北海道オブザデッド 7
みなみが半眼を向ける。
無言のまま。
助けにきたって人に、感謝の一言もない。
さすがにその態度はどうかと思う。
「おいおいみなみ……」
「本当の理由はなんですの?」
たしなめようとした俺をさえぎり、冷たい声で問いかけたりして。
ていうかアナタたち、仲間なんじゃないっすか?
「空港から救援要請がでたのよ。警察経由で自衛隊にね。あたしが先行したの」
にやにや笑いながら説明してくれる女性。
たしか藤原ステラさんだったかな。
ちょっと日本人離れしたファーストネームだけど、最近はそういう名前も珍しくない。
とはいえ、救援要請じたいは妙でも珍でもない。
むしろ出さない方がどうかしているだろう。
それに対応して自衛隊が動くのも、まあ普通に理解できる。
なんというか、おなじ日本とは思えない決断と行動の速さだけどね。
こういう危機を想定していたというより、幾度も実戦をくぐり抜けてきたような、手慣れた感じだ。
みなみが軽く頷く。
状況は理解した、ということだろうか。
「ステラがきていたなら、タイミングを合わせれば良かったですわ」
それでもふうとため息を吐いてしまうのは、俺と二人きりで、しんどい戦いをしなくてはいけなかったからだ。
倒しても倒しても押し寄せるゾンビってのは、ちょっとトラウマになっちゃうくらいのストレスなのである。
「合わせたわよ? だから、みなみがゾンビを全部ひきつけたタイミングで突入したんじゃない」
しれっとステラが応えた。
うん。
それはタイミングを合わせたんじゃないですね。
ただ単に、俺たちを囮に使っただけですね。
「…………」
にこやかに微笑みながらみなみが一歩近づく。
「みてたのかよ! 助けろよ!!」
それからおもむろに両手を伸ばし、ステラのほっぺを引っ張った。
びろーんと。
みなみさーん。
言葉言葉。
ガラが悪くなってますよー。
「いひゃいいひゃい! ひゃひゅへひゃへひょ!!」
なに言ってるか判らないけど、負けじとステラもみなみのほっぺたを引っ張る。
びろーんと。
「ひひまめんふぉ! へらっへはふへひ!!」
うん。
子供ですか?
アナタたちは本当に仲間ですか?
あと、超能力をもったどっかの組織の隊員として、その態度はちょっと違うんじゃないかなーと思うわけですよ。
ワタクシとしましてはね。
合流した自衛隊によって、空港にいた客たちは保護された。
まずは一安心といったところだが、状況としてはたいして良くなっていなかったりする。
ゾンビ発生の原因もわかっていないし、対症療法を続けているだけで抜本的な解決には至っていないからだ。
まあ、俺個人としては、そこまで大きな話をする以前の問題として、東京に帰る手段がない。
現状、これ以上の感染拡大を防ぐため、北海道という島そのものが封鎖されているらしい。
決断をしたのは首相だ。
えらく武断的な措置だけど、大丈夫なんだろうか。
支持率とか、それ系の部分で。
なにしろこの国の国民って、とにかく政府を叩きたい人が多いから。
それべつに政府の責任じゃないよねってことでも、まるで鬼の首を取ったように叩くのは、もはやマスコミのお家芸といっても良いくらいだ。
ともあれ、首相の英断もあって、ゾンビは北海道以外では発生していない。
本州では報道すらされてないだろうって、みなみも言っていた。
なんか、国民に知らされていない情報って、けっこうありそうだよね。
ゾンビといい、超能力者といい、いったいこの国はどうなってるんだろう。
「まともに考えて、都道府県を一つまるごと封鎖して騒ぎにならないわけがないんだけどな……」
「仕方がありませんわ。憶測はパニックを産むだけですもの」
俺の言葉に、みなみが肩をすくめてみせる。
なんというか、えらく達観してますなあ。
ホントに十七歳なんですか。
「報道もされない。ネットにも書き込めない。情報も拡散されない。とても二十一世紀とは思えないぜ」
