怪物の国、北海道 8
「吸血鬼ってのは、本来、享楽的で飽きっぽいものなのよ」
CRFのスタンドを立てたステラが近づいてきた。
ライダースーツはぼろぼろで、白い肌があちこち覗いている。
激戦を物語るような格好だ。
「なにをじろじろ見てるんですの」
「いてててっ」
みなみに尻をつねられた。
なんでだよ。
戦士に男とか女とか関係ないんじゃなかったのか。
「なにすんだよ!」
「べつにー ですわ」
ぷいっと横を向く。
謎の美少女戦士である。
「ともあれ、吸血鬼の習性としては、とくにおかしくはないわけよ」
「そうなのか?」
なぜかくすくすと笑いながら解説するステラ。
こいつも意味不明である。
下僕吸血鬼が自分の欲望に忠実だって話は前にも聞いた。
自己肥大化が急速に進み、欲望をコントロールできなくなるって。
だからその習性を利用して、俺は田所を倒したわけだ。
「急に巨大な力を持つと、人間はけっこう自制心を失ってしまうものなのですわ」
みなみが口を挟む。
機嫌は直ったらしい。なんなんだ。いったい。
「あたしたち量産型能力者も、じつはそんなにかわらないのよ」
肩をすくめてみせるのはステラだ。
急に力を持った、という意味において、俺たちと下僕吸血鬼に差違は存在しない。
薬を飲んだか吸血されたかって違いには、じつはそんなに意味はないのである。
人間ってのは増長するイキモノだ。
どぎつい例えを出せば、学校でいじめを受けている少年がある日突然、超能力を持ってしまったらどうなるか、という話である。
そりゃあ加害者に報復するだろう。
普通の人間なんて、空手の有段者だろうが訓練を受けた軍人だろうが、よちよち歩きの幼児と大差ない。量産型能力者や下僕吸血鬼からみたら。
ハナクソをほじりながらだって殺せるのだ。
しかも現行の法律で超能力を裁くことはできない。
サイコキネシスで首をねじ切ってやりましたよ、なーんていったって、警察は信じないし逮捕もできない。
仮に逮捕したところで、立証もできない。
裁くことも掣肘することも不可能な超人なのである。
「だからこそ霊薬の運用には細心の注意が必要なのですわ」
みなみも頷く。
非道をおこなわないか、人格的に安定しているか、力に溺れないか、そういうのを見極めた上で薬を与えるのだ。
俺もまた、みなみが認めてくれたから量産型能力者になった。
しかもなお、それで試験が終わったわけではない。
師匠となり相棒となった先輩量産型能力者が、その責任において後輩を導かなくてはいけないし、不適格と判断したらその手で始末しなくてはいけない。
「厳しい世界だよな」
「力を持つ者の義務ですわね。いずれ拓真さんにも霊薬が渡されるかと思いますわ」
一人前になったら、と、付け加える。
うへえ。やだなあ。
他人の生殺与奪の全権なんて、握りたくないんですけど。
「ちなみに、そうやって霊薬を持つのを拒否る不覚悟者も、少なくはありませんわ」
顔色を読んだのか、みなみが笑った。
あ、持たないってことも可能なのか。
けどなー。
それはそれで後悔しそうだよなー。
誰かが死にかかっているとき、それを救う手段を持っていたかもしれないって思えば。
うーむ。
難しい!
「まあ、いますぐという話じゃないさ。拓真くん」
ぽんぽんと肩を叩いた森住二曹が、にかっと笑う。
あんたも俺と同じ立場なんだよ?
判ってる?
