ゲームというには生臭すぎる 8
かなり鋭い太刀筋だったが、女は軽くいなす。
素手で!
いやいや。
おかしいだろ。
俺のPKミツタダでもみなみのPKブレイドでも良いけど、人間の身体くらいならほとんど抵抗もなくすぱすぱ斬れるんだ。
手で弾いたりなんかしたら、その手が斬れちゃうって。
「くっ!」
二転三転と蜻蛉を切って距離を取るみなみ。
「たかが量産型が、背後をとったくらいでなにを調子に乗っておるのやら……」
なにやら言いつのろうとした女が、セリフを途中でやめる。
そして、みなみをじろじろ見た。
すげー舐めるように。
ていうか、じっさい舌なめずりしてるし。
やばいよやばいよ。やばい人だよ。
「汝、なかなか可愛らしいのう」
「敵に褒められてもたいして嬉しくありませんわ」
PKブレイドを構えたまま、じりじりと間合いを計る。
あぶない人なのは置いておいても、なんか気になることを言ってたな。この女。
たかが量産型って。
それってようするに量産型能力者のことを知ってるってことだよな。
で、量産型じゃない能力者もいるってことかい?
情報に詳しすぎるな。
どう考えても。
「妾とくるがよい。娘」
無造作に踏み出す。
「お断りですわ」
進んだ分の距離を、みなみが取る
強敵である。
それ以上に、得体がしれない。
吸血鬼だというのは判ったが、それ以外の部分がさっぱりだ。
動いた。
それはまるで、フィルムのコマが突然飛んだかのように。
みなみの目の前に出現する。
まじか。
俺にも見えなかった。
十数メートルの間合いは、もちろん俺たちにとって一瞬の距離だ。
それでも動きを捉えるのが量産型能力者なのである。
「くっ!?」
「遅いのう。やはり量産型は量産型よの」
「ぐ……」
慌てて跳びさがろうとしたみなみの腹部に、女の右手が突き刺さった。
「か……は……っ」
形の良い唇から、声と鮮血がこぼれる。
くたりと脱力した身体を女が抱きかかえた。
お姫様抱っこだが、そういうのは俺の役割であって欲しいね!
巨大な危機感を軽薄な思考で無理矢理に上書きして、俺は飛び出す。
「みなみを離せ!!」
避難者の列を守る殿軍が薄くなってしまうが、そこは森住さんに任せるしかない。
というより、正直なにも考えていなかった。
みなみは俺の相棒だ。
最優先の救援対象なのだ。
ほとんど一挙動で女に迫る。
「下僕よ。汝れが相手をしてやるがよい」
「ははっ!」
立ちふさがる田所。
ふざけんな。
てめえ、どんだけ俺たちの足を引っ張れば気が済むんだよ。
もはや容赦は無用だ。
PKミツタダで斬りかかる。
「ガキが」
ふ、と冷笑を浮かべた田所の右回し蹴りが俺の側頭部を襲った。
「なっ!?」
ぎりぎり左腕でガードするが、ばきりという音が響く。
脳天まで激痛が突き抜ける。
まずい。
一撃で骨を折られた!?
