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吉田先生  作者: 和kazu
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問題再発

問題再発



 この村にも春がようやくやってきた。僕たちも二年生から三年生になった。この学校にも新しい後輩たちが入学し、そしてもちろん、吹奏楽部にも新しい部員が入ってくることになるだろう。僕はワクワクしながらも、先輩として、さらにしっかりしないといけないと思った。なぜなら僕たちにはまた、新たな問題が起きていたのだ。


 男子部員の数名が、最近練習に来なくなってしまったのだ。理由は分からないが、これから新入部員も入ってきて、一致団結で全国大会を目指そうとしているのに。


 来なくなったのは、鈴木ツヨシ、林タクヤ、小島ケントの三人だ。この三人とも僕と同じ三年生である。僕は副キャプテンとして、彼らに何度も部活に来てくれるようにお願いをした。


 しかし、彼らは僕の言うことを全く聞いてくれなかった。もっとひどいことに、彼らが学校も休みがちになっていたことである。休んで何をしているかというと、その三人の中の誰かの家で遊んだり、河原で一日中過ごしたりと、本当にただ三人で遊んでいるだけだった。


 彼らが練習に来ないことは、他の部員にも影響があった。特にケントは唯一のバリトンサックスの担当なので、曲を練習していても彼の音が聞こえてこないと、練習にならないこともあった。


 もちろん、他の二人が練習に来ないことで、練習が出来ないこともあった。ツヨシはホルン担当、タクヤはパーカッション担当だ。彼らの存在も、組曲「展覧会の絵」の演奏においてとても重要である。キャプテンであるサクラも、僕と同じように、彼らについて悩んでいた。


 そして、もう一つ問題があった。以前も話したが、この吹奏楽部には楽器数が少なく、一つの楽器を交代で使用するというどうしようもない伝統があった。その伝統のせいで、毎年の大会は二、三年生でしか出場することが出来なかった。今年は絶対に一年生の力が必要になるのは、部員全員が分かっていた。


 しかし楽器を揃えるにしても、学校にお金がないのは、真田先生の様子を見ていると何となく理解した。


 僕たちはこの二つの問題を抱えながら、新しい部員を迎える準備をしていたのだ。


 吉田先生はと言うと、僕たちがこんなにも悩んでいるのに、そのことを知っているのか知らないのか分からないが、特に最近は練習に来て、合奏の際に僕たちに軽く指示するだけで、合奏が終わればサッと帰っていた。


 僕は「彼に期待し過ぎていたのだろうか」と思うようになっていた。


 確かに彼の音楽に対する知識量と実力の凄さを、合奏の際にいつも感じていた。音程の揃え方、ハーモニーの作り方、そして何よりも彼の指揮によって、僕たちがまるで「操り人形」であるかのように、何回も身体が勝手に、演奏しているような感じになったからだ。


 だが最近の彼の様子を見ていると、「僕たちはこの先生の指導の下、全国大会に出場できるのか?」と疑問に思ってしまうくらいだった。


 しかし僕たちは、彼という人間を全く理解出来ていなかった。


 先生は練習後に、ツヨシたち三人のところに行っていたのだ。サキがいじめられていた時も、彼はサキのところに行っていたではないか。同じように彼は三人を説得するために、そして練習に来てもらうために、何度も彼らのところに足を運んでいたのだ。僕たちはそのことに気付かなかった。


 そのことに気付いたのは、何と僕の母さんだった。母さんは何度も、吉田先生とツヨシたち三人が一緒にいる姿を見ていたのだ。そのことを僕に教えてくれた日の夕食後、母さんが僕に「他にも伝えたいことがある」と言って教えてくれた。


