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投資少女  作者: 雨後虹晴
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世界一

 ぎゃああああああああああああ

 もうどっから声が出ているのかわからなった。

 21日火曜日。春分の日の午前中。家族四人が揃ってテレビの前にいた。家族みんなでテレビを囲むなんて、いつ以来のことだろう。それも固唾を飲んで一心不乱に画面を見続けているなんて。

 ワールドベースボールクラシックの準決勝、メキシコ戦。

 不振だった村上の逆転サヨナラ打が出た。

 兄と二人で思わず立ち上がって両手を突き上げていた。

 母がおもちゃのおサルのようにけたたましく手を叩いていた。

 父が右腕をブンブン振りながら、壊れたレコードのように「ようし、ようし」と叫び続けていた。


 野球って、こんなに面白かったっけ。

 なんだか間ばかり長くて、もっと退屈なイメージがあったけど。


 そして、その次の日。アメリカとの決勝戦。

「なんで政府は祝日にしないんだ」

 と朝からブチブチ言いながら家を出てった父以外の家族三人で、やっぱりテレビの前に座った。

 試合はホームランを打たれて先制された。メジャーリーガーで揃えたアメリカにはかなわないのかなあ。と思ったその裏、村上が大きなホームランを打ち返して、すぐさま同点。

 その後も加点し、リードを保ったまま9回表のマウンドに向かう大谷の姿を見たとき、映画を見ているのかと錯覚したほどだった。

 最後のバッターを空振り三振に切って取る。あたしは両手を口に当てながら、涙をこぼしていた。


 日本が歓喜に沸く中、岸田首相はウクライナを訪問した。

 今も戦時下にあるウクライナと、ワールドベースボールクラシックで盛り上がる世界

 彼我の差を思わざるを得ない。

 でも、ひとつ言えることがあるとすれば、どちらに憧れや感動や希望があるかは、火を見るよりも明らかだってこと。

 どんな帝国を作ろうと、感動も憧れもない世界を人は望まない。東欧諸国やソビエト連邦にいた国々が西側に靡いていったのは、誰かが決める堅苦しい秩序の世界にいるよりいいと思ったからだろう。


「って視点は、企業を見る上でも必要だと思います」

 と、顧問は言う。

「お金出す立場からすればどうですか。感動や憧れがある商品やサービスなら、進んでお金出したいって思うでしょう」

 ワールドベースボールクラシックのグッズなんて、まさにそうだ。生活に不可欠なものじゃないけど、感動や憧れを共有したくって、贔屓の選手のグッズに先を争ってでもお金を払おうとする。

「感動や憧れがある商品をもつ会社は、業績も上がりやすいと考えられますから、投資対象になり得ます。もちろん、いい加減な経営をしてて、浪費ばっかりでは困りますし、人気がありすぎて株価が高くなりすぎていれば手を出すべきではありませんが」

 成長株と呼ばれるような会社の株は、そういう商品をもつってことだろう。


「でも、しょうがないからお金を払ってるものもありますよね」

 べつに乗りたいわけじゃないけど、学校に行くのに仕方ないから乗る電車の運賃なんて、まさにそう。

「一方で、しょうがないからお金を払う会社は、生活する上で不可欠な商品をもつ会社ってことですから、安定しているといえば安定していますね」

 でも、払いたくて払ってるわけじゃないから、使わなくてもいいとなれば、お金を払うこともなくなる。あたしが使う電車だって、卒業すればもう乗ることはほとんどないはず。

「だから、そういう会社を見る上で必要なのは、しょうがない人をどれだけ増やすことができるかってことです」

 そうか、だから鉄道会社は沿線に家を建てようとするのか。

「商業施設を作ったりするのもそうですね。学校を誘致できれば、電車に乗ってくれる生徒も増える」

 確かに。

「そういう風に考えると、地方のインフラ企業、鉄道もそうですけど、電力・ガス会社などは、もっと地方分権を真剣に考えるべきだと思いませんか。なんでもかんでも東京に集まれば、自分たちの商品を使ってくれる人が減るわけですから」

 でも、それってイチ会社ができること?

