伝えて伝わり確かめる
12,伝えて伝わり確かめる
私からロアンを誘ったのは、いつだったのかもう思い出せない。
基礎科のころ?食事を共にしようだとか、試験勉強を一緒にしようだとか、そんなことを声掛けていた。次第に何度誘っても色よい返事がもらえなくなり、そしてその頃にロアンとルイーゼさんとの仲を耳にしたのだ。
その噂に傷つき劣等感に苛まれた私は、自分を否定されることに怖気づき、ロアンと関わることが必要最低限になってしまった。
夜会がある時はそのパートナーとして、それ以外は月に一回のコンラート家のお茶会で会うくらいで、二人で目的無く会う事は皆無と言ってもいいくらいだ。恋人たちのような親密な時を持ったことがない。
この数年間の学生生活の中で、本当に数えられるほどしか交流を持っていなかったことに驚きだ。それまではあんなに一緒に過ごしていたのに・・・・。
私は、意を決してロアンに宛て手紙を書いた。二人で話がしたい、いつなら都合がつくのか教えて欲しいと。
返事はその日のうちに来て、ロアンはいつでも大丈夫だというので、翌日の放課後にコンラート家を訪ねることにした。お茶会以外でコンラート家を訪ねることなど、本当に久しぶりだった。
ダニエルの背中を押そうとした以上、私も覚悟を決めた。
恥ずかしくても悔しくても悲しくても死ぬわけでない。ただちょっと、暫くの間やりずらさはあるかもしれないくらいだ。
----遅いのかもしれないし、見当違いかもしれないし、それでも----。
何事にも解決するのに必要なタイミングがある。木から落ちた後に梯子を掛けても遅いのだ。私たちはもう、タイミングを逃してはならない。
ロアンが私に歩み寄ろうとしている今が、その時なのだと直感していた。ここで意地を張っていては取り返しがつかなくなるー-----。
コンラート家に着くと、門には既にロアンが出迎えに立っていた。
子爵家の馬車から降りる私に手を貸しながら、いつもの茶会のように庭で過ごすか、話があるのなら自室か応接室にと問うロアンにかつてのような横柄さはなく、むしろ若干の緊張感を持って接しているように感じた。私は少し迷って、ロアンの部屋を選ぶ。
彼に促されるまま部屋に入ると、以前この部屋に通いつめていた時とは異なる落ち着いた雰囲気に、時間の経過を実感した。
「-------凄く・・・・久しぶりだわ、あなたの部屋・・・・・・」
「そうだな、君がここに入ったのは最後いつだったか・・・・・・」
そう言うとロアンは懐かし気に、そしてどこか遠くを見るような表情で私にソファに座るよう勧める。
彼と向き合う形でソファに腰を掛け改めて部屋を見渡すと、記憶にある色鮮やかな絵画や船の模型は姿を消し、代わりに重厚な本棚には分厚い本が並んでいた。そこにあったはずの、あの原石の入った宝箱の姿も見えない。それを寂しく感じた。
話があると約束を取り付けたのは良いが、何から切り出そうかー----。どう言えば伝わるのかー----。寮の部屋で色々と考えてきたことを頭の中で反芻する。
そして、背筋を伸ばし緊張した面持ちで私が何を言うのかを待っているロアンの顔を正面から見つめた。
(ロアンって、こんな顔だったっけ・・・・・・、成長してからじっくりと彼の顔を見るのは、もしかして初めてかもしれない・・・・)
以前の丸みを帯びた輪郭はもう見当たらないし、くるくると表情豊かに動いていた瞳は、今は静かな深い海の底のようだ。彼が様変わりしたように、きっと私も昔とは違うだろう。身体と同様に心もだ。
顔を見つめたきり何も口にしない私に、彼の目が不安げに泳ぐ。
張り詰めた空気を断ち切るように、私は一気に結論だけを伝えた。
「あのね、私ダニエルと別れた」
「・・・・・・・・・・・えっっ!」
相当に思いがけない内容だったのか、ロアンは驚き瞠目したまま固まった。
「この前、ダニエルと別れた」
繰り返す私を前に、話を理解したロアンの綺麗な眉が下がりそして口角が上がった。
困ったような、しかしどこか嬉しそうな彼のその表情に、少しだけ私の中の意地悪な気持ちが顔を出す。
「ロアンに言われたから別れたんじゃないよ。色々あって別れる必要があったからそうしたの」
