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約束の指輪

13,約束の指輪

 


 -------半年後ー-------



 「雨降って地固まるっていうことかしらね。あなたたちがあるべき場所に納まって何よりだわ」

 寮の私の部屋で、安堵したように嬉しそうな笑みを向けるのはジュリアだ。

 「長雨だったけどね・・・。流されちゃうかと思ったわ」

 「思い違いが解消されて絆が深まった?」

 「・・・・・ん。ほんと長いことお互いに勘違いしてたからね」

 「ここ最近のロアン君見てると今までの彼は一体何だったのかって思ってしまうわ、あなたにべったりで・・・・・・。まあ、私もこれで安心して卒業できるわ。なんか娘を嫁に出す気分よ」

 そう、今の私たちは正に無敵だ。コンラート家で互いの思いを確認して以降、私とロアンは失った時間と関係を取り戻すかのように、学院でも休日でも殆どの時間を共有した。誰に何を言われても構わない、それどころじゃなかった。ロアンとの残り少ない学生生活を堪能し尽くすには時間が足りなかったのだ。

 ロアンはほぼ毎日、授業が終わるや否や私の教室に迎えに来ては共に学習室へと向かい、夕方課題を終えてからは寮まで共に帰り、その短い道のりも必ず手を繋ぐ。また翌日も会えるというのに離れがたく、寮の門から離れた木の陰で名残惜しげにキスをする。そんな日々を繰り返し送っているのだ。

 「娘?せめて妹にして・・・・。まぁ結局は全部、言葉足らずが原因なんだよね。ロアンも私も、自分基準で考えて自分勝手に解釈してたのよ。言わなくちゃ分かる訳ないよね他人だもん」

 「そうだね、貴族なんて上辺の付き合いが多いから本音を隠すことに慣れてしまってるしね。私もアリシェに対してそういうところ、あるんだわ。私、彼の本心から逃げているだけなのかも・・・・」

 「・・・・・・ジュリアはまだ、時間が必要そう?私は来月の卒業の時には安心できるかしら?」

 「そうねぇ、まだ時間が必要だねぇ・・・・・・」

 けれど苦笑(にがわら)いをするジュリアの顔は、一時のような追い詰められた悲壮感はなかった。

 私との疑似の恋人関係を解消してすぐに長年の秘めた想いを爆発させたダニエルは、ジュリアの恋人候補へ名乗りを上げ態度を豹変させた。ジュリアと築いてきた関係を壊すことにダニエルはもっと慎重になるだろうと思っていた私は、彼の変わり身の早さに驚いている。覚悟を決めたのだろう。

 そして、これまで身近で兄であり友のように接してきた彼の突然の変貌ぶりに、ジュリアは大いに困惑しつつもまんざらでもないようだ。言葉の端々やその表情に彼女が揺れていることが見てとれ、私は秘かにほくそ笑んでいる。

 「・・・・・・はあぁ、私ももう今週なのね・・・・・。あっという間。寂しいわクリステ・・・・・・」

 卒業に必要な全ての課題の提出を終えた寮生の多くは、それぞれの家門のタウンハウスに戻り始めた。今週がジュリア、来週が私の退寮の手続きだ。

 「うん、いよいよだね・・・・・・・。私も寂しいわジュリア・・・・・」

 今年に入ってから近しい人たち皆が迷い混乱し、あわあわしている間に気が付いたらもう卒業だ。この一年の密度の濃さに疲弊し解放されたい思いもあるが、それ以上に多感な時期に共に過ごし寄り添ってくれたジュリアとの別れが近づき、別離の寂しさが勝った。

 「・・・・・ジュリア、いつでもどこでも、あなたのためなら駆けつけるってこと忘れないでね。卒業しても、また遊んで下さいな」

 「もちろんよ!すぐに手紙を出すわ」

 「また、飲みに行こう」

 「クリステが酔い潰れない程度にならね」

 そう言ってクスクス笑うジュリアの雨が早く止んでくれることを願うばかりだ。




 ☆☆☆☆☆




 「はぁ、クリステ可愛い・・・・・」とため息をついて私の頬を撫で上げては、一刻も早く結婚して一緒に住みたいとキスを強請(ねだ)るのがロアンの日常となり、タガが外れたかのように饒舌に愛を(ささや)き身体に触れてくる彼に戸惑いながら、日々が瞬く間に過ぎてゆくー------。

