北海道オブザデッド 6
なんで空港の中にドラッグストアが?
と思うのは、昨今の中国人観光客の爆発的な増加を知らない人だけだろう。
雲霞の如く日本に押し寄せてくる彼らは、どういうわけかドラッグストアが大好きだ。
そしてものすごいまとめ買いをするのである。
爆買い、と、呼ばれている現象だ。
で、そういうことをされると日本人の客が迷惑するため、中国人専用のドラッグストアがあっちこっちに作られている。
商品名や説明も、もちろん中国語で書かれ、俺なんかにはちんぷんかんぷんだ。
函館空港のターミナルにも、当然のようにドラッグストアがある。
「ピストルは売ってませんわよ」
「こだわるなぁ」
こそこそと移動した俺たちが手に入れたのは、作業用の手袋とマスクだ。
手袋は手のひら側がゴムになっている頑丈なやつ。
とにかく滑らないのが大事。
マスクはまあ、気休めである。
なんかの間違いでゾンビの血とかが口に入ってしまわないように。
「よし。準備完了」
「害虫駆除の人みたいですわね」
手早く装備した俺に、みなみが微笑を向けた。
「だいたい一緒だろ」
肩をすくめてみせる。
できればゴーグルとかも欲しかった。
ゆっくり探せば見つかるかもしれないけど、さすがにそんな時間はない。
ふたたび移動して、俺はATMコーナーの奥に陣取る。
後衛の位置だ。
前衛はみなみ。
両手に光かがやく剣を握り、コルセットスカートと小さな帽子で決めた姿は、かなり控えめにいって格好良すぎる。
「準備完了ですわ」
「OK。おびき寄せる。さあこい! ゾンビ野郎ども!!」
俺の大声が空港ターミナルに響き渡った。
反応したゾンビが、のそりのそりとこちらへ向かってくる。
まだ少ない。
ポケットから取り出した携帯端末に、ドラッグストアから失敬したモバイルバッテリーを接続する。
ボリュームを最大にして奏でるのは、海外のロックバンドの曲だ。
「この状況で『We Will Rock You』ですか」
「まさか演歌ってわけにもいかないだろ?」
もちろんそんな音楽データは入ってないけど。
「ごもっともですわ」
「よし。集まってきたな」
見える範囲で十匹ほど。
どんどん増えている。
『Do it!!』
俺とみなみの声がはもった。
美少女の両手が閃くたびに、ゾンビどもが倒れてゆく。
一閃で一匹、二閃で二匹。
みなみの動作はどこまでも流れるように無駄がなく、まるで舞踊のようだった。
力強く、妖艶で、そして危険な剣の舞だ。
群がっていたゾンビが、たちまちのうちに一掃される。
「拓真さん」
「あいよ!」
声に応じて飛び出した俺が、倒れたゾンビの両足をひっつかんで遠くにぶん投げる。
もちろんたいした飛距離は出せないが。
みなみが戦うスペースが確保できればそれで良いのだ。
左右に積み重なってゆく死体。
みなみ自身も斬り殺したあとに蹴り飛ばしたりしてくれるので、俺の作業そのものはそんなに多くない。
ていうかこいつの脚力もすげーのな。
蹴られたゾンビが、ぴゅーって飛んでいくんだぜ。
マンガかコントかよって勢いで。
戦闘力の比較はちょっと可哀想になるほどだ。
ゾンビって結局、死なないのと力が強いのと咬まれたら感染するってくらいしか芸がないんだよな。
いやまあ、それだけでもすごい危険なんだけど、みなみの危険さはそんな次元じゃない。
まず速度がぜんぜん違う。
ゾンビが腕を振り上げて、振り下ろすまでの間に、彼女のPKブレイドは四匹くらい倒しちゃってるからね。
パワーだって引けをとってないし、持久力もすごいし。
やばいね。
超能力者。
戦闘開始から十分もしないのに、もう五十匹以上倒してるよ。
「とはいえ、そろそろ疲れてきましたわ」
第何波になるのか判らない攻勢を蹴散らし、ふうとみなみが息を吐いた。
俺もけっこう疲れた。
投げ捨てたゾンビは、十匹くらいかな。
最初は調子よくぶん投げてたんだけど、さすがに腕がぷるぷるしてきたよ。
「もうひとふんばりだ」
「だと良いんですが」
疲れた顔で笑い合う。
二階は静かなもんだ。
音を立てるなって、俺が大声で指示したからである。
