グルメの国、北海道
新千歳空港は、まさしく普段通りだった。
旅行客は多く、ビジネス客も溢れ、中国人観光客でごった返す。
日常だ。
道南で起こった悲劇など知らないかのように。
いや、事実として誰も知らないんだろうな。
数万の人が亡くなったなんて。
なんだろう。
なんかモヤモヤする。
ぎり、と、噛みしめる奥歯。
「そんなもんですわ。海外の紛争や内戦、難民のニュースをテレビで見ても、べつに気にも留めないでしょう?」
みなみが腰の後ろを叩いてくれた。
ぽむぽむと。
そうだ。
俺だってあっち側だったんだ。ほんの数日前まで。
世界中に溢れる不幸な出来事も、それどころか日本で起きる災害なども、対岸の火事でしかなかった。
日常が、こんな脆く壊れるような、薄氷の上に築き上げられているなんて、考えることもなかった。
他人の不幸せに同情していただけ。
いや、同情するふりをしていただけだ。
楽しそうに談笑する観光客たちを軽蔑する資格なんか、俺は持っていない。
「でも、私たちは守りましたわ。函館から避難する二十五名の命を、生活を、家族とともに生きる時間を」
微笑する美しい少女。
「ああ。そうだな」
その頭に手を乗せる。
守れなかった数の方がずっと多い。
俺たちはすべてを救うスーパーマンにはなれない。
けど、それでも。
「無駄ではなかった、よな」
「ええ。もちろん」
頭に乗せた手をとり、握るみなみ。
おいおい。
それは恋人繋ぎってやつじゃないですか。
「さあ、行きますわよ」
やたらと元気に歩き出す。
展望デッキへと向かって。
避難者たちを乗せた政府専用機を見送るためである。
あ、通常の滑走路から飛び立つわけじゃないんだよ。あれ。
隣接する航空自衛隊千歳基地から発進するんだ。
だから彼らを乗せたバスは、直接基地に乗り付けたし、俺たちもそちらに向かった。
任務じたいはそれでおしまい。
あとは自衛隊に引き継いだ。
森住さんは戦死の挨拶という謎の行為を仲間たちにしたあと、ステラと一緒にバイクを買いに行っちゃった。
べつに軽自動車で組織の本拠地に戻っても良いと思うんだけど、ステラとツーリングして帰るんだってさ。
本気でゆるゆるの組織である。
任務が終わったならとっとと帰ってこい、という感じではなく、五日間の慰労休暇がもらえた。
ちなみに、俺も同じである。
自由すぎかよ。超能力者集団。
で、俺とみなみは政府専用機を見送ろうってことになった。
仕事は終わったんだけど、なんとなく、避難者たちが無事に北海道から脱出するシーンを見たかったのだ。
締めくくりとしてね。
それで新千歳空港のターミナルに入って、なんともいえない気分になったって話さ。
行かなくても良い場所にわざわざ行ってモヤモヤしてるんだから、俺もたいがいめんどくさい人間である。
「函館もだいたい片づいたみたいですわね。掃討戦に移行したみたいですわ」
初夏の風に黒髪をなびかせながら、みなみが教えてくれる。
出現したリッチ(十五体もいたんだってさ)はすべて倒され、ゾンビもほぼ全滅したらしい。
いまは、取りこぼしがないか虱潰しにしているような感じなんだそうだ。
発生から三日目で決着。
はやいのかおそいのか、俺には判らないけど。
「首謀者は判ったのかな?」
「それはこれからですわ。おそらくアメリカでしょうけど」
「なぜアメリカ……」
「あの国の人は、ゾンビ大好きですから」
そんな馬鹿な。
たしかにゾンビ映画のほとんどはアメリカ産だけどさ。
なんぼなんでも、そんな理由だけで犯人にされたらたまったもんじゃないでしょう。
いちおう、アメリカって日本にとって一番の友人なんだからさ。
「あの国にとっての友人とは、利用価値のある存在という意味ですわよ」
「どぎついっすね。みなみさん」
「それほどでもありませんわ」
「べつに褒めてないから」
彼方へと去ってゆく空飛ぶ首相官邸を眺めながら軽口を交わす。
犯人を推測したところで無意味だ。
ここでできるのはせいぜいが推理合戦でしかない上に、俺たちは真相究明の任務に就いていない。
かなり良くいっても、野次馬によるゲスの勘ぐりでしかないのである。
俺たちにとってのゾンビパンデミックは、終わったのだ。
「いっちまったなー」
「乗りたかったですか? 拓真さん」
「そうでもないかな」
量産型能力者になっていなければ政府専用機に乗って東京に帰ることができた、ということはない。
俺は咬まれたからね。
行き先は被害者の共同墓地だったろうさ。
これまでの生活は捨てなきゃいけないけど、いま生きていられることを喜ぼう。
それに、こんな可愛い師匠兼相棒ができたしね。
「ではそろそろいきまますか。拓真さん?」
「ん? 本拠地へ?」
「五日も休暇があるのに、どうして急いで帰らなくてはなりませんの?」
ませんのっていわれたって。
他に行き先なんかないじゃん。
きょとんとする俺に、みなみが盛大なため息を吐いた。
はぁぁぁぁ、と。
可哀想な人を見る目で見るのはやめたまえよ。みなみさん。
「そもそも、拓真さんはなにしに北海道にきたのですか?」
「そりゃ観光……あ!」
「せっかくの休暇ですもの。あちこちまわりましょう」
「まじで! ていうかみなみも一緒にきてくれんのっ!?」
びっくりだ。
いやまあ、相棒だからさ。
基本的にはいつでも一緒なんだけどさ。
「私と一緒じゃお嫌ですか? 拓真さん」
「ばっかみなみ。ばっかみなみ。最高に決まってんじゃん」
間髪入れずに切り返す。
憧れの北海道を美少女と回る。
最高にして最強ですよ。
みたか非リアどもって感じですよ。
「五日もあるなら、けっこう足を伸ばせますわよ」
ガッツポーズを決める俺を見ながら、くすくすとみなみが笑う。
なぜか少しだけ嬉しそうに。
楽しそうではなく嬉しそう?
