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投資少女  作者: 雨後虹晴
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志帆子

 入部した新入生は、女の子一人だけ、だった。

 コロナが一応収束し、運動部や吹奏楽部、演劇部にどっと押し寄せた結果だった。

 やっぱ、株式投資部など、地味なイメージしかないよね。

 あたしだって、中学で部活をぼろぼろにされなかったなら、高校は普通に運動部に入っていたはず。


「…志帆子」

 女の子は小さな声で名乗った。

 小柄で色白、ショートカット。銀縁のメガネをかけている。

 この子、ほとんど喋らない。騒々しいひろことは正反対だ。

「なんで株式投資部に入ろうと思ったの?」

 ひろこが聞くと、ボソッとひと言。

「この世は資本主義だから」

「? 資本主義?」

「資本主義は資本が中心、資本を制する者が社会を制する」

「ちょ、なに言ってるの?」

「入部動機を…今、あなたに聞かれたから」

「あ、そうね、確かに聞いた、聞いた。でも、資本主義とどう関係するの?」

「資本を持つ者になるために必要なことを学ぼうと思った」


「つまり、お金持ちになりたいってことね」とカレンが口を挟むと、小さな少女は少し首をかしげてから

「…ちょっと違う」

「資本を持つ者って、お金持ちじゃないの?」

「…同義であることは認める。でも、贅沢をしたいわけではない」

 ひろこがケラケラと笑った。

「志帆子ちゃん、おかしい。じゃあ、資本を持つ者になって、なにがしたいの?」

「…あまたの企業を買収して、世界を変える」

 その場にいたすべての息が止まった。


 ひろこが、きゃはははと笑った。

「志帆子ちゃん、ちょっとすごくない?」

 少女は華奢な首を少しかしげ、ひろこをまっすぐに見ながら言った。

「すごい? …わたしは、まだ、なんの実績も残していない」

 カレンがくすっと笑った。

「そうね、ぜひ高校三年間で買収の足がかりを作って」

「…そうなればいい」

 ひろこが、また「きゃは」と声を上げた。

「へえ、謙虚なんだ」

 志帆子は、反応しない。

「数多の企業を買収する・・・いいじゃん。そうよね、うん、そうだよね、それくらいでっかい夢あった方が、投資するのも張り合いがあるよね」

 ひろこは一人で勝手に盛り上がってる。


 コロナウィルスにかかる人の数は、相変わらず毎日報道されている。

 けれど、そこに注意を向ける人はほとんどいなくなった。

 行動制限が解除されて、大勢の人が集まることへの抵抗もなくなった。

 変わらないのは、街行く人々のマスク姿。政府はもうマスクをしなくてもいいみたいなこと言ってるけど、なんとなく習慣みたいになってて、外に出るときには意識しないままマスクをつけてしまってる。


 変わったのは、街行く人々の顔ぶれに、異国の人々が目につくようになったこと。

 インバウンドとかって最近言われてるけど、

 要するにガイジンがわんさか日本に押し寄せてきてるわけだ。

「コロナが明けても、日本に海外から観光客が戻ってこないかもって言ってた人いましたよね」

 ひろこが言った。確かにそんな記事をどこかで見たような気がする。

「思うんだけど、世の中、心配性な人、多くありません?」

「そうねえ」とカレンは、口もとに右手の甲を当てて、ちょっと考えるようにしてから、

「心配性っていうより・・・どうかしら、ちょっと悲観的なこと言ってるほうが賢く見えるから・・・じゃないかしら」と言った。

「賢く見える?」

「ええ、楽観的なことばっかり言ってたら、ノーテンキとかって思われて、バカみたいに見えるけど、気をつけて、油断しちゃダメ、ここに落とし穴があるって言えば、なるほど、さすが言うことが違うなって思われて、賢く見えなくない?」

「あー、そーゆーことですか」

「ウクライナみたいなことがホントに起こるから、確かに油断は禁物なんだろうけど、狼が来るぞ狼が来るぞって話ばかりを気にしていたら、投資なんてできないんじゃないかしら」


 そういえば、為替が円安に振れたときも、このままでは1ドル200円になってもおかしくない、いや300円だなんてこと言う人もいた。

 可能性の話をすれば、おかしくないのかもだけど、今のところ、そうなってはいない。

 ドルの金利はどんどん高くなって、いくつかの銀行が破綻しても、利上げはまだ収まる気配がない。

 一方で日本は緩和修正が避けられないと言われながらも、まだ利上げへのハードルは高い。

 金利差が為替に影響を及ぼすのなら、円はドルに対してもっと安くていいはず。でも、一時つけた1ドル150円からすれば、今の円は高くなっている。


 インバウンド観光客が入ってこなくなって、日本の観光地は大打撃を被った。

 固定費負担に耐えかね、従業員を解雇したり、廃業するところも少なからずあった。

 でも、コロナが収まって、観光客が戻ってくると、今度は人手不足で満足な対応ができなくて困っているところが少なくないという。

 一方で、大変なときに我慢して従業員を雇い続けたところは、客が戻ってきたときにしっかり対応できるから、他の事業者の分まで取り込むことができているとも。


 この話は、株式投資をする上でも、多くの示唆を与えてくれる。

 危機はいつ来るかわからない。世界的なコロナウィルスの蔓延や、ロシアのウクライナ侵攻による世界の分断などほとんど誰も想像しなかった。

 予想できないことが現実には起こるってこと。

 ただ、そうなったときに、嵐が過ぎるのを耐えるだけの資金力があるかどうか。極端な話、売上がゼロになっても、固定費を賄う余力があれば、嵐が過ぎた後には、事業をまた普通に再開できる。だけでなく、モタモタしてる他社の市場を取り込んで、規模を拡大することだってできる。


