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投資少女  作者: 雨後虹晴
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あたしの決算

 2年半の高校の部活が終わる。

 思えば、この2年半、大きな出来事が5つあった。


 1. 新型コロナウィルスの世界的蔓延

 2. ロシアによるウクライナ侵攻

 3. 安倍元首相銃殺事件

 4. インフレ進行と金利上昇

 5. 世界規模の異常気象


 新型コロナウィルスは経済活動を大きく制限し、テレワークという新たな勤務形態を生んだ。世界的な金融緩和がカネ余りのタネになった。


 ロシアによるウクライナ侵攻は、大国による一方的な軍事侵攻が過去のものではないことを明らかにした。世界はボーダレスに向かっているはずだったが、それは幻想に過ぎなかった。


 安倍元首相の銃殺事件は、安全なはずの日本が必ずしもそうでないことを示し、また、その背景には特定宗教に選挙活動を委ねる闇があったことを明らかにした。


 インフレ進行は、物価はいつも安定しているわけではないことを思い知らされた。高校生のあたしにはモノの値段が上がってゆく初めての出来事に、ただただ驚くほかなかった。


 そして異常気象。もはや異常が常態化してる感さえあるけれど、それでも今年の夏が記録づくめだったように、今の異常さえまだまだ塗り変わってゆくのではないの? という怖さがある。


 こう並べてみると、どれもこれも従来の常識や前提を覆す出来事ばかり。

 大きな変化は新たな需要を生む一方、今まで当たり前にあったものがなくなったり、もういらなくなったりすることもある。

 新たな需要に応える企業の株価は上がり、旧来需要が縮小すれば、その関係企業の株価は下がる。この2年半の間、あたしは変化に伴う盛衰の実例をまざまざと見せつけられた。予想どおりだったものもあれば、意外なものもあった。「風が吹けば桶屋が儲かる」に似た話もあちこちで聞いた。

 でも、予想どおりだったものでも、確信を持てたものはない。たぶんこうなるんじゃないのと思いながら、恩恵を受ける株がどれなのか、わかりやすかったものもあれば、まるで見えなかったものもあった。


 株式投資をしながら、わかったことが3つある。

 ひとつめ。

 結果が出れば「そりゃそうだよね」と誰でも思うことでも、結果が出ない内はどうなるのか迷うことばかりってこと。絶対はない。でも、冒険しなきゃワクワクはない。


 ふたつめ。

 売上を伸ばし、利益を増やし続ける会社は、いずれ株価も上がる。ただ、いつ上がるのかまではわからない。いつか上がる、そのいつかまでじっと持ち続けることがとても大事。


 みっつめ。

 市場平均を上回ることはとても難しい。高校生のあたしなど及びもつかない百戦錬磨や秀才・天才がごまんといるのが株式市場。だから、インデックスファンドの積立投資を貯金代わりにすれば、経済成長に見合った果実を確実に得ることができる。

 インデックスファンドを基本に、これはと思う個別株に投資すれば、確実なリターンを得られるんじゃないかな。


 9月29日 あたしの決算

 ・2588 プレミアムウォーターホールディングス 100株 2022年5月2日購入 買値2,370円、売値2,810円、評価額281,000円、売却益44,000円、売却益率18.6%

 ・3661 エムアップホールディングス 200株 2023年6月2日購入 買値1,055円、売値1,237円、評価額247,400円、売却益36,400円、売却益率17.3%

 ・3695 GMOリサーチ 200株 2022年8月3日等購入 買値3,695円、売値3,000円、評価額600,000円、売却益▲139,000円、売却益率▲19.8%

 ・4380 Mマート 1,000株 2022年4月18日等購入 買値853円、売値1,355円、評価額1,355,000円、売却益502,000円、売却益率58.9%

 ・6777 santecHD 100株 2022年5月2日購入 買値1,220円、売値2,683円、評価額265,500円、売却益146,300円、売却益率119.9%