「・・・・・そ、うか。それは・・・・・・」
ロアンは明らかにほっとした顔をし、俯いてため息混じりに言葉を繋いだ。
「その件は・・・・・、本当にすまなかった。俺の意地が、クリステだけじゃなくてバロックさんにも迷惑をかけたと思う・・・・・・」
「・・・・・・うん」
ロアンは俯いていた顔を上げ、私の目を見ながら考えるように言葉を選んだ。
「-------以前お前に言ったことは、本当なんだ。信じられないかもしれないが・・・・・俺がずっとお前の事を好きで、ルイーゼには恋愛感情がなかったこと。『期間限定の恋人』になるって話も、本当に知らなくて・・・・・・・」
「・・・・・・・うん」
「・・・・・今さらどの口が言うのかと怒る気持ちもよく分かる。でも、信じて欲しい・・・・・・・・・。どうしたら・・・・・どう言ったら、お前に伝わるか・・・・・」
そう言って眉間に皺を寄せ、視線を彷徨わせた。
ー---もしかして本当に、口下手。この人、相当不器用なのかもしれない。たいして付き合いのないジュリアからもダニエルからも言われるくらいに・・・・・・・。
何が本当かは分からない。それぞれの見方があったはずだ、きっとロアンの話とルイーゼさんの話では真実と思っていることが異なるだろう。
けれど今私がすべきは、ロアンに疑いの言葉をかけることではない。
「ー-ー--あのね、私、今日は糸をほぐしに来たの」
「え?」
「こんがらがって、ぐちゃぐちゃに縺れてしまった糸をほぐしに来た」
「・・・・は・・・・・、どういう・・・・・・?」
「-----私たちの、今の関係を・・・・どこからほぐしていけばいいのか、分からない」
「・・・・・・・・・・・・・」
「でも、今しないと、多分この先は糸を断ち切るしかなくなってしまう。そうしたくないの、私。何年もかけてこんがらがって、他の糸まで混ざってしまって、私もどうしていいいのか分からなくて・・・・・。でも、こんなにぐちゃぐちゃになってしまっても、私、あなたとの関係を切るつもり全くなかった。どんなに面倒になったり辛くなっても・・・・・・・」
「・・・・・クリ、ステ・・・・」
「だから、もしかしたら時間がかかるかもしれないけど・・・・それでもひとつひとつ、縺れてしまった関係をほどいていこう。誤解があるなら、ちゃんと話して、理解する努力をしよう?」
私は正面のロアンを真っ直ぐ見つめた。
そして私が一番言うべきことーーーー何年も前から言いたかったことを口にする。
「なんだかんだ、私はあなたのことが好きなのよ、一生一緒にいたいくらい」
「・・・・・クリステ・・・・っっ!」
ロアンの瞳が驚愕で大きく見開かれ、みるみる頬が紅潮していった。
ー-----ロアンを見限り、ダニエルに恋したはずだった。なのに・・・・・。
分かってしまったのだ。
私がダニエルとしたいと思っていたことー----ピクニックに行って学校帰りにお茶をして観劇鑑賞に行ってー----これら全て、本当はロアンと一緒にやりたいと思っていたことだった。
学院に入ったらロアンとずっと一緒にいられると当たり前のように思っていた少女の私が、無意識に思い描いていたロアンとの学生生活だった。
希望が叶わなかった私は、それを自分の境遇と似ているように思えたダニエルに転嫁したのだー--ー-それを恋だと勘違いして。
私はダニエルに対して、全く嫉妬を覚えなかった。ジュリアへの長年の好意を知っていたとか、私が婚約しているからとか、そういう話ではない。私のロアンに対して感じるドロリとした嫉妬や憤りは、ダニエルに対して一度も持ったことがなかった。何ならジュリアと上手くいって欲しいとさえ思っていたのだ。そんなきれいなだけの感情など、恋ではないだろう。
「ー-----ロアン、私たちは随分と距離が出来てしまった。昔あなたの好きになってくれた私はもういないかもしれない。それでも・・・・・また、今の私を・・・・好きになって欲しい」
ロアンは見開いていた目を緩め、そして落ち着いた優しい気な口調で断言した。
「変わらないよ、クリステ」
「・・・・・・え?」
「昔も今も、俺の気持ちは変わらない」
「・・・・どうして・・・・?どうしてそんなこと言い切れるの・・・・?」