 いよいよ今日が卒業パーティーその日となった。

 今朝は日の出と共に起床し、軽めの朝食を摂ってからは午後から開かれる卒業パーティーの準備でモーガン家のタウンハウスは大忙しだ。侍女たちが早朝からパタパタと廊下を動き回っている。

 私は、濃い青をベース地に水色のレースで縁取ったドレスを身に(まと)い(念願の青のドレス!)肩から胸元にかけて大きく開いたそのドレスは、私とロアンを織り交ぜた仲直りの象徴だ。

 髪は癖毛を生かして緩やかに且つ華やかにまとめられ、すっきりとした輪郭が耳元の赤いルビーを引き立てている。

 鏡に映った(まばゆ)い光を放つイヤリングを見ながら、このルビーを届けに来た時のロアンを思い出した。

 『ルビーもサファイアと同じコランダムっていう鉱物なんだよ、基本同じ石なんだ。だからこのルビーも俺だってこと。卒業パーティーの日は、クリステは全身俺一色だ。俺を身に着けてるってことだから。コランダムはダイアモンドの次に硬い鉱物でさ、色味はこれ以外にも・・・・・・・・・・・・・・』

 ロアンはもはやこじつけとも思える理屈で、これから先私の身に着ける宝石のうんちくを語り出した。

 彼はやはり子供のころから変わっていないと、私は思わず苦笑した。そして永遠に続きそうな彼の宝石談義を聞き流す(すべ)は、私は幼少の頃に身につけていた。

 昔に得ていたこの術が、私たちの物理的な距離を作った発端だとは露ほども思わずー-------。


 貴族学院の学院長や王国有力者たちから卒業生への祝辞が述べられた後は、卒業後への布石となる社交を兼ねた立食形式のパーティーとなった。今後の進路を前提に、近い将来有益となる各人物たちとの繋がりを確実に作っておくのだ。

 私も、ジュリアと軽食をつまんだり同じ商経科の友人やロアンの友人たちと挨拶を交わしたりと、それなりに交流をはかりつつパーティーを楽しんでいた。

 (ジュリアは結局、アリシェを呼ばなかったね・・・・・・)

 弟のステイル君をパートナーにすると聞いたのは、ジュリアが退寮する直前だ。どういう経緯でそうなったのかは分からない。ジュリアはどこか吹っ切れた様子で、ただ「アリシェとは行かないから」とだけ私に伝えた。

 婚約者同伴が暗黙の了解とされるパーティーでそれをしなかったことは、周囲から邪推される覚悟の上だということなのだろう。ステイル君との最初のダンスの後は、ジュリアは様々な男性にダンスを申し込まれ楽し気に踊っているように見えた。

 会場では軽めのお酒が振る舞われ、それを口にしてから何度もロアンと踊っていたため、酔いの回った私はすっかりご機嫌の夜だった。

 日を(また)ぐ時間より少し早く卒業パーティーは閉会され、私とロアンは最後の思い出にと夜の学院庭園を散歩しガゼボに向かった。

 横並びで歩きながら風を身体全体で受ける。寒さの厳しいはずの夜の気温が、火照った身体に心地良かった。酔っ払いと夜風は相性が良いのだ。

 「はぁぁぁ疲れた!楽しかったねロアン!」

 「・・・・・・お前・・・・・また飲み過ぎてないか?」

 ガゼボに着いてその石造りのベンチに並んで腰を掛けると、ロアンは私の熱く火照った頬を手で触れ、その温度を確かめた。

 「だいじょおぶ!だいじょおぶ!ー-----またってなによ」

 「・・・・・・・ほんとかよ。ちょっと、酔いを醒まして欲しいんだが」

 「だいじょおぶだって!酔ってないから」

 「明日になって色々忘れられてたら、困るんだけど」

 「忘れないって!なにを?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「だいじょおぶだって!なに、なにかあるの?」 

