ジュリア奔走する
6.ジュリア奔走する
「ええええええ!!なんっっクリステっ・・・・そんなことっっ!!ロアン!くんったらっ!!!」
間もなく18歳の成人となる貴族令嬢とは思えない雄たけびを上げたのはジュリアだ。
私がルイーゼさんから呼び出されたこと、そして彼らの願いを承諾したことを伝えると、ジュリアが信じられないと息巻いた。
この日は休日で、卒業までの課題に忙しくここ最近ゆっくりと話をする時間が取れなかった私たちは、たまには気分転換が必要だからという名目で町で人気の茶館へと足を運んでいた。
注文した紅茶が目の前に置かれると同時に私が口火を切り、ジュリアが叫ぶこととなったのだ。
令嬢の大きな声に、私たちの周りの者がチラリチラリとこちらを伺う。
「何でそんなことにっっ!」
目を見開いたままジュリアは天を仰ぐ。
「理解できないわ・・・・・・」
「もう学院生活も終わるから・・・・。『ずっと想い合っていた二人が一緒に過ごせる最後のひとときをどうか認めて欲しい』って言って涙を流しているのを目の当たりにして、なんか、私も苦しくっなってしまって・・・・・・」
「えぇぇ・・・・・・・。なんかルイーゼさんって・・・・えええ?・・・よく、そんなお願いを婚約者のあなたに・・・・。しかもクリステったら了承してしまうなんて・・・・・」
「想い合っている時間が長かったんだもの、ルイーゼさんの気持ちは分かるよ。私、申し訳なくなってきてしまったのよ」
「あなたが申し訳なく思うことなんてないじゃないっ、申し訳ないと謝るのはロアン君とルイーゼさんだわ!ずっとずっと、婚約者のクリステのこと蔑ろにしていた上に最後にこんな図々しい要求をしてくるなんて・・・・!!」
私の代わりに怒り心頭のジュリアを見て少しばかり気持ちが軽くなった。そして納得した、確かにそうかと。
私とロアンの婚約は家の事情であって、私のせいじゃないんだものね。
今さらだけど、普通に貴族間の政略結婚なんだわ。昔はロアンと結婚できるのが嬉しかったし楽しみだったから、そんな気がしなくなっていたけど。
ロアンが私に優しくできないもの、仕方ないのかもしれない。好きな人がいるのに、その人と一緒になれないなんて可哀想だ。
(まあ、ちょっとは気を使って欲しかったけど。好きな人の前で他の女性・・・婚約者に優しくするところは見せたくなかったのかもね)
「おかしなお願いではあるけど、私は納得してその『期間限定の恋人』やっていいですよって思っているから。ロアンからは、私もダニ・・・・他の男性と付き合っていいって言われているし。一年したら婚約者のもとに戻るって約束だから、残されている時間で二人の気持ちを昇華してもらえれば・・・・」
「え?・・・・・・ちょっと待って、な、なんて・・・・!?つまり、自分たちは卒業までの一年間を恋人として過ごすから、あなたもそうしていいって、そういうこと?そうすればお互い様になって罪悪感がなくなるから・・・・?ー---自分にルイーゼさんがいるからってクリステにまで他の男性とのお付き合いを・・・・・?・・・・さい、っていねっっ!!」
「ロアンそこまでは言ってないけど・・・・でもそうか、そういうことなのかな・・・・・。言葉にしてみると随分な提案だよね」
「な、なんでそんな冷静に話せるの!?私、腹が立って腹が立って暈眩がするわ・・・。クリステに他の男性との付き合いを勧めるだなんて・・・・!!」
(他の男性って言っても、ダニエルなんだけどね・・・・。なんでだか気づかれちゃってるからね)
でもそれはジュリアには内緒だ。私がダニエルに惹かれていることは、ジュリアに言ってはいけない。ダニエルのジュリアへの想いを届かなくしてしまう最後通告のような気がして・・・・・。
「まあ、もういいのよジュリア。落ち着いてちょうだい」
「落ち着くなんて無理・・・っ!!」
「私ももう、いいよって言ってしまったし」
「ああ」だの「もう」だの、ひとしきり憤りを言葉にしていたジュリアが、急に押し黙る。
そして・・・・。
「---ー------わかった。わかったわクリステ・・・・」