「理屈じゃないんだ、何故と言われても困る。ただずっと、クリステが好きなだけだ」
「・・・・・ずっと・・・・・」
「気がついたらもう好きで、何かきっかけがある訳でもない。それに、それならお前だって今の俺を知らないだろう?」
ここ何年も見たことがないような優しい眼差しを私に向けて、ロアンは何とか自分の想いを伝えようと言葉を探していることが分かった。
「・・・・・・・・・・色々なことの積み重ねなんだ。共に過ごしてきた経験の・・・・・。覚えてる?昔モーガン家の森の川で一緒に釣りをしていた時に、クリステ川で溺れたことを」
川で、溺れた・・・・?え、いつだっけ・・・・・・
「先に俺が落ちたんだ、足を滑らせて。そうしたらお前、あとさき考えずに飛び込んで俺を助けようとして、自分が溺れたんだよ」
「そ、そうだったっけ・・・・!?」
「そうだよ。腰まで浸かって、服が水を含んで立ち上がれなくなって、水をたくさん飲んで・・・・・。近くに従者がいたから良かったが、あれから暫く、お前は水辺が苦手になっただろ」
ああ、そうだ思い出した。あったわ、そんなこと。
「そんなことあったかもね」
「あったんだよ。自分が溺れて苦しかったのに、死にそうになってるのに、お前助けられてもすぐに俺の心配して・・・・・」
ロアンは、泣きそうな微笑みを見せながら話を続けた。
「それから・・・・お前さ、森で一緒に遊んでいて木の根っこにつまずいて、盛大に足を切ったろ。あれも・・・・俺が捕まえたがった珍しい蝶をお前が追いかけて・・・・俺にプレゼントするから待ってろって言って・・・・・・それで転んで・・・・・・・」
そうだ。あの時は飛び出ていた木の枝が太ももに刺さり、大事になったのだ、暫く外出禁止とされるほどに。その傷跡は今も尚、薄っすら残っている。
まるで胸で硬く結ばれていた紐がほどかれたかのように、私の中の記憶がするすると蘇ってきた。
「・・・・・・食事を残す俺に怒ったり、勉強を嫌がるお前に俺が説教したり・・・・。喧嘩もたくさんしたし、けれど同じだけ仲直りもした。もう・・・・お前と過ごしてきた日常の全てが、全部お前への気持ちに繋がっているんだ。一緒にいる中で、小さな出来事をずっと積み重ねてきたんだよ。今さらその気持ちが変わることはない」
ロアンのその言葉は、揺るぎない確信に満ちた口調でー-----私は胸が詰まり、上手く声が出なくなってしまった。
私は・・・・・・・私は・・・・・・・・・・・。
「ー------わ、たしが、溺れたあと・・・・・。ロアンが、ものすごく厳しく、泳ぐ特訓を受けていたこと、知ってるよ・・・・・・。私を二度と溺れさせない、って、そう言って・・・・・。ロアン、ほんとは水が怖かったのに・・・・・」
そう、当時のロアンは顔が濡れるの苦手で水を怖がっていた。嫌がるロアンを度々誘い、川遊びに連れ出していたのは私だ。あれは、釣りなら濡れることはないからと言って二人並んで川辺で釣りをしていた時の事故だったのだ。
「・・・・・・・私が森で転んで傷を作ってから・・・・、ロアン、森を歩く時はいつも必ず、手をつないでくれたじゃない。ぜったい、私の手をはなさないで、握りしめて・・・・・・・」
幼かったロアンの小さくて柔らかくて温かなあの手の感触を、まるで触れることのできる幻覚を見ているかのように思い出した。
当時の私もまた、幼かった。恋という自覚など有るはずもない。けれども今思い返せは、きっと私もロアンのように共に過ごしながら気持ちを積み重ねてきていたのだ。
向き合ってみれば伝わる思いがこんなにもあったのに。私たちは、なんて遠回りをしていたのか・・・・・・。
「ー---そんなこと・・・・、そんな風に思ってくれていたこと、早く知りたかった・・・・・」
ロアンは私の顔を見つめたまま立ち上がり、声を絞り出す私の横に腰を掛けー----
「・・・・・・・もっと早くに、向き合うべきだった、ごめん・・・・・」
そう言って私の頭をそっと抱き寄せ、その髪に顔を埋めた。
そんなことをされるのは初めてで、驚いて息を吸えば、ロアンのシトラスのコロンと身体の匂いに胸がきゅっと苦しくなった。