「あんがいそんなものですわよ。与えられた自由なんて」
自分たちは自由に生きている、と、錯覚させる。
それが支配術というわけだ。
あるいは中国や北朝鮮の人々だって、他国の人間が考えるほど不自由な生活はしているとは思っていないかもしれない。
比べることができないからね。
情報を統制することで、余計なことを考えさせないようにする。
「この国は偽りの楽園ってか」
思わず吐き捨ててしまう。
「楽園というには、ぎすぎすしすぎていますけどね」
みなみの美しい顔に浮かぶのは苦笑だ。
景気はいっこうに良くならないし、若者の自殺は後を絶たないし、犯罪だってなくならないし、ブラック企業の数も減らない。
たしかに、これを楽園と呼ぶのはちょっと無理があるだろう。
「常識外のバケモノと戦わなくてはいけない世界よりは、幾分かはマシでしょうけどね」
ふふと笑う。
自嘲を込めて。
自分もまた化け物だ、とでもいうように。
それに対して、俺はかける言葉をもたなかった。
彼女の戦いぶりは、幾度もこの目で見ているから。
「これから、どうなるんだろう」
だから、口に出したのは慰めではなく、今後の展望についての質問だ。
「道外からきた人々については、北海道から退去してもらう感じですわね」
形の良い下顎に右手の指先をあて、小首をかしげるみなみ。
あざといくらいに可愛い。
なんつーか、反則だよな。
抜群のスタイルの美少女で、しかもものすげー強い超能力者とか。
「俺も?」
「ですわね。新千歳から政府専用機を飛ばす予定ですので、それに乗っていただくことになるかと」
もうなんにもいえないっすわ。
政府専用機ってのは、その名の通り日本国政府が所有する飛行機で、おもに政府要人の輸送とかに使われる。
空飛ぶ官邸って感じ。
一般人が乗る機会なんて、たぶん一生ない。
そういうのを動かせるってことは、つまりみなみが所属する組織というのは、ようするに日本政府とイコールなんだろう。
訊けないけどね。
こわすぎて。
「箝口令は敷かれますし、たぶん迷惑料って名目で口止め料がもらえますわ」
左手の人差し指と親指でわっかを作る。
とても生臭い。
「それでも喋っちゃったら?」
「確認する必要あります? それ」
「デスヨネー」
みなみの人の悪い笑みに、俺としては肩をすくめるしかない。
日本という国の国内に限定すれば、日本政府にできないことは何一つないのだ。超常現象的なことを除けば。
人間一人を物理的に消してしまうなど、一杯の水を飲み干すより簡単だろう。
「けど、すでに亡くなった人はどうするんだよ」
「大規模な事故とかがでっちあげられますわ」
「なるほど……」
申し訳ないが、死人を生き返らせる手段はないのだと言うみなみ。
どのくらいの数の人々が犠牲になったのか、俺には見当もつかない。ただ、百人や二百人って規模ではないのは明白だ。
大災害レベルである。
「……きついな」
アメリカかロシアの細菌兵器かもしれない、と、出会ったばかりの頃にみなみは言っていた。
つまり、このゾンビパニックは自然発生ではない。
幕の裏で笛を吹いているヤツがいるのだ。
なんのためにこんなことをしたのか。
いかな目的があって。
どのような正義があって、こんな蛮行を是としたのか。
ぎり、と、奥歯を噛みしめる。
べつに俺は正義派じゃない。
どちらかといえば自分勝手な方だろう。
けど、これはダメだ。
こんなことを許したら、俺という人間の価値はゼロになってしまう。
「責任は、とらせますわ」
肩に、白く美しい手が置かれる。
みなみの黒い瞳には、決然とした光がたゆたっていた。
が、それも一瞬のこと。
「まずは拓真さんを新千歳まで無事に送り届けませんと」
にっこりと笑う。
どうやら、まだ護衛は継続してくれるらしい。
「お世話をかけます」
つられるように俺も微笑した。