「アタマのいい人は皆さんそうおっしゃいます。でも、イチ会社にできることってないんでしょうか。地方から東京に出てくるのは若い女性が多い。地方の過疎化を進めているのは若い女の子が東京に行っちゃうからです。じゃあプーチンさんみたいに、それはけしからんと言って済むようなものではない。むしろ、若い女の子が地元にいたいと思えるような憧れや感動の場を作ることが先決じゃあないですか。そのためにできることって、そう少なくないと私は思いますけど」


 株式市場は、世界的に揺れている。

 急な利上げで債券市場が暴落し、アメリカの銀行が取り付け騒ぎで破綻したことをきっかけに、金融不安が収まらない。クレディ・スイス・グループは救済合併されることになった。次はどこ? と疑心暗鬼になってる。

 まだ日本には波及していないが、いずれどこかの地銀が・・・なんて話も出てくるかもしれない。


 そんな中、FRBが0.25%の利上げを決めた。

 金融不安を抑えるためには利上げはもうムリではという見解もあったようだが、インフレを抑えるために利上げを続けるとのこと。でも、金融不安を解消するためには、たくさんのお金を銀行に供給する必要がある。利上げでお金を吸収しようとする中での供給政策。

 ちょっと前にイギリスのなんとかいう女首相が、緩和・緊縮の相反する政策を打ち出して総スカンを食って、退陣したことがあった。

 今の欧米の中央銀行にも、似たような矛盾に悩まされている感がある。


「日本はどうなるのでしょうね」とカレンが聞くと、顧問は「さあ」と言った。

 物価は上がっている。2月の物価上昇率は1月に比べて縮んだそうだが、要因は政府の光熱費抑制対策のためだという。それがなければ、1月対比で伸びていた計算になるそうだ。

「物価対策という名のバラマキでしょ。本当なら金融引締めをしないといけないはずなのに、インフレでさらにお金をつぎ込むってことは、インフレはまだまだ収まらないと思いますけど」

 となれば、金利はいよいよ上がるってことになるのかな。

「それはわかりません。日銀や政府にも事情というのはあるでしょうから」

 事情?

「莫大な債務を抱えていますからね。ちょっとでも金利が上がれば、利払いが大変なことになる」

 でも、金利が上がって貨幣価値が下がれば、債務も実質は減ることになるんじゃないの?

「ああ、それはそうです。極端な話、ハイパーインフレで貨幣価値をどん底に落とせば、多額の債務も消えてなくなる。ただ、そうすると、国民の財産も消えてなくなるでしょうから、政権のひとつやふたつ、簡単に吹き飛んでしまいます。そんなことはさすがにできないでしょうね、どんな豪胆な政治家だったとしても」

 とは言え、インフレが進むってことは、貨幣価値が下がることは間違いない。来年の物価が5%上がるなら、今日の1万円は、来年には10,000 ÷ 1.05 = 9,523円の価値しかないことになる。

「今さらですけど、銀行にお金を預けていたって、実質は目減りするだけってことです」

 銀行預金は額面の保証された安全資産・・・とは、デフレ下で貨幣価値が上がる世界の話であって、インフレ下では金利動向がどうあれ、いや、特に今みたいに利息がほとんどつかない中では、預けることに意味がないとも言えるわけで。

「だからこそ、普遍の価値を持つとされるGoldにお金が集まって、高値を更新し続けるんですよ」


 しばらく置いて、カレンが言った。

「インフレで貨幣価値が下がるのに、金利は上がらないってことは、現金をもつことに意味はあるんですか?」

 顧問は少ししてから

「そうですね、あなたのように疑問をもつ人が増えれば、貨幣価値は止め処なく下がるでしょうね」と答えた。そうして、珍しく長い補足をつけた。

「円という貨幣に価値があることを前提に経済は回っています。それは日本国内だけじゃなく世界中がそうです。でも、インフレが進んで、貨幣価値が下がれば、あなたが今言ったように、貨幣そのものが疑問を持たれるようになる。利上げというのは、貨幣そのものの価値を保つために、将来の減額分を補填する意味合いがあるとも言えるでしょう。インフレになっても利上げを考えないなどというのは、貨幣そのものの信用に関わる話になりかねない。仮に円に価値はないんだなんて話になれば、円で生活している国民は大変なことになる。お金がなければ、輪転機でお札を刷ればいい、不景気になったら困るから利上げなどもってのほか、なんて能天気なことばかり言ってればいいわけじゃないんですよ」