静かに呟くジュリアは不穏だ。
「なに、分かったって」
「ここまでおかしな提案をされてそのままじっと見ているなんて、私、悔しくて許せない。結婚までは好きにさせてって?ふざけないで!あの人達がそういうつもりなら・・・・そうよ。こちらもよろしくさせてもらえばいいのよ・・・・・・・そうしたらいいわ」
そう言いながら口元だけでニヤリと嗤った。
(ー---よろしく、させてもらう・・・・・)
ジュリアはいつもは真面目で穏やかな優等生だ。しかし今日は普段の彼女とは別人だ。余程彼らの提案に腹を立てているのだろう。
「浮気しておいて、それをさも自分たちは不幸だと。悲劇の渦中にいると酔いしれているんでしょうね・・・・・。あの人たち・・・・・、裏切り者たちが・・・・」
ジュリアが独り言のようにぶつぶつと呟いている。
この話をしたら驚くだろうし怒るかなとは思ったけれど、想像以上の彼女の反応に私の方が言葉を失ってしまった。
「あの、ね・・・・・ジュリア、大丈夫・・・・?」
「大丈夫よクリステ。私、探してみるから」
「・・・・・・・なに?探す・・・?」
「あの人たちだけに良い思いなんてさせる訳にはいかないわ。クリステ、私に任せて」
ー----えぇ、怖いわ、怖いんだけど。
「ねえ、ちょっと何をするの?復讐みたいなのは嫌よ。私が彼らのことを認めているのだもの、もういいのよ」
「復讐なんてしないわ。クリステ、今さらロアン君に気がある訳ではなのよね?」
「そ、れはそうだけど・・・」
「じゃ、あなたも恋人を作ればいいのよ、ロアン君が良いと言ってるならお言葉に甘えましょ」
「・・・・・・え!?」
「そう、そうすればいいんだわ。だって彼らは好き勝手やっているのに、このままクリステだけが我慢しているなんて悔しいじゃないの。そうでしょ?」
「い、いやよ、私、そんなつもりはないわ!」
なにを言っているのジュリア・・・・・・。
クリステは再び「人選は私に任せて」とだけ言い、彼女には不似合いな不敵な笑みを浮かべた。
ジュリアとの会合から数日。
来週の試験に向けての勉強がいよいよ大詰めで、私はここ最近は授業が終わるとすぐ学舎の離れにある学習室へと足を運んでいた。ジュリアとダニエルと共によく通ったそこは、私の定番の勉強場所となっている。
商経科の勉強は学び始めると思っていた以上に難しく、生来賢い訳ではない私はなかなかに苦労をしていた。授業についていくだけで必死だ。
物流の仕組みや商業の成り立ち、国と民に対しての貢献など、知れば知るほど自分の生活に密着した興味深い分野で、私はモーガン家やコンラート家、ダニエルの家門がどのような役割をしているのかをより正確に知った。
(今日は先生に質問していたからいつもよりも遅くなっちゃったわ・・・。もう外が暗くなり始めてる、急いで寮に戻らなきゃ)
私は資料で重くなった鞄を両腕で抱え、殆ど人のいなくなった学習室を出て建物脇の細い小道を足早に通り過ぎようとしたその時、小道から脇へ入った大木の下に向かい合った一組の対の影を見た。
こんな時間まで誰かしら?男女みたいだから、恋人同士かな・・・・・。
逢瀬を見るのも悪いので、そっと静かに通り過ぎようとしたがー-----。
(あ・・・、あれってもしかして・・・・・・)
見覚えのある姿だった。
暗闇に近い夕暮れの中で、ちょうど私のいる方を向いていた一人の人物ー----ルイーゼ・シャルマン伯爵令嬢ー----が目に入った。
やっぱり・・・・・。じゃあもう一人のあの黒髪はロアンだ・・・・。
さすがに見つかったら相当気まずい。早くここから離れよう・・・・。
慌てて立ち去ろうしたその瞬間、影が動いた。
ーーーーー後々私は、この光景を何度思い返すことになっただろうか・・・・・。
思わず息をのみ瞠目した。
ルイーゼさんは涙を浮かべ背伸びをし、向かいあった相手のー---ロアンの首に両手をかけて。
その切なくも愛らしい顔を彼のそれに寄せた。
ー--ー--ー--え・・・・・?
え・・・・、ロアンとルイーゼさん・・・・・・
え・・・、うそ・・・・キス、してるの・・・・・?
