北海道オブザデッド 2
新函館北斗駅の構内にも、当然のようにゾンビがうろうろしていた。
「ホームの中だけってことは、そりゃないよな」
「あたりまえですわ。むしろホームは余波ですわね」
みなみが肩をすくめてみせる。
順番として、ホームにゾンビがなだれこんできたのはあとの方になるらしい。
なるほど。
俺は頷いた。
「つまりそれは、乗客がゾンビのウィルス的なもの持ち込んだわけじゃないってことだな」
呟きとともに。
にやりと笑うみなみ。
せっかくの美少女なのだから、せめてにっこりと笑えばいいのに。
「あんがい鋭いですわね。拓真さん」
もし本州からの乗客から感染がスタートしているなら、むしろホームが騒動の中心になる。
なにしろ玄関口だから。
けど、みなみは余波と言った。
それは二つの事象を指し示しているはずだ。
ひとつはいま言ったように、新幹線の到着ホームがスタート地点ではないということ。
そしてもうひとつは、彼女にはある程度までの状況把握ができているということだ。
はっきりいって普通ではない。
こんな事態になっているのに状況把握とか、普通は不可能だ。
アホみたいな戦闘力といい、本当にみなみは何者なのだろう?
「まずはここを突破して車に戻りますわよ。話はそれからで」
ちらりと俺の方を見てから、みなみは視線を転じる。
構内をうろうろしていたゾンビどもが、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「一気に駆け抜けますわ。遅れないでくださいね」
ふたたび右手に現れる光の剣。
かっこいい。
俺も欲しい。
「了解」
「GOですわ」
言うが早いか駆け出す。
剣を振るうのは最小限。前方にたちはだかるゾンビの首を斬り飛ばすときだけだ。
つーか威力おかしいよね。
そんだけ強かったら全部倒せるんじゃね?
「いちいち相手にするのは足止めされてるのと同じですわ。いずれは囲まれて押し潰されてしまいますわよ」
俺の顔色を読んだのか、走りながらみなみが解説してくれる。
衆寡敵せず、というそうだ。
なんだかんだいっても、結局、数が多い方が勝つという意味らしい。
身も蓋もないっすね。
一撃でゾンビをやっつける剣と、全力疾走の俺と並んでにこやかに話せるような身体能力をもった超能力者が。
「PKは万能のチカラではありませんのよ。使えば当たり前のように疲れますし、永遠に戦い続けるというわけにもいきませんし」
えらくクレバーな考え方をする。
もし俺が超能力とか使えたら、調子に乗ってばんばん使ってしまいそうだ。
つーか、こんな状況で平静を保てる自信がない。
なんでこんな高校生くらいの女の子が、こんなに冷静なんだろう。
「慣れですわ。私たちは多勢に無勢の戦いばかりですもの」
わけのわからないことを言いながら、今度はエスカレーターを駆けおりる。
ホームは一階、改札は二階、そしてもちろん出入り口は一階だ。
「くぅ! 土産物屋に寄りたかったなあ!」
「止めはしませんが、店員も逃げ出したかゾンビになってるでしょうから、なにも買えませんわよ」
もっともだ。
さすがに勝手に持っていってしまうのはまずいだろう。
武器とか、いずれ調達しないといけないかもしれないし、身を守るために必要な処置だろうけど、土産物を盗むというのはちょっと違うと思う。
「こっちですわ」
土産物屋の横を駆け抜け、立体駐車場を目指す。
「車?」
いまさらのように疑問を抱く。
どこをどう見ても、みなみは免許を持っている年齢とは思えない。
「私は超法規的存在ですわ。超能力者ですもの」
「どんな理屈だよ」
立体駐車場は二階建てで、屋上も駐車スペースである。
もっとも、冬期間は屋上を使うことはできないらしい。
さすが北海道だ。
各フロアの移動はエレベーターだが、非常階段も設置されている。
俺とみなみが使ったのは後者だ。
さっきも言ったけど、この状況でエレベーターなんて自殺行為でしかない。
「屋上ですわ」
「一階も二階もガラガラなのに、なんで屋上に停めたのか」
謎すぎる。
ていうか走りっぱなしで疲れた。
「一階だとゾンビに悪戯されるかもしれませんもの」
しれっと応えるみなみ。
たしかにそれはあるかもしれない。
奴らがどういう判断基準で襲いかかってくるか判らない。いや、そもそも判断しているかどうかすら疑問だ。
「動いてるものか、音か……」
「あるいは生命反応という可能性もありますわ」
俺の呟きにみなみがかぶせていう。
えらくSFっぽい解釈だが、否定するだけの要素を俺は持っていない。
なにしろ超能力者すらいるしね!
