さようなら株式投資部
2023年9月30日は部室であたしとカレンのお別れ会があった。
あたしは新部長になるメガネくんから、カレンはひろこから花たばを受け取った。
部長をどちらにするのかで
「んなの、男がやればいいのよ」とひろこ。
「なんで男がやんなきゃいけないんだよ」
「男が主、女が従。それで世の中回ってきたんだから、変える必要ないって」
「おかしくね? ジェンダーレスとか言うじゃん」
「あんなの、イキがった人が言ってるだけだって。ちゃあんとにゃんを立ててあげるから、にゃんが部長。はい、決まりっ!」
「おまえがやりたくないだけだろ」
「しっかり支えてあげるって言ってるでしょ。だいたい大した仕事ないんだから、男らしく引き受けてよ。あんたがうんて言えばそれで済むんだから」
なんて、やりとりもあったっけ。
「カレンちゃん、もういい加減、どれほど大儲けしたのか教えてくださいよ」とひろこ。
カレンはふっと笑って、
「儲けた儲けたなんて話は、どこをどう独り歩きして、誰の耳に入るかもわからないから、絶対言うことじゃないの」
と真顔で言った。
「いい? 投資話はまだ普通の人からすれば、眉唾もの程度にしか思われてない。ギャンブルに勝って、あぶく銭が入ったみたいに思う人がいくらでもいる。あぶく銭ならドンチャン騒ぎで使ってもいいって勝手に考える人がいるのよ。株式投資部の活動で、部員がお金儲けしてるなんて話が出回ったら、どんな茶々が入るか、わかったものじゃない」
カレンはひと息つくと、「それがあなたたちへのメッセージってとこかしら」と笑った。
部の中で、アケスケだったあたし。
別に自慢したかったわけじゃない。株式投資について、みんながどう考えているのか、どういう視点で企業を見ていたのかを共有したかっただけだ。
カレンと有望銘柄についてあれこれ話をしたことは、とても刺激的だった。彼女が出す銘柄に投資したこともたくさんある。
でも、誰かの言った銘柄は頭に残りやすい。
本当はもっと他に有望銘柄があっても、誰かの言葉が頭から離れず、自分の投資行動に影響を与える。それは絶対にある。
そう考えると、ネットに溢れかえる数々のコメントほど厄介なものはない、のかもしれない。
だって、そのコメントをどこの誰がなんの目的で発しているのか、わからないから。
素人がときどきの気分でほざいているだけなのかもしれないし、自分のポジションを守るために敢えて大衆を誘導したいのかもしれない。
「投資で一番気をつけることは?」
という志帆子の質問に、あたしはこう答えた。
「感情に乱されないこと、かな」
驚くようなニュースはほとんど毎日のように入ってくる。
今のうちに売ってしまわなきゃ。早く買わなきゃ。そんな焦りが衝動的な行動につながる。けれど、その結果は。
まず後悔する。
恐怖さえ覚える衝動から、己を律するのはとてもむずかしい。
だから、敢えて情報には鈍感になることが必要なのかも。と思う。まだ、なんとなくだけど。
「どうだった? 株式投資部は?」
最後の最後に顧問から声をかけられた。
「どうだった?」
反芻してみた。
どうだったんだろ。知らないことがたくさんあった。知らないことはまだまだたくさんある。
「お金を増やすには、時間をかけて投資し続けること」
ってことがわかったように思いますと答えた。ちょっと間をおいて、考えてから。
顧問は笑った。
「それがわかれば、資本主義社会で生きていける」
学校を出た。
来週からも来るところ。でも、あたしの中で、高校はもう終わっていた。次に向けて勉強するだけ。それはもう次のステップへの動きにすぎない。
空を見た。
10月になろうかというのに、まだまだ暑い。月曜から冬服だなんて信じられない。でも、ずいぶん天高くなってる。
さ、帰って、勉強だ。入試まですることはそれだけだ。
そう思い定めて、あたしは駅へ向かった。
参考文献
バートン・マルキール 「ウォール街のランダム・ウォーカー」 (原著第13版)井出正介訳 日経BP社、日本経済新聞出版 2023年
メアリー・バフェット & デビッド・クラーク 「バフェットの財務諸表を読む力」 峯村利哉訳 徳間書店 2009年
ピーター・リンチ、ジョン・ロスチャイルド 「ピーター・リンチの株で勝つ(新版)」 三原淳雄、土屋雄二訳 ダイヤモンド社 2001年
ピーター・リンチ 「ピーター・リンチの株の法則」 平野誠一訳 ダイヤモンド社 2015年
田中慎一、保田隆明 「コーポレートファイナンス 戦略と実践」 ダイヤモンド社 2019年
大手町のランダムウォーカー 「会計クイズを解くだけで財務3表がわかる 世界一楽しい決算書の読み方(実践編)」 KADOKAWA 2022年
ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド 「ファクトフルネス」 上杉周作、関美和訳 日経BP社 2019年
司馬遼太郎 「ロシアについて」 文春文庫 1989年