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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ルーカスとサラサを軸に展開するお話

恥ずかしいからと離縁された伯爵令息は商人の娘の幸せな婿になる

久しぶりなので肩慣らしに短編を書いてみました。

感覚がわからなくなっていたようで、かなり長いです。


 私は伯爵家の三男として生を受けた。

 少し歳の離れた二人の兄はとても優秀で、私は生まれた時から後継者の期待もプレッシャーも与えられずに過ごすことができた。

 間を置いて生まれた末子の私を両親も兄達もとても可愛がってくれて、「お前は好きな道を自由に選ぶと良い。応援する」といつも言ってくれていた。

 大好きで大切な家族。私は彼らのために、好きな道を選びつつも家に利益をもたらす人間であろうと努力を怠らなかった。


 学び、鍛え、興味を持った事柄を探求し、伯爵領で充実した生活を送っていた私に、12歳の時、縁談が持ち込まれた。

 相手は由緒ある侯爵家の御令嬢。一人娘で後継ぎがいないため、婿入して将来侯爵領を治めてくれる有望な男子を求めているのだという話だった。

 両親だけではなく兄達も私も、本当の目的はそれではないと理解していた。

 後継者となる男子が欲しいだけなら、侯爵家の分家から養子を取り教育すればいい。

 由緒ある侯爵家の令嬢ならば、公爵家や王家との縁を繋ぐ嫁入りを望むのが我が国では常のことだ。一人しかいない娘に婿を取らせて侯爵家に留めておくことはしない。釣り合う年齢の範疇に第二王子、第三王子、公爵家の令息が二人いた筈だ。それぞれ婚約者候補は複数いても正式な婚約者はまだ定めていなかった。

 我が国では、王家に嫁入りできるのは他国の王族か国内の公爵家、侯爵家の令嬢のみ。公爵家に嫁入りできるのは国内の公爵家か侯爵家、新興ではない伯爵家の令嬢のみと定められている。

 だから公爵家、侯爵家の夫人は後継者となる嫡男を産んだ後は娘を産むことを期待される。娘を産めない夫人は離縁されることすらあるくらいだ。


 侯爵家の目当ては我が家と縁を結ぶことで得られるであろう金銭的な支援だ。


 我が国では爵位と領地の広さは比例するが、財政状況は比例しない。

 その昔、建国の時代に大きな功績を上げた忠臣達に、建国王は公爵と候爵の地位を与え、要所に豊かで広い領地を与えた。公爵位を与えられたのは建国王の兄弟や親類、侯爵位を与えられたのはそれ以外の忠臣だと伝わっている。

 長い時を経て、かつて豊かだった土地がそうではなくなることはよくある話で、政策に不備のあった領地が廃れたままに立て直せないことも珍しくはない。

 私の生まれた伯爵家の領地は、五代前の当主の弟が温泉を掘り当て観光客や湯治に訪れる人々で賑わっているし、三代前の当主夫人が趣味の植物研究で元々特産品だった林檎を品種改良し、類を見ない蜜の多さと芳香で王室御用達となりブランド化に成功。二代前の当主の弟達は潤沢な資金で技術大国と医療先進国にそれぞれ留学し、その恩恵を故郷にもたらした。

 我が家の家族仲が非常に良いのも好きな道を選ぶ自由があったのも、こうした歴史のお陰だ。私の母も、先代伯爵夫妻の後ろ盾を得て商会を立ち上げて大成功を収め、王室御用達商会として大変羽振りが良い。

 翻って、王家が妃の実家に対し金銭的な支援をすることはないし、現在令息の婚約者が定まっていない公爵家で支援可能なほどに豊かな家は無い。


 両親も兄達も、一応は上の爵位の家からの話だから会うだけ会えば後の面倒は少ないが、縁談を受ける必要は全く無いと言ってくれた。

 会ってみて私が相手を気に入れば、私が侯爵家と縁を結んでいる間は支援しようと家族間の話はまとまった。


 侯爵家の御令嬢、アンネローゼ様は私と同い年の妖精のように可愛らしい可憐な少女だった。

 恥ずかしそうに私をチラチラと見ては目が合うと視線を逸らす様子に私は心を掴まれた。

 私は彼女を守りたいと思った。この、妖精のような少女が安心して幸せを感じていられるように、私にできることをしたいと思った。

 私とアンネローゼ様の婚約は成立し、13歳からは私も彼女と共に王都の王立学院に通うことになった。


 王立学院は、国内貴族の子女と優秀で経済的に余裕のある平民が通学する設備の充実した教育機関だ。

 寮もあるが、王都に家を持つ者はほとんど入寮せずに通学を選ぶ。私とアンネローゼ様もタウンハウスから通学していた。

 タウンハウスの場所は、公爵家と侯爵家のみが許された一等地とその他貴族で商業地を挟み離れていた。

 もっとも、修繕もままならない一等地の大きいばかりで古い屋敷よりも、羽振りの良い伯爵以下の貴族達の屋敷の方が外観も内側も豪華で使用人も多く暮らしやすい。配管や屋根の修繕まで放置せざるを得ない屋敷は本当に悲惨なのだ。

 私と婚約したことで、アンネローゼ様の暮らす侯爵家のタウンハウスには修繕の手が入り、侯爵夫妻には感謝された。

 侯爵夫人は娘を一人しか産めなかったことで、家に貢献できないと肩身の狭い思いをしていたそうだが、その娘の婚約により経済状況が改善され、久方ぶりに安眠できたらしい。

 侯爵家への嫁入りは貴族の令嬢であれば許される。男爵家出身ではあるが、当時社交界で「妖精姫」と呼ばれていた夫人と侯爵は恋愛結婚で、娘を一人しか産まない妻とは離縁するよう親類から口煩く言われても侯爵は頷かず、夫人を大切にし続けた。

 アンネローゼ様は、そんな両親の姿に憧れを抱いていた。


 恥ずかしがりやではあったが、婚約者としての定期的なお茶会では、両親のような夫婦になりたいと夢見るように語ってくれていたし、学院内でのエスコートも受け入れてくれていた。

 恥ずかしそうに視線を逸されながらも、私は彼女から確かな好意を感じられていたように思う。

 14歳を過ぎる頃から、アンネローゼ様の態度にしばしば不穏なものが混じるようになった。

 15歳で社交界デビューを果たすと、それは更に顕著になっていった。


 定期的なお茶会では一度も視線が合わず、興味なさげに顔を背けられるようになった。

 話しかけても返答は無く、何か気に障ったか訊ねると眉を顰めて溜め息を吐かれるようになった。

 夜会では婚約者としてドレスや装飾品を贈りエスコートしたが、会場に着いた途端に無言で手を振り解き離れてしまい、私とダンスをすることはなくなった。

 学院内でのエスコートは拒否され、王族、公爵家、侯爵家のグループのみと行動を共にするようになった。侯爵令嬢の婚約者と言えど、その令嬢本人にエスコートを拒否されて王族や高位貴族のグループに踏み込むことはできない。経済力は我が家が上でも、身分が上の家とトラブルを起こせば実家の手を煩わせることになる。