驚きのあまり一瞬固まるが、すぐに我に返った。
私は急いで目を反らし、彼らに気づかれないようにさっと身を翻した。
寮を目指して一身に駆ける。頭の中に、たった今見たばかりの二人の姿が焼き付いた。
ー-ー---私は、思いがけない光景にショックを受けていた。走ったためか心臓がばくばくと大きく耳にこだまし頬が熱い・・・・。
立ち止まってハアハアと息をつくが、心臓の早鐘は一向に治まることはなかった。
このショックがなんなのか、自分でもよく分からない。
(ー-ー---ロアン・・・・・・・、ルイーゼさんと・・・・・・・・・)
ー----私はロアンとキスをしたことがなかった。
私たちは長い期間を共に過ごしてきた、幼馴染としても婚約者としても。
挨拶として頬や額へは幼少時から幾度となく合わせた。しかし、幼さの所以かそれ以上のことをすることはなかったー--ー--のに。
それなのに・・・・・。
婚約者の私とはしないことをルイーゼさんにならするってこと、なんだね・・・・。そうか。
そうよね、恋人なんだものね、今・・・・・。
そう納得した。
私が彼らの提案を了承してすぐに、もう、そんなことをする仲に?あるいはもう、そういうことをする関係だったのか・・・・・。
衝撃の後に、嫌悪感がむくむく膨れ上がる。
そっか、ロアン。
ロアン、そういうこと、してしまうんだ・・・・・。
そうなんだ、ロアン。
ーーーーーなんか・・・・・なんか・・・・・・。
気持ち悪いな、ロアン・・・・・・・。
入学してからのロアンの素っ気ない態度、ルイーゼさんとの噂に私への周囲からの嘲笑。
『期間限定の恋人』の懇願に、そしてーーーーーーーーーーーーーキス。
学院に入ってから今までのことが一気に頭に過った。
ロアン、気持ち悪・・・・・・。
ー-----私は、少しずつロアンを嫌いになっている。
当初は実行する気のなかったジュリアの計画も、あの二人がキスするところを見てからは「ロアン以外の男性を知るのもいいかも」と思い始め、どんな人を紹介してもらえるのか半分の不安と期待を持つようになってしまった。
つまりは、他の女性と口づけをするような婚約者に操を立てるのが馬鹿らしくなったのだ。
先日、寮に帰宅しただならぬ様子の私にジュリアが詰め寄った。
上手く説明できない自分の感情のまま、つい今しがた学習室の帰りに目撃したロアンとルイーゼさんのことを話した。
聞いたジュリアは未だかつて見たことのないような怒り方で顔を真っ赤にし、必ずロアン君よりいい相手を見つけると断言した。
倫理も貞操観念も今はいらない。ロアンがそのようなことをするなら私もいいよね、自棄とも自暴自棄ともいえるような、そんな心境だった。
私の親しい異性は、5つ上の兄と親戚を除けばロアンとダニエルくらいだ。
基礎科から領地運営科になっても変わらず異性を交えて華やかに過ごすロアンとは、世界がまるで異なるだろう。
きっと私は男性を知らなすぎる。だから今までのロアンの行動が理解できず、結果こんな状態に陥ったのかもしれない。
〈内緒の関係であること〉〈一年内の期間であること〉〈身体的な接触をしないこと〉を了承してくれるような方を探すのだ。なんて勝手で都合のよい要求か。そんなことを承諾してくれるような人を見つける事なんてできるのだろうか・・・・。
オーウェン家の仕事を手伝っている分、私よりは交流の幅の広いジュリアに「任せておいて」と言われれば頼もしくもあり、もはや意地になっている彼女に一抹の不安を覚えながらもその言葉通りお任せすることにした。
ーーー---そして不安的中だ。
ジュリアは、アリシェの所属する騎士団の中で私の相手を探そうとしたらしい。
そもそも、やろうとしていることに無理があったのだ。私たちの計画は速攻でダニエルにバレてしまった。
アリシェは現在王立騎士団の騎士見習いとして王都におり、ジュリアは定期的にその騎士団へ薬の納入に訪れている。
ジュリアは、訓練をする騎士たちの顔をきょろきょろ見回し、アリシェに「後腐れのない関係を持てて且つ人柄の良いおススメの騎士はいないか」と尋ね婚約者を驚かせ、共に騎士団へ同行していたダニエルに不信がられたのだ。何を企んでいるのか、と。
私の事情を勝手に話す訳にはいかないと、その場では誤魔化したようだが、ダニエルはジュリアに関することならば、彼女のとる不可解な行動の訳を聞くまで諦めないだろう。
