ダニエル
4,ダニエルの想い
結局、私とロアンの関係は大きく改善されることなく月日は過ぎていった。
年齢が上がって多少は大人に近づいたのか以前ほど刺々しい態度ではなかったが、基礎科の時のような共通する授業がほとんど無くなり会う機会も減ったため、一定以上距離が縮まることはなかった。
専門科に入ってからのロアンを食堂や中庭などで見かけると、相変わらずのエバン君とルイーゼさん、それに新しい仲間数人が加わった大きな所帯で楽しそうに学院生活を送っているように見えた。
傍から見て彼らはとても目立つ。顔よし成績よし身分良しの格段に華やかな団体様で、同じ領地運営科に進んでいるとはいえジュリアとは交流が殆どないらしい。
私はと言えば、男子の多い商経科には親しい友人がおらず、その中でも何かしらの目的や事情を持つ数少ない令嬢たちとまとまるようにして多くの時間を過ごした。
授業が思っていた以上に難しくついていくのに必死で、毎日勉強に追われ華やかさとは無縁の生活だ。
けれど寮に帰れば隣の部屋にはジュリアがいるし、勉強の内容も理解すれば興味深いものばかりで、忙しくもそれなりに充実した日々だ。
16歳の時、王室主催の夜会に参加した。それは当然ロアンのエスコートでー-----私はその実少しばかり期待をしていたしていた。
そのくらいの年齢になると結婚がいよいよ現実味を帯びてくる。
婚約者と対のドレスやその者の色を取り入れたアクセサリーを纏い、婚約者同士の良好な関係性を周りにアピールすることも多々あることー-----。
だから・・・・もしかしたら。16歳って、結婚するコも出てくるし・・・・、最近では刺々しさも少しマシになってきているし・・・・。
ジュリアはアリシェから彼の色のドレスとアクセサリーを贈られたらしく、そんな話を聞いてしまえば多少の期待は仕方ないでしょう・・・・。
特にロアンは様々な原石をそれこそ山のように持っているのだ。
特別な石を・・・・。例えば彼の髪のようなオニキスや、あるいは瞳のサファイアとか・・・・。贈ってもらえたら・・・・。
夜会の一週間前に届いた箱の大きさを見た時、宝石でないことはすぐに分かった。
箱を開けてみれば、鮮やかな黄色いドレスだ。
なんで、黄色・・・・。黄色は決して嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、でも黒でも青でもなく・・・・。
私との関係のアピールは必要ないって・・・・・?
まあ、贈ってもらって不満を抱えたらダメよね・・・・。
彼との関係においては、ことごとく期待が叶えられる事はなかった。
ダニエルが学院を卒業する時はジュリアと泣いた。
彼が一人前になるというお祝いの気持ちと同時に、これまでの学院生活の多くを過ごしてきた頼れる兄がいなくなることが寂しかった。
共に食事をしながら何げない毎日を語り、テスト前には勉強を教えてもらって・・・・。私の学院での楽しい思い出には、いつもジュリアとダニエルがいるのだ。
この日は、私とジュリア、ダニエルにアリシェの4人でささやかながらダニエルの卒業祝いをした。王都中心地にあるカジュアルで清潔な食堂で夕飯を兼ねてのお祝だった。
「あ~あ、いよいよダンがいなくなってしまうのね、寂しいわ」
「ほんと、寂しいよダニエル・・・。もう一年くらい残ったら?まだ私たちと学生しましょうよ」
「いやいや勘弁してくれよクリステ、俺は一刻も早く仕事を覚えたい」
そう言って苦笑するダニエルに、ジュリアと私は「寂しい寂しい」と嘆いてみせる。
「アリシェももう騎士見習いだもんなぁ、早いよな」
「ああ、本当に毎日があっという間に過ぎて・・・、大分慣れたけどね。この前の騎士団の訓練で・・・・・」
アリシェは騎士団であった出来事を淡々と語り始めた。