バスが出発する。
前をCRFに、後ろを軽自動車に守られながら。
新千歳空港を目指して。
あ、すごくどうでも良い情報なんだけど、出発前に服を調達しました。
接近戦に参加しなかった富士松三尉たちはともかくとして、量産型能力者たちの服はぼろぼろだったから。
さすがにこの格好で新千歳空港に入ったら、悪目立ちしすぎる。
そんなわけで二交代で八雲町のしま○らまで走って、人に見られてもおかくしない程度の服装に着替えてきた。
俺やみなみ、ステラだけでなく、森住さんまで。
あんたは予備の野戦服があるじゃん。
なんて思ったんだけど、彼はもう自衛官じゃないんだそうだ。
量産型能力者になった時点で、扱いとしては戦死。
俺と同じで、公的には死者なのである。
当然のように、原隊に復帰することはできない。
習慣で二曹って呼んでたけど、この呼称は間違いで、いまはただの森住さんだ。そしていずれ量産型能力者部隊の森住さんとなる。
だもんだから、いつまでも自衛隊の戦闘服ってわけにはいかないため、俺と似たようなカジュアルな夏服姿となった。
ステラは涼しげなブラウスをまとったパンツスタイル。
わりと身体にぴったりとしたデザインで、スタイルの良さが際立っている。
一方みなみは、出会ったときのようなフレアスカートとふんわりとしたサマーニットで、ちょっとお嬢様風のコーデだ。
ふたりともべっぴんさんだから、似合うこと似合うこと。
モデルですよっていわれても、そんなに違和感はない。
まあ、そんなこんなで戦闘終了から出発まで一時間くらいかかっちゃったけど、いまさら分秒を惜しんでも仕方ない。
「襲われたら対応できないって事実は動きませんし」
「だよなー」
助手席のみなみが笑い、ハンドルを握った俺が頷いた。
量産型能力者四人の精神力はほぼ限界で、サイコキネシスはほとんど使えない。
自衛隊の弾薬も残り少ない。
ゾンビの数匹くらいなら問題ないけど、リッチとか出たら詰みだ。
そんな状況で取り繕ったところで意味はないからね。
もう襲撃はないものと仮定して、悠然と構えておく方が精神衛生上も良いってもんさ。
「長万部を越えたら警戒区域外ですわ」
「そこから先は、普通に人がいるってことだな」
「ですわ」
ゾンビうごめく異世界から、ようやっと人間社会に帰ってこれるというわけだ。
もちろん、こちら側で勝手に決めた線引きにゾンビどもが従う理由はない。
それでも長万部より先が警戒区域でないのには、ちゃんとした理由があるそうだ。
リッチやゾンビの発生は自然現象ではないから。
何者かが、なんらかの目的をもってやったこと。
誰がどういう目的でって部分は、残念ながら俺の知るところではないが、まったくなんの計画性もなくやったことのわけはないってくらいは判る。
計算も、満たすべき戦略目標もあるだろう。
それを逆算した結果、守る側も道南地方一帯を守備するって方針をとった。
まあ読み合いっすね。
おそらくは函館が狙いだろうなーってことくらいは、俺程度でも理解できるけど。
空港とか駅とかサービスエリアにゾンビが湧いたのは、交通を麻痺させるためだろうしね。
「……拓真さん。すごいですわね」
「ん? なにが?」
「全然なんの情報もないのに……」
いやいや。
起きてることから、帰納法的に推理は構築できるじゃん。
なんにもない状態から予測しろいわれたら不可能だけどさ。
すでにことは起きていて、そこから逆算して目的を推測してるだけだから、たいして威張れるようなもんじゃない。
後出しじゃんけんで勝ってるようなもんである。
現実をみれば、俺たちは避難者のうち十人以上を犠牲にしてしまっている。
そしてその中には、田所ジジイはどうでも良いとしても、国岡さんだって含まれるのだ。
勝ちどころか、思いっきり負け戦だろう。
「ほえー……」
感心したような目を向けるみなみさん。
じゃっかん、憧れの成分が含まれているのに気付き、俺は苦笑した。
もしかして、みなみの組織に頭脳派はいないのだろうか。
「尊敬いたしますわ」
「有珠山のサービスエリアで休憩と給油でいいんだよな?」
すこし面はゆくなって、俺は話題を変えた。
「ええ。さすがに燃料を入れませんと、人も車も参ってしまいますもの」
「まったくだ」
軽自動車の燃料ゲージは、もう三分の一を割り込んでいる。
この二日半で、ずいぶんと走ったものだ。
ついでに、俺の腹だってけっこうすいてる。
朝食べたきりだからね。
「有珠サービスエリアの名物は、伊達黄金豚を使ったメニューですわ」
なんとも魅惑的なお名前である。
いまから楽しみだ。
北海道旅行はこうでなくてはいけない。
「うん。世の中は肉だよな」
「世界は肉欲に満ち満ちていますわ」
くだらないことをいって笑い合う。
初夏の北海道。
午後の日差しが降り注ぐ道央自動車道を、快調に俺たちは飛ばしてゆく。




