ホラー VS SF 7
気持ちよかーっ!
温泉、気持ちよかーっ!!
ホテル内の温泉である。ここで涌いているわけでしなく、『せせらぎ温泉』というところから運んできているらしいが、でもそんなの関係ねえ。
気持ちいいもんはいいのである。
昨日は風呂にも入れなかったしね。
俺も日本人のご多分に漏れず、毎日風呂に入りたい派閥だ。
海外に行ったら、けっこう苦労することだろう。
「しかし、君が超能力者になってしまうとはね」
タオルを頭にのせた国岡さんが話しかけてくる。
大浴場なので、ちまちま一人ずつ入るってことはない。
ただまあ、完全に油断することもできないので、一階ロビーには見張りが立っている。
もちろん、そう簡単にゾンビどもは侵入できないだろうけどね。
正面玄関以外は、すべてバリケードを組んで潰してある。
そして正面も、装甲車をでーんと横付けさせて塞いだ。
見張りは、あくまでも念のためだ。
「選択の余地がなかったですからねー」
ふいー、と、息を吐きながら応える。
いや、何十倍にも強化された俺の肉体は、疲労をまったく感じてはいないんだけどさ。
気持ちよさに負けちゃってる感じ。
生きるか死ぬか。
前者を選んだとしても、今まで通りには生きられない。
それは当たり前のことだ。
たとえば交通事故とかで大怪我をしたとして、足を切断しなくては助からないって条件を突き付けられた場合、どうするかって話である。
俺の場合、それが量産型能力者になるってことだった。
「でも、人生の選択なんて、そんなもんなんじゃないですかね」
百かゼロかを選べるわけじゃない。
ちょっとでもマシな方を選ぶだけだ。
「そう割り切れる君を、尊敬するよ」
国岡さんの表情はほろ苦い。
彼の人生にも、いろいろあったんだろうなぁ。
「若造だからですよ。後先考えずに突き進めるのは」
「その若さを羨んでいるのだよ」
苦笑を交わし合う。
俺もいつか、この選択を悔やむかもしれない。
いや、たぶん悔やむんだろうな。
けどさ、この状況で戦う力を得たってのは大きいと思う。
守られたり、逃げまどうだけのモブにならずに済むから。
休憩室のマッサージチェアを楽しんでいると、みなみがやってきた。
風呂あがり、色っぽいです。
「私たちにマッサージは必要ありませんわよ」
「気分の問題だって」
肩が凝ったり筋肉痛になったり、そういうのとは無縁の肉体を手に入れたのだ。
森住二曹でなくたってうらやましがるだろう。
「しっかし、あのくそ不味い薬を飲んだだけで、こうも変わるとはねえ」
「人間をやめるのは、けっこう簡単なものですわ。石の仮面をかぶったくらいでやめられるんですもの」
「その例えはどうかと思うなぁ」
ヤツだって、それなりの覚悟を決めて人間をやめたと思うよ。うん。
「ちなみに霊薬の味については、ものすごく不満は出ておりますが、改善するための研究はされてないようですわ」
「そりゃまたどうして?」
「どうせ一生に一回しか飲まないんだから味なんかどうでも良いだろう、だそうですわ」
「みなみの組織って、大雑把すぎじゃね?」
「否定はしませんわ」
隊員の一人に過ぎない自分に霊薬を持たせておくくらいだから、と、笑う。
ホントね。
どういう組織なんだか。
「いまはまだお教えできないのですわ」
「判ってる。試用期間ってことだよな」
「申し訳ありませんが」
殊勝に頭を下げるみなみだが、じつはその意味って重いし深い。
俺の生殺与奪の全権は彼女が握っているということ。
もしこの力を悪用したり、不適格だと判断された場合には、みなみは容赦なく俺を殺すだろう。
たぶんそれが、力を持つ者の責任なのだ。
ゆるゆるの割には、妙なところはしっかりと締める。
本気で謎の組織である。
「さて、そろそろ参りましょうか。お風呂に入れてあげないと、ステラや二曹が拗ねてしまいますわ」
「邪魔すんなって怒られるかもだけどな」
よっとマッサージチェアから立ちあがる。
いまロビーで見張っているのは、森住さんとステラだ。
彼としてはステラに気に入られるために、様々な工作をしているに違いない。
量産型能力者になりたいっていう動機は、とってもとっても不純である。
そんなんでローラクできるか、はなはだ疑問だ。
「汗くさい体で睦み合いたいものなどおりませんわ」
「そりゃそうか」
明けて、翌日のことだ。
やはり自衛隊からは、これ以上の支援は望めないらしい。
函館の戦況は一進一退を続けており、人も物も出すだけの余裕はない、とのことだった。
なかなかに厳しい。
俺たちとしては、手持ちの物資を使って新千歳空港を目指すしかないわけだ。
「バスを失敬するしかないだろうね」
国岡さんの言葉である。
ベッドで一晩眠ってすっきり、とまではいかないが、だいぶ疲労は抜けていた。
「問題は、キーですよね」
反対意見は出ず、話はすぐに技術論に移る。
調べてみなくては判らないが、駐車場の車は施錠されていると考えたほうが良い。
キーがなくては動かせないのだ。
俺には無理だけど、自衛官なら配線の知識とかあるかもしれないから、直結って方法もあるが、これは本当に最終手段である。
そもそも、バイクならともかく電装品まみれの四輪の直結が可能かどうか。
「まずはキーを差しっぱなしで逃げた車を探しましょう」
隊長さんが言って、簡易作戦会議の席を立つ。
探索は二チーム。
俺とみなみ。ステラと森住二曹。
残りの自衛官三名は、ホテルで避難客十七名を守る。
ちなみに森住さんは熱烈に志願した。
点数を稼ぐ気まんまんである。
あ、そうだ。俺がもらった自動小銃は返却したよ。
結局、一回も撃たなかったなあ。
「マイクロバスでも良いですわよね」
「だな。運転手いれて十八人乗れれば良いんだから」
みなみと話ながら一階へと向かう。
そして、見た。
ロビーをうろつくゾンビどもを。
「なんで!?」
慌てて鞘を払い、引き抜いたナイフを逆手に構える。
「拓真。装甲車がひっくり返されてる」
素早く観察したステラが教えてくれた。
まってまって。
なんで奴らに、そんな知性が残ってるんだよ。
入口を塞いでいる装甲車をなんとかすれば、ホテルにはいることができる。そしてこういう妨害を設けているってことは、ホテルには人がいる。
そういう類推って、生きてる人間なら誰でもできることだ。
しかし、こいつらは動く屍なのだ。知性などとっくに失っているはず。
「はずとべきで立てた作戦は必