普段は美貌の冷徹騎士として知られていて口数の少ない彼も、今夜はいつになく饒舌だ。そんなアリシェをジュリアが優しい眼差しで見つめている。
アリシェの横にはジュリアが座り、ダニエルの横に私が座る。
ああ。ジュリアとアリシェはお似合いだ・・・・。
ジュリアはアリシェといる時、本当に幸せそうに笑う。私たちといる時も楽しそうであっても、それでも向ける愛情の方向の違いはすぐに分かる。
頬を染めながら、横にいる婚約者に寄り添うかのようなジュリアを見ていて・・・・・・。
横に並ぶダニエルの顔を見ることができない。きっと彼は変わらずの笑顔のはずだ。
ジュリアがアリシェを見る目は、穏やかな熱を帯びて優しい。それはダニエルがジュリアを見る目と一緒だ。
食事の合間もその後も、ジュリアは始終幸せそうだった。
ダニエルの卒業祝いというのに、この状態の彼の心情を思うと苦しくなってきて・・・ジュリアとアリシェが仲睦まじく一緒にいるところを見せたくなくて・・・・。
アリシェの肩に手を置き寄り添ったジュリアから、ダニエルが視線を逸らせたのが分かった。
報われないダニエルの想いに自分を重ね同調してしまったのか、私は気持ちが少し塞いでしまった。
「クリステ?どうしたの?」
「どうしたクリステ、急に無口になって」
会話に加わらない私を心配する彼らに、にっこり微笑みながら大丈夫だと言って制するも、
「ごめん、ちょっと寝不足なのよ・・・・・。今日は私、先に失礼しようかな」
ー--ー-そう言えば、ダニエルが送ってくれることが私には分かっていた。
遅い時間ではないが、いくら馬車を使うとはいえ王都の夜道を一人で帰すような人ではない。
「大丈夫か?俺も一緒に出るよ。寮まで一緒に行こう」
「いいの?ごめんねダニエル。折角のお祝なのに」
「いつでもまた会えるから。上着取ってくるから待ってろ」
「大丈夫クリステ?私も一緒に帰るよ」
「ううん、まだジュリアはアリシェと一緒にいてよ。二人ともせっかく久しぶりに会えたんだから。そうしてもらった方がいいから」
「でも」
「大丈夫、ほんと寝不足なだけなの。ダニエルと一緒に帰るわ。またねアリシェ」
「ああ、気を付けてクリステ。またね」
そう言って上着を取ってきたダニエルと共に、私たちは店を後にした。
中央広場から学院に帰る途中に大きな庭園がある。その一角にあるベンチに私とダニエルは無言のまま並んで腰かけた。
私が干渉することじゃないのは、よくよく分かっている。
けれど言わずにいられなかった。余計なお世話だと知っていても、彼の持つたくさんの可能性に気づいて欲しかった。
ダニエルはその見た目と性格で、学院のみならず実家の商会がらみでも大層人気があるのだ。気に掛ける令嬢が多いにも関わらず、彼は婚約の気配すらない。
「ーーー--ダニエル・・・・、どうしても、ジュリアのこと諦められない・・・?」
沈黙の中、先に口を切ったのは私だ。彼の顔を見ることなく、問いかける。
「・・・・・・・はあぁぁ。まあ、気が付くか君は。気付くよな、これだけ一緒にいたら」
ちらりと横を見ると、いつもの優しい、しかしどこか困ったような目で変わらず微笑むダニエルの顔に胸が締め付けられた。
「ごめんクリステ。気を遣わせた」
「いいえ、そんなこと・・・・」
「ー---ー--もう潮時だよね、分かってるんだ。いい加減にしないと俺も」
「・・・・・・・・・」
「何度も何度も、諦めようとしたんだけどね・・・・・・難しくて」
「・・・・・ダニエル」
「ずっと、もう長いこと好きでいすぎて、他に目を向けるのも上手くいかないんだよ。アリシェを好きなジュリアも好きなんだ・・・・・」
聞いている私が涙が出そうだった。
だって、私も今までずっと彼とジュリアを見て来たから。この何年間も変わることなく、恋するジュリアを静かな優しい眼差しで見つめるダニエルを、私も見て来たから・・・・・・。
