怪物の国、北海道 1
カーミラ。
かなり有名な吸血鬼である。
ただ、ドラキュラやノスフェラトゥなどとは異なり、あんまり映像化はされてない。
たくさん映画とか作られてたら、特撮好きの俺としてはしっかりチェックできてたんだけど。
みなみが吸血鬼にさらわれてしまった。
すぐにでも追いかけたいが、状況がそれを許さない。
周囲のゾンビは、まだまだ掃いて捨てるほどいるのだ。
ステラと森住さん、あと自衛隊の三人だけではさすがに捌ききれないだろう。
さっきはつい勢いで飛び出しそうになったけどね。
国岡さんにも託されたんだ。
避難者たちを無事に脱出させないといけないのである。
それを疎かにして救出に向かったりしたら、みなみは俺を許さないだろうし、俺も俺を許せない。
俺たちは戦士だ。まあ、俺は成り立てだけどさ、戦えるってことは死ぬ覚悟を定めるってこと。
みなみを助けるために、避難者たちを見捨てることは許されないのだ。
「一段落したら助けに向かって。拓真」
にもかかわらず、ステラが言った。
さすがに今すぐに、ではない。
「具体的には、のこり七十を切ったら、あとは俺たちでなんとかする」
森住さんが笑う。
それって、あと三十匹弱を倒したらってことじゃん。
すぐじゃん。
「全部やっつけたあとに全員で助けに行くのが確実だが、そうもいかないしな」
俺の顔色を読んだのか、森住さんが付け加えた。
量産型能力者にしても自衛隊にしても任務があり、優先順位というものがある。
さらわれた同僚の救出というのは、残念ながら優先度は低い。
まずは避難者たちを新千歳空港まで護送しなくてはならないのだ。
「けど、拓真は自衛官でもあたしたちの組織の人間でもないからね」
PKランスでゾンビを二、三匹まとめて串刺しにしたステラが片目をつぶってみせる。
なんだよ。その論理のアクロバットは。
たしかに俺は、みなみに拾われただけの民間人にすぎないよ。まだ。
そしてみなみが誘拐されたいま、命令系統が存在しない唯一の存在ではあるんだ。
だけど、常識的に考えれば自衛隊なりステラなりの指揮下にはいるのが順当だと思いますけどね!
「知らないわよ。拓真を量産型能力者にしたのはあたしじゃないし」
「んだ。自衛隊は排他的な組織だからな。よくわからん素人がいても邪魔なだけだし」
口々に偽悪的なことを言うふたり。
まったく。
気をつかいすぎじゃね?
「……わかったよ。三十匹。五分で倒すぜ」
挿入した沈黙に百万の感謝を隠して、俺はPKミツタダを構えなおした。
「五分? 時間かけすぎ」
「三分で充分さ」
にやりと笑ったステラと二曹もペースをあげる。
PKランスとPKナックルを輝かせて。
バスからの援護射撃もあり、避難者たちの安全はなんとか確保されつつある。
ゾンビの数は確実に少なくなっている。
また大量に涌くとか、そういう不測の事態が起きないかぎり、まず大丈夫だろう。
「拓真くん。そろそろ行ってくれ」
「了解だ」
「五号線方面に向かったってことまでしか判らないわ」
ステラのセリフだ。
うん。
俺にもそこまでしか見えなかった。
パノラマ館から見おろす噴火湾。
その手前を走るのが国道五号線である。
つまり真っ直ぐいっても海しかないから、カーミラは右か左に曲がったことになる。
札幌方面か、函館方面か。
「ただの勘だけど、札幌方面だと思うわ」
「ああ。俺もそう思うぜ」
頷いてみせた。
函館方面の混乱は終息に向かいつつある。ということは、そっち側からは自衛隊の戦闘部隊が近づいてる可能性があるってこと。
たぶんもう七飯町くらいまできてるんじゃないかな。
ここ八雲まで、あと町をひとつ挟んだだけだ。
女吸血鬼カーミラとしても、大部隊との戦闘は避けたいだろうからね。
「え? まあ、そういう考えもあるわよね」
なんだかステラが歯切れ悪い。
森住さんも苦笑してるし。
「単純に、澪町に近づきたくないだろうって思っただけなんだけどね」
「知らないってのは怖ろしいもんだ」
わけわからん。
なんでその澪とかいう町に近づきたくないって話になるんだよ。
特別な事情でもあるのか?