 ってことは。

 危機は、持てる者にとって、規模を拡大する好機、ということになる。

 嵐とともに、モノの値段は下がる。

 コロナの時だって、東京や大阪の一等地で、普段なら絶対に出ない空き物件や売り物件がたくさんあった。

 そのときに安値で買って、しばらく持っていれば、景気が回復した暁には、一等地で商売ができる。


 もっと言えば。

 需要があまり増える見込みの薄い業界の場合、コロナのような状況が日常と言えるかもしれない。

 そうした業界では、体力の劣る事業者が脱落すれば、残存事業者は競争相手が減ることで、自社の売上を伸ばす余地が増える。

 不況で痛手を被れば、どこが生き残れるのか。財務がしっかりしているところは、確率が高いはず。

 景気が変調を来したとき、見るべきところの第一はここにあると考えていい、と思う。


 日経平均株価は、このところ堅調だ。

 欧米では金融不安と止まらないインフレ、それにウクライナ戦争や中国との貿易摩擦も相俟って、景気の先行きが不安視されている。

 日本でもインフレと利上げ見通し、それに世界景気の減速など、株式にマイナス材料は事欠かない。

 一方で、コロナ後の観光や消費の回復、インフレによる値上げは企業業績にプラスだし、賃上げが消費力を増やすこともあるだろう。

 今は双方を比べたときに、マイナス材料よりプラス材料が上回っていると認識されているということかもしれない。


 ・4498 サイバートラスト

「電子認証の会社でしょう。ここ、伸びてるよね」

 カレンはパソコンの画面を見ながら、そう言った。

 そのとおり、認証・セキュリティサービスを手がける。上場は2021年4月で、四季報を見れば、上場直後に高値をつけてから、株価は下がりに下がり、今は下がりきったところから、五割ほど上がった。

 売上高の伸びは10〜20%程度だが、営業利益の伸びは20%以上あるので、営業利益率は改善し続けている。

 無借金で、営業キャッシュフローは営業利益の倍ほどある。

 デジタルの時代、認証・セキュリティサービスはこれからも伸びるだろう。でも。ただ。

「競合他社に比べて、どんな特徴があるのか、セラわかる?」

「それがわからない」

 カレンは、ふっと笑った。

「じゃあ、認証・セキュリティサービスの潜在市場は、あとどれほどありそう?」

「それ、難しいね。無限といってもいいかもだし・・・カレンはどう思う?」

 カレンはまた笑った。

「こっちが聞いてるのよ。まあ、でも、難しいわよね、確かに。あたしはそういうところに手を出そうと思わない」

「ただ、財務は安定してるし、増収増益基調だし、PERも高くない」

「そうなんだろうけど、あたしが理解できてないものに、下手に手を出したくないだけ」

 なるほど。


 ・7794 イーディーピー

「なんの会社?」

「EDP…エクセレント・ダイアモンド・プロダクツ、人工ダイアモンドの元になる素材を作ってる会社」

「人工ダイアモンド? それ、なに使うの?」

「単純に宝飾品がほとんどみたい」

「宝飾品? 宝石って」

「天然ダイアモンドを掘り出すのは大変だけど、人工ダイアモンドなら確実に作れるでしょ。世界経済が大きくなれば、経済に余裕のある人も増えて、宝飾品市場も大きくなる」

 カレンはまだあると言った。

 ダイアモンドには、硬いとか、光の透過とか、いろいろ優れた特性がある。でも、ダイアモンドは高価だから、どこでもかしこでも使えたわけじゃない。それが比較的安価に提供できるなら、話は変わってくる。

 目先は欧米の景気減速と円高で売上も営業利益も下方修正したけど、世界経済は長い目で見れば成長する。

 これから、インドや東南アジア、アフリカあたりの人たちがより豊かになってくれば、宝石市場は大きくなるし、他の利用用途が広がるなら、この会社の潜在市場はまだまだ無限にあるといってもいい。

「気になることは?」

「そうねえ、まあ、なんていうか、ないとは思うんだけど、経営が放漫になるっていうか、油断や隙みたいなものが会社に蔓延することかしら。高い営業利益率とか、高い成長率とか、盤石の財務とか、この会社、ちょっとデキスギなとこあるのね。上場して、使い慣れないお金がどっと入って、変に豪華な本社とか、ゴテゴテしい社長室とかを作りはじめたりしないか、その辺りは見てたほうがいいと思ってる。お金の使うところ、間違ってる会社って、案外少なくないみたいだから」


 4月21日現在、あたしのポートフォリオ

 ・1357 日経平均ダブルインバース 1,000株 2021年12月8日購入 買値388円、現在313円、評価額313,000円、含み益▲75,000円

 ・2588 プレミアムウォーターホールディングス 100株 2022年5月2日購入 買値2,370円、現在2,484円、評価額248,400円、含み益11,400円

 ・3695 GMOリサーチ 200株 2022年8月3日等購入 買値3,695円、現在3,085円、評価額617,000円、含み益▲122,000円

 ・4380 Mマート 1,000株 2022年4月18日等購入 買値853円、現在1,335円、評価額1,335,000円、含み益482,000円

 ・4971 メック 100株 2022年10月20日購入 買値2,315円、現在2,536円、評価額253,600円、含み益22,100円

 ・6777 santecHD100株 2022年5月2日購入 買値1,220円、現在2,328円、評価額232,800円、含み益110,800円

 ・7808 シー・エス・ランバー 100株 2022年4月18日購入 買値3,470円、現在3,090円、評価額309,000円、含み益▲38,000円

 ・現金 88,166円

 ・評価額計 3,396,966円、含み益396,966円 含み益率13.2%

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