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投資少女  作者: 雨後虹晴
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日米の金利動向から

 カレンの入社面接が終わった。雰囲気は悪くなかったとか。

「まだわからないけどね」

 カレンは、らしい言い方をしたけど、十分な手応えを感じているのだろう。

「なんで進学しようとしなかったの?」

「別に高い授業料払ってまで習うこともないって言わなかったかしら」

「でも、カレンって成績いいんでしょ」

「成績よかったら進学しなきゃいけないの?」

 そういうわけじゃないだろうけど。

「医者になりたいとか、資格のために学校に行かなきゃいけないのなら、大学行く意味あると思うわよ」

 あたしは、進学について、そこまで深く考えていない。と思った。進路の話をすると不安になるから、そこで切り上げようとすると、なにを察したのかカレンは意地わるく笑って、

「セラはなにをしたくって大学行くの?」

 とまっすぐに目を向けてきた。

「なにをしたいのかわからないから、大学に行くの」とは言えなかったから、適当なことを言ってごまかした。


「自由に選べるポジションを持ってたら、自分のしたいことできるから」

 以前、マリノさんはそう言ってた。学校の成績が良ければ、どこに進むにせよ、選択肢が広がる。だから、いい成績とっておいたほうがいいよって。

 そんなこと、言われなくてもわかってると思っていたけど、いざ進路を決めなきゃいけなくなると、その言葉の意味が深く重く響いてくる。

 でも。

 そもそもの話、なにがしたいのかが見えなければ、なにを目指せばいいんだろう。

 その肝心なところが本当にボンヤリしてる。あたしの場合。カレンは?


「就職して、お金貯めて、それからどうするつもり?」

 どうする? 決まってる。世界中を見てまわる。ヨーロッパにも、アメリカにも、オセアニアにも、南米にも、アフリカにも行ってみたい。お金はいくらあってもいい。経済的な制約から自由でいたい。

 カレンはそう言った。

「だからさっさと勤めてお金を増やす。5年経てば、まとまった額になってるはず」

 大学行って、ムダにお金と時間つかうくらいなら、お金を稼いで、あり余るお金と時間をあとあと持つほうがいい。

「と、あたしは思ったの」

 カレンは微笑んでそう言った。


 今週は金利に関する方向性がアメリカFRBと日銀から示された。

 FRBはインフレ懸念が未だに拭えないとして、来年末の政策金利見通しを5.1%(中央値)とした。2023年末の5.6%からわずか0.5%、2回分の利下げ幅に留まる。インフレ対策に急激に進んだ利上げにもかかわらず、アメリカ経済は強く、利下げへの転換は遠のいている状況だ。

 一方、日銀は緩和維持を決定。マイナス金利を続けるとした。8月の消費者物価指数は前年同月比3.1%上がった。24ヶ月連続の上昇になる。にもかかわらず、持続的な物価上昇には至っていないと認識しているそう。なんでそうなるのかは、よくわからない。自民党には金利上昇による景気への悪影響を懸念する向きがあるようだから、日銀が配慮したのかもしれない。


 ともあれ、アメリカ:引締め継続、日本:緩和継続、と真反対の金融政策が出されたため、為替は当然のことながら、円安になった。

 これで輸入物価はまた上がることになる。外国人観光客にとっては安くて質の高い日本を存分に楽しめる機会が増えることになり、外国人投資家にとっては不動産はじめ安くて質の高い資産を手に入れる機会が増えることになる。

「企業だって買収される可能性もあるってこと?」

「可能性はあります」

 顧問曰く、日本の半導体関連企業には、素材や製造工程で世界的に大きなシェアを占めている企業が少なくないという。

「けれど、規模がさほど大きくない企業が多い。こうした企業は世界の大企業からすれば、確かな技術や製品、販路を持つにもかかわらず、安く売り出されていると見える可能性があります」

 今、世界は米中対立だのロシアによるウクライナ侵略戦争だの、分断へと進んでいます。つい何年か前までは、ボーダレスに向かっていると信じられていたはずなのに、ブロック化しつつある。そして、今、叫ばれているのは、安全保障の観点から、自国の技術や生産の囲い込みです。


 半導体関連で言えば、日本は最終製品では大きなシェアを取っていないものの、素材や製造工程で欠かせない企業がたくさんあると言われている。だから、黒子の立場で日本は欠かせないのだと言う人がいる。確かにそうなんでしょうけど、でも、じゃあ、そんな企業が、例えばMicrosoftほどの規模を持つかと言えば、ずっと小粒です。

 安全保障の観点で囲い込みが必要だとなれば、札束で頬をたたくような振舞いをされたとき、自立し続けられるのか、甚だ心許ない企業もあると考えられます。


「そういう企業は投資先として狙い目と考えられるってことですか?」

「TOBになれば、買取価格は上がるでしょうから、短期的には狙い目と言えるかもしれません。しかし」

 しかし?