 私と会話をしてくれることは無くなったが、身分の高い友人達とは笑顔で楽しそうに話し、未だ正式な婚約者の定まっていない王子や令息の腕や背中に親しげに触れていた。

 16歳になる頃には私がエスコートのために触れる度に表情を歪めて強張り、必要なエスコートが済めば大急ぎで身体を離して親しい王子や令息に縋り付くようになった。

 この頃には王子や令息にも正式な婚約者が定まっていたので、婚約者の御令嬢達にはこっそりと苦言を呈された。


「妻の手綱も取れないようでは侯爵領を治めることなどできなくてよ」


 婚約者同伴で招待される社交の場で恒例のように囁かれるようになった苦々しい台詞に、私は誠意を込めて謝罪を繰り返した。

 定例のお茶会でアンネローゼ様に、婚約者のいる男性に無闇に触れるのはよろしくないのではないかと告げると、ムッとした顔で睨まれて勢いよく顔を背けられた。

 その後の状況は更に悪化した。

 学院内でも婚約者のいる王子や令息の腕に抱きついたり、人目のない庭園の木陰で王子の一人に抱き締められていたと噂が流れたり、公爵令息と商業地域で腕を組んで歩いていたことを複数の生徒に目撃されたり、夜会では何度も王子や令息と手を取り合って夜の庭園やバルコニーに消えた。


 侯爵に相談し、アンネローゼ様が望まれていないようなので彼女の幸せのために婚約を解消してはどうかと進言したが、考え直すように説得された。

 歳の近い王子や令息達は幼馴染みゆえの親しみを持っているだけで触れることに他意は無い、学院や社交の場での私の不誠実な態度に傷ついて淑女らしからぬ振る舞いをしてしまうだけだと言われた。

 心当たりが無く、私の不誠実な態度とはどういうものかと侯爵に訊ねると、言い渋りながらもアンネローゼ様が不快に思っている「不誠実な態度」を聞き出すことができた。


 アンネローゼ様は、私が学院でも社交の場でも、アンネローゼ様以外の女性に話しかけることも話しかけられることも、視線が合うことも笑顔を向けることも不誠実と感じ不快に思っているそうだ。

 侯爵が言い渋ったのは、貴族の男性として、私がアンネローゼ様の意に沿うよう不快にさせずにいるのは不可能だと理解しているからだった。

 挨拶も事務的な会話も女性としてはならないのでは、学院で学ぶことも社交も不可能だ。当然、将来的に侯爵領を治める仕事も不可能だ。

 私が学院も退学し、外出もせず、アンネローゼ様だけを視界に入れてペットのように彼女に侍れば満足してもらえるのかもしれないが、いくら彼女を安心させ幸せを守りたいと子供心に誓った私でも、そんな人生は望まない。私の両親や兄達も、私が望まない限りは許さないだろう。

 私にはアンネローゼ様を不快にすることしかできないようだから、やはり婚約を解消してはどうかと提案したが、侯爵は娘によく言い聞かせるから考え直してほしいと言った。


 侯爵の説得が功を奏したのか、アンネローゼ様の態度は多少改まった。

 お金目当てで縁を結んだ身分が下の婚約者に満足できず、複数の他人の婚約者を略奪しようと擦り寄る品の無い令嬢。そんな噂を流されているアンネローゼ様に流石に危機感を抱いたのか、侯爵夫妻が随分と厳しく言い聞かせたらしい。

 他の男性に不適切な距離感で接触することは無くなり、彼らの婚約者達からの苦言も収まった。

 私との会話が無いのもエスコートの度に顔を歪め身体を強張らせるのも変わらなかったが、夜会では嫌そうな表情ながらも私とダンスを踊ることもあった。

 私は本当に彼女を大切に思っていたし、守りたかった。他の女性に目を向けたことも一度も無い。

 けれども、だからこそ、金銭援助のためだけに耐えて私と婚約を続けているであろうアンネローゼ様が哀れで悲しかった。

 彼女を心のままに自由にしてあげたい。望まぬ男に金で買われるような人生を送らせたくはない。そう思った。


 私とアンネローゼ様は学院を卒業したらすぐに結婚することになっていた。

 どうにかそれまでの間に、我が家の援助が無くとも没落を止められるように侯爵家を立て直しできないかと、私はそれまで以上に尽力した。

 だが、力及ばず、卒業までには巨額の負債を整理する目処が立っただけだった。


 卒業式の後、私とアンネローゼ様は結婚式を挙げた。互いに書類にサインをし、正式な夫婦となってしまった。

 解放が間に合わなかったことで私は覚悟を決めた。アンネローゼ様は私が幸せにするのだと。いつかは望んでもらえる男になろうと。

 だが、誓いの口付けはベール越しや手ですら嫌だと侯爵伝てで言われ、跪いて手袋を着けた手を取り、キスをする真似だけをすることになった。

 結婚式の誓いの口付けですらそうなのだから、初夜など以ての外だった。

 内側も外側も修繕が完了し、すっかり見違えた侯爵家の屋敷に婿入した私とアンネローゼ様の部屋は遠く離され、彼女の部屋の鍵も私には渡されなかった。

 屋敷内ですれ違っても言葉も視線も交わしてもらえなくとも、食事も常に別々だろうと、相変わらず必要なエスコートの際には顔を歪め身体を強張らせられようと、私は私が彼女のためにできることをしようと思った。


 侯爵家が健全な経済を取り戻すために身を粉にして駆けずり回る内に、結婚して三年が経っていた。

 アンネローゼ様の態度も私の生活も何も変わっていなかった。

 そうなれば当然、結婚して三年の月日が過ぎようと、子が授かる筈もない。

 侯爵家の親類だけではなく、交流のある王家や公爵家や侯爵家からも「婿を変更してはどうか」と度々言われるようになっていた。

 アンネローゼ様の侯爵家の立て直しは大分進んでおり、あとは維持できる人間がいれば次代で盛り返せる見通しがついていた。

 それを面白くないと考える他の高位貴族の家が、功績者である私を引き離したいという思惑があることは知っていたが、侯爵は私を失うことを恐れ、「まだ若いのだから」と躱していた。


 だが、躱し続ける侯爵に焦れた周囲は口撃のターゲットを変えた。

 侯爵最大の弱点である溺愛する夫人にだ。

 夫人が娘を一人しか授かれなかったから、その娘であるアンネローゼ様も結婚して三年も経つのに子が授からないのだ。そういう可哀想な体質を受け継いでしまったのだ。と。

 侯爵は私とアンネローゼ様に夫婦としての実態が無いことを知っていた。

 このままでは子など授かる筈が無く、最愛の妻が悪意に晒されてしまうことを避けたい侯爵は、娘を説得することにした。

 執務室から所用で出たところで、僅かに開いたサロンの扉から父と娘の激しく言い争う声が聞こえた。

 盗み聞きするつもりは無かったが、激高する二人の声は大きく、扉の前を通り過ぎる間だけでも会話の一部は聞こえてしまった。


「このままでは後悔するのはお前だぞ!」

「だってしょうがないでしょう! 恥ずかしいんだもの! 絶対に嫌!」

「夫婦になって三年も経つんだぞ! いい加減に覚悟を決めろ!」

「無理よ! 触れられるのも無理なのよ⁉ 子作りなんて絶対に死んでも嫌!」

「ここまで我が家を立て直してくれた彼に報いる気は無いのか⁉ 責められるのは婿入した彼なんだぞ!」

「伯爵家の三男がお父様の後を継いで侯爵になれるんだから十分でしょう! わたくしが恥ずかしい思いを我慢してまで子供を作る必要なんて無いわ! 養子の候補なら分家にたくさんいるじゃない!」