彼女を観察しおかしいことに気づくはずだ、誤魔化し通せるはずがない。
(だめだ、これジュリアがダニエルに誤解されちゃう・・・・・)
本当はこんな突拍子もない話などしたくないが、おかしな伝わり方をするくらいなら最初から経緯を話しておいた方がマシだろう。
そう思い、ジュリアを介してダニエルを連れ出してもらった。
学院から少し離れた、王都中央広場から一本入った仲通りに位置するお茶館だ。以前ジュリアとここに来てからすっかり気に入って、二人の定番となった店だった。
ダニエルはジュリアの護衛よろしく数歩あとをついて歩き、先に着席していた私の前の椅子に腰をかける。
そしてダニエルに、ロアンと私の現在の状況をお伝えするに至った訳だ。
「ー-----なるほど。それは、まぁなんていうか、・・・・・・大胆な、提案をされたものだね・・・」
驚きを表しながらも、やはりダニエルの表情は変わらず穏やかだ。
「大胆というより、図々しいのよあの人たち!不幸に酔いしれているの!」
横に座るジュリアは彼らに対して私よりも怒っているのだ。容赦ない言葉で彼らを詰った。
「それにしても、コンラート君とあの伯爵令嬢にも驚くけど、ジュリアの発想にもね。二人ともそんな危ない事をしてはいけないよ、もうやめておけ。何かあってからじゃ遅い」
そう諭すダニエルに、声も気持ちも落としたジュリアが小さく答えた。
「あの浮気者に、自分が同じことをされたらどんな気持ちになるのか理解させたいのよ・・・・」
「ジュリア、残念ながら彼は私が他の男性と付き合っても気にしないわ。そもそも彼からの提案なんだし」
「いいことクリステ。結婚してからだと他の男性となんてお付き合いできないんだから。今のうちにあなたも他の男性と知り合って新しい出会いを・・・・・あなたには他に違う選択もあるということを・・・・」
そう言ってジュリアは口をつぐんだ。
そして私は理解した。ジュリアがなぜこんな彼女らしからぬ破天荒な行動をとったのか。
多分、これがジュリアが本当に私に伝えたかったことなのだ。
ー-----私の他の選択・・・・・・・。
私が、ダニエルがジュリア以外に目を向ければいいのにと以前に感じていた、それと同じ感情に近いものだ。
他家に関わることだからはっきりとは言わない。が、ジュリアはロアンとの婚約を見直したらと問いたいのだ。過去から現在までのロアンからの言動に傷つき、軽んじられ、そうまでして彼と結婚しなくてはならないのかと。
そう、よね。私もジュリアが同じ状況になっていたら、婚約を考え直すよう言うかもしれない・・・・。
すると、そんな私たちのやり取りを聞いていたダニエルは、フムと顎に手をやり、そして何やら考えてから・・・・・・。
「よし分かった。その役、俺でどうかなクリステ」
「ー-------ーーえ?」
「俺じゃいや?その『期間限定の恋人』ってやつ」
「いや・・・・・って・・・ダニエル・・・・・・?」
「そもそも見つけた相手が変な男だったら取り返しがつかないよ、危なすぎる。けど俺なら事情がよく分かっているし、クリステはちょっと気分転換を兼ねて婚約者以外の男性と楽しみたいってことでいいんだよね?見分を広げる、的な?」
「・・・・・まあ、そう言われたらそんな感じ、かな・・・・?」
「うん・・・・・それに実は俺にもいろいろ思うところがあってさ。恋人とか婚約とか・・・・ちょっと気持ちを切り替えたいというか・・・。今の俺にも有難いような話なんだよ」
気持ちの切り替え・・・・・・・。
ー----ああ、これは間違いなくジュリアのことだよね。
突然のダニエルの提案に、ジュリアはきょとんとした顔で問いかける。
「ダン、あなたも何かあったの?大丈夫なの?」
「ああ、俺のことは気にしないでくれ、時間かけて解決するつもりだから。まあ、そんな事情もあってさ。恋愛しようというんじゃない、ちょっとだけ恋人ごっこでも楽しまない?俺なら後腐れないよ」
そう言って、いつもの目じりの下がった優しい笑みを向けた。
まさかのダニエルの申し出に、私はしばらく呆然とするも。
「ちょっちょっと、ダニエル、話し合おう!ちょっと!ジュリア、申し訳ないけど私先に帰ってもいい?ダニエルと話してから戻る・・・」
「え、ええ、分かったわ。じゃダン、クリステを宜しくね」
そう言うジュリアを残し、私はダニエルを引っ張って店を後にした。