「でも、ほんともういい加減にしないとね。親もそろそろ俺の婚約を気にし始めているし、卒業がいい区切りになるだろう。アリシェもあと少しで成人だ。そうしたらあの二人も結婚の話が進むだろうから・・ね・・・・、もう、大丈夫だ、と・・・・・・・・・」
そう言ってダニエルは眉間に深い皺を寄せ、口を堅く引き結んで言葉を飲み込んだ。
いつも私たちを兄のように支え、励まし、穏やかに見守ってきてくれたダニエル。私たちよりもずっと大人で強い人なのだと思っていた。
そのダニエルが打ちひしがれる姿を見ることは、私には衝撃だった。
彼を抱きしめたい、が、そんな独りよがりなことは出来ないし、婚約中の身でやっていい行為ではない。
「-----本当に、ずっと、好きだったんだ・・・・・。報われることが、ないと、分かっていてもずっと・・・・・。ー------苦しい・・・・・・・」
小さな息とともに吐き出された言葉に、かける言葉などあるはずがない。
硬く握りしめた私の両手がぶるりと震え、横に並ぶ彼をかき抱きたい衝動を耐えた。
ダニエルの肩が、揺れた。そして小刻みに震えたあとに、暫くして俯く彼から小さな嗚咽が漏れた。
ー--ー--ダニエル、ダニエル・・・・。
私は聡明で真面目で優しいジュリアが大好きだ。美しい外見を持つだけでなく騎士として努力し一本気な性格のアリシェも好きだ。
でも今はー-----ー--。
誰よりもダニエルに寄り添っていたいと思った。
専門科2年目の17歳のころ、ロアンから提案があった。毎月、お茶会という形でコンラート家のタウンハウスで会おうというのだ。
どうやら私たちがあまり上手くいっていないことに勘づいたコンラート家から、定期的に婚約者同士交流を持つようにとのお達しがあったらしい。昨年ロアンの妹が学院に入学してきたので、私たちに関わる良からぬ噂を耳にしたのかもしれない。ロアン達の集団は目立つ分、学年学科を問わずに噂も広がりやすいのだ。
基礎科の3年間を振り返ると、ロアンと私の関係はただただ苦しいだけのものだった。
今思えば15歳なんてまだ子供が少し成長したくらいのものだ。しかし子供なりに思い悩んだ。
当時のロアンへの恋情は、どれも苦しみを伴う思い出によって、すっかり苦いだけの過去に置き換わっていた。思い返すことがしんどいのだ。
時が経ち、今私に残されているのは婚約者としての義務感と責任感だ。
私の彼への恋情は、疲れきり、もう今となっては見当たらなくなっている。
かつて確かにあったはずのそれはどこかへ見失い、私はそれを探す気にはなれなかった。
そして・・・・・・・。
ー-----驚くことに、私はダニエルに想いを寄せるようになっていた。
多分きっかけは、あの夜ー---卒業祝いの夜だ。
あの日、私は初めて彼を異性として意識した。頼れる憧れの兄ではなく、一人の身近な男性として。
もしかしたら同情か、あるいは苦しむ彼と自分を重ねたのか?そう自問自答するが、よく考えても分からなかった。ただダニエルに惹かれている事実だけが鮮明だった。
今さらダニエルのことを恋愛の対象として見る事など、想像すらしたことがなかったのに・・・。
まあ、好きだからといって私がダニエルとどうこうできる訳もない。
可能性がないのにあえて私たちの関係を壊すことなどしたくない。自分の想いを告げるつもりは更々ないし、むしろ気づかれてはならない。
彼が卒業してからは会う機会がぐんと減ってしまったし。私には謎の婚約者がいるし。
不毛だわ。ロアンに対してもダニエルに対しても、ほんと不毛な恋しかしたことない・・・・。
ああ~~、明日はロアンとのお茶会だ。憂鬱だが仕方がない。
明日は彼に話があるのだ。
あぁ、憂鬱だ・・・・。