 もう、駄目かもしれないと初めて思った。

 12歳でアンネローゼ様と婚約をしてから色々な事はあったが、侯爵に婚約の解消を提案した時でさえ、努力と歩み寄りで事態は改善できると考えていた。

 言い様のない無力感と虚しさに押し潰されそうだった。

 私はアンネローゼ様にとって、触れられるのも無理で死んでも子作りなど嫌な男なのだ。

 子供の頃に私に向けられていた恥じらいは、もう何年も前から「恥」の種類が変化していたのだ。伯爵家の三男に過ぎない私が侯爵家のアンネローゼ様の婚約者であるなど恥ずかしくて不愉快で堪らなかったのだろう。

 名と実が逆転する場合の多い我が国の貴族の勢力図ではあるが、建国以来の高位貴族に名を連ねる貴族家にはプライドが高く血筋と爵位が全てと考える方達も多い。

 アンネローゼ様も、そうだったのだろう。

 私自身が無価値だと嫌悪され冷たくあしらわれるのは辛くても耐えられた。

 だが、私の大切な家族を侮辱する本心を隠していた彼女に尽くして彼女の家を盛り立てる未来は見失ってしまった。


 その日の夜、侯爵の私室に呼び出され、アンネローゼ様と離縁する旨を記載された書類にサインするよう促された。

 サインに抵抗する気は無かったが、虚ろな目のまま詳細な条件を確認して違和感を覚えた。

 私や私の実家に非があっての離縁とされたり慰謝料等を請求されては堪らないと考えての確認だったが、そのような内容は一つとして見当たらなかったのだ。

 窺うように侯爵を見つめると、嘆息して目を伏せながら声を絞り出すように話した。


「君も知る通り、我が家には君に慰謝料を支払う余裕が無い。妻に似た娘を甘やかしてしまった私に非があるのは承知だが、どれだけ愚かでも、せめて貴族用の修道院に入れられる体裁は失わせないでやってくれないか」


 侯爵は私に恩を感じているのだろう。それに、私と共に負債を整理し領地を立て直す過程で、私も私の実家も、爵位が高いだけの家が捻じ伏せられるような相手でも敵に回して無事に済む相手でもないことを理解したのだろう。

 本来、事実に則って離縁するならば、非はアンネローゼ様にあることを公表し、私との婚約と結婚により得ていた伯爵家からの援助を全額返済し、私への慰謝料も支払わなければならない。

 だが、それをすれば侯爵家は私とアンネローゼ様が婚約を結ぶ前以上の負債を抱えて破滅する。貴族用の修道院に身を寄せるには高額の寄付金が必要だ。一般的な修道院でさえ、一定額を貯めてからでなければ駆け込んでも受け入れてもらえない。

 身一つで行き場の無くなった女性を受け入れる修道院は、食料のみならず衣服や道具に至るまで完全な自給自足を行い、安らかな死のために眠りを削って祈り続ける、監獄よりも厳しいと恐れられる所くらいだ。


 そして寄付金の不足だけの問題ではなく、犯罪行為に手を染めた女性は貴族用の修道院には幾ら積んでも入ることはできない。これは、他の高貴な血筋の修道女を守るための絶対の規則で例外は認められない。王家の姫が身を寄せることもある場所だからだ。

 私との離縁でアンネローゼ様の非が明らかにされた場合、私への虐待を「犯罪行為」と見られるだろう。ここで「虐待」と呼ばれる行為は殴る蹴るだけではないからだ。

 子供や使用人、自分より爵位の低い家に生まれた夫など、抵抗の難しい相手を、長きに渡り無視したり立場を失わせるような振る舞いを続けたり、対価を払わず労力や能力を搾取することは虐待と認められる。


 侯爵がサインを求めた離縁のための書類は、双方合意の下に円満な婚姻の解消であり慰謝料等は発生しない旨が記載されている。

 必要なサインは、婿入り先の当主である侯爵のものと私のものだけで、当主健在の今ならアンネローゼ様のサインは必要無い。

 書類に侯爵のサインは既に記入済みで、正式な書面ではなく個人的なものであるがと添えられた便箋には、長年の私の尽力と伯爵家の援助に感謝の意を示すとともに、私の後ろ盾となれなかったことへの謝罪、今後の私の活躍を遠くで祈ると丁寧な文字で綴られていた。

 彼は私とアンネローゼ様を離縁させた後は、私とも私の実家とも関わるつもりは無いのだと分かった。


「ここまでありがとう。我が侯爵家は遠からず天罰を受けるだろう。愚かな娘から逃がすのが遅くなってすまなかった」


 サインをして便箋を懐にしまい、すぐに部屋を出た私には、閉じた扉の向こうで呟かれた侯爵の懺悔が届くことはなかった。




◆◆◆◆◆




 離縁された私は伯爵領の実家へ戻った。

 両親も兄達も義姉達も怖いくらいの笑顔で怒っていたが、侯爵からの個人的な言葉を綴られた便箋を見せると、微妙な顔で溜め息を吐いて侯爵へ同情していた。

 しばらくは甥や姪に勉強を教えたり鍛錬に付き合ったりしていたが、ふとした瞬間に己の無価値さを突き付けられたように感じてしまったり、無力感に苛まれることが辛くなり、仕事を探しに王都に出ることにした。

 実践で没落間際の侯爵家の立て直しを経験することはできたが、普通の職種にそれらの何をどう応用できるのか判断しかね、結局大きな商会の求人に応募して面接に行くことにした。


 私は12歳でアンネローゼ様と婚約するまでは、母が立ち上げた商会に三日と開けず出入りして、遊び方を教わるように商品価値の見極め方を教わっていた。

 母の商会で扱うのは、伯爵家と母個人の広い人脈と伝手を使って集めた付加価値のある一点物のアンティークだ。

 衣装、装飾品から家具や道具、実用品に楽器に芸術作品等々。栄華を極めた亡国の王族の秘蔵品や死後百年以上経ってから脚光を浴びた職人や芸術家の作品、完品としては唯一の古代技術国家で作られた精密な時計に、持ち主に危機が迫ると変色して報せ何度も命を救った逸話のある宝石。母の商会で扱う商品どれもがオークションに出品されれば目玉を張れる逸品だ。

 扱う商品の性質上、偽物が持ち込まれることも多かった。そこで真贋を見抜く目を専門家達と一緒になって夢中で鍛えた。お陰で商品の真贋を見抜く目には自信があるし、商品価値の計算にも一目置かれている。


 ───人の心の真贋を見抜く目は無かったし、自分の価値の計算はできなかったようだが。


 また沈みかけた気持ちを叱咤して、私は面接が行われる部屋の扉をノックした。


「え、ホントに当馬令息だった」


 入室を許可する返事があったので扉を開けて中に入ると、思わずといった体で中の人物が呟いた。

 ああ、そうか。そう言えば、この商会の令嬢は学院の同級生だった。裕福な平民の子女であり、私と学年首席を争う才女でもあった。

 「当馬令息」とは当時、学院内の平民の生徒達に密かに付けられていた私のあだ名だ。貴族達の噂や陰口とは違い、ストレートに揶揄する形のあだ名だと思う。ちなみにアンネローゼ様のあだ名は「真実の愛令嬢」だった。愛の狩人アンネローゼ様が真実の愛を手に入れるために当馬として用意した婚約者が私らしい。