「吉田先生は最近、部屋で何か悩んでいるみたいやで。ツヨシ君たちのことも含めて、吹奏楽部のことを、とても考えているみたいやで」と。


 なぜ母さんにそんなことが分かるのか尋ねると、それを聞いたとき僕はとても驚き、そこまで僕たちのことを考えてくれているとは思っていなかった。


 母さんがたまたま、先生の部屋の机に置いてある紙を見てしまったのだ。そこには僕たち部員の名前と、そしてそれぞれの名前の横には、僕たちの性格や特徴が書かれていて、さらにその横には、いつから書いていたのであろうか、僕たちの成長記録のような、僕たちの「実力が今どれほどのものなのか」を詳細に分析したことが書かれていたそうだ。


 先生は誰よりも僕たちのことを見ていて、そして考えてくれていたのだ。村の住人でもない、全くの赤の他人であるにも関わらず、僕たちの無理なお願いを聞いてくれて、ここまで考えてくれている先生に、本当に申し訳ない気持ちになった。


 僕はサクラを含めパートリーダーたち、そして他の三年生に、母さんから聞いたことを話した。彼らも、まさかそこまで思ってくれていることに、驚いた様子だった。サクラは泣きそうになっていた。先生は、僕たちにどこか遠慮しているところがある。余計な気を使わせてしまっている僕たちにも責任がある。


 僕たちは「先生もこの吹奏楽部の一員なんだ!」ということを再確認し、今起きている問題について、そしてこれからも問題が起きた時には、先生と僕たちで共に悩み考えていこうと決めたのだ。


 僕たちは早速行動に移した。ある日の練習後、先生がいつものように、ツヨシたち三人が集まっている河原に向かうので、僕たち三年生も急いで先生の後を追った。河原には先生とツヨシ、タクヤ、ケントの三人が居た。僕たちは様子を伺っていた。


 三人は何度も来ているのであろう吉田先生に、あからさまに嫌そうな態度を取っていた。それでも先生は、何かを三人に対して話していた。僕たちはその様子を見ながら、タイミングを計って一斉に彼らの前に走っていった。


 先生ももちろんだが、ツヨシ、タクヤ、ケントの三人も驚いた様子だった。僕は彼らに「学校に来て欲しい!」、「練習に来て欲しい!」、「戻って来て欲しい!」と伝えた。


 僕だけではない、サクラたちや他の三年生も、彼らに僕と同じように気持ちをぶつけた。ツヨシ、タクヤ、ケントの三人は、黙って僕たちの言うことを聞いていた。


 そしてツヨシが、本音を僕たちにぶつけてきた。彼らは怖かったのだ。「このまま練習をしたところで、本当に全国大会に出場できるのか、出来なかったらどうなってしまうのか」と。


 僕たちも同じ気持ちだと彼らに言った。恐怖しかない、不安でしかないと。でも何もしなければ、何も変わらないことも伝えた。


 僕たちは以前に比べて、少しずつだが、自立心が芽生えてきているかもしれない。自分たちの力で何とかやってみせる、困難に立ち向かうという力がついてきていると思う。その力を、「自立すること」を教えてくれたのは吉田先生だ。


「きっと僕たちが大人になってからも、今経験していることは、役に立つであろう。例え上手くいかなかったとしても、また違う方法を、きっと自分の力で思いつくことが出来るだろう」と、彼ら三人と話しながら思った。だが、今まさに彼らにとって大切なのは、彼らに「僕たちや先生、そして何よりも自分自身を信じて欲しい」ことだった。


 僕たちとツヨシ、タクヤ、ケントの三人は、日が沈んで周りが暗くなるまで話し合った。お互いに思いをぶつけあった。時々、僕とツヨシで喧嘩になりそうになった。三年生同士が気持ちをぶつけ合い、言いたいことを全部話したと思う。


 お互いに気持ちをぶつけ合った結果、翌日には昨日までとは違う、どこかすっきりした表情で、ツヨシを含め三年生全員が音楽室で演奏していた。


 ツヨシ、タクヤ、ケントの三人が、また練習に参加するようになったことは、本当にうれしかった。まだ少し、練習に来ることへの抵抗を感じているみたいだったが、三年生同士で話をしたことが、やはり彼らにとって大きかったのであろう。これでますます三年生の結束が強くなることを僕は期待した。