けどまあ、そこはどうでも良いさ。
俺の予想とステラと森住さんの予想が一致してる。そこが大事なんだから。
「じゃあいってくる。俺たちを待たずに出発してくれ」
行きがけの駄賃でゾンビを斬り捨て、俺は大きく跳躍して坂を駆け下りる。
左腕は、もう治っているようだ。
空と噴火湾の青。
宝石のような夏とは、よくいったものである。
芝生を蹴り、ぐんぐんと加速してゆく身体。
ほんと、こんな良い景色のなかで怪物退治とか、なにやってんだろうね。
超戦士になったりとか、パートナーが誘拐されたりとか。
ちょっと観光の領域を飛び出しちゃってるよ。
「みなみ。無事でいてくれよ」
おっといけない。
つい口に出しちゃった。
せっかく、おどけた思考で不安を消してるのに。
カーミラはみなみを誘拐した。
これは殺すつもりがないってこと。
殺すならあの場で殺してるだろうからね。
ただし、それが永続的なものなのかどうかは、まったく保証の限りじゃない。
吸血鬼のやることだもの。
気まぐれで、さくっと殺しちゃうかもしれないんだ。
それに、命があれば無事ってわけじゃない。
俺たち量産型能力者は吸血されてもたぶん吸血鬼化はしないと思うんだけど、ひどいことをされちゃう可能性だってあるし。
なにしろ相手はカーミラだから!
女吸血鬼カーミラがあんまり映像化されてないっていったけど、あれじつは理由があるんだよ。
なんというか、百合百合しいの。
ものすげーレズっぽいの。
モノとしては一八〇〇年代初頭の作品なんだけどさ。そりゃ理解されないさ。
今のご時世だったら、むしろ人気出ちゃうかもだけどね。
じっさい、あのカーミラもみなみのことをえろい目で見てたし。
ゆるさんっ!
ゆるさんぞっ!!
一分ほどで国道五号線に出る。
右に曲がれば函館方面。左に曲がれば札幌・長万部方面だ。
俺は躊躇なく左に曲がる。
と、ごくわずかに進んだところで、ある建物が目に入った。
温泉ホテルだ。
それ自体は妙でも珍でもない。
なにしろこの北海道は、内包する百七十九市町村すべてに温泉がある。
八雲町にだっていくつも存在してる。
有名なのは銀婚湯かな。
数百年前から湧いてるっていう名湯で、名前の由来は開業が大正天皇の銀婚式の日だったからとか。
ちなみに銀婚式ってのは、結婚二十五周年記念ね。
俺の目を惹いたのは、国道沿いに建つ温泉ホテル『遊楽亭』だ。
たぶん結婚式とかもできるようになってるんじゃないかな。
ショーウィンドウにウェディングドレスが飾ってある。
これが気になったのだ。
まったくただの勘でしかないんだけど、カーミラってこういうドレスとがすごく好きそう。
自分で着るというより、女の子に着せたがるっていうか。
愛でて喜ぶっていうか。
そういう雰囲気があった。
そしてみなみは、ぶっちゃけお人形さんみたいに可愛い。
ステラは大陸的な、どっちかっていうと活動的でエキゾチックな美人だけど、みなみは楚々とした感じのきれいさだから、いろいろ着飾らせてみたいって気持ちは痛いほど判る。
こんな場合じゃなかったら、俺だって服を見立ててみたいもの。
「……いってみるか。他に手がかりがあるわけじゃないし」
呟いて、俺は足を向けた。
ホテルの入口に人の気配はない。
自動ドアも、問題なく開いた。
これで入口が壊されていたりしたら判りやすかったんだけどな。
慎重に館内を進む。
気配読みとか、できたら便利なんだけどなあ。
「……ぃゃっ」
きこえた。
みなみの声。
なんかやたら色っぽい感じだったけど、そこは無視する。
「あっちか!!」
廊下を駆け、式場らしき場所の扉を蹴破った。




