恋人はダン
7,恋人はダン
「まあ、驚いたよね。確かに以前から親しそうだったけど、コンラート君とシャルマン伯爵家令嬢がまさかそんな要求してきたなんて」
「私もこんな状況になるとは思ってもみなかった。そして私が恋人探しをするのも、思ってもみなかったわ」
はぁとひと息ついて、さて本題だ。茶館を出て、ここからはジュリアの前では出来ない話をするつもりだ。
「ダニエル、私と恋人ごっこだなんて・・・・。ジュリアのこと、いよいよ気持ちの整理することにしたの?」
私に関する話題はそこそこに、聞き出したい核心の話を切り出した。
「まぁ、そういうことだ。君には前にも言ったけど、俺もそろそろ婚約者決めないとね。今まで親には仕事を覚えることを優先したいからと言って婚約話を断ってもらっていたけど、いい加減に自分と男爵家の将来を考えないとな。俺の事情を知る君には、ジュリア以外の女性に目を向けるための練習として付き合ってもらえたら有難いんだが」
「それは・・・・私は、それはいいのだけど・・・」
卒業祝いの夜に話しをした時のような、苦し気な様子も悲壮感もダニエルにないことに少しだけ安心した。
他に目を向けるための練習・・・・・・、本当にそんなこと、できるのだろうか。
交際もどきであっても、他の人と一緒にいることで、叶わない恋心を忘れるころができるのだろうか。
それなら、そうであって欲しい。
ダニエル、本気だろうか。私でいいの、かな・・・・。
私はもちろん、いいのだけど・・・・いい・・・、嬉しいのだけど・・・・・・とても、嬉しいのだけれど・・・・・。
「いい、の?私で・・・・・」
「いや、こちらこそだ。ジュリアにまだ気持ちがある状態なの知ってるよね。仮初めとはいえ、それを分かっていても付き合ってもらえるのか」
「うん、付き合うわダニエル」
「・・・早いね決断。少し考え」
「いい、付き合いたいわ」
「あ、そう?いいの?」
「うん、ダニエルこそこんな勝手なお願いなのに、いいの、よね?」
「いや勝手は俺も同じだから」
「じゃ、そうしよ、付き合うってことで。お互い頑張りましょう!」
「頑張る・・・・。分かった。これからよろしく頼むよクリステ」
「うん、よろしくねダニエル」
「じゃあ、まずは呼び方から変えようか。今までの関係から変わるよう意識しようよ。俺のことはダニエルじゃなくて、ダンで?」
「・・・・・ダ(う、嬉しい!)、ダン・・・・(すごく、嬉しい!)」
「君のことは・・・」
「私のことは・・・・・・リシィ、って」
「了解、リシィね。よろしくリシィ」
私は家族以外に愛称で呼ばれたことがない。ロアンはずっと『クリステ』だった。愛称呼びになる前に『お前』になってしまったし・・・・。
『リシィ』は正真正銘ダニエルだけの特別な呼び名となるのだ。
そう思うと、ロアンに対してずっと燻っていた行き場のないモヤモヤした気持ちが、少し解消された気がした。
ああ、くすぐったい!楽しみ!!
既に学院を卒業し家業を学んでいるダニエル・・・ダンとは頻繁に会うことは難しいだろうが、それでもできる限り、会う時間を作ってくれると言ってくれている。
嬉しい!
ダンとジュリアと3人で過ごすことは多くはあったが、二人だけで会うのはそうなかった。
一応ロアンという婚約者がいる手前、悪目立ちはお互いのために避けたいが、元々が友人として共にいた仲だ。私が彼と一緒にいることは周りから見て不自然なことではないはずだ。
一緒に王立庭園でお花を見たい。一緒にお弁当を持ってピクニックもしたい。一緒に勉強・・・・は、もうしたから、あとは観劇を観たり・・・・。
あとは、あとは・・・・・・・。
クリステの夢は広がった。
ダンとやってみたいことだらけだ。
ダンと秘密の交際を始めてひと月が経った。
私は・・・・・凄く、とても、驚くほど、幸せな毎日を送っていた!
