第18章 アスラの忠告
舞踏会場で1人取り残されたエウロギウスは手持ちぶさたで給仕が葡萄酒を入れ終わるのを待っていた。
そこにエウロギウスよりも堅いが良く、長身の男が近寄ってくる。その顎には灰汁色の髭を蓄え、同じ色の毛が胸元から覗いていた。
「よ、旦那。珍しいところで会うな。」
男は仮面を少しだけ上げると、エウロギウスに向かって軽くウインクした。その笑顔から伺える真っ白な犬歯が通常の人よりも大きく見えたのは気のせいだったかもしれない。あるいはそれも彼の衣装の一部なのだろうか。
「驚いたな、アスラ。ここで一体何をしている。故郷に帰ったのではなかったのか?」
アスラはいつもよりも人型に変身しており、傍目から見ると毛深く逞しい人間の男性に見える。しかしその動物的なフェロモンは隠すことはできず、辺りの女性達を存分に魅了している様だ。
「まあ昔から吸血鬼からお姫様を救うのは狼って決まってるのさ。この国とは昔から因縁があってな。帰り際に偵察ってところさ。」
「詳しく聞かせろ、アスラ。」
アスラはサピエンティアを経った後、そのままウォルグレイブに数ヶ月程滞在し、自国の為の諜報活動に勤しんでいた様だ。その仕事も大方終え、帰路に立つ前に舞踏会に顔を出したと言うわけだ。エウロギウス同様、アスラの女好きも変わっていない。
エウロギウスも、なぜウォルグレイブの舞踏会に参加する事になったのか掻い摘んで話した。セレステの話は避けては通れなかった。
「何だよ、隅に置けねえなあ。エウロの旦那。そんな許嫁がいるなら俺にも紹介してくれれば良かったのに。」
アスラの軽口も相変わらずだ。こう気楽に話していると、この獣人族の男も異国の王子である様には見えない。
「それよりも、どうなんだ。この国は何か後ろめたいことがあるのか。」
エウロギウスは少しだけ頬を赤くしながらアスラに尋ねる。
「まあ結論から言うと、尻尾は掴めなかったってとこだな。だが、気をつけた方がいいぜ。かの吸血鬼伝説は本当だからな。」
「なんだと?」
とエウロギウスはアスラに食いかかる。
「まあまあ、そう急かすなって。そもそもウォルグレイブの王族の先祖が吸血鬼と契約をして、その血脈を維持してきたのは本当の話だ。それがこの小国を、旦那のいる大国の隣でひっそりと存続させてきた秘密ってことさ。旦那も座学の勉強が足りねえな。」
エウロギウスは何処かで似た様な話と説教を誰かから聞かされた事を思い出した。「覚えてないの?」と言うアキレスの顔が思い浮かぶ。
「俺の国はその監視を古代からしているのさ。ウォルグレイブと契約した吸血鬼は俺達の国と敵対関係にあるからな。」
「くそっ、それじゃセレステは吸血鬼の生贄にでもされちまうってことか?」
とエウロギウスは苦々しく呟く。するとアスラはクスクスと笑いながら答えた。
「旦那すまねえ、誤解があったな。確かにウォルグレイブの王族に吸血鬼の血は混じってはいるが、太古の話だ。その血はもう薄まって、普通の人間と変わらないはずだ。この婚約はただの政略結婚だろうな。旦那のそのお嬢さんが、大国に関わる貴族の娘である限り安全だろう。ウォルグレイブどころか、この世界にあるどの国も、旦那の国とは争いは避けたいだろうからな。」
(まあうちの帝はどう思ってるが知らんがな。)
とアスラは人知れず思うのだった。
「この婚約もお前の調査対象だったという訳か。」
最初からアスラに話を通しておけば良かったとエウロギウスは思った。
「まあな。だが、臭うんだよなあ。ここ数十年、この国は潔癖過ぎるんだよ。血の抜かれた屍体一つ、見つかりゃしない。」
確かに本当に安全なのだろうかとエウロギウスは不安を隠せない。
「まあ、そのお姫様を奪いに来たんだろう?カッコいいじゃねえか、旦那。さすがだぜっ。」
と言ってアスラは歯を出して笑いながらエウロギウスの背中をバンバンと叩いた。その犬歯も人間様に加工されてはいるが、どこか狼の面影があるなと、エウロギウスは思った。
「じゃあ、いつか俺の国にも遊びに来てくれよ。楽しみにしてるぜ。」
そう言ってアスラは去っていった。