 困ったようにこちらを伺うロアンに、私は太鼓判を押す。

 「そんな酔ってないって!ほんと」

 若干恨めし気に私を見下ろす瞳に、私はニッコリと肯き微笑みかける。

 「だいじょおぶっ!」

 楽しい酒で良かったなと苦笑いをしながら、彼は小さく呟いた。

 「仕方ない、今が最後のチャンスだからな・・・・・・」

 「なによ、なんのチャンスって?」

 「クリステ、左手出して」

 「左手?こう?」 

 私がにゅっとロアンに向かって手を突き出すと彼はその手のを受け止め、優しくその甲を撫でた。

 「クリステ、目を(つぶ)って」

 「目?はい」

 顔をロアン向けたまま、目を瞑る。

 キス、だろうか。唇への、キス・・・・・・。卒業のお祝いのキス・・・・・・・・。

 目を瞑ると暗闇の中でグルグルと頭が回る気がして、あ、これやっぱり私けっこう酔ってるのかなと自覚した。

 唇にロアンのそれが重なるのを待つが、しかしその時は訪れなかった。

 「ー-------いいよ、目を開けて」

 「・・・・・・・・・・・・?」

 穏やかなロアンの声に、言われるがままゆっくりと目を開ける。

 (キスじゃなかった)

 若干の肩透かしをされた気持ちのままロアンを見上げれば、彼はいつにない真剣な表情で私をじっと見ていた。

 ロアン・・・・・・?なに、どうしたの?

 少し緊張した様子で、ここ最近ではあまり見ることのなくなった強張った顔を私に向けている。

 それを見て私の心も緊張し、無言のまま彼を見つめることしか出来なかった。

 ロアンが小さく息を吸い込んだ。

 「クリステー----クリステ・モーガン。婚約してから・・・・いや、その前から今まで、ずっとお前だけを愛してきた。苦しくても悔しくても、もがきながら、ひたすらお前だけを想い続けて来た。これから先の人生、俺の横で同じ道を歩んで欲しい。朝は共に目覚めて日が落ちたら共に眠りにつこう。食事を共にし、子供も育てて・・・・・死ぬ時までずっと俺の隣にいてくれ。幸せにするから」

 そう言って私の左手を持ち上げると、その薬指に唇をつけた。

 「ろ、あん・・・・・・・・・、これ・・・・・・・」

 そこにはー------------。

 暗闇でも分かる程の輝きを放つ、深い青のサファイアの指輪が納まっていた。

 指輪とロアンを交互に見やり、視線でその意味を問う。

 「決めていた、卒業式の日にクリステにプロポーズするって。もうずっと昔から」

 「・・・・・・・・・・・え・・・・」

 「卒業式の日に、お前との約束の指輪を持って結婚を申し込むって決めてたんだ。ロアン・コンラートがクリステ・モーガン個人に結婚を申し込みたかった」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やく、そく?」

 「俺たちは、政略結婚ではないだろう?愛し合う者同士の結婚、だろう?だから・・・家とは関係なく俺個人としてお前にその指輪を贈りたかった」

 「・・・・や、くそく・・・・・の、指輪・・・・・」

 「そう、婚約してすぐに俺の部屋で約束した指輪だよ。ほらあの日の・・・・・・・」 

 「・・・・・・・・・・・・・約束・・・の・・・・、あの日の・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・?」

