文化祭の準備
受験勉強もしなきゃいけないけど、文化祭の準備もしなきゃいけない。
クラスの出し物は、劇。けっこうエネルギーがいる。あたしは端役ながら、セリフを舞台で言わなきゃならない。その練習もそこそこ大変なのに、顧問が株式投資部として出し物をするというものだから。
「で、出し物、考えてきた?」
SNSでメンバーに問いかける。
「ブチョーから言ってよ」とカレン。
「こーゆーのって、ブチョーから言ったら、それを強要することになるんじゃない?」
「だいじょぶ、やだって思ったらダメだしするから」
しょーがないなあ。
あたしが出したのは、「株式投資のイロハ」を紙に書いて貼ってはどう? ってもの。
「株式投資のイロハって、具体的になに書くのかしら?」
「やっぱ、株価 = EPS × PERじゃない? あたしたちがいの一番に習ったことってこれだし、これわかってなかったら個別株の投資なんてできないでしょ」
「でも、個別株投資って、普通の人にはハードル高くないですか?」とひろこ。
「それをわかりやすく説明するのが文化祭に出す意味じゃない?」
「さすがブチョー、マジメえー!」とひろこが茶々を入れる。
「説明文もいいけど、あんまりカタイのって、見に来てくれる人、おもしろいかなあ」とひろこ。
「だって文化祭でしょう。見に来た人がおもしろいと思ってくれてナンボとちゃいまっか?」
なんで大阪弁?
「じゃあ、おもしろい企画って、たとえばどんなの?」
「クイズとかどうです?」
「クイズ?」
「そう、クイズ」
「どんな問題出すの?」
「それはこれからですよ。でも、たとえばこんなのどうですか」
と言って、ひろこが出してきたのは
「コロナウィルスで大暴落したあと、どの株に投資したら一番儲かったでしょう?」
「あ、それおもしろいわね。投資なんて儲かるかどうかなんだから、儲かるか損するかでまとめたら、いいんじゃないかしら」とはカレン。
「どう? ブチョー?」
カレン、あんた、絶対なにも考えてこなかったっしょ。
「確実な投資手法についても言及したほうがよいと思う」と意外な発言をしたのは、志帆子。
「確実な投資手法? そんなのある?」
「インデックスの積立投資。市場全体に分散投資すれば、長期的には確実に上がる。一般の人たち、株式投資の経験のない人たちにまず紹介すべきは、なにも考えずに機械的に一定額を毎月毎月購入するだけのインデックスだと判断する」
なるほど。
「志帆子ちゃん、インデックスはいいけど、なんでそれを出したいと思ったの?」とひろこ。
「投資に対する偏見を改めたいと思った。日本の場合、預貯金に膨大な金額が集められているが、そのお金は運用先がなくてほぼ無利息で預けられているにすぎない。とは言え、個人が個別株に投資するには難易度が高い上に、個別株の内容を精査する労力は並大抵ではない。誰もができるものではない。誰もができないことは一般化し得ない。しかし、インデックスの定額積立投資なら、誰もができる。個人の資力に応じて投資が可能だから、個別株のように一時にまとまった資金を用意する必要もない」
「そして、ここが極めて重要な点であるが、長期的には確実に大きなリターンを得ることができる。しかも、物価上昇率を超えるから、資産形成の点でこれほど適切なものはない。特に今のように物価上昇局面にあっては、利息のほとんどつかない銀行預金は実質価値を減ずるだけに、すぐに使う見込みのないお金は銀行預金からインデックス型投資信託に移行するのが資産運用の基本であると伝えるべき」
「そもそもだけど、投資に対する改めたい偏見ってなにかしら?」とカレン。
「あ、ごめんなさい、わかりにくいわよね。インデックスの積立投資をオススメするのはいいけど、そもそも普通の人はどうして投資しないんだろ? そこをハッキリしておかないと、インデックスがいいわよインデックスがいいわよって宣伝したって、ふーんで終わっちゃうんじゃないかしら」
「志帆子はさっき投資に対する偏見って言ったけど、偏見あるんなら、まだよくね?」とはひろこ。
「どういうこと?」
「ほとんどの人は、投資なんて知らないでしょ。てゆーか、自分には関係ないことだって思ってる。偏見どころか無関心なんだと思う。関心ないことに興味をもつわけがない」
しばらくして、メガネくんが口をはさんだ。
「だから?」
「にゃん、なによ」
「だから、文化祭ではどうしたらいいんだ? インデックスの話は」
「やればいいんじゃね? 志帆子、やる気まんまんだし。こんなの、やる気ある子に任せるのが一番だよ。つーことで、インデックスの話は志帆子お願いでいいですよね、ぶちょー」
いきなりこっちに話が振られたから、つい「あ、いいよ」と声を出していた。
「ぶちょーから正式に了解もらったから、あとは志帆子、頼んだ。ただ、あんまり堅くしないでね。文化祭なんだから、おもしろくてタメになるが基本だから」
「承知した」
「あ、にゃんさあ、一年生ひとりじゃ大変だから、見せ方のアイデア出しとか手伝ってあげてくれる?」
「お、おれ?」
「あんたぐらいしかいないでしょ。ちゃんと後輩の指導するのよ」
文化祭で株式投資をどう紹介するか。
と、あたしは単純に考えていたけど、ひろこが「文化祭はおもしろくてタメになるが基本」と言ったことで、方向性が見えてきたように感じた。
「さっきゲームって言ってたけど、他に見せ方になにかアイデアある?」
カレンはどう?
と同学年に振ってみると
「そうねえ、EPSとPERをクイズに入れてみてはどうかしら。ブチョー、EPSとPERがお好きみたいだから」と笑った。
具体的には?
「具体的? 今そこまで求める? それは次でいいんじゃないかしら」
カレン、次までにちゃんと考えてくれるんでしょうね。
でも。
顧問からの突然の話も、なんだかんだ言いながら、みんな関わってくれる。
部活らしいといえば部活らしい。
これまでほぼ個人商店みたいな株式投資部だったから、みんな、新鮮なのかもしれない。