最初の投資先
株式投資部に入部して、しばらくは先輩から株式投資のイロハを学んだ。
「投資は必ずしも一年や二年で成果の出るものではないし、まして身につくものでもない。けれど、人に教えることで、理解の曖昧なところが明確になる。だから2年生は1年生に教えることで、理解できていないことを見つけて、それを深めてほしい。1年生はわからないことがあったら何でも2年生に聞いてほしい。いいかな?」
顧問はゴールデンウィーク前の部員全員を集めた会で、そう言った。
取引を行うための証券口座の開設に時間を取られたこともあって、実際に株式購入に至ったのは、夏休みになってからだった。
あたしがまず目を付けたのは日本航空。
「何でこの株を選んだの?」
顧問からそう聞かれたとき、あたしは自分なりに考えたことを答えた。
「コロナウィルスがいつ収まるのかわからないですけど、いずれはどこかで収まる時が来ます。コロナで株価が下がったのなら、コロナがなくなれば、株価も回復すると思ったんです」
「なるほど。だけど、コロナウィルスで客が減ったのはJALだけじゃないよね。他はどんなところを考えてみたの?」
う、鋭い質問。本当のことを言えば、コロナウィルスの影響を受けた企業のニュースをたまたまテレビで見たことがきっかけだったにすぎない。
「他はANAとか、JRとか」
「その他には?」
私鉄各社や観光関連、外食なども考えてはみた。けれど、数も多くなるから、いちいちひとつひとつを見るのが面倒で、航空会社の二社とJR四社に留めたのだ。
「じゃあ、その六社の中からJALにした理由は?」
「航空会社と鉄道会社を比べました。コロナウィルスが収まっても、お客が戻るには時間がかかると思います。でも、少ないお客でも利益を上げやすいのは鉄道より飛行機だと思って」
「ほう、なぜ?」
「航空会社は飛行機だけを飛ばしておけばいいですけど、鉄道会社は電車を走らせているだけではすみません。線路も駅も鉄道会社で見なきゃいけないでしょ。だから株価が早く戻りやすいのは鉄道会社より航空会社だと思ったんです」
「なるほど。そういうものの見方はいいね。鉄道会社は他と違ってインフラを全部自前で維持管理しなきゃいけない。航空会社が空港や管制塔を維持管理したり、バス会社やタクシー会社が道路を、船会社が港や航路を維持管理するみたいなものだ。そういう意味では鉄道会社は大変なハンデを負っていると言えるかもしれない。けれど、インフラを自前で持つことに価値はないんだろうか?」
インフラを自前で持つ価値?
「それはともかく、ANAとの比較では? なんでこっちにしたの?」
「ネットで日本航空の方が資本を多く持ってるって出てたので、こっちにしたんです」
「そうか、ネットにね。で、両社の財務諸表は見てみた?」
財務諸表?
「貴重なお金を投入するんだ。記事のウラくらいは確認したほうがいい」
はい・・・。
顧問は手元の青い表紙の四季報を開いた。
「JALの有利子負債がざっと5,000億で、現金同等物が4,000億。ANAは現金同等物はJAL並みだけど、有利子負債が1兆6,000億ある。ここは確かにJALが優れているね」
あの。
「あたし、日本航空に投資していいですか?」
顧問は笑った。
「まあ、まずは買ってみることから始めなきゃ始まらないからね」
ずいぶんいい加減な選択だったかもと思いながら、こうしてあたしの最初の投資先はコロナからの回復期待を狙ったものになった。