第4章 眷属契約の条件
「もちろん、いいよ。」
大天使ミカエルとの契約を手伝って欲しい。と言う些か大ごとに聞こえる願いに級友は簡単に答えた。エウロギウスにとってそれは拍子抜けだった。
「いいのか…?も、もちろん俺としては助かるのだが、お前を危険な目に合わせてしまうかもしれない…」
「この契約に誰かの力を借りていけないなんて決まりはないし、むしろ当然のことだよ。君に後で化けて出られて困るのはルームメイトの僕だしね。それに最近は研究ばかりで腕が鈍ってるんだ。」
と言ってアキレスは笑った。
彼の皮肉はどこか幼馴染を思い出させる、ふとエウロギウスは思った。
「ありがとう、アキレス。では早速、準備を済ませる、1週間後にガルガーノへ向かう。旅費や必要なものは一切俺が整えるよ。お前は一緒について来てくれればそれでいい。」
「楽しみだな。僕も良い修行になるよ。でもガルガーノへ行くのだったら、僕たちはもう少し仲間を募った方がいいかもしれないね。」
「心当たりがあるのか?」
「まあ1人ね。エウロも誰かもう1人、見つけてきてよ。多分4、5人くらいのパーティが確実さ。」
————
天使との契約には主に次の必須条件がある。
その1 契約を望む天使に由来のある聖所に向かう。
その2 聖所にて契約の儀式を行う。
その3 契約の儀式において天使に眷属契約を請う。
この契約を拒絶された場合、個人に大きな身体的、精神的なダメージが残る可能性がある。最悪の場合死に至る。
契約時、天使の現世への顕現は非常に稀であり、ここ数百年事例は確認されていない。
かなり特殊な事例でいうと、生まれた時点ですでに天使との契約を終えているもの、夢、示現等で契約を実現させたもの、血縁関係のある親子において契約の譲渡を実現させたものが確認されているが、全て非常に珍しいケースである。
さらに契約方法は千差万別であり、契約を希望する天使が課している契約基準を満たすことがざっくりとした条件ある。例えば今回、大天使ミカエルの場合は他との天使達よりもかなり難易度の高い条件が与えられている。
それは聖地ガルガーノでの試練を受け、ミカエルの聖所に辿り着くことが最低条件とされている。ガルガーノは、歴代の教皇や他のミカエルの眷属達が修行し、その眷属になることを許されたとされる神聖な場所だが、試練のため魔物の存在も許されている。実戦的に、それらのものを撃ち倒すことも条件に含まれているのだ。
大天使ミカエルにはたくさんの通り名があり、「天使の長」であったことは有名な話だ。そのためミカエルにより、眷属候補生のカリスマ性やリーダーシップを精査するため、ガルガーノでの修練はパーティを組むことが許可されている。歴史上、ガルガーノでの眷属達の旅路が伝記にもなる程だ。それらの書物が広く知られているため、ガルガーノへ行くことが危険を伴うことは周知であった。
————
ガルガーノへの出発を数日後に控え、エウロギウスは久しぶりに座学の復習をすると教本を閉じてため息をついた。ミカエルとの最後の眷属契約が成されたのは数十年前に遡る。最後にミカエルとの契約を成功させたのは現教皇だ。それ以来、試練に挑戦した記録は残っているが、いずれも成功に至ってはいない。一説では、使徒達と同じ様に、大天使ミカエルの眷属は襲名制(血族等への譲渡制)とされている可能性があると言う人もいた。
その後、自身の存在を脅かす人材の育成を防ぐため、教皇が圧力をかけていると言う噂もある。真意は確かでは無いが、確かにガルガーノは中央聖教会によって厳重に監視されている。だが、教皇も齢を重ね引退も近い。エウロギウスがガルガーノへの訪問が許可されたのはまさに次世代を担う人材を発掘するためだったと言える。その点だけに関してはエウロギウスは自分の幸運に、神に感謝した。
「必ず、成功させねばなるまい。」
エウロギウスはそう固く決意を胸にした。
すると突然宿舎のドアが開き、調子の良い聞き慣れた声がエウロギウスを呼んだ。
「よっ。エウロの旦那っ、夜遊び以外での集合なんて珍しいな。」
長身でエウロギウスよりも大柄なその男は獣の様に毛深く、隆々とした筋肉で全身を覆っている。サピエンティアの学生用の法衣をくだけて着用しているため、胸や腕から灰汁色の毛並みが見える。獣人族の様だ。
「アスラか。良く来てくれた。」
「水臭えっ!俺と旦那の中じゃねえか。例のアレだな。俺も久しぶりに大暴れしたい気分さ。」
そう言いながら馴れ馴れしくエウロギウスの背中を獣人族の男が叩いた。
「今回は危険な旅になりそうだ。よろしく頼む。」
すると夜間の修行から帰ってきたアキレスがドアを開けた。
「やあ、君は。例の留学生君じゃないか。」
「アスラだ。お前があのアキレスか。よろしくなっ。」
「君もガルガーノへ来るのかい?心強いな。君は強そうだし。」
「アキレス、その後ろのちっこいのは誰だ?」
エウロギウスはアキレスの後ろに隠れてこちらを伺う小柄な少年を見つけた。亜麻色の癖っ毛がアキレスの陰からはみ出している。少年はビクッと体を震わせるとおずおずと下を見ながら前へ出た。
「ほら、挨拶して。ギャビー。」
「が、ガブリエルです。宜しくお願いします。」
ガブリエルは小さな声で囁いた。
「はあ?本気か、アキレス。こんな子供を連れて行くなんて。」
「こう見えてもサピエンティアの新入生だよ。この旅には十分な回復等の補助魔法は一通り使える。もうすでに黙示録の力にすら届きつつある優等生さ。」
「そっ、そんな!…こと…、ありません。」
とガブリエルは顔を赤くさせながら小さく反論した。
「へえ、こんなちびっ子がか。やるじゃねーか!」
と言ってアスラがガブリエルの頭をクシャクシャと撫でた。
「あうっ」
とガブリエルが獣人の大きな掌を逃れる様に、またアキレスの後ろに隠れた。
「と言うことは、こんな小さな子供でもすでに眷属契約を済ませていると言うことか。」
エウロギウスは驚きを隠さず、ため息をついた。
「ギャビーは特別ってことさ。きっと後衛でいい働きをしてくれると思うよ。」
次回は聖地ガルガーノ編へと進みます。寒くなってきた最近はいろんな本を貪り読む季節です(笑)。書くのをサボっていたのはスティーブンキングの新作にどハマりしてました。少年時代を思い出させる様な彼の作風がすごく好きです。何かオススメの本があったらどなたか教えてください!ざ・読書の秋。