 「・・・・・・・・あ、の・・・・・・・・・・」

 どうしよう・・・・何のことを言っているのか分からない。私はロアンと何か約束しているらしい。私は、あわわと視線を泳がせた。

 私のその表情を見てロアンがハッと察する。

 「おっっ、お前っ!まさか覚えていないのか!?」

 「・・・・・・・・・・いえ!いや!それは・・・・いや・・・・・・・ごめん・・・・、なんだっけ・・・・・?」

 誤魔化すことを諦めた私に、盛大なため息をついたロアンは、まさか覚えていないなんて・・・と嘆くように呟きその約束を私に語り始めた。

 婚約が決まったあの日、本棚に鎮座していた臙脂色(えんじいろ)の宝箱から原石を取り出し、ロアンの宝石に対する熱い想いの独壇場が開催された時のこと。

 『原石から宝石にするための研磨加工士たちはね、プロポーズする時に自分で選んだ石を自分で指輪に加工して差し出すんだって』

 『へえ、そうなんだ!』

 『石にはそれぞれ石言葉があるから、自分の想いを込めた石だったり、たとえば誕生石とか自分の瞳の色とかを贈るらしいんだ』

 『へえそうなんだ、素敵!』

 『だからクリステにだったら、君の瞳のアクアマリンや、あと僕の瞳のサファイアとか・・・・・。クリステは九月生まれだから誕生石もサファイアだっ・・・・・・・!」

 『へえ、すごいね!』

 『僕がそんなことしたら、クリステは嬉しい・・・・?』

 『すごいね、素敵、かっこいい!』

 『ほんと・・・・・?じゃ・・・、僕、約束するよ。結婚する時には、クリステに僕の作った指輪を贈るって』

 『うん、すごい!かっこいい!』

 『約束だクリステ、待っててね』

 ー------まさか。あの日のあの適当な相槌(あいづち)が巡り巡って、今につながるとは思わなかった。何年越しの約束となったのだろうか・・・・・・。

 「・・・・・・・・そう、だったんだ、ね。・・・・ごめん・・・・」

 言われてみれば(うす)らぼんやりとその場の雰囲気を思い出すも、具体的な話の内容までは覚えていないのだ。ただただロアンに申し訳なかった。

 「ほ・・・ほんとはっ、格好よく感動的にプロポーズって思ってたのにっ!!お前がまさか忘れてるなんて・・・・・」

 恨みがましくこちらを睨むロアンの頬に、私は背を伸ばして再びチュッとキスをした。

 「ごめんね?」

 「あの時の約束の指輪を俺、どうしても学生の間に完成させたくて・・・・・だから、俺は寮ではなく自宅からの通いにしたんだ」

 「え、どうして」

 「研磨加工士として一人前になるには最低でも10年かかる。俺は嫡男だから職人にはなれないけど、でも技術だけでも身に付けて、それであの約束を実現したんだって驚かせたかった。お前を喜ばせたかった。俺、父の知り合いの王都にいる研磨加工士に頼んで、放課後に研磨を習ってた」

 「えええええっ!」

 「一人前には程遠いけど、指輪、何とか卒業に間に合わせたくて・・・・・卒業の時に指輪を渡してすぐ結婚しようと思ってたから」

 「そう、だったのね・・・・・・・・」

 私は彼が寮を選ばなかったのは、自室にある彼の宝物たちから離れたくないからなのかと思っていたのに・・・・・。私への恋心を自覚する前にも(かか)わらず、ロアンは私との結婚を思って努力してくれていたのだ。

 学院の勉強だけでも大変だったであろうに、放課後コツコツと作業をしてくれていたロアンの姿が目に浮かぶ。

 二人の仲が上手くいかなくても、ずっと約束の指輪を作ろうと頑張ってくれていたロアン。

 如才なく振舞いながらも不器用で、思慮深く見えながらも単純で、そつなくこなしながらも努力家で、情に深くて私のことを大好きな、可愛い可愛い、私のロアン。私の宝石・・・・・・・・。

 「・・・・・・・・・クリステ、プロポーズの返事は?」

 知らず知らずのうちに流れていた頬の涙を指で拭われ、私は潤んだままの瞳でロアンを見上げた。

 彼の頬を両手で挟み、首を引き寄せて唇にゆっくりとキスをする。

 「あなたの唇にも、頬にも、あでこにも、鼻にも、顎にも、キスをするのは一生私だけだよ。私がロアンをたくさん幸せにしてあげる。愛してるわ、ロアン」

 「ー------クリステ・・・・・、クリステっ!!愛してる!!」

 ロアンに搔き抱かれ、大きな大きなため息と共に吐き出された、彼の心の底からの叫びはー----

 「------ー--ああ~~~っ!!ー-------長かったっっ!!!」

 ー------ー--同意だわ、ロアン。

 大きな仕事をやり遂げ破顔するロアンの顔が、ぼやてけ(にじ)んで見えた。

 



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