第6章 爵位を持つ悪魔
『平伏せ。或いは己の力を示せ。』
その言葉は竜のような4足歩行の怪物に乗り、右腕に毒蛇を絡ませた人型の存在から発せられた。その姿は禍々(まがまが)しく、発散させているプレッシャーが一同を圧倒していた。その顔に、紫色の包帯の様な布で両目を覆っている。
「ちっ、随分派手な野郎だぜっ」
アスラだけが余裕の表情で腕を鳴らす。
「魔族…しかもあの姿は…」
アキレスが目の前の存在を慎重に計りながら言った。
「あ…アスタロット公爵…」
と言いながら、ガブリエルが地面に腰を打ち付ける。その姿と特徴から、文献にも登場する程の上位の悪魔であることを悟ったのだ。
「馬鹿な…爵位のある悪魔が、なぜガルガーノにいる!」
エウロギウスが未だ嘗て経験した事のない恐怖に抗おうと叫ぶが、その存在がエウロギウスの問いに答える様子はない。
そもそも爵位のある悪魔の現世での顕現は非常に珍しい。そのため実際に姿を現した事のある悪魔は、古代より詳細に特徴や能力等が記録され、悪魔学で教えられている。座学に精通しているアキレスとガブリエルはその悪魔の本性を正確に把握しつつあった。
「ダメです…逃げましょう!僕たちでは勝てません!」
ガブリエルの目には涙が浮かんでいる。そんなガブリエルの肩を優しく抱き起こしながら、アキレスがエウロギウスに囁いた。
「エウロ、ここは僕たちに任せて。君は聖所に向かうんだ。」
「なんだと!?正気か、アキレス…」
「大丈夫。契約をバシッと決めて、戻ってきてよ。今のままでは、公爵レベルの悪魔の前から逃げるのは不可能。この状況を切り抜けるには、大天使ミカエルの力を手に入れた君が必要なんだ。」
淡々に言うアキレスも額に汗をかき始めている。
「で、でも…もし失敗したら!?」
ガブリエルが不安そうに呟いた。
「おいおい、悠長にお喋りしてる時間なんてなさそうだぜ!」
とアスラが叫ぶ。その証拠にアスタロットの乗る竜の口から青白い炎の柱が発せられた。アスロは炎から両腕で顔面を防御し、アキレスとエウロはガブリエルを支えながら咄嗟に交わす。だが、アキレスの左足を炎が捕らえた。「ぐっ」と重い声をあげながらアキレスは苦痛に顔を歪めた。ガブリエルはすでに回復魔法を唱えている。
「大丈夫、エウロ。行くんだ。」
そう言ってアキレスは頷きながら微笑んだ。エウロギウスは躊躇したが、アキレスの思いを受け取ったかの様に走り出した。
「くそっ、死ぬんじゃないぞ。みんな!」
エウロギウスはそのまま大理石の空洞の部屋に一つだけ見える横穴に向かう。しかし、アスタロットの右腕の蛇がエウロギウスに襲い掛かった。
「君の相手は僕達さ。」
アキレスは同時に複数の短剣を大蛇に投げ付けた。その仄かに光を帯びた短剣が一つ、見事に大蛇の頭部に突き刺さった。蛇は視界を失いエウロギウスを捕らえ損ねる。
それに乗じてエウロギウスの姿は洞穴の向こうへ消えて行った。
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