凄い目標
10月になってからも、日経平均株価は下がりに下がった。
木曜、金曜で少しは戻したものの、あたしの持ち株も前週末からは値を下げた。
緊急事態宣言が解除されて、学校も普通に戻った。株式投資部の部室にも、部員が全員顔を揃えた。と思ったら、別に決まったテーマや部の活動方針に基づく全体の動きもないので、帰宅する人もチラホラ。だいたい部員全員でも六人しかいない。しかも、三年生の二人は9月で既に引退している。なんとなく部室に来て、たわいもない話をして帰る。そんな感じだった。
「今年はクリパできるかなあ」
エリナさんが言った。
「去年はサイアクだったよねー、コロナコロナで」
マリノさんが答えた。
「今年、クリパできなかったら、クリパもせずに高校終わっちゃうんだよね、あたしたち」
「来年やりゃいいじゃん」
「来年はだって受験でしょう? んなの、やってる余裕ないって」
「あ、そっかあ、なんでこんなときに高校生なったんだろ?」
「あたしさあ、ケンタ持ってるから、株主優待来たら、クリスマスはみんなでケンタパーティしようよ」
株主優待?
「なんですか? 株主優待って?」
「株主優待? 株持ってる人に、いろんなものをくれるんだよ」
「いろんなものって?」
「うん、ケンタだったら、お店で使えるタダ券とか」
え? ケンタの株主はケンタのタダ券貰えるの?
「あたし、500株持ってるから、5,000円分貰えるの」
「え? えー! それ早く言ってくださいよー! あたし、ケンタ考えてたのにー!」
株主優待はどこもやっているわけではないものの、少なからぬ企業がやっていて、その内容も多様だ。
そんなことやってる会社があるって、最初から言ってくれてもいいのに。顧問に文句を言うと
「株式投資に株主優待はオマケですよ」
と静かな返答があった。
あたしの持ち株では、オークネットがクオカードを、日本航空が航空券の半額割引券をくれるらしい。良品計画はくれないのかあ。
8月、オークネットを買って間もなく、ネットを見てて、目にとまったのが良品計画だった。
無印良品ブランドの生活雑貨や文房具、服、食品などの小売店を展開する。シンプルだけど、上質で上品な印象があたしにはあった。その良品計画の社長が変わる、そして、打ち出した中期経営計画の内容が凄かった。
5,000億円弱の売上を三年後には7,000億円まで伸ばし、500億円弱の営業利益を750億円にする。
これだけでも凄いのに、十年後には売上3兆円、営業利益4,500億円が目標。将来計画を公表している会社は少なくないが、十年後に十倍近くの営業利益を目指すという会社はなかなかない。
小売業界の他企業の売上や営業利益って、どうなっている?
あたしはユニクロを運営するファーストリテーリングを見た。売上高2兆円ほど、営業利益2,500億円ほど。凄いな、やっぱり。
ニトリホールディングス 売上高7,000億円超、営業利益1,400億円ほど。利益率が凄い。
無印良品は10年後に今のユニクロの五割増し売り、今のニトリの三倍の営業利益を出すと言ってる。
もし仮に、もし仮によ。
良品計画が目標を達成することができたなら、株価はいったいどうなるんだろう。ちょっと興奮したあたしは、顧問に直接電話した。
「あの、良品計画がファーストリテーリング並みの規模になったとすれば、株価がどのくらいまで上がる可能性があるのか、どうすれば計算できますか?」
顧問は一言だった。
「時価総額を比べればいい」
時価総額?
「ファーストリテーリングの時価総額はざっと9兆5千億円ほど、良品計画は6千億円ほどだから、仮に良品計画がファーストリテーリング並みの評価を得られるようになれば、15倍ほど上がる計算になるね」
15倍! 会社の目標は更にその倍だから、目標が実現できた暁には今の30倍を狙えるってこと? こ、これは! 百万円投資すれば、千五百万円から三千万円? きゃー!
電話を切ってから、ニトリホールディングス並みの評価になればどうかを試算した。2兆2千億円ほど。これでも3〜4倍にはなる。これは、凄い。
「中期経営計画はあくまで計画だからね。そのとおりになるかどうかはわからないよ。計画の進捗を見てからでもいいと思うけど」
顧問はそうも言ったけれど、仮に目標の半分までだったとしても、今の株価水準から大きく上がることは間違いないのでは? しかも今のPERは17倍程度で、四季報を見ると、安値平均レベル。あたしは興奮のまま、良品計画の買い注文を入れたのだ。
良品計画の株価は、買ってしばらくしてから下がった。けれど、すぐに持ち直し、菅首相の総裁選不出馬宣言後の9月はいい具合に推移した。ところが、9月半ば頃から日経平均の下落に歩調を合わせるように値を消していった。10月4日には、9月の既存店売上が前期比マイナスだったというニュースもあった。四ヶ月連続でマイナスだったらしい。あたしの持ち株もわずかながら含み損となった。
「もっと上がると思ったんですけど」
あたしはオークネットの値動きと比べながら言った。
「会社の計画が変わったの?」
「いえ」
「なら、どうってことない。株価なんて、いつも上がったり下がったりするのだから」
顧問は淡々と言った。
10月8日現在、あたしのポートフォリオ。
・3964 オークネット 200株 8月13日購入 買値1,779円、現在 2,336円、評価額467,200円、含み益111,400円
・7453 良品計画 200株 8月16日購入 買値2,301円、現在 2,296円、評価額459,200円、含み益▲1,000円
・9201 日本航空 200株 7月30日購入 買値2,250円、現在 2,517円、評価額503,400円、含み益53,400円
・現金 734,000円
・評価額計 2,163,800円、含み益163,800円、含み益率8.2%