 アンネローゼ様が悪く言われているわけではないから特に気にしてはいなかったので、今まで忘れていた。


「す、すみません!」


 口を両手で覆って青褪める女性に私は微笑んで緩く首を振った。


「いいえ。今まで忘れていましたし、当時も気にしていませんでしたから。面接に招かれたと言うことは私の生まれや経歴は雇用を躊躇う要因にはならないのでしょうが、実際に知人であることを確認して『当馬令息』は無理と思われましたか?」


 また自分が無価値だと突き付けられるのだろうかと、滲む卑屈さを冗談の口調に紛らわせると、目の前の女性は前に出した両手と首をもげそうなほどブンブンと振って否定する。


「とんでもない! 貴方ほど有能な方に本当に我が商会に入っていただけるなら願ってもないことです!」


 そして、首と両手を落ち着けると不安そうに訊ねてきた。


「でも・・・うち、平民ですよ? 確かに従業員には貴族家の方もいますけど、えーと・・・あの・・・実家に戻られたんですよね?」


 商人は情報力が命だ。とっくに私とアンネローゼ様が離縁したことは耳に入っているのだろう。そもそも、応募する際に書いた名前で伯爵家に戻っていることは推測されている筈だ。


「はい。もう侯爵家の後継者ではありませんから職を探しています。そちらが私の出自を問題とされないのであれば、私も私の実家も雇用主の身分は気にするところではありません」


 私の話に真剣に耳を傾けていた彼女は、一瞬痛ましそうな顔をしたり悔しそうな顔をしたり何かに納得し決意するような顔をしたりと百面相を披露した後、力強く頷くと右手を差し出した。


「ディライア伯爵夫人の商会で鍛えた目利きの力と、没落待った無しの侯爵家の巨額負債を四年で完済させた天才的管財能力に期待しています。ようこそ我がリオネル商会へ。私は王都副支部長のサラサ・リオネルです」


 私の力に期待、その一言がひどく心に沁みた。

 差し出された手をしっかりと握り返し、改めて名乗る。


「商品の目利きとお金の計算は得意分野です。ディライア伯爵家三男、ルーカス・ジーン・ディライアです。これからよろしくお願いします、サラサさん」


 上司になるとは言え、貴族の男に様付けで呼ばれるのは却って外聞が悪いだろうと「さん」付けで呼ぶと、彼女は目を丸くした後はじけるように笑った。


「あはは。敬語もさん付けも不要だよ。一応大商会の幹部らしい挨拶をしたけど、うちは仲間同士であんまり丁寧な言葉で話していないのよ。身分も職位も関係なく、ね。商売に関することで議論が白熱したら乱暴な口調で怒鳴り合いになったりもするし。驚くだろうけど慣れてね?」


 急に砕けた口調、明るい笑顔に隠す見極める目。私を本当に仲間にできるか見定めているのか。

 久しぶりに、母の商会で専門家達と商品を見る目を競い合ったワクワク感を思い出した。

 彼女に仲間と認められれば、己の価値を思い出す機会に巡り会える気がした。


「慣れるように引っ張り回してくれ、サラサ。私はよく働くよ?」


 破顔したサラサのヘーゼルの瞳に、もう探る意図は無い。


「大歓迎よ! ルーカス」


 こうして22歳になったばかりの若造ながら、私は第二の人生をスタートさせた。




 第二の人生は見るもの聞くもの会う人全てが新鮮に感じられたが、私が馴染むのに時間はかからなかった。

 リオネル商会には貴族家出身の者が私の他にも数多く在籍していた。私のように嫡男ではない伯爵以下の爵位の家の男性だけでなく、娘を何人も産めなかったからと離縁された高位貴族の元令嬢や、下手に爵位の高い家の次男三男に生まれたため家から自由な結婚を許されず出奔した元令息。

 私の「訳あり」具合など霞むような過去を持つ彼ら彼女らが、実に生き生きと目をギラつかせて金儲けに奔走していたのだ。


「ルーカス! この袋の中身分別して値段割り出してくれ!」


 ジャラリと音のする革袋を投げて寄越したのは元公爵令息だ。今は商会で出逢った平民の女性と賑やかな家庭を築いている。奥さんは三人目の子供の育児休業中で、彼は上の子供二人の面倒を見るために夕方になれば全力疾走で帰宅する。

 革袋にピンで留められた「自称レッドダイン産」の文字を見て苦笑を洩らし、袋を開けて本物の選別から始めた。

 レッドダインはサファイアの鉱山がある岩砂漠の地域だ。人間が住める環境ではないが、大粒で質の良いサファイアが採れることで有名だ。特に紫色のスターサファイアは大きさによっては城が買える値段が付くと言われている。

 高価で有名なので偽物の流通も多く、駆け出しの鑑定人では見破ることも難しい巧妙なイミテーションも作られている。いっそイミテーションとして売り出した方がコレクターに結構な高値で売れるのだが、犯罪者はあくまで本物の対価を騙し取りたいらしい。


 今回の「自称」には小粒でも本物が三つ入っていたからマシな方だろう。先日の「自称ミッドブルー産」には子供の玩具レベルからコレクター向けの一級品まで偽物しか入っていなかった。

 ミッドブルーは入口が深い青の地底湖からのルートしか無いルビーの鉱山だ。最高級品が掘り出されるが採掘に危険が伴い量が採れない。

 王族や大金持ちから注文を受けて命懸けの採掘に赴き、ついでに掘り出せた注文外の石を依頼主以外に売ったものが市場に出回るが、ほとんど幻の品と言っていい。


「こっちのイミテーションはどうすれば一番儲かる?」


 偽物もランクごとに分けていると、背中に伸し掛かるように興味津々で覗き込む筋肉の塊。私と同じ伯爵家の後を継がない息子であり、騎士隊で働いているところを見初められて娘が三人いる侯爵家の嫁入りしない次女に婿入りしたが、中性的美形の子爵令息に心を移され離縁されたそうだ。

 離縁されたことで次期侯爵の道は閉ざされ、騎士隊の見学が好きな元妻から騎士隊に戻らないことを条件に手切れ金を渡されたため、それを元手に王都郊外に小さな一軒家を購入してリオネル商会に就職した。家には二匹の猫が待っていて、「女はしばらくいい」らしい。


「コレとコレはイミテーションと明記して展示イベントで招待客に売ればいい。こっちは細工も芸術性が高く産地偽装しているだけで本物のサファイアが材料になっている。最上級のレッドダイン産のイミテーションとしてオークションに流せば最低でも五本は取れる。あとはアクセサリー雑貨かペンの飾りの素材に回した方がいいだろう」


 私の意見にニヤリと厚い唇を歪めると、筋肉の塊がオークション担当者との打ち合わせに走る。

 私は展示イベントの担当者を呼んで価格設定を話し合い、素材は制作部門に回した。

 アクセサリー雑貨の制作部門には元貴族令嬢が複数いる。淑女教育仕込みのセンスは平民出身の手先の器用な職人達のヤル気を上げているようで、よく意見を戦わせながらヒット商品を生み出している。


「修道院で刺繍に明け暮れるより楽しいし生産的だわ」


 と、彼女達は逞しく笑う。


 そんな日々を過ごす内、私が最初に自分の変化に気付いたのは味覚だった。

 ある日、王都のタウンハウスに帰宅して食べた夕食を「美味しい」と感じたことに愕然とした。

 私は一体いつから食事を味わうことを忘れていたのだろう。

 子供の頃、家族で囲む食卓はいつもとても楽しみで、好き嫌いの無かった私は家の食事が大好きで何でも美味しいと食べていた。

 このタウンハウスから学院に通っていた頃と料理人は変わっていない。いつも彼らは私の健康を考えながら、季節の物や取り寄せた故郷の特産品などで素晴らしい食事を用意してくれていたのだ。それはしっかり記憶に残っているのに、味はまるで思い出せない。

