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吉田先生  作者: 和kazu
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突然の演奏会参加

突然の演奏会参加



 県大会まで残り二週間となっていた。僕たちはこの日、ある町の演奏会に招待されていた。


 実はこの演奏会の二週間前に、フリーライターの高木さんが僕たちのところにやって来たのである。そして僕たちのレベルアップした演奏を聴き、再びとても感動してくれたのは良かったのだが、その後、勝手にこの演奏会に出してもらえるよう、演奏会の主催者にお願いしてしまったのである。


 これには真田先生もかなり怒っていた。当然だ。まず学校に無断で話を進めてしまったこと、そして何よりも、その町で開催される演奏会の場所まで、「どのように移動するのか」を考えなくてはならなかったからだ。


 山奥の村から町まで出ることは、なかなか大変だ。楽器もそうだが、僕たち人間も運ばないといけなくなる。僕の予想だとその町まで、車で一時間以上かかるのではないかと思った。しかも学校には、移動するために必要な運送費(バスやトラックを手配するお金)があまりなさそうだったので、正直困った状況だったのだ。


 断ろうかどうしようかと先生たちが悩んでいると、吉田先生が僕たちにどうしたいか尋ねてきた。僕たちの答えはたった一つだった。「出たい! 演奏したい!」という僕たちの声を聞いて、真田先生も深くため息をつき、「仕方がないなあ」という素振りで校長室に向かって行った。


 そこからが大変だった。村の人たち、特に保護者の方々に真田先生が頭を下げてお願いし、何とか保護者が経営する会社のトラックとか、保護者の知り合いが所有しているバスとかを貸していただけることになり、何とか今日、この演奏会の会場までやって来ることが出来たのだ。


 僕たちは、この演奏会の出演に少し緊張していた。緊張していたが、それ以上に確認したいことがあってワクワクしていた。


 この演奏会には、僕たち以外にも数校の吹奏楽部も参加することになっていて、その中には、県大会で金賞を受賞するような強豪校も参加していたからである。そうだ、僕たちは実際に今、「どれほどの実力があるのか」を確認したかったのだ。


 会場に到着し、楽器をトラックから降ろしている僕たちの前を、堂々と通り過ぎていく学生たちがいた。どうやら昨年県大会で金賞を受賞し、県代表にも選出されたS校みたいだ。なぜわかったのかと言うと簡単なことだ。彼らが乗っていたのであろうそのバスの横に、学校名が書かれていたからだ。「専用のバスが学校にあるのか」と思うと少し羨ましくなった。


 僕らの横を彼らが通り過ぎる際、彼らの視線はいかにも「お前ら、何しに来たんだ」というような感じだった。実際はそうではないかもしれない。僕たちの勝手な被害妄想かもしれないが、彼らだけではなく、他の学校からも同じような視線を感じていたのは事実だ。


 確かに去年までは、僕たちは県大会で銅賞しか受賞できない吹奏楽部だった。でも今は吉田先生のおかげで、自分たちの演奏にとても「自信」があった。だから彼らにそのように見られても、僕たちが臆することは全くなかった。それはきっと、彼ら以上に大会に対する「思い」が強いと信じていたからであった。


 演奏会が始まった。全部で八校が、それぞれ数曲を順番に演奏することになっており、僕たちはその内の七番目の順番だった。最後はS校だ。「きっとこの演奏会を運営している方々も僕たちの実力が分かっていて、このような演出というか順番にしたのだろう」と思った。そうではないかもしれないが、そのようにわざと思うことで、僕たちは気持ちをさらに高ぶらせていたのだ。

 

 そしてついに僕たちの出番となった。僕たちは、舞台袖で大きく深呼吸をして気合を入れ直し、舞台へと向かった。舞台下には多くの観客がいた。その多くは、今日演奏会に参加している吹奏楽部の保護者達で間違いなかった。


 僕たちの保護者も、運転手として何人か来てくれていた。少しでも知っている人がいるのは本当に心強かった。


 僕たちはそれぞれの席に着き、そして舞台袖から吉田先生が歩いてきた。きっと僕たちの演奏への期待は殆ど無かったと思われたが、とりあえず拍手は観客席から頂けた。先生が僕たちの方を向き、そして指揮台に上がった。スコアを開き、タクトを握り、僕たち一人一人の顔を笑顔で確認し、タクトを構えた。僕たちもその動きに合わすかのように楽器を構え、演奏が始まった。


 まずは課題曲である。観客席の誰もが驚いたような顔をしているのが分かった。曲全体がマーチ、行進曲のようなテンポの心地良い流れになっており、その中でトランペットの音が、爽やかで伸びのあるメロディーを奏でて、そして木管楽器と言われるフルートやクラリネット、サックスなどが、丁寧にメロディーを奏でていた。


 中低音楽器であるホルンやユーフォニウム、トロンボーンといった楽器が奏でる音が、高音楽器のメロディーをきれいな音で支え、その下でさらに重低音楽器であるチューバが曲全体を支えていた。


