Since2021-5
「私、気が動転しちゃってたのよね、パパにも健くんにも連絡もしないで、ただその光景を呆然と見てた。必ず目を覚ますって、信じて毎日ここに来ていたのに、実際に目を覚ましたらとんだ役立たず。」
微動だにしない僕に菜々子さんは、
微かな笑顔を向けると、
もう一度舞香に視線を移し、その顔を歪ませた。
「だけどね……、連絡しなくてよかったって思ってる。」
「…………だって、
だって舞香……何も覚えてないのっ!」
菜々子さんの頬を伝う水滴が見えた。
おかしい。
僕はちゃんと息をしているのだろうか?
僕はちゃんとここに立っているのだろうか?
心臓だけがバクバクと激しい音を立て、
冷や汗が止まらない。
爪が食い込む程握りしめた掌の痛みで、
辛うじて自分を保っている状態だ。
「何を問い掛けても、首を横に振るばかり。
お医者さんに、自分の名前を聞かされても
反応すらしなかった。
私の事も赤の他人を見るような顔で………。
パパの写真も、健くんの写真も見せたわ、
それでも何も……。」
菜々子さんは、ハンカチで目元を覆った後、
一呼吸置き、顔を上げると、
今度は努めて明るく話し続けた。
「でね、余りのショックに私、年甲斐もなく
ここでわんわん泣いちゃってね、
舞香も驚いた顔してるし、
お医者さん達まで困らせちゃった!ふふっ。」
何を口にしたらいいのかわからない。
何も言葉が出てこない。