 婿入り先の侯爵家の食事も、きちんと配慮された上質なものだったことは覚えている。けれど、妻に避けられながら一人で取る食事に生命の維持以外の意味は無かった。

 茶も、酒も、何一つ味を思い出せない。

 味を感じることを忘れてしまっていたのだ。


「やっと帰って来た気がする。とても美味しい。ありがとう」


 呆然としながら給仕に立つ壮年の執事に告げると、彼の目に光るものが浮かんだ。

 その日の夜は、厨房で号泣する料理人達が乾杯を繰り返していたらしい。


「ルーカス、顔色が良くなってきたわね」


 サラサの執務室に報告書を持って行くと嬉しそうに言われた。


「そんなに悪かった?」

「ええ。死人みたいだったわよ。酷いものだったわ。生者の世界に戻ってきた?」


 ああ、そうか。

 私は、ずっと自分を殺して来た私は、きっと一度死んでしまっていたのだ。死んでしまったから自分を無価値だと思い込んでいた。生きていた頃の自分には価値があると感じていたから。

 第二の人生。あの時そう自分に言い聞かせたのは本能だ。

 殺し続けて一度死んだ自分を、もう一度生かすため。失った自分を、自分が生きていてもいいのだと思える価値を、取り戻すため。

 気がつくと、世界に鮮やかな色が付いていた。

 今までも色の認識は正しくできていた。けれど、それは判別のための認識に過ぎず、色彩を鮮やかに感じることなど忘れていた。

 子供の頃、時間とともに色を変える故郷の空を飽きることなく眺めていた気持ちを、もう一度思い出すことができた。


「ルーカス? 嬉しそうなのに悲しそうな顔してるわよ?」

「忘れていたことさえ忘れてしまっていたことが、他にもたくさんあるような気がして」

「でも何か一つ思い出したのかしら? だから嬉しいの?」

「うん」


 いい年をして子供のような返事をしてしまったことに顔を赤くすると、サラサはポケットから紙に包んだキャンディを取り出して私の唇に押し当てた。


「嬉しくなれることを思い出したご褒美。未発売の新商品よ。感想聞かせてね」


 商人らしい物言いに思わず笑うと、開いた口の中にすかさず包み紙を剥いたキャンディを放り込まれる。

 ミルク味だがハーブで風味を付けているのでくどくない。甘みには高品質の蜂蜜も使われているだろう。原料費は結構張りそうだが購買層を考えて宣伝すれば流行を生めるレベルの品だ。それに、このキャンディとキャラメルの中間くらいの柔らかさを出すには試行錯誤と高い技術が必要だったことも窺える。


「ルーカス・・・一気に商売人とか研究者の顔に戻ったわね」


 じとりとした目で呆れたように言われ、キャンディを片方の頬に入れたまま首を傾げると、何故かサラサが顔を赤くして悶え始めた。

 どうしたのかと慌てると、「可愛い、リスみたい、ヤバい、可愛い」とブツブツ呟いていた。

 出戻り成人男性に可愛い要素などあっただろうか?


 後日、仕事の合間に「出戻り成人男性が含有する可愛い要素」について訊ねてみると半眼で睨まれた。


「俺さ、ルーカスの三年上で学院にいたんだけどさ。お前、俺の学年にまで聞こえる有名人だったんだよなぁ」


 学年首席は入学から卒業までキープしていたし侯爵家に婿入りが決まっていたから、他学年でも貴族家の生徒に知られていても不思議は無い。


「なーにトボけた顔してやがんだ。お前、可哀想可愛いでお姉様方に大人気でファンクラブもあったんだからな」

「初耳だ」

「うわ無自覚。お前、自分の髪と目の色分かってる? ついでに顔の造りとプロポーションと実家の財力自覚してる?」


 何を言っているんだ?

 怪訝な表情を自覚していると、うんざりした顔で頬杖をつかれた。


「お前さー、銀髪にアイスブルーの目で一見冷たそうな色合いだろ。で、14歳くらいからぐんぐん身長伸びて細身で手足の長いスラリとした高身長野郎の仲間入りを果たしたわけだ。そんで常に学年首席の頭脳を持つ数多の天才を輩出した財力ぶっちぎり国内トップの伯爵家の御令息。かと言って傲慢でもなけりゃ他人を見下しもしねぇ人当たりの好い言動で物腰柔らか。顔の造りは色合いの冷たさを裏切るぱっちり垂れ目でまつ毛バサバサの可愛い系イケメン」


 え? イケメン? 言われたことが一度も無い。

 成長期に一気に伸びた身長は男性の平均値を超えた。髪と目の色は生まれた時から変わらないから知っている。実家は国内トップの財力を持ち、天才と呼ばれるに相応しい功績を残した先祖は何人もいる。

 自覚できる事実は置いておいて、私がイケメン? 可愛い系イケメンとは何だ? 可愛いとイケメンは同時に成立するのか?


「でさー、お前の婚約者の評判の悪さが余計にお前の人気を高めててさー」


 アンネローゼ様の悪い噂が流れたのは、他人の婚約者である王子や令息と親密に触れ合う場面を目撃されるようになってからだろうか。

 自ら婚約者の悪い噂を消す努力もせず、アンネローゼ様に忠告をするだけだった私の不甲斐無さを申し訳なく思っていると、初耳の話が次々と流れ込んできた。


「お前の婚約者、お前に下心なく常識的に挨拶しただけの自分より下位の令嬢達に、幼馴染みの高位貴族の息子や王子を使ってイジメやってたんだよなー。婚約者が定まる前は気のある素振りをさせてこっ酷く振って恥をかかせて心を折るとか、令嬢の兄弟に脅しかけさせるとか。デビュタントの後は社交の場で文字通り社交辞令を交わしただけでターゲットだし、ダンスなんかした日には幼馴染みの坊っちゃん方の手下にギリギリ嫁に行けるか行けないだろうって辱めを受けてたってな。まぁ、みんな休学後に復帰してちゃんと嫁に行ったからんな顔すんな。お前のせいじゃねぇし、ご令嬢方もお前のことは恨んでねーよ」


 耳に入った順に理解するよう努めているが、脳の反応が自分のものだと思えないほど常より鈍い。

 血の気が全身から引いていくのに遅れて気がついた。


「お前の当時の婚約者の被害に遭ったご令嬢達もさー、分かっててお前に近づいたとこもあるんだよ。んなとんでもない女からなら優良物件のお前を奪えるって野心を持った令嬢もいたし、ファンだから青春の記念に踊ってみたかったって子もいた。だからお前が気にする必要はねぇんだよ。何しろそれぞれ嫁入りして子持ちになった今でも『被害者の会』なんて深刻な名前で定期的に集まっちゃ、お前の可哀想な可愛さを萌え語りしてるご婦人方だ。罪悪感を感じるだけ虚しいぞ」


 可哀想な可愛さ・・・は何となく理解できたとして、萌え語りとは何だろう。

 いや、それよりも、アンネローゼ様は一体何がしたかったのだろう。私のことは恥であり、触れられるのも無理で死んでも子作りは御免な嫌悪する金のためだけの婚約者だった筈だ。

 他者への行き過ぎた牽制など無用だっただろうに。それとも、牽制にかこつけて女性同士の権力誇示行為で優位に立ちたかったのだろうか。

 今となっては知る術も無い。婚約者の時も夫となっても、会話などほぼ無かったのだから、当時を思い起こしても真意を推し測ることもできない。


「お前にも酷い態度だっただろ、あの婚約者。あれでもお前の前では猫被ってたんだぜ。女しかいねぇ場を覗いたらドン引きだったわ。で、どんだけ虐げられても他の女の誘惑に靡かないお前の評価は爆上がりだったんだよなー」


 誘惑・・・されてたのか? いつ? どこで? 誰に?


