「彼等がいると、話が進まなそうだったからね」
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