 しかしもう一つの問題である、楽器不足については何ともならない状況だった。お金の問題は本当に難しい。お金がどこからともなく現れる場所を知っていれば、簡単に誰もが億万長者になれるだろう。そんなに簡単ではない。


 よくテレビで宝くじのコマーシャルを見るが、買ったから当たるものでもない。でも大人の中には「買わないと当たらない」と言う人がいる。その考えは正しい。問題はいつ当たるのかだ。


「楽器が足りない」と僕たちが困っていたある日、あの女性が学校を訪れていた。フリーライターの高木さんだ。彼女は僕たち吹奏楽部の取材をしたいということで、校長室で校長に掛け合っていたのだ。


 たまたま校長室の窓から、真田先生が通り過ぎるのを見た校長が、面倒くさかったのか真田先生に高木さんを任せて、どこかに行ってしまった。真田先生は仕方なく彼女を音楽室に案内した。


 音楽室に急に集合をさせられた僕たちの前で、真田先生が高木さんを紹介した。僕たちは以前から彼女を知っていたので、特に驚きもなかった。ただ「一体ここに何をしに来たのか」というくらいしか興味がなかった。


 解散後、彼女は僕たちの練習を見学しながら、彼女が持っている手帳に何かメモをしていた。何を書いているのか気にはなったが、彼女の方にはあまり視線を向けずに、いつも通りの練習を行っていた。しかし突然彼女は、僕の目の前に立ちはだかり、質問してきたのだ。


「君が知事に、『全国大会で金賞取ったら、ダムの建設を中止にしてほしい』って言ったのかな?」


 僕は「そうです」と答えた。その後は、「なぜそのようなことを言ったのか」とか、「本当に全国大会に出場できるのか」とか、以前にも誰かに聞かれたような質問に対し、以前と同じように答えていた。質問している彼女の様子を見ると、とてもワクワクしているのか眼をキラキラさせながら、興奮しているような感じだった。きっと彼女は、色々なことに対する好奇心が強いのであろうと思った。


 でも彼女にとって、質問よりも演奏を聴かせることの方が衝撃的だったようだ。彼女も以前、違う場所で吹奏楽に関して取材したことがあり、その時に実力のある吹奏楽部を色々と訪問し、そこで彼らの演奏を聴いていたおかげか、その吹奏楽部に「実力があるのかないのか、演奏が上手いのか下手なのか」が少しは分かるみたいだった。


 その彼女が、今の僕たちが出来る精一杯の演奏を聴いた後、椅子から立ち上がり大きな拍手をしながら「ブラボーッ!」と叫んだのだ。その様子に僕らもだが、吉田先生もうれしかったようだ。そして「この人は、ひょっとしたらいい人なのでは」とみんなが思い始めていた。


 彼女は僕たちの演奏を聴いた後、楽器を演奏していない部員のことが気になったみたいで、その理由を尋ねてきた。真田先生がその理由を伝えると彼女は少し考えて、「私に考えがあるので、また後日連絡します!」と言って帰って行った。


 彼女にはどんな考えがあるのか気にはなったが、とりあえず彼女が、僕たちの演奏を聴いて感動してくれたことが、何よりもうれしかったし自信にもなった。


 数日後、彼女から学校に電話があった。なんと、「使わなくなった楽器を譲ってくれる人が何人かいる」ということだった。他にも、楽器を無償で貸して下さる方も見つけてくれたのだ。これには僕たちも大いに喜んだ。他にも色々な学校にお願いして、「もし今使わなくて余っている楽器があれば、大会が終わるまで貸してほしい」と交渉してくれたのだ。


 これで組曲「展覧会の絵」を一年生も含めて全員で演奏できる。そして僕たち部員全員が、それぞれ楽器を持って大会に出場できる。本当に彼女には感謝しかなかった。


 後日、彼女が必死になって連絡をして交渉し、集めてくれた楽器が学校に届いた。新しく自分の楽器を持つ一年生部員は、本当に嬉しそうだった。きっと大切に扱ってくれるだろうと僕は思った。