「うん、お前が無自覚だったことは分かった。お前は決まった相手がいる限り、相手がどんなクソアマだろうが浮気なんざ考えもしねぇ真面目人間だ。何を言われようがされようが誘われてるなんて思いもしねぇで無かったことにしてスルリと躱しやがる。そういうところも人気が高かったんだよなぁ。自分の浮ついた婚約者や恋人と比べて溜め息ついてるお嬢さん方が大勢いたぜ」


 決まった相手がいる限り、他を見る必要がどこにあるのだろう。

 浮気や心変わりをする人間がいることは知っているが、私の育った身近には見当たらなかった。実家を出てきたばかりの頃は、王都は都会だからその手の話が多いのかと本気で思っていたくらいだ。

 今はもう、そういう関心を持つのは人によるのだと知っているが。私自身がそれを「柔軟な考えだ」と自分の生き方に取り入れる気は全く無い。


「結論としちゃぁな、お前は歳を取ろうが婚姻歴のある出戻りだろうが、基本の性質は変わっちゃいねぇし相変わらず冷たい色合いなのに垂れ目でまつ毛バサバサの長身イケメンだ。可愛いんだよ。女にとっちゃ。今は更に属性進化してるからなー」

「属性進化? 何だそれは」

「容赦ない儲けテクを乱発するエゲツない商人でありながら胡散臭くない純真スマイル。無自覚あざとい可愛い仕草で頭は良いくせに抜けてる下世話な類の一般常識。全部計算だったら恐ろしいわ」


 よく分からないが褒められていないことは理解した。

 だが、そうか。結論として、私は出戻り成人男性だとしても可愛いと受け取られる機会を用意できるということか。


「うっわ、お前、すっげぇ悪い顔してんぞ。何企んでんだよ」


 同僚の引き攣った顔に視線を戻し、私は清々しい気持ちで心からの笑みを洩らした。


「ありがとう。今後の方針を立てる参考になった」


 何故か真っ青な顔で拝まれたが理由が分からない。




 リオネル商会で精力的に仕事をこなす日々はとても充実していた。

 子供時代に戻ったような、いや、それ以上に心躍る日々は、目的をはっきりと自覚して持ったからだろう。

 どんな仕事にも遣り甲斐を感じ、想定以上の結果を出すことができた。己の価値と能力を上方修正し、無力感に苛まれ悪夢に魘されることは無くなった。

 私は再び自分自身を認めることができるようになった。

 食事は美味しく、仲間と飲む酒も休憩中に口にする茶も味わって楽しめる。

 天気や季節の移り変わりに風が運んでくる匂いに心が浮き立つ。

 肌触りの良いリネンで安眠して翌日の英気を養い、目が覚めて窓から朝日を眺め眩しさに目を細める。

 私は生きている。

 生きていてもいいのだ。


 実績と信頼を築き上げ、商談の場に伴われることが増えた私はサラサの専属秘書になった。

 いつでも傍にいる彼女は、私が声をかけるとヘーゼルの瞳を緩やかに一度瞬き視線を合わせてくれる。

 マホガニーの艷やかな髪を揺らして相槌を打ってくれる。

 女性にしては低めの耳に心地よい声で私に向けて話してくれる。

 エスコートに差し出した手を躊躇いなく取ってくれる。

 ならず者の気配に腕を引き寄せ抱きしめて庇っても嫌な顔もせず身を任せてくれる。


 サラサには現在、恋人も婚約者もいない。

 独身主義者なのかと雑談に紛れて訊いてみたが、そうではないと言っていた。

 大きな仕事が一段落した日、休憩のために人払いしたサラサの執務室で私はずっと言いたかったことを口にした。


「サラサ」

「ん? 何? ルーカス」

「サラサには私のことをジーンと呼んで欲しいんだ。駄目かな?」


 ソファに座って然程変わらなくなった目線。首を傾げ上目遣いで問うた。


「はうぅっ、あざと可愛い!」


 こういう仕草や言い回しがサラサに有効だと知ってからは、恥も外聞もなくここぞという場面で己の外見を利用してきた。今も効いている。成功・・・してくれ。頼むから。


「サラサ?」

「ぐはぁっ」


 向かい合ったソファで悶えて転がっているサラサに駄目押しで眉を情けなく下げてみれば、心臓の辺りを掴んで雄々しいうめき声を上げた。大丈夫だろうか。

 段々と不安になってくる。失敗だろうか。諦める気はないが、出直した方がいいだろうか。


「ねぇ・・・意味、分かってる? ジーンてルーカスの家族しか呼んじゃいけない名前だよね?」


 真っ赤な顔で恨みがましく私を睨み上げるサラサは、とても可愛いと思う。


「うん。サラサ、私と家族になるのは嫌? 駄目?」

「駄目なわけあるかーっ‼」


 男前な叫び声も可愛くて堪らない。

 言質を取ったから素早くサラサを捕獲して、用意してあった指輪を貴族女性よりしっかりした素敵な指に通した。勿論、左手の薬指だ。


「え・・・コレ・・・うわ、自分の商人の目が恐ろしい価値を伝えてきて震えるんだけど」


 サラサの髪の色に合わせたミッドブルー産のルビーを、私の髪の色と同じ古代帝国のアンティークプラチナのリングと台座に嵌め込んだ指輪は、この世に同じ物は無い。真似て作ろうとしても不可能だ。古代帝国のアンティークプラチナは現代には鉱脈が残っていないのだ。色から便宜上アンティーク「プラチナ」と呼ばれているが、実際はプラチナではない。