 3月24日現在、あたしのポートフォリオ

 ・1357 日経平均ダブルインバース 1,000株 2021年12月8日購入 買値388円、現在348円、評価額348,000円、含み益▲38,000円

 ・2588 プレミアムウォーターホールディングス 100株 2022年5月2日購入 買値2,370円、現在2,542円、評価額254,200円、含み益17,200円

 ・3695 GMOリサーチ 200株 2022年8月3日等購入 買値3,695円、現在3,015円、評価額603,000円、含み益▲136,000円

 ・4380 Mマート 1,000株 2022年4月18日等購入 買値853円、現在1,261円、評価額1,261,000円、含み益408,000円

 ・4971 メック 100株 2022年10月20日購入 買値2,315円、現在2,486円、評価額248,600円、含み益17,100円

 ・6777 santec 100株 2022年5月2日購入 買値1,220円、現在2,445円、評価額244,500円、含み益122,500円

 ・7808 シー・エス・ランバー 100株 2022年4月18日購入 買値3,470円、現在2,850円、評価額285,000円、含み益▲62,000円

 ・現金 88,166円

 ・評価額計 3,332,466円、含み益332,466円 含み益率11.1%


 先週、なんとか持ったあたしの持ち株は、今週はガクンと下がった。先週、値を飛ばしたMマートが元に戻ったことが大きかった。GMOリサーチから配当金が入って、手持ち現金がいくぶん増えた。


「けっこう下がってるのね、あちこち」

 カレンが新しい四季報に貼った付箋紙から、めぼしい銘柄をチェックしている。

 ワールドベースボールクラシックに夢中だったあたしは、まだあまりチェックできてないというのに、この子は。

 ・1417 ミライト・ワン

 ・1712 ダイセキ環境ソリューション

 ・1925 大和ハウス工業

 ・2122 インタースペース

 ・2152 幼児活動研究会

 ・2175 エス・エム・エス

 ・2183 リニカル

 ・2317 システナ

 ・2326 デジタルアーツ

 ・2371 カカクコム・・・


「すごいな、カレン、金融の方面に進めば?」

「金融? 職業にしろって? それはちょっと勘弁かな」

「じゃあ、どこ目指すの?」

「セラは?」

「あたし? うーん、まだ全然考えられてないんだよね」

 カレンは笑った。

「でしょ? むずかしいわよね、進路って」

 でも、この子はきっともう決めてるんだろうな。口にしないだけで。

「セラ、聞いた? マリノさん、住むとこ決まったって」

「らしいね」

「いいわよね、一人暮らし」

「え、カレンも地方に行くの?」

 カレンはふふっと笑って、「冗談やめてくんない?」と真顔で言った。


 そうして、もう一度ふふっと笑って、

「それにしても、大谷ってかっこよかったわよね」

 と言った。似合わないセリフに少し驚いてると、

「記者会見見た? 岡本和真が野球ってこんなに楽しかったんだなと思ったって言ったのよ」

「へえ」

「きっとね、ずっと辛い思いで練習してきたんだと思う。でも、そもそも楽しいものだったんだってことを改めて感じたんじゃないかしら。でね」

 カレンが身を乗り出した。

「野球ってさ、こうしなきゃダメとか、ああしなきゃダメとか、監督の言うことに逆らったらダメとか、うるさいこと言われるイメージ強いじゃない」

 そう? そうかな。

「今度の日本チームって、そんな感じ全然なかったでしょ。みんな楽しんでいるように見えた。力を出せたのも、優勝できたのも、そこが一番の理由じゃないかしらって思ったの」

 カレンの目がキラキラと輝いていた。

「そういうチームなら、世界相手に勝てるんだよ。投資先もそう、あたしたちも、きっとそうなんだと思う」

 いつにないカレンを見つめながら思った。

 大谷翔平の破壊力は、やっぱハンパないわあ。

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