第13章 令嬢の婚約
「な、何か大事な話じゃなかったのかな?」
とアキレスが心配そうにエウロギウスに尋ねる。それに対し、エウロギウスは不機嫌そうに答えた。
「婚約の話であろう。」
「えっ、婚約?」
「そうだ。母上から聞かされている。この夏が終わる頃には嫁に行く事になっている。」
先ほどまで紅潮していたエウロギウスの頬は、焦燥に硬直している様に見える。マギア聖学院を先日卒業したセレステには、すぐに縁談の話が持ち上がっていたのだ。その話は驚く程速く勧められ、婚約の儀が既に予定されている。そのニュースを知らないエウロギウスではなかった。
「てっきり僕は、彼女は君の許嫁じゃないかと。」
とアキレスが言うと、前を歩くエウロギウスが足を止めた。
「隣国ウォルグレイブの王子だ。小国だが、王族との縁談は俺よりも優先されるのだろう。」
「政略結婚ってやつか…」
アキレスが不憫そうに呟く。
「好きなんだね、あの子のことが。とても優しくて素敵な人だもの。」
と言うとエウロギウスが再び顔を赤くして叫ぶ。
「そっ!そんなことはない!王族と言えど、どこの馬の骨ともしれん男に幼馴染をやれんだけだっ。」
「それは好きってことなのでは。」と思ったがアキレスは苦笑しながらエウロギウスを宥める。
「それにしても隣国ウォルグレイブか…かの吸血鬼伝説の国じゃないか。」
そうアキレスが尋ねるとエウロギウスが不思議そうな顔をして尋ねた。
「吸血鬼だと?」
「まあ迷信だと思うけど。ウォルグレイブは悪魔との契約を認める国だよ。古代に悪魔との契約を果たした王族のお陰で、今もその小国を守り通していると言われる堅固な国さ。ねえ、座学ちゃんとやってる?これ、政治だからね。君、教皇目指してるなら…」
と長くなりそうなアキレスの説教をエウロギウスの高笑いが遮る。
「フハハハハっ」
「え、何。今笑うところ?」
「それだアキレス!そんな正体不明の輩にセレステをやるわけにはいかないっ!」
エウロギウスがいつになく勝手に盛り上がっているが、アキレスが水を刺す。
「それにしてもあんだけいつも女遊びしてるのに、ちゃんと恋人がいたなんてね。」
だがエウロギウスにアキレスの皮肉は聞こえていない様だ。
「よし!決めたぞっ。」
と嫌な予感しかしない決意をエウロギウスが叫んだ所で、アキレスは続きを聞かずに今年の夏を過ごすはずの屋敷に向かって走り出した。
「お、おい待てアキレスっ!」
夕日に染まる空の下、エウロギウス邸の庭の森に、静かに夕闇が降りつつあった。