 この世界に魔法という技術と文化があった遥か遡った時代に、魔力を通す媒介として使われていたと伝わっている。

 プラチナのように見えるが、自ら発光して陽光の下と人工の光の下でゆらりと色合いを変える。身に付ける者に強力な守護を与えるとも言われる摩訶不思議な金属だ。


「返品は受け付けないよ?」


 固まって指輪を凝視するサラサの頬をスルリと撫でると、我に返ったのか勢い良く顔を上げて私としっかり視線を合わせた。


「それはこっちの台詞! 私を返品しようったって絶対に無理だからね、ジーン!」


 溢れる喜びで我を忘れる、そんな体験が本当にあるなんて想像していなかった。


「ちょ、ジーン、苦しい。細いくせに怪力だな。ぐえぇ・・・って、・・・泣いてるの? ジーン」

「わからな・・・い」

「もぅ、ほんと可愛いよねぇ」

「私にとってはサラサが可愛い人」

「・・・計算じゃない天然爆弾来た」


 サラサを抱きしめながらぐすぐすと鼻を鳴らして涙を流し頭を撫でられる。

 やっと、やっと手に入れた。嬉しい。


「ねぇ、ジーン」

「何? サラサ」

「貴方、私を捕まえたと思ってるかもしれないけど、貴方が私に捕まったのかもしれないよ?」

「いいよ。一緒になれるならどっちでも同じ」


 撫でてくれる手にうっとりとして答えると、サラサがニヤリと不穏な笑顔になった。


「そう。じゃあ遠慮なく新婚生活の憂いを掃除するわ」

「え? 憂いがあるの? それなら私が片付けるよ」

「怖い顔しなくていいのよ。協力はしてもらうけど準備はできているし、これは私のケジメなの」


 憂いの掃除を自分の手ですること自体がサラサの憂いを払うことなのかもしれない。

 了承の意で頷くと、サラサが楽しげに宣言した。


「まずは各新聞社に連絡招集ね。派手にブチ上げるわよ」


 悪巧みをする顔も、本当に可愛い。楽しそうで何よりだ。


 派手にブチ上げるの宣言通り、各新聞社は一面で私達の婚約を大々的に取り上げた。

 サラサは国内最大手のリオネル商会の跡取り一人娘。私は貴族の中で最も強大な財力を持つディライア伯爵家の三男。王室御用達でもある母の商会との連携もあるのかと、騒ぎは水面下では留まらない。

 単純な財力だけならリオネル商会もディライア伯爵家も既に我が国の王家を超えている。

 建国以来の定めを覆せないために、伯爵家であるディライア家や平民のリオネル家を婚姻によって王家に取り込むこともできず、こちらに叛逆の意思は無いと中央の政治や王宮の要職から離れて各々好きな商売に邁進していたから見逃されてきた両家が姻戚関係となるのだ。

 王家も侯爵以上の高位貴族達も疑心暗鬼で気が気ではないだろう。


 政治的、経済的思惑から慌てふためく人々とは別に、政治や経済に無関心なタイプの若者や女性達も新聞片手にあちらこちらで話に夢中になっている。

 いつ手を回したのか、匿名でインタビューに答えている私達と同時期に学院に在籍していた生徒達の回想録が、私を悲劇のイケメンヒーローというものに祭り上げている。


 爵位が上の婚約者に一途に尽くしていた有能な私と、それを虐げる婚約者。婚約者は私を独占、支配するために孤立させようと裏から手を回しながら、自分は数々の婚約者持ちの男性と木陰や夜闇に二人切りで消え、他人の婚約者との街中デートも何度も目撃されていた。それでも不満を訴えることも態度を荒らげることもなく勉学に励み、没落直前の婚約者の家を再興するため尽力していた。と語られている。

 卒業後の生活も、誰にも実態は話していなかったのに何処から漏れたのか、結婚式での誓いの口付けも拒絶され婚家での部屋は遠く離され一度も同衾しない「白い結婚」だったこと、食事さえ一度も共にせず屋敷内ですれ違っても無視、結婚後一年以上過ぎても子を授かる兆候が無いことで私の立場が悪くなることを知りながら歩み寄らず放置、巨額の負債を完済し再興の道筋が見えた処で、「身分が下の伯爵家出身の夫など恥ずかしい。触れられるのも無理だし子作りなど死んでも嫌。伯爵家の三男が侯爵位を継げるだけでありがたいと思うべき」等の暴言を吐き、見かねた父親の侯爵が二人を離縁させた。などと書かれている。

 この記事を読めば、私は大衆演劇の虐げられて堪え忍ぶ可哀想なヒーローのようだ。


 何とも居た堪れない気持ちで仕事に向かったが、同僚達は「やっとくっついたんだ。おめでとー」と暢気に手を叩いていた。

 私と同時期に学院に通っていた同僚は、「ほぼ事実なんだから堂々としときゃいいだろ」とヒラヒラ手を振っていた。

 傍から見ると、当時の私とアンネローゼ様は、この新聞記事のように見えていたのだろうか。

 サラサは、「掴んだ情報が事実なのは確かだし、誘き寄せるために煽る書き方はさせたけど、コレを偽りだと感じるのは加害者達だけだと思うよ」とニンマリしていた。


 派手にブチ上げたサラサの罠に、時を置かず獲物はかかった。

 侯爵から、「娘が修道院から脱走した」と私の母経由でサラサに連絡があったのだ。

 侯爵はアンネローゼ様を十分な寄付金と共に貴族用の修道院に入れた後、爵位を国に返還して領地を国が派遣する執政官へ託し、妻と静かな余生を送る準備をしていた。

 貴族用の修道院は、入った後に実家が没落しても、本人に問題が発覚しない限りは生涯守られて暮らすことができる。

 アンネローゼ様の場合は、実名を伏せられてはいるが、記事で暴露された過去は「問題発覚」として査問機関にかけられ取り調べを受ける程度の内容だ。例え取り調べの結果が「問題無し」とされるとしても、脱走などという問題を起こして元の修道院に戻ることはできない。


 緊急で飛ばされたリオネル商会の情報部の暗号文によれば、新聞記事によって立場が悪くなるだろう幼馴染みを心配した王子達が手助けをして、アンネローゼ様を修道院から逃したらしい。

 却って追い詰めることになっているのだが、気づいていないのだろうか。

 脱走したアンネローゼ様は、リオネル商会情報部の誘導で、気づかぬままにサラサが執務室を構える王都支部に向かっているようだ。

 あんなに大切だったのに、あんなに守りたかったのに、今はアンネローゼ様が罠にかかって破滅へ誘導されていると知らされても何の感慨も無い。憎しみさえ。

 失っていた「生きている実感」や「己の価値」を取り戻したことで、あの頃の想いも覚悟も消えてしまったのかもしれない。

 そう言えば、アンネローゼ様と共にあろうとした私は、もう死んでしまったのだった。

 今は二度目の人生を過ごしているのだ。

 これからは、愛を返してくれるサラサと共に。


「わたくしの夫を返しなさい! この下賤な成金の泥棒猫!」


 執務室の護衛が待機する隠し部屋から、マジックミラー越しに嘗ての婚約者で元妻の金切り声と悪鬼の形相を無感動に眺める。

 確かにこの顔を男性が目撃したらドン引きだろう。夢に出てきて魘されかねない。他人事のように感想が浮かぶ。


「あ、来たんだ。真実の愛(笑)令嬢」


 皮肉げに唇の端を吊り上げるサラサの言葉に首を傾げる。サラサの声はちゃんと意味を持って脳まで届くのだが、元婚約者のあだ名に何かしら別のニュアンスが含まれているように聞こえた。


「ルーカスはわたくしのものよ! 初めて会った時から一目で気に入っていたんだから! ずっと大切にしてきたのにお父様が勝手にわたくしから取り上げたの! でもあれはわたくしのものなんだから今すぐ返しなさい!」