とにかくゾンビがばらけていたら掃討できないし、戦力のない方に行かれても困ってしまうから。
「最悪、斬り破って逃げますわよ。運転は?」
「オートマだろ。まだ免許とってないけどできるよ」
ぼそぼそと交わす会話だ。
ぶっちゃけオートマチック車の運転なんて誰でもできる。
誰でもできるからこそ、高齢者ドライバーの事故が後を絶たないって側面もある。
公道を走る上で要求されるのは、絶倫の運転技能ではないからだ。
ルールを遵守し、周囲に気を配り、安全に運行できるか、ただそれだけなのである。
で、現在の道路状況は法令遵守とか、そういうのはまったく要求されない。
ルール無用で走らせて良いのだから、免許のない俺だって大丈夫だ。
「たぶん、あと十五分くらいしか戦えないと思いますわ」
曖昧な数字だが、こればかりは仕方ない。
ゲームみたいにパラメータがあるわけではないのだ。
体感で把握するしかないのである。
「ゾンビを全部倒せるか、微妙なラインだな」
残存のゾンビはおそらく百五十から二百といったところ。
一斉にわーって向かってくるわけではないので、延々と続く防衛戦をやってるような気分だ。
けっこーストレスである。
提案しておいてなんだが、こんなにしんどいとは思わなかったよ。
「ぎりぎりまで戦うというわけにはいきませんわ。余力のあるうちに逃げないと」
「だよな」
完全に消耗し尽くして、動けなくなってしまった逃げることなんかできない。
囲いを突破することも難しいだろう。
みなみはあと十五分といっているが、五分から七分くらい経過したら逃げ出した方が良いかもしれない。
客たちを完全に救出することはできないが、ある程度の数をこちらでひきつければ、かなり安全に脱出できるのではないか。
申し訳ないが、俺たちにできるのはここまでだ。
と、そんなことを考えいてたときである。
ターミナルビルのガラスが割れ、爆音とともにバイクが飛び込んできた。
漆黒にカラーリングされたホンダCRF250RALLYである。
唖然とする俺を尻目に、縦横に走り回る。
ボディに銀色で描かれた豚という飾り文字が眩しい。
ていうか、なんで豚?
他に格好いい漢字、いっぱいあるよね?
騎馬武者のように駈けるライダーの左手に、光り輝く槍のようなものがあらわれ、次々とゾンビの頭を吹き飛ばしてゆく。
まるでSFですね。
つーか、さっきまでの俺とみなみの悲壮感を返してほしいっすね。
ていうかあれ、みなみのPKブレイドの長いバージョンっぽくないっすかね。
「みなみ……?」
「仲間ですわ」
おずおずと訊ねる俺に、みなみが肩をすくめてみせた。
排気音が鳴り響き、ゾンビはのたのたとバイクを追いかけている。
もちろんスピードが違うので、まったく追いつけない。
ぎゅーんと引き離したあとにUターンし、加速しながら群れに突っ込む。
その際に左手の槍っぽいもので、頭をぶち抜くのだ。
二匹三匹とまとめて。
ていうか触れただけで頭がはじけてるように見える。
「えー なにそれー」
「PKランス。私たち量産型能力者のメイン攻撃手段ですわね。ブレイドは派生ですわ」
「そーなんですかー」
思わず返答も平坦になっちゃうよ。
なんなの。
この人がた。
「で、あれはポーク15の藤原ステラ」
「だから、なんで豚……」
なんだろう。
きっとコードネームとか、そういうやつだと思うんだけどさ。
もうちょっとセンスがあった方が良いと思うんだ。
豚はないでしょ。豚は。
「豚を舐めてはいけませんわ。拓真さん。美味しいんですのよ」
「知ってるよ! 好物だよ!」
トンカツも、生姜焼きも、なんなら豚汁も大好物ですよ。
ですがみなみさん。
そうじゃない。
そういうことじゃないんだよ。
不毛な会話をしている間にゾンビどもを一掃したバイクが、俺たちの前に停車する。
ヘルメットを脱ぎ素顔を晒したステラは、みなみに劣らないほど美人だった。
一本に縛った黒い髪。
黒曜石みたいに輝く切れ長の黒い瞳。
どことなくエキゾチックな印象だ。
「苦労してるみたいだから助けにきてあげたわよ。みなみ」
紅唇が鈴を鳴らすような声を紡ぐ。