 ・8316 三井住友フィナンシャルグループ 100株 2023年8月30日購入 買値6,630円、売値7,425円、評価額742,500円、売却益79,500円、売却益率12.0%

 ・9432 NTT 1,200株 2023年6月30日等購入 買値168.35円、売値179.8円、評価額215,760円、売却益13,740円、売却益率6.8%


 ・売却益総額 732,530円

 ・年初来売却損益額 ▲143,900円

 ・最終売却益額 588,630円

 ・売却益課税額 119,580円


 株式売却後の総額は3,732,530円だった。ここから、売却益課税額119,580円を除くと、3,612,950円。

 部から預かった元本が3,000,000円だから、これを部に返すと、あたしの手元に残ったのは612,950円。

 2年半の部活で20.5%の利益だった、ってことになる。


「税金って本当に大きいなあ、こうしてみると」

 あたしがため息をつくと、顧問は「でしょ」と笑った。

「頻繁に売り買いすると、利益が出ても、その二割を税金に取られますからね。それだけリターンを損なうことになりやすいってことですね」


 市場平均と比べてみれば。

 あたしが一番最初に投資した2021年7月30日の日経平均株価が27,283円だった。

 2023年9月29日の終値が31,257円だから、16.7%の伸びになる。

 これだけ見ると、あたしのリターンは市場平均を上回ったとなる。


 ただ、株価がぐっと上がったのは今年になってから。

 2022年12月末の日経平均株価は26,094円で、実は2021年7月末より低かった。これと2023年9月29日終値31,257円を比較すれば、22.1%の伸び。

 あたしはというと、この間、3,147,676円から3,612,950円だから14.7%の伸びにすぎない。税金分を差し引かなかったとしても、18.5%の伸びだから、市場平均から著しく劣っていると言わざるを得ない。


 いい具合に上がり続けていたエムアップHDやMマート、三井住友FGが最後の最後で失速した不運はあった。結果をみれば、あーすればよかった、こーすればよかったはいくらでも出てくるけど、済んだ話をあれこれしたってはじまらない。あたしの実力は市場平均に及ばないってことだ。


「9月の配当金はいずれ口座に振り込まれますから、リターンはもう少し増えますよ」

 顧問はそう言って、あたしに一枚の紙を渡してくれた。みると、口座のIDと暗証番号。

「口座に残ったお金はあなたのものです」

 どう使うかは、あなたの自由です。

 顧問はそう言って笑った。


 金曜日の夕方遅く、部の面々と学校を後にした。

 カレンは就寝先が決まったという。

「いくら儲かりました?」

 ひろこがカレンに無邪気な質問。

「それはナイショ」

 予想どおりの返事に

「でも卒業旅行は豪勢にできるでしょ?」

「あー、それ、考えてなかったわね。ちょっとは回してもいいかしら」とカレン。

「セラちゃんは?」

 あたし? どうしようかな。


 みんなと別れてから、電車の中でスマホをいじった。

 あたしの証券口座を開く。自分で見るのは初めてのこと。残高が615,950円。

 これまで300万円以上で運用してきたから、桁がひとつ少ないと、とても少なく見える。ため息が出た。

 マリノさんは一千万円以上に膨らませたはず。どんな残高だったんだろ。

 カレンは。


 あー、人がどうだなんて、考えたってしょうがない。なんでそんなことが気になる。でも、なんだか悔しい。


 うちに帰った。

「なにか来てたわよ」

 お母さんが顔を見るなり言った。

 プレミアムウォーターホールディングスからの株主優待の品だった。

 豪華な食品がたくさん詰められてることに、お母さんは目を輝かせていたけど、あたしは複雑だった。

 そう、もうあたしはここの株主ではなくなったんだ。今日まさにそうなった。

 高校の部活が終わった。

 優待品のひとつひとつを見ながら、気がつけば頬を熱いものが伝っていた。




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