テーパリング
12月15日水曜日。
あたしは部費を握りしめて、駅前の本屋まで走った。もう一人の一年生部員、カレンと一緒に。この部に入って、これでもう三回目だ。
「先生、いつまでこんな紙にこだわるんだろ」
カレンは9月の時も同じことを言った。あたしは紙の本に抵抗はないけど、カレンはSDGsの観点からも紙媒体はどうかと思う、と言う。
「いちいち電気使う端末もどうかと思うけど」
「でもね、情報がほしいだけなのに、物理的に置き場所がいるわけでしょ。運ぶ手間もかかるし、いちいち本屋さんまで買いに行かなきゃいけない。いらなくなったら、ゴミになって処分するのにまた手間とエネルギーもかかるんだよ。無駄ばっかじゃない?」
あたしも顧問に聞いたことがある。
「これ、定期購読だったら、わざわざ買いに行かなくても届けてくれるし、値段も安くなるみたいですよ」
「書店に行くのは現場を見ることの一環です。四季報をどんな人が買っているのか、その近くにはどんな本や雑誌が置かれているのか。そもそも今の時代、どんな人が書店に足を運んでいて、どんな本が売れているのか。現場にはいろいろなヒントが隠されてると思えば、ありふれた本屋さんも違ったように見えるかもしれません」
部員の人数分と顧問用に合計五冊、女子二人で抱えて学校まで戻る。二千頁を越える分厚い本を何冊も手にすると、相当に重い。だいたい制服姿の女子高生が四季報を手にすることも普通はないし、同じ本を何冊もまとめ買いすることもない。違和感たっぷりなあたしたちに、同じ四季報を手にしたおじさんが好奇な目を向けた。さすがに声をかけてくることはなかったけど。
受け取った四季報を自宅に持ち帰り、パラパラっと中を見た。まずは自分の持ち株。
オークネットは「横ばい」、良品計画は「増益続く」の見出し。
また、目をつけているプレミアムウォーターホールディングスには「躍進」の見出し。
それにしても、上場企業の数の多さときたら。そのひとつひとつをつぶさに確認することなんてできない。だから部員がそれぞれの視点で対象を取捨選択し、選択した銘柄をじっくり確認することにしている。しているのだが、どうも疎かになってしまう。
「とりあえず四季報を見て、気になったところに付箋紙を貼っていけば?」とマリノさん。
「気になったところをどうやって見つければいいですか」
「チャートの動きと売上や利益の動きが一致しない銘柄だね」
「一致しない?」
「普通なら売上や利益が増えれば株価も上がるし、減れば株価は下がる。だけど、増えてるのに株価がほとんど変わらないのがあったり、中には株価が下がってるのがあったりする」
「でも、売上も利益も過去ならわかりますけど、未来はわからないじゃないですか」
「だから過去の動きから気になったところを見つけるまでが四季報の役目なんだって」
あ、そっかあ。
あたしは、一日一時間を四季報への付箋紙貼りに充てることにした。
初日は。以下を選択した。
・1414 ショーボンドホールディングス
・1515 日鉄鉱業
・1605 INPEX
・1721 コムシスホールディングス
・1724 シンクレイヤ
・2150 ケアネット
・2267 ヤクルト本社
・2331 ALSOK
・2354 YEDIGITAL
・2588 プレミアムウォーターホールディングス
・2751 テンポスホールディングス
・2932 STIフードホールディングス
・3021 パシフィックネット
・3028 アルペン
・3064 MonotaRO
・3076 あい ホールディングス
・3085 アークランドサービスホールディングス
・3148 クリエイトSDホールディングス
・3186 ネクステージ
・3294 イーグランド
アメリカ連邦準備理事会(FRB)が量的緩和縮小の加速を決めた。
コロナ禍からの経済回復で需要が膨らみ、モノもヒトも足りない状況を契機としたインフレが長引く可能性が高まったためだという。
量的緩和縮小は金利を上げる前に、国債等の買上げをやめることで市中に出回るお金の量を減らす措置。最終的に来年3月にその措置をやめ、その後で金利を段階的に引き上げてゆく。政府が意図的に金利を引き上げないとインフレを抑えることができないという判断をしたということだ。
「さあ、これからいよいよ難しくなってきますね」
顧問はそう言った。
アメリカの金利が上がるとなれば、ドルが上がる。となると、他国はドルで決済する輸入品の値段が上がる。コロナ禍から経済回復できていない世界各国は不況に物価高が重なれば生活が大変なことになる。日本だって他人事ではない。このところ、いろいろなモノの値段が上がりはじめているけれど、まだ高校生のあたしにも景気が回復している実感はない。
FRBが量的緩和縮小を決めたアメリカの株価は大きく上がった。
「なんで?」
金利が上がれば株価は下がるんじゃないの?
アメリカの株価上昇を受けて、木曜日の日経平均も大幅に上がった。
アメリカの利上げは織り込み済みで、市場の予想の範囲内だから安心感が広がった・・・が株価上昇の表向きの理由。けれど、目先は予想の範囲かもしれないけれど、ドル高が世界各国の経済に痛手を与えるのはこれからだ。目先の動きに惑わされてはいけない。
はたして次の日、前日の上がり分をほとんど打ち消すほどの下げになった。
難しい市場。
それは様々な経験を積ませてくれる貴重な機会。と顧問は言う。
「なにを学ぶか。それは個人の問題です。ぜひ、この貴重な機会をしっかり学習の機会にして下さい」
年末年始は四季報で当たりをつけた銘柄の中身をしっかり見ることにしよう。
12月17日現在、あたしのポートフォリオ。
・1357 日経平均ダブルインバース 1,000株 12月8日購入 買値388円、現在396円、評価額396,000円、含み益8,000円
・3964 オークネット 200株 8月13日購入 買値1,779円、現在1,549円、評価額309,800円、含み益▲46,000円
・7453 良品計画 200株 8月16日購入 買値2,301円、現在1,774円、評価額354,800円、含み益▲105,400円
・現金 813,531円
・評価額計 1,874,131円、含み益▲125,869円、含み益率▲6.3%
それにしても、ひどいな。この成績は。