ー----恋人同士ってこんな感じなんだ・・・・。幸せ・・・・。
ロアンとは、異性と意識した時にはもう良い関係を作れる状態じゃなかったから、男女のお付き合いがこんなに楽しいものだなんて思わなかった。
ロアンのことで思い煩うことがなくなった。というより、ロアンのことを考えることが殆どなくなったのだ。毎日身も心も軽かった。
月に一回あったコンラート家の茶会は、学科の試験やら実地教育やらと重なるためにまだ先になりそうだし、暫くはダンとのお付き合いに専念できそうだ。卒業の課題のための勉強を見てもらう約束だってしているし。
付き合ってみて初めて分かった、ダンの新たな一面を発見するのも嬉しかった。
彼は意外と笑い上戸だし、それに幼い部分も実は多く残していた。
友人関係の時には見れなかったその姿に、自分は今特別なんだという喜びがひしひしと身に沁み入り、思わず顔がにやけてしまう。
期間限定とはいえ、まさかダンへの想いが叶うとは想像すらしていなかった。
このひと月の間に、庭園でのピクニックに行った。
人目を気にしたのと、最初から二人というのも気恥ずかしいので、ジュリアとアリシェも一緒だ。
この二人を誘おうと言ってきたのはダンだった。あの二人が親し気な様子を見て苦しくならないか心配だと伝えると、今更だし隣に君がいてくれるから、などと言われたらもう浮かれるしかない。
結果は、私にはとても楽しい時間になった。
ダンにとっても、そうであって欲しい。私が幸せを感じたのと同じく、彼にも楽しい時間であって欲しかった。
放課後にダンと約束のある日は真っ直ぐ寮へは帰らずに、馴染みとなった町の茶館へと向かうことも多く、この日もダンの仕事の終わりに合わせ、私たちは茶館で待ち合わせていた。
今日のお目当ては新作のパイだ。
本当はジュリアと二人で食べようと店へと誘うつもりでいたが、彼女から「ダンも甘いの好きだから彼を誘ったら?」という情報をもらい、今日の約束を取り付けた。
ダン、甘いものが好きなんだ・・・意外!かわいい!!
「リシィはこの季節限定のパイにするんだろ?じゃ俺は違うのがいいか。取り分けよう」
「うん!半分コしよう」
付き合い始めてからダンは、次第に口調が変わった。ずっと親しくはしていたが、以前より砕けて壁がなくなり、それにつられて私も言葉に気どりがなくなる。
注文をして間もなく暖かいポットのお茶と共にパイが目の前に並べられると、ダンは取り分けるための皿を受け取り、フォークを器用に操って自分のマフィンを半分に切り分ける。
私は・・・・パイは、切るのがとても難しくて・・・。ぐちゃぐちゃになってしまう。
「ご・・・ごめんねダン。なんか汚くなっちゃった」
「いいよリシィ、俺は味見だけでいいんだよ。これだけちょうだい」
そう言って私の皿の端のかけらを自分の皿へポイと移した。
そんな行儀の悪いその行為すら今の私には微笑ましい。幸せとパイを噛みしめ、顔が綻ぶ。
ダンとパイに夢中だった。だから全く気が付かなかったのだ、私たちの席から離れた所に呆然と立ち尽くす彼に。
ダンは口元に微笑みを浮かべたまま、視線をちらりと私の後方へと外した。
「ー----リシィ、ちょっと確認だ。・・・・・俺すごい顔で睨まれてんだけど、これ、コンラート君は本当に了承していることなんだよな・・・・?」
ダンは私見ているようで、その先の何かを意識しているのが分かった。
「なに?だれ?これって?」
「後ろを振り向かないで。奥にコンラート君とその友人がいる。で、彼すごい顔してこっち見ているんだけど」
「そ、そうなの?ロアンがいるの?」
「ちょっと・・・・・まずい感じだよ。本当にコンラート君、リシィに恋人を作っていいって言ったの?」
「そうよ。あれかしら・・・、私があなたと付き合うことにしたってロアンに言ってなかったし、楽しそうにしているのが気に食わないのかしら・・・。ルイーゼさんも一緒にいるの?」
「どうかな・・・・・・、いや、ここに彼女はいないみたいだけど・・・・」
声をひそめるために互いの顔を寄せてこそこそ話していると、ダンがピクリと反応して声をあげた。
「あ」
「なに?」
「こっちに来る」
「え、なに、ロアン?」
「そう、俺を睨みつけながらこっちに一直線に向かって来てるけど。わぁ、すごい速足だ」
「え、やだなんで」
私が慌てて振り返ろうとしたその時に、背後から例の低い声がかかった。
「ー--ーー--おい」
思った以上に早い到着だった。
「こんにちは、コンラート君」
「あ、ろ、ロアン、久しぶりね」
ロアンはちらりとダンを一瞥し軽く頭を下げると、すぐに血走った目で私を見据える。
「おい、お前、人目を気にしろ。外でいちゃつくな」
「いちゃつくって・・・別に一緒にお茶をしているだけだよ」
「・・・・・見ていて不愉快だ」
「コンラート君たちも休憩に来たのかな。一緒にいるのは領地科のユジノール侯爵家子息だよね。いちゃついていた訳じゃないけど気に障ったら申し訳ない。リシィと僕はもう少ししたら失礼するから、君たちの目には入らないよ」
「・・・・・・・・・・・・」
私を庇うように返すダンに、ロアンは無言で目を反らした。
そうか、エバン君がいるのね。領地科の人に、私とダンが二人で楽し気に過ごしているのを見られるのはロアンとしては体裁悪いのかもしれない。ロアンとルイーゼさんの関係は友人たちに隠しているのかしら・・・・。
「分かったロアン、目につかない所に移動する。お茶飲んだら店を出るから、あなたたちはゆっくりしてて。ー---ごめんねダン、急がせちゃうけど・・・・」
「リシィのせいじゃないよ。じゃ、そういうことでコンラート君、またね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ロアンは口をきつく結び、返事をすることもなく強張った表情で私たちに背を向けた。




