第15章 城塞都市、ウォルグレイブ
それはウォルグレイブに潜入する前、セレステがウォルグレイブに出発する少し前の事だった。アキレスはまだエウロギウスが眠っている早朝に、セレステの邸宅を訪れていた。セレステの邸宅は、朝から忙しく働く使用人達で溢れている。どうやら朝食の用意をしている様だが、アキレスとセレステは2階のバルコニーで再び朝の紅茶を楽しんでいた。
朝日に照らされたセレステの美しさはまるで妖精の様だ。
「エウロは、あなたのことが好きです。」
そうアキレスが唐突に言うと、透き通る様な肌をしたその美しい娘が頬を赤らめて答えた。
「アキレス様にはお見通しなのですね。私も…私も、きっといつか私たちは添い遂げるだろうと、どこかで思っていました。それが急にこんな事になってしまい…」
そうセレステは潤んだ瞳で語り始めた。幼少の頃からいつも一緒にいたこと。エウロギウスの屋敷内にある森や小川でエウロギウスや妹と遊びまわったこと。セレステは一つ一つの思い出を噛みしめるようにアキレスに話した。それはまるで、それを最後にその思い出を心の奥底に隠してしまうかの様だった。
「あなたもお慕いしているのですね。エウロを。」
アキレスのその言葉にセレステはハッとすると静かに懇願した。
「不思議ですね、アキレス様にこんなお話まで。どうかこの事はエウロ様には内緒にしてくださいませんか。」
セレステの頬には涙が伝っていた。潤んだその蒼色の瞳はやはり、この世のものとは思えないほど美しかった。この世は恋仲のものが必ず結婚できるものではないと皆が知っていた。この少女と隣国の王子との縁談も、彼女の生まれた貴族の家を支えるために必要なのだろうとアキレスは思った。
「セレステ様。一つ忠告なのですが、僕の知っているエウロは自分の欲しいものを簡単に諦めるような男じゃありませんよ。」
そう言うとセレステは力なく笑った。それは何かを期待しているものなのか、それとも諦めの笑顔なのか、アキレスに思い計ることは難しいと思われた。
「アキレス様。どうかエウロをよろしくお願いします。あの方が無二の親友と呼ぶのはきっとあなただけですわ。」
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アキレスがセレステとの回想を終える頃、エウロギウスとアキレスはウォルグレイブ城と城下町を隔てる城壁の下に辿り着いていた。その壁は普通の人間ではそう簡単に乗り越える事の出来ない高い城壁だが、高さだけを考えれば魔法を行使できるアキレスとエウロギウスにとっては簡単に思えた。
城内へ侵入するため、アキレスとエウロギウスは前もって調査していたウォルグレイブの兵士の格好をし、その上から闇のなかに溶けやすい様に黒い大型のマントを羽織っている。
「結界が張ってあるね。まあ当然か。」
「どうする、アキレス。」
賊の侵入を防ぐために何重にも慎重に張り巡らされた結界を確認するアキレスにエウロギウスが小声で話しかける。しかしエウロギウスの視界は何者かの存在を横目に捉えていた。
「何者だっ!」
エウロギウスが数本の短剣を投げつける。しかしその短剣は空を切り、近くの木の幹に突き刺さった。だが、同じくマントを太腿の中央まで被った何者かが2人、アキレスとエウロギウスの前に現れた。
「女が2人。ここで何をしている。」
とエウロギウスが言った。どうやら太腿から下だけを目視し、対象を女性と判断した様だ。アキレスも「言われて見えれば。」と気づく。彼女たちはまだ少女の様に小柄だ。するとその1人が聞き覚えのある声でエウロギウスに言った。
「全く、エウロ。ここをどこだと思ってるの?あの堅固な城塞都市、ウォルグレイブよ?」
その少女が顔を覆っていたマントを取ると、アキレスはそれが先日会ったソフィアである事に気づいた。
「そ、ソフィア!?一体ここで何をしているっ?」
と出来るだけ小声でエウロギウスは叫ぶ。2人の少女達はアキレスとエウロギウスへ近寄ると声を潜めて話し始めた。
「決まってるじゃないっ。お姉様を助けるためよ!あんたに相談しようと思ったのに、潰れた夏の羽虫みたいに落ち込んでるんだから。だから自力でここまで来たのよっ!」
「つ、潰れた…?」
エウロギウスは若干目線を下に落とすと自責の念にかられ始める。確かにセレステを取り戻したいと思っているが、予定よりも早く旅立ってしまったセレステのために、一時だけでも自暴自棄になったことは否めなかった。
「それにアキレス様まで巻き込むだなんて!」
そう言ってソフィアは両手を胸の前で握るとアキレスの方を向いた。ソフィアの瞳は先日会った時のままキラキラと輝いている。それは夜の闇に爛々と目を光らせる猫の様だ。
「ソフィー、一緒にいる子は?」
「はい、アキレス様。この子はマギアでのお友達。ハヅキですわ。」
エウロギウスへの態度を一変させ、ソフィアがハキハキと話し始める。ハズキと呼ばれたその少女は、同じ様にマントの頭の覆いを取り、軽く無言で会釈した。その姿は東洋の出身を思わせる。短く耳元で切り揃えた髪と小柄なその容姿はまるで東の国に実在するとされる忍者の様だ。
「隠密活動にとても長けておりますので協力をお願いしましたの。」
ソフィアがそう言うとハヅキの頬が少しだけ赤くなった。
「それにしても4人での行動はまずい。少し作戦を立て直した方が良さそうだね。」
一同は城壁から退き、城下町の宿屋で作戦を練り直す事になった。
ここで登場するハヅキが第1部で登場したミツキとラミエラの異国編へと繋がる伏線となっていますが、まだプロットも書いてません!テヘッ。第2部はあとは添削してアップするだけでそろそろ第3部のプロット作りしなきゃと思う今日この頃です(焦)。応援よろしくお願いします。