私は身体を丸め強張らせたまま、でももっと彼の香りを感じたくて大きく息を吸い込み、そして長い間私の中に燻っていた苦悩を吐き出す。
「ー-----ロアン、わたし、ずっと辛かった・・・・・。ずっと、辛かったよ。ルイーゼさんとの噂聞いて、ロアンに素っ気なくされて、どうしていいのかわからなくて・・・・・・・・」
「ごめん・・・・・ごめんな・・・・・・・・・。その噂を知ったのに・・・・・それを周囲にもお前にも釈明することなく放っておいた俺のせいだ。自分が真実を分かっていればいいんだと思っていた。でもそれは間違いだった。誤解を解くためにちゃんと説明したり言い訳することが必要だったんだ。俺のそんな対応がたくさん人を傷つけて迷惑をかけた」
まるで懺悔をするように一気にそう言うと、ロアンは苦しげに言葉を発した。
「俺たちが拗れたのは、バロックさんに嫉妬する以前の、俺の傲慢さの問題だ。意地になっていたんだ・・・・・・」
ロアンの体温を身体に感じながら、私は言葉をつなぐ。
「・・・・・・・・私も、あなたがダニエルに感じていた感情を・・・・よく知っているよ。私も当時、ルイーゼさんに対して劣等感を持っていたから・・・・・・・」
「・・・・・お前が、劣等感?ルイーゼに・・・・?」
「あなたがルイーゼさんを褒めるたび、私、彼女に嫉妬して酷いことを思っていたんだよ。思い出したくないくらいの自己嫌悪。だから、ロアンが私に対して意固地になってしまった気持ち、分からなくないの。・・・・・私も同じだね。ダニエルに対してのロアンの気持ちに気が付けなかった。多分あなたのこと、たくさん傷つけてた」
「ちがう、それは、お前がバロックさんに惹かれるのは仕方ないって思って俺が逃げていたから・・・・・上手く俺ができなくて・・・・・」
「あのね、ロアンは昔から私がダニエルのこと好きだと思っていたみたいだけど、違うよ。私か好きだったのはロアンだったんだから。ダニエルに好意があると思っていたのはここ1、2年のことで、それまでは、ほんとうにそんな感情なかった。私たちお互いにずっと、ずっと・・・・勘違いしていたんだよ。釦を掛け違ってしまったまま、今まで来ちゃったの」
「・・・・そうか・・・・。そうなんだな・・・・」
「これからは、思ったことをちゃんと話して、お互いのこと確認してこうね・・・・」
「ああ・・・ああ。そうだな・・・。そうしよう・・・・・・・・・」
ロアンは私の頭を解放し、そしてそのまま私の背に手をやりギュッと抱きしめた。まるでもう離さないと言うようにー---。
「好きだクリステ・・・・・、好きなんだ・・・・・・・」
「・・・・・うん、わたしも・・・・」
私もロアンの背中に手を回し、硬く強張る背中をそっと抱きしめた。もの心がついてから、ダンス以外でこうした身体の触れあいをすることはなかった。互いの気持ちを確かめた上での抱擁にー----身体に感じる彼の存在が嬉しくてー----私はロアンの胸に頬を摺り寄せた。
ピクリとロアンの背が揺れ、私の肩に埋まっていた彼の頭が離れる。
------見上げると、彼の、深い青の瞳が潤んでいた。
ロアンはゆっりく身体を離して私の頬を優しく撫でる。
「・・・・・・・・・キス、したい」
掠れて熱を帯びた声で願う彼に、私は彼の頬を撫で返して微笑んだ。
「・・・・・・・・・うん」
目を閉じると、頬に当てられた彼の硬くて温かい指先の感触が際立った。
鼻先に彼の呼吸を感じ、ゆっくりと触れてみればー----それは、思った以上に柔らかくそして暖かくて気持ちの良いものだった。
以前酔った時に突然されたそれは、動揺と怒りが相まって感触を意識するどころではなかったが、今回は・・・・・・
「・・・・・き、もちいい・・・・・・」
吐息とともに思わずそう漏らしてしまった私を驚きの目で凝視すると、ロアンは我慢できないと言った様子で性急に再び唇を合わせてきた。
最初のキスのような慎重さに欠けるそれは、何度も何度もくっついては離れ、私の唇はめくり上がり濡れた。
角度を変えて重ねられる唇から、ぬるりとした感触と共に混ざり合う自分とは異なる身体の味に、ロアンの舌が入ってきたことを知る。