 パーカッションもスネアドラムが小刻みにテンポを刻み、その横でシンバルやティンパニ、そしてベードラという大太鼓も、曲全体のテンポが乱れないよう演奏していた。


 すべての楽器の音が、とても心地良い音楽を作り出しており、その音楽を聴いていた観客の表情は、皆が良い笑顔になっていた。唯一笑顔ではなかったのが、他の学校の吹奏楽部員だっただろう。僕たちは、実力がどうこうと言うよりも、ただただ演奏していることに「喜び」を感じていた。


 課題曲の演奏が終わると、まだ自由曲の演奏が終わっていないのに、客席から大きな拍手があった。その拍手を受けてなのか、本来ならば自由曲を演奏後に一礼をする予定だった吉田先生が、客席の方を向きそして頭を下げた。


 次はいよいよ自由曲の組曲「展覧会の絵」だ。僕たちはこの曲にすべてを懸けている。果たして客席の反応はどうなのか少し不安に思った。でも僕たちはこれまで厳しい練習をしてきたつもりだ。今こそ、「今できる精一杯の演奏をしよう」と部員全員が思っていた。


 先生がタクトを構えた。そして演奏が始まった。


 トランペットの美しい音が鳴り響く。吹いているのは木村ヒロシだ。実は彼の両親は、ヒロシが小学生のころ交通事故で亡くなっている。彼はおばあちゃんの家で暮らしているが、ある日ヒロシのお父さんの部屋でトランペットを見つけたそうだ。自分の父親がトランペットを吹いていたことを知り、ヒロシもトランペットに興味を持ち、練習し始めたそうだ。そのヒロシがみんなの前できれいな音を奏でて、観客はその音にとても感動しているようだった。


 曲想が変わり、木管楽器の特にクラリネットがアップテンポで吹き始める。町田カホは本当に頼りになるパートリーダーの一人だ。クラリネットパートのみならず、他の木管楽器に対しても、分かりやすい指示や注意を合奏中に発言してくれている。そしてその指示や注意に対して、サクラやオーボエの田中ミサキ、ファゴットの秋山ユウト、ソプラノサックスの奥田スズの三年生たちが、新たな指示や注意をさらに加え、全員でもっとこの曲を良くしていこうとする姿勢を作り出してくれていた。


 当然彼らが奏でる演奏は、その思いが形となって素晴らしい音楽を作り出していた。そんな彼らは、後輩たちから信頼される良い先輩たちであったことは言うまでもない。


 演奏が進み、また違う曲想となり、今度は金管楽器がとても激しく鳴り響く。トランペットはもちろん、トロンボーンやホルン、ユーフォニウム、チューバの音が激しく聞こえるのだが、とてもバランスの良いハーモニーを奏でる。


 チューバの矢野ソウタは小柄なのだが、その身体のどこから出てくるのか分からないぐらい、大きなそしてしっかりとした重低音を吹いている。


 ホルンの二宮アカリ、トロンボーンの仲村タツヤ、ユーフォニウムの菊池エミも、トランペットとチューバの間の音域で、上手く良いバランスを取っている。その後ろでパーカッションがリズムをしっかり刻んでいる。


 パーカッションの役目は本当に重要だ。そのパートを任されているのが楠ハナだ。他の楽器とは違い、叩くタイミングを取るのが非常に難しい。そして曲全体のメトロノーム的な役割もある分、他の楽器以上にテンポを気にしなければならないのだ。楽器数も多く、一人でいくつもの打楽器を演奏しなければならない。つまり演奏中にあちらこちらに移動しなければならない、負担率が相当高いパートである。


 いよいよ組曲「展覧会の絵」も最後の部分に近づいてきた。僕はこの最後を演奏するのが一番大好きだ。「キエフの大門」と呼ばれるところだ。


 作曲したムソグルスキーが、死んだ友のハルトマンが描いた「キエフの大門」の絵を見て、実際にその門を建築できなかった彼に変わり、曲の中で彼の夢を実現させたと言われている。


 僕はここをいつも演奏する度に、目の前に出てくる僕が想像した「大きな門」がゆっくりと、そしてものすごい音を立てながら開いていくのを、頭の中で思い描いていた。


 僕たちの演奏が終わった。吉田先生が指揮台から降りる前に、観客席からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。僕らは彼らに一礼した。信じられない光景だった。僕たちの演奏がこの人たちにとって、とても心に響いたものになったことがうれしかった。僕たちと一緒に来てくれた保護者たちや、舞台袖にいた真田先生もとても喜んでいた。真田先生は少し泣いていたような感じだった。僕たちはこの演奏会で、とても大きなものを得たように思えた。


 僕たちの演奏後、さっきまでとは違い、かなり落ち込んでいるような感じがするS校の姿があった。彼らの表情を見て、「僕たちの演奏がどれほど凄かったのか」改めて分かった。


 この演奏会の出場を聞いたときは、正直どうなることかと思っていたが、出場して本当に良かったと誰もが思っていた。高木さんにはいつも驚かされることの連続だが、今回も本当に感謝の気持ちしかなかった。

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