 何か変な言葉が聞こえた気がした。

 私はアンネローゼ様に大切にされたことがあっただろうか。

 初対面の印象が互いに悪くなかったことは否定しないが、アンネローゼ様の中では私に対するあの扱いは「大切にしていた」ことになっているのだろうか。


「私の可愛い婚約者をモノ扱いしないでくれる? ジーンは貴女のものじゃない。心も尊厳も思考も権利も持っている人間よ」


 サラサの落ち着いた声に、知らず強張っていた身体から力が抜けた。


「モノ扱いなんかしてないわよ! それより下賤なお前ごときがルーカスの家族名を呼ぶなんて有り得ないのよ! 今すぐ舌を切り落として喉を焼いて詫びなさい!」


 ・・・合図があるまで絶対に出て来るなとサラサに言われているけれど、これは看過できない言い種だ。

 家族を侮辱された時に感じたアンネローゼへの諦めの感情とは明らかに違う激情が胸の底から沸き上がってくる。


 ───これは、怒りだ。


 私の愛するサラサを傷つけようと害意を向ける敵への、昏い殺意を内包した激しい怒り。

 あちら側からは見えない筈だが何かを感じ取ったのか、サラサが「仕方ないなぁ」と溜め息と共に言葉を吐き出すと、指輪が光る左手を肩まで挙げて二回振った。

 合図だ。

 すぐさま音もなく隠し部屋を出て愛しいサラサを守るために腕の中に抱き込む。


「ジーン、この程度で殺気ダダ漏れにしないの。この手の女にとってはこんなの軽い挨拶レベルの暴言よ」

「私の婚約者への殺人予告だ。黙って見ていられるわけがないだろう」

「しょうがない人ね。ほんと可愛いんだから」

「罠に誘き寄せるために身体検査もせずに此処まで通したんだ。凶器でも隠していたらどうするんだ」

「あら。元貴族のお嬢様が振り回す程度の凶器なんて、ジーンが贈ってくれたこれが無効にしてくれるから平気よ」


 突然現れた私に暫し固まっていたアンネローゼがサラサの指輪に目を留め不愉快な騒音を発した。


「何よそれ! そんな高価なものを卑しいお前ごときが持っていていい筈がないわ! ルーカスが贈るものは全てわたくしのものなのよ! 返しなさい!」


 ああ、不愉快だ。不愉快極まりない。

 その思いのまま視線を向けて発した声は、自分のものとは信じられないくらい低く冷たい音になった。


「黙れ。不愉快な音を出すな。私がサラサに贈ったこの世に唯一つの特別な想いを込めた婚約指輪を浅ましく強請るなど何処まで図々しいんだ。卑しいのは貴様の心根だ。生まれも血筋も関係ない。もっとも、現在の貴様の身分は平民の犯罪者だが。私は平民を下に見ることは無いが心根の卑しい犯罪者は心の底から軽蔑する」


 アンネローゼが再度固まったが、何故か腕の中のサラサまで硬直している。


「大丈夫? サラサ。やはり憂いの掃除は私が手を汚そう」


 マホガニーの綺麗な髪を撫でて普段の声音で問いかけると、ホッと詰まった呼気の塊を吐き出してサラサが苦笑した。


「ジーンの心を壊した奴を再起不能に叩き潰してスッキリ新婚生活を始めようと思ってたのに。私の出る幕が無くなりそう。ジーンが怒ってるの初めて見た」

「初めて怒ったからね。大抵のことは乗り越えようとするし好奇心が勝るから、子供の頃から怒った記憶が無いんだ。サラサは私にたくさんの『初めて』をくれるね」

「言い方!」


 何故か顔を赤くしたサラサに怒られた。


「ジーンの殺気に当てられて立ったまま気絶してるみたいだけど、・・・この人にあれだけ酷い扱いを受けていたのに怒ったことは無いの?」


 チラリと動かなくなった敵を一瞥する。もう何も沸いて来ない。


「無いかな。困ったり諦めたことはあるけれど、自分がされたことに対しては憎しみさえ無い。私の怒りはサラサに害意を向けられたことで発動したんだ」

「そっか」


 嬉しそうに笑った後で困ったように眉を下げ、サラサはリオネル商会会頭の父親直属の特殊部門に連絡を送った。


「真実の愛(笑)令嬢には色々言ってやりたいことがあったんだけど、天然爆弾で十分完膚なきまでに絶望したと思うから、あとは専門家に任せることにする」


 会頭直属の特殊部門は、諸々の清掃を担当する専門家を集めている。

 私はもう、元婚約者を思い出す必要も無くなる。


「ところで、そのあだ名に何か意味を変えるニュアンスが入っている気がするのは何故だろう」

「えー? 学院当時から変わらぬあだ名だよ?」

「そう?」

「うん」


 首を傾げる私にニッコリと笑顔を向けるサラサ。


「結婚式の打ち合わせしようよ。籍はリオネル家に入ってくれるんでしょ?」


 髪色の映えるウエディングドレスのサラサを想像して嬉しくなり、私はいそいそと書類ケースの準備を始める。


「私は三男だから伯爵家の貴族籍を抜けて婿に入ることに躊躇は無いし、家族は誰も反対しないよ」


 好きな道を選んでいい。遠く幼い日に彼らはそう言ってくれた。仕事も結婚相手も一生を懸けるものも、自分で選んで進めと。

 リオネル商会の跡取りであるサラサとの結婚は、ディライア伯爵家にも利益をもたらす。

 家族仲の良いディライア伯爵家の末子を婿に取ることは、リオネル商会にさらなる発展を約束するだろう。

 私の進む道が諦めに満ちることは、もう無い。

 手を取り合い共に歩む、愛を贈り合えるパートナーがいるのだから。


「ありがとう。サラサ。私をこの世に呼び戻してくれて」

「ありがとう。ジーン。私を本気で可愛いと言ってくれて」


 サラサは本当に可愛い。自覚が無いようだから、一生を懸けてじっくり教えてあげよう。

アンネローゼは本当にルーカスに一目惚れして、本人的には一途に大切にしていたつもりでした。


度を越した拗らせ過ぎのツンデレで、父親は娘の気持ちを知っていたので、ルーカス側からの婚約解消の提案を受け入れられず両者を説得。

このままだと婚約解消されると脅して娘の態度を改めさせたものの、結婚して「これで完全にルーカスを手に入れた」と安心したアンネローゼは、「恥ずかしいから好きな男性と話したり目を合わせたり触れ合ったり裸を見られるなんて耐えられない」と斜め上なイタイ乙女心で自分を正当化。

結果、生まれつき持っていた「爵位が上であるほど人として優れていて幸せ」という思想と相まってルーカスの心にとどめを刺す暴言に繋がりました。


幼馴染みの王子や令息達の方には下心がありましたが、木陰で抱き合うとか夜会で夜闇に消えていたのは、人に聞かれてはマズイ悪事の打ち合わせのためでした。

アンネローゼ的には自分は一度も浮気をしたことが無いと思っています。

そして、自分以外の女性とどんな形であれ関わるルーカスは不実な浮気者であり、それに耐えてルーカスを思い続ける自分は健気で可哀想な女の子だと思い込んでいます。


天使のような可愛い男の子が、思春期に一気に成長して男を意識させるようになったのが悪いと責任転嫁している部分もあります。


サラサの執務室でルーカスの殺気に当てられて立ったまま気絶したアンネローゼは、歪んだ恋情を全身全霊で向けていた相手から意図せず絶望のドン底に叩き込まれ、悪夢を彷徨っていると思います。

彼女がどんな形で「清掃」されるのかは専門家にお任せです。

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― 新着の感想 ―
HAHAHAいいざまぁ!w
[一言] 本編はまぁまぁ面白いんだけど、あとがきでしか元妻の心情を伝えられなかったのが大きなマイナスかなぁ そこを本編で上手く表現できていたら綺麗な作品になっていたと思う
[一言] この手のデレを全く見せないツンデレ(本当は大好きなのに素直になれない)系のざまぁ、男性側が患っているのはたびたび見かけますが 男女逆は見たこと無かったから面白かったです!
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