ー----ああ・・・・・・、これは・・・・・、こんな行為は・・・・・・、ダニエルとは出来ないや。私は、やっぱりロアンが好きなんだ・・・・・・・・。
ロアンとの口づけにうっとり酔いしれ、そんなことを考えていると。
離されたロアンの口から不意打ちの言葉が放たれた。
「・・・・・・・・・バロックさんとも・・・・・キス、した・・・・・・・?」
「・・・んえっっ!?」
思っていたことを見透かされたような突然の口撃に、私は何の心の準備のないまま晒されて防御ができなかった。
まさか、と驚き見開かれるロアンの瞳に絶望が見え、私の視線が一瞬彷徨った。
「・・・・・・・・・・・・・した、のか・・・・・・・、バロックさんと・・・・・・・・」
「・・・・・・しっってない!」
「したのか」
「してない!!」
「・・・・・・・・・・・・・・どこに、した・・・・・?」
「してないっ!!!」
「どこにした」
怒りと苦悩を抑えたかのような・・・、そして確信を含んだロアンの低い声と鋭い視線に、私はひゅっと息を呑み、少しの諦めと悪あがきを兼ねて微かな声で答える。
「・・・・・・・く・・・・・・・・・・・くび、に・・・・・・・・・」
「くっびっ!?」
上目遣いに小さく肯く私に、瞠目したロアンの悲哀の声が降り注ぐ。
「くびっ!?」
再度場所を確認をしながら、信じられないものを見るように向ける彼の視線の先は、私の首筋だ。
私はー----苦し紛れの言い訳をさせてもらうことにした。
(そうよ、さっき、ちゃんと話すって、そう言ったばかりだもの・・・・・・)
「あ、のね。ロアンがルイーゼさんとキスして、顎だからセーフだって言ったのを聞いて・・・・・・、私、仕返ししたかったの。ロアンとキスしたことのない場所に、ダニエルとしようって・・・そう思って・・・・・・・・耳と迷ったんだけど・・・・・・・」
だからこれでお互い様なんだよ、と言外に含ませる。
「・・・・・み、み・・・・」
「いや、耳にはしてないって!首だよ首!!」
呆然としながら私の首筋と耳を交互に厳しい眼差しで凝視しているロアンは、触れあって朱く色づいた唇を悔し気に歪ませ、はあああぁぁぁと長く重いため息をつくとー-----ガブリと一気に私の首筋に食いついた。
「いったいっ!いたいっ!!ロアン!!」
引き剥がそうともがく私の訴えを無視し、ロアンは私の首筋に吸い付き続ける。じゅううぅぅと、力いっぱいの吸引だ。
押し返しても岩のように微動だにしないロアンの身体に、私は観念した。
(これは・・・・・痕に残る・・・・・・かな・・・)
軽い痛みを我慢し、じゅうじゅうと押し付け吸い付くロアンの唇を感じながら考える。ー-----本当は<アウト>の場所にもしたことがあることを絶対に絶対にバレてはいけない、と。
ロアンの気が済むまで首元の提供したつもりだが、顔を上げたロアンの表情は一向に晴れやかではなかった。
けれどロアンがまだ満足していなくても、次は私の番だ。
私に覆いかぶさるように両肩に手を置いていた彼の肩を押し返し、私は不満げな彼の顔を見て口にする。
「ロアン・・・・・、今度は、私、だよ・・・・・」
そう言って私はロアンに上半身の体重をグっと掛ければ、不意を突かれた彼はあっさりと私に押し倒されソファの背にもたれた。形勢逆転だ。
何をされるのかと戸惑うロアンの頬を両手で挟む。さらりとした黒髪が彼の額にかかり影を作った。いつも見下ろされる美しいサファイアの瞳を今は私が見下ろして、ゆっくりと顔を近づけていった。察したロアンが少しの期待を込めた眼差しで私を見上げている。
彼の唇の、その下ーーーーーー顎に、私は思い切り歯を立てた。
がぶりりぃぃぃぃ
「っっいいいぃっってぇぇぇっっ!!」
痛いだろう、そうしたのだから。私は容赦しなかった。
更に力を込めて嚙みついた。
翌朝、寮の自室の鏡を見てみれば・・・・・・。
私の首筋には大きな苺のような痕がクッキリ残され、思った以上のその痕跡に文句を言おうとロアンの教室を訪ねてみれば、彼の顎には白いガーゼが痛々しく貼られていた。
私の苺は一週間、ロアンの歯形は三週間、外の視線からそれを隠されなくてはいけなかった。