「よく考えてほしいのは、TOBで仮に今の株価の倍の買取金額が提示されたとしても、買収する側は、当然その価格以上の価値を認めているってことです」

「?」

「だって、100円の価値のものを、わざわざ苦労して100円で買いに行こうとする人はいないですよね。実は200円の価値あるものを100円で買えると思うから、労力かける意味があるわけです」

 なるほど。

「でも、売る側から見ればどうですか? たまたま今の株価が50円で、それを100円で買ってやると言われたら、儲けたと思うかもしれないですけど、実は200円の価値があって、しかもそれがその後も伸び続けるのなら、むざむざ100円で手放すことはバカげたことだって思いませんか?」


「国益」などというものが本当にあるのなら、円という自国の通貨を安くしておくことで、自国の資産やサービス、労働を、外国の企業や人に安く提供することが、はたしていいことなのか? という視点は持っておくといいかもしれません。価値あるものを安く買い叩かれる、懸命に働く人は安い給料でこきつかわれる。それを許していいの? ってことです。

 景気に配慮して金融緩和を続けるのもいいですけど、あまり度が過ぎると、輸入物価が上がってインフレが止まらなくなって、金利を上げても上げても追いつかなくなる恐れがあると懸念しなければなりません。


 一方で、通貨にせよ、個人所得にせよ、高いということは、それだけの価値があるということです。

 大した価値がないものに高額を支払う人はいませんよね。

 日本人の給与が低いと最近よく言われています。この何十年の給与の伸びを各国で比較すると、日本だけが全然伸びていないとも。

 これをどう考えるか。


 日本の上場企業は世界的にも財務が健全だそうです。儲けたお金を投資にも給与にも回さず、いざってときのためにずっと溜め込んできたからとも言われます。非正規労働者には満足な給与も保障も与えず、下請けには過剰な値引き要求ばかり繰り返して、搾取同然の扱いをしていたとも。

 とすれば、経営者が自覚しているかどうかは別にして、正当な対価を支払うことなく、自己の名声と所得のためにエゴイスティクな経営をしてきた結果と言えるかもしれない。民間企業だけじゃないです。役所に至っては非正規職員の扱いはほぼ奴隷に等しいと評する人もいるくらいです。

 SDGsがどうのと言っている高邁な人たちが、表に現れない身分差別をなんら問題意識もなく平然とやっている、もしくは見過ごしているという現実は確かにあるでしょう。


 一方で、はたして給与に見合うだけの労働をしている日本人がどれだけいるのかという意見もあります。

 PBRが1倍に満たない上場企業が多いことが話題になりましたね。そこで言われたのは成長力が弱いこと。旧態依然とした取組しかしておらず、溜め込んだお金を投資する先を見出す才覚もなければ、株主に還元して蓄えを削る勇気もない。価格を上げる知恵もない。

 経営者だけでなく、従業員もどうか。上の顔色ばかり見て、言われたことだけやっている人たちの給与を上げる必要があるのか。

 漫然と日々仕事をこなしているだけなら、給与が伸びないのも無理がない。と言えるのかもしれない。


「こんなことを言うのは、誰かの批判をしたいわけではないですよ。ものの見方にはいろいろあるってことをわかってもらいたいからです。そこからなにを見て、どう考えて、なにをするのか、それはあなた次第です」


 顧問のこの説教じみた話を聞けるのも、あとわずかなんだろう。

 ちょっと熱を帯びた教師を眺めながら、あたしはなにを見てなにをしようと考えるようになるのだろうと思った。

 週末、あんなに暑かった空気が消えた。季節が巡る。引退が迫る。


 9月22日現在、あたしのポートフォリオ

 ・2588 プレミアムウォーターホールディングス 100株 2022年5月2日購入 買値2,370円、現在2,816円、評価額281,600円、含み益44,600円、含み益率18.8%

 ・3661 エムアップホールディングス 200株 2023年6月2日購入 買値1,055円、現在1,265円、評価額253,000円、含み益42,000円、含み益率19.9%

 ・3695 GMOリサーチ 200株 2022年8月3日等購入 買値3,695円、現在2,890円、評価額578,000円、含み益▲161,000円、含み益率▲21.8%

 ・4380 Mマート 1,000株 2022年4月18日等購入 買値853円、現在1,390円、評価額1,390,000円、含み益537,000円、含み益率63.0%

 ・6777 santecHD 100株 2022年5月2日購入 買値1,220円、現在2,655円、評価額265,500円、含み益143,500円、含み益率117.7%

 ・8316 三井住友フィナンシャルグループ 100株 2023年8月30日購入 買値6,630円、現在7,801円、評価額780,100円、含み益117,100円、含み益率17.7%

 ・9432 NTT 1,200株 2023年6月30日等購入 買値168.35円、現在181.2円、評価額217,440円、含み益15,420円、含み益率7.9%

 ・現金 22,570円

 ・評価額計 3,788,210円、含み益788,210円、 含み益率26.3%

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