ここに!
「そろそろゴールですわよ。拓真さん」
やがて二人は屋上の駐車スペースに到着する。
ゾンビは、いなかった。
思わず俺はほっと息を吐く。
「逃げ切ったか……」
「油断は禁物ですわ。車の影とかに潜んでいるかもしれませんわよ」
注意深く左右に視線を配りながら、みなみが進んでゆく。
白い軽自動車へと。
「……うん。なんかこれじゃない」
「なにがですの?」
「ピンチに現れた超能力少女が駆るマシンが、営業車みたいな白い軽って、どうかと思うんだ」
たとえばでかい四輪駆動車とか、ごついRV車とか、いろいろあるとおもうわけですよ。
なんで軽自動車さ。
「期待に添えず申し訳ありませんが、税金で購入する公用車ですので、イメージに合わせるわけにはいきませんわ」
肩をすくめてみせるみなみ。
公用車?
役人なのか?
いや、でも、高校生を使っている役所なんてあるわけがないし、無免許の高校生に車を預ける公的機関はもっとないだろう。
本気で何者なんだ? こいつ。
「乗ってくださいまし」
「あ、ああ」
促され、助手席に乗り込んだ。
横を見れば、みなみがインカムを装着している。
無線かな?
「こちらポーク12。本部応答願います」
なにやら通信をはじめた。
ポークなんちゃらってのはコードネーム的なやつだろうか。
ていうかなんで豚肉?
「やはり新函館北斗駅は全滅ですね。民間人をひとり保護しました。連れて帰っても? ダメ? ですよねー」
あれ?
もしかして俺の身柄的な話だろうか。
本部とやらに連れて帰ってはもらえないっぽい。
まあ、連れて行かれても困るんだけど。
「独断で先行せよですか。わかりました。さしあたり函館空港に向かいます」
なんかお嬢様っぽい口調じゃなくて、普通に話してるよね。
なんで俺の前ではあんな話し方なんだろう。
キャラ付け?
どうでも良いことを考えていると、通信を終えたみなみがこちらを向く。
なんとも言えない表情で。
「拓真さん。残念ながら貴方を私たちの組織で保護することはできませんわ」
「あ、ああ。そうだろうな」
超能力者とかいるような組織だもの。
絶対まともなものじゃないよね。
悪の秘密結社とか、そういうやつだったとしても俺はべつに驚かないよ。
「JRでの北海道脱出はもう不可能ですので、空港までお送りしますわ」
「そのへんに捨てられるよりはずっとマシさ。助かるよ」
アメリカンな仕草で俺は肩をすくめてみせた。
どう考えても、みなみは一般人じゃない。
目立たない軽自動車を使っているのだって、逆に納得できる。
新函館北斗駅に現れたのだって、たぶん調査とか確認が目的なんだろう。俺を助けてくれたのは、ついでというよりも、不測の事態だ。
本来であれば助ける理由もないのである。
ゾンビに食われるなり野垂れ死ぬなり、好きにしろっていったところだろう。
「さすがにそんなことはしませんわ。ただ、私たちも何が起きているのかちゃんと把握できていないんですの。アメリカかロシアの生物兵器かもしれませんし。そんな状況で拓真さんを本部に連れていっても危険なだけだろう、という判断ですわ」
むしろ北海道から脱出させた方が良い、と。
なんだか、えらく恩情ある組織である。
たまたま助けた民間人に、そこまで世話を焼いてくれるなんて。
「お節介焼きの集合体ですから。で、私が拓真さんの護衛ということになりましたわ」
「自由だな! その組織!」
思わずつっこんじゃう俺だった。