衝撃に逆らわずに跳び、なんとか足から着地した。
「なんで……!?」
でっぷり肥えたオッサンの動きじゃないだろ。いまの。
左腕が急速に修復してゆく。
単純骨折だ。五分もあれば治る。
自分に言い聞かせる。痛みは無視だ。
「量産型能力者っていうんだってな。ガキ。すげえ自信満々だけど、能力者の中では最低ランクらしいじゃねえか」
田所が唇を歪めた。
覗く犬歯。
牙っていって良いくらいまで肥大化したそれは、まさに吸血鬼だ。
「吸血鬼化したのか……田所……」
「年長者には敬語で話せよ。ガキ」
ふざけろ。
お前に敬語を使うくらいだったら、そのへんを歩いてるアリさんに尊敬語で話しかけた方がマシってもんだぜ。
「拓真。気をつけて。下僕吸血鬼の基礎能力は量産型能力者より上よ」
ステラがアドバイスをくれる。
ゾンビどもを打ち減らしながら。
くそう。
そっちも手一杯だよな。
バスに群がっていたゾンビは自衛隊とみなみである程度は片付けたっぽいけど、パノラマ館から出てきたヤツと合わせたら、まだまだ百近くはいる。
森住さんにしてもステラにしても、俺を援護する余裕はない。
むしろ、俺が抜けたことで戦況は悪くなりつつあるのだ。
「ガキをのしたら、おめえを可愛がってやるからな。良い身体の姉ちゃんよう」
「……あと、欲望に忠実になって自制がきかなくなるわ」
「そうみたいだな」
ふん、と、俺は鼻を鳴らした。
「十代の女の子に可愛がってやるとか。歳を考えろよ田所。ニックネームはロリコロにしてやろうか?」
煽ってやる。
「殺してやるぞ! ガキが!」
掴みかかってきた。
たしかに速い。
けど、見えないほどじゃない。
「おう。怖い怖い」
思い切りバカにした口調で言って、ひらりと身をかわす。
OK。
まだ完全にチカラを使いこなしてないな。
「触られたら、ロリコンが感染するじゃねえか。やめてくれよ」
「ガキが!」
蹴る殴るの猛攻だが、PKミツタダで危なげなく捌く。
たしかに能力者として考えたら、量産型能力者は一段か二段おちるのかもしれない。
けどな。こちとらゾンビ発生からずっと戦ってんだ。
なりたてになんて負けない。
文字通り一日の長がある。
左腕はまだ修復しないけど、右腕一本でもなんとか戦える。
「妾は行くゆえ。汝れはこの者どもを片付けよ」
ひらりと宙に舞う女。
追いかけたいけど、田所が邪魔すぎる。
とーんとーんと、まるで月面でも歩くかのように去ってゆく。
国道五号線方面に。
「くそ! どけよ! ロリコロ!!」
「うるせえ死ね! ガキ!!」
口汚く相手を罵りながら、俺と田所は戦い続ける。
得物がある分だけ俺の方が有利だが、身体能力ではオッサン吸血鬼の方が上。なかなか決着がつかない。
というのも、腕を斬り飛ばしたくらいではたいしてダメージを与えられないのだ。
斬り飛ばされた腕が地面に触れる前に霧化して、すぐ生えてくる。
無茶苦茶である。
俺たちには、そんな回復力はない。
初撃で折られた腕はまだ動かないし。
「吸血鬼が昼間に動き回るんじゃねえよ!!」
伝説に語られる吸血鬼は、けっこう弱点が多いんだけどね。
後ろから聞こえるステラのアドバイスでは、どうやらほとんどが嘘らしい。
吸血鬼を倒す方法は、心臓に杭を打つ。
まあ杭でなくても良くて、ようするに心臓を破壊すれば殺せるらしい。
ていうか、心臓を破壊したらたいていの生物は死ぬよね。で、それ以外だとすぐに再生してしまうそうだ。
ゾンビも頭を潰さないかぎり動き続けるけど、決定的な違いは再生するかどうかだろうな。
両手両足を斬り飛ばしてしまえば、死んでなくてもゾンビはもう何もできない。
移動が不可能になるからね。
「俺に指図するな! ガキの分際で!」
田所がいきり立っている。
人間やめたくせに、やたらと年齢を気にするなあ。
あと、女性蔑視も強いし。
もともとそういう人間なんだろうけど、欲望が解放されてよりどぎつくなってるってことなんだろうな。
しかし、自分で気付いてるのかね。こいつ。
自分のご主人様が、差別している女だってことに。
「ん? あれ?」
これ使えないかな?
たしか下僕は主人に逆らえない。
なんらかの制約がかかってるってステラが言ってた。
じゃあ悪口を言ったり逆らおうとしたらどうなるんだろう。
試してみるか。
「女の指図でガキと戦ってるクセに、何えらそうなこといってんだよ。ロリコロ」
「ああ! だれが女の指図なんか受けぐっ!?」
何か言おうとした田所が苦しみはじめる。
よし。はまった。
欲望に忠実なら、不用意に主人を軽んじるかもと思ったんだ。
まして女性だしね。
「お、お許しくださいっ! カーミラさま!! いまのは違うんです!!」
虚空に向かって詫びはじめる。
隙だらけだ。
「あばよロリコロ。貴重な情報をありがとう」
すっと接近した俺が、PKミツタダで田所の胸を貫いた。
「げぶ……あれ……しょんな……?」
なんか良く判らないことを言いながら、さらさらと砂になってゆく。
吸血鬼になっちゃったら、死体は残らないんだそうだ。
そこだけはある意味で、ゾンビよりはいいかもな。
ともあれ、敵の名前は判った。
女吸血鬼カーミラ、と。




