第11章 サピエンティアのキメラ
ガルガーノでの一件から1年が過ぎた。季節は春を超え、初夏を迎えようとしている。サピエンティアの学生たちは夏の休暇へ向けて浮き足立っていた。無事、天使との眷属契約を終えたエウロギウスとアキレスは卒業へ向けて、最後の学生生活を謳歌している。
そして留学期間を終了したアスラは故郷の地へ帰路に着いていた。
エウロギウスの大天使ミカエルとの眷属契約のニュースからサピエンティアが落ち着きを取り戻していた頃、神学校の構内に変異怪物が出没する騒ぎが起きた。その度重なる事件に、死傷者が出始めたため早急に討伐の指令が下された。
そして運悪く変異怪物と構内で遭遇してしまったのはガブリエルだった。構内の実技演習場で、夜遅く自主練をしていたことが仇となった。
ガブリエルは、震える手を抑えながら頭の中で黙示録の詠唱を確認する。目前にはガブリエルの存在に気付いた変異怪物が暗闇の中で蠢いていた。
『も、黙示録の…ひっ…」
月光に照らされたその姿は巨大な獅子に山羊の様な角を左右から空中に伸ばした大型の変異怪物だった。その怪異で巨大な姿にガブリエルは凍りつく。
「お、お前なんかっ。お前なんかアスタロットに比べたら!」
そう自分に言い聞かせながらガブリエルは囚われそうになる恐怖を振り払った。続けて胸の上で十字を描く。だがそれに気付いたかの様に変異怪物の牙がガブリエルに迫った。咄嗟に交わすが、法衣を破られ、左脇を抉られる。
冷や汗を拭うガブリエルは、左脇の傷が致命傷ではないことを確認しながら回復魔法を唱える。
続けて最低限の止血を確認してから変異怪物へ向けて炎系の攻撃魔法を放った。見事に獅子の顔面に的中するが、眼前の獣は気怠くうだる様な咆哮を上げながら、再びガブリエルを見据える。だが、攻撃魔法と並行して唱えた移動速度を著しく低下させる魔法が見事に成功し、変異怪物の動きを止めていた。
そしてガブリエルは現時点での自身の最大の技を唱えた。
『黙示録の4。碧玉と赤瑪瑙の上に座せ、緑玉の虹よ、24人の殉教者よ。我が名は『神の言葉』。その白い衣を血潮で染め、金の冠と雷鳴を。七つの霊の灯火を燃やせ。』
すると空中に色とりどりの光の玉が複数出現し、その玉を繋ぐように雷光が走る。その電撃は全ての玉を紡ぎ終わった後、眼前の変異怪物に直撃した。獅子は再び獣の雄叫びを上げ、絶命して地面に崩れ落ちる。
(僕も、アキレス様みたいに…後続詠唱、やってみたいな…)
そう呟きながら、ガブリエルも自分の中の魔力が枯渇した事に気付き、そのまま地面に倒れた。
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翌日、病院のベッドの上でガブリエルは目を覚ました。身体は回復魔法のお陰で癒えている様だ。
「まだ魔力は完全に戻っていないだろうから、安静にね。」
気がつくと、アキレスとエウロギウスがベッドの横に立っている。アキレスは安堵した表情でガブリエルを見つめていた。
「全く無茶はいけないよ、ギャビー。すぐに助けを呼べばよかったのに。」
とアキレスが窘めた。
「こいつはあのガルガーノを生き抜いた男だ。あの程度の変異怪物、造作も無いだろう。」
エウロギウスが信頼に満ちた表情で笑いかける。彼の褒め言葉はガブリエルに自信を持たせた。
「気がついて良かった。それじゃあ僕たちは授業があるから、また来るよ。」
と言って2人は去って行った。ガブリエルはその背中を見ながら、ベッドの上で少しだけいつもよりも自分のことを誇らしく思うのだった。それから変異怪物事件を解決したのが新入生のガブリエルだったことから、サピエンティアに又しても神童が現れたことが噂になった。
「それにしても、サピエンティアの強力な結界はどうしたんだ?魔物なんて入る余地は無いだろう。」
「不穏だね。僕もイアオン先生達にもっと詳しい事情を探ってみるよ。」
「そうか。」と答えるエウロギウスは既に違う事に興味が移っている様だ。アキレスは次の授業への準備内容を、歩きながら再び確認する。
するとふとエウロギウスが言った。
「アキレス、今年の夏はお前を俺の実家へ連れて行くことに決めた。」
アキレスは少し間を置いて答えた。
「決めたって、僕の意思は?」
とアキレスが尋ねると、エウロギウスは不思議そうに答えた。
「お前の意思はこの場合重要なのか?」
そう言うとアキレスは思ったよりもあっさり承諾し、呆れたように微笑むのだった。
ガブリエルの活躍は立派に(?)青年に成長した姿で第1部の方でもご覧になれます。個人的には主役選抜をやったら1位を争いそうだなと思うのがギャビーことガブリエルです。