不思議な感じだ。
「知床行ってみたい」
世界自然遺産である。
すごく有名な場所なのだが、北海道の中でもかなり端の方にあるから、今回の旅行では無理かなーと思って諦めたのだ。
しかし、五日もあるなら不可能ではないだろう。
「いいですけど、べつに何もありませんわよ?」
ターミナル内を歩きながら、簡易作戦会議だ。
なにしろこの北の大地は、無目的に動き回るには広すぎる。
「いやいや。『何もない』があるんだよ」
「なんですの? それは」
きゃいきゃいと騒ぎながら。
ついさっきまで、観光客を冷めた目で見ていた俺が、この堕落っぷりである。
さすが魔性の大地、北海道。
「稚内もいいかもなー 日本最北端の地!」
「ですから、そこも何もありませんって」
どうしてそんな場所に行きたがるのか判らないって顔だ。
いやまあ俺も、旅情的なものは判らないんですけどね。
「どうせなら別海に行きませんか?」
「どこそれ?」
聞いたことのない地名だ。
みなみが勧めるくらいだから、きっとなにか名産があるんだろうけど。
「北海シマエビって知ってます?」
「いんにゃ。寡聞にして知らないかな」
海産物か。
たしかに、北海道にきて海の幸を食べなかったら嘘だよね。
「海のルビーともいわれる超絶おいしいエビですわ」
「ほほう!」
ものすごく美味しいんだけど、同時にものすごく足も早くて、本当の味を知りたいなら現地に行くしかないという。
一口で言って幻の美味ってヤツだ。
これはときめく。
場所は野付湾。
漁期は、まさにいま、初夏が旬の時期だ。
「私も一度しか食べたことがありませんが、いままで食べてきたエビは偽物なんだと確信いたしましたわ」
「なにそれすごい」
北海道の、しかも海の町に住んでいるみなみにそこまでいわせる北海シマエビ。
なにものだよ。
なまら食べたくなってきた。
よし。目的地は決まりだ。
エビ食いに行こう。
「でもその前に、戦いの疲れを癒しませんと」
そうだった。
今日は朝から激戦につぐ激戦。
八雲から新千歳の移動で休めたから多少は回復したとはいえ、疲れていることにはかわりないのだ。
「札幌で一泊しましょう。どう動くにしても一番便利な場所ですから」
北の拠点都市だ。
東西南北いずれに向かうにしても、ここを起点するのが良いらしい。
そして観光客向けに多くのグルメが展開している味覚都市でもある。
「いいねえ。今夜の晩ご飯もたのしみだ」
営業車みたいな白い軽自動車に乗り込む。
こいつも、戦いの最初から一緒にいる頼もしい相棒だ。
一緒に観光行こうぜ。
ぶろん、と、景気の良い音を立ててエンジンが始動する。
まかせとけ、とでもいうように。
「食事の良さそうな温泉旅館、とれましたわよ」
携帯端末をいじりながら、助手席のみなみが報告してくれる。
「仕事はやいね! みなみさん」
笑いながらシフトレバーをDに入れる。
そーういえば俺、無免許だったね。
いまさらだけど。
滑るように走り出す軽自動車。
少しだけ傾きかけた太陽が、旅の始まりを祝福している。
「あ……」
「ん? どした?」
「一部屋しかとりませんでしたわ。いいですわよね。相棒ですし」
「……そっすねー」
いろいろ忍耐を強いられる旅にはなりそうだけどね!
最後までお付き合いありがとうございます。
これにて終幕です。
またいつの日か、文の間でお会いしましょう。