 なぜ彼女は彼女にとって何のメリットもないのに、ここまでしてくれたのか不思議だった。ただの良い人なのだろうか。真田先生も気になったみたいで、「他に何か理由があるのではないか」と彼女を疑うわけではないが、彼女に尋ねてみると、「僕たちの演奏を聴いてとても感動したことと、きっと彼らは全国大会に出場できると思った」からだそうだ。


 僕たちは、本当に人に恵まれているなと思った。吉田先生もそうだが、高木さんにも「本当に出会えて良かった」と心の底から思った。


 楽器が揃ったことで、僕たちの練習に対する意欲も、以前にも増して湧いてきた。大会での十数分間を、最後まで疲れないで演奏できるように、自分たちの基礎力をさらに鍛えることにした。


 特に一年生はまだ入部したばかりで、楽器の扱い方すら慣れていない状態だった。当然だ、最近になって彼らの手元に楽器がやってきたのだから。でも、もうすでに六月に入ろうとしていた。この時期にこの調子だと、夏の県大会までに到底間に合いそうもなかった。僕たち三年生にとっては辛いことであったが、その日から、一年生には特に厳しく指導することにした。


 自由曲は組曲「展覧会の絵」に決まり、僕たちは日々練習に励んできたが、課題曲の選曲がまだ決まっていなかった。今年の課題曲は五曲あって、真田先生と吉田先生が連日どの曲にしようかと悩んでいるような感じだった。その間僕たちは、組曲「展覧会の絵」をもっと楽に、僕たちの思い通りに吹くことが出来るように練習に励んでいた。


 この頃になると、吉田先生からもらったCDの「真似」が、かなり出来るようになっていた。個人練習でもそうだが、特にパート練習では「真似」をすることだけでなく、「もっとこういう風に吹きたい」という気持ちが出てくるようになり、部員同士が「どのように演奏すれば、僕たちが求めている演奏が出来るのか」、意見をよく交わすようになっていた。僕たちの実力は確実に、そしてかなり上がっていたと思う。


 一年生も必死になって二、三年生の言うことや、時には厳しい指導にも耐えて、「上級生のように演奏できるようになりたい」と取り組む姿があった。厳しい練習の中、一年生は本当にたくましい存在だと思った。その一年生の姿勢があったからこそ、特に僕たち三年生は「負けていられない」という気持ちになった。本当に部員同士で切磋琢磨(せっさたくま)していて、お互いを尊重しあっているような良い状態だったと思う。


 さて課題曲の話に戻るが、ようやく先生たちは、どの課題曲を演奏するのか決めたみたいだった。その日の合奏練習の際、真田先生から課題曲の発表があり、その楽譜が配布された。


 僕たちは、組曲「展覧会の絵」の楽譜が配られた時のように、じっとしばらくの間、課題曲の楽譜を見つめていた。残された時間が少ない中、配布された課題曲に対して、「果たして本番までに、上手く演奏できるようになるのか」という気持ちが全員の中にあった。しかし組曲「展覧会の絵」の楽譜が配られた時とは、確実に違うことが僕たちの中で起きていた。


「あれっ、楽譜が読める」


 特に上級生は誰もが思ったであろう。そして楽譜が読めるだけではなく、まるで楽譜から聴こえてくるかのように、楽譜に書かれている音楽が、勝手に頭の中にメロディーとして流れてきたのだ。信じられないことだった。「すぐにでも演奏できる」という自信があった。


 吉田先生も僕たちの様子を見て、ニコニコしながらタクトを構えた。僕たちも慌ててその課題曲の楽譜を自分たちの譜面台に置き、そして楽器を構えた。先生がタクトを振ると、僕たちは自然に、初めて見る課題曲を演奏し始めていたのである。これには真田先生もかなり驚いていた。いや僕たちの方が驚いた。


 僕たちは一体どうなってしまったのか。いつの間にか信じられないくらいの実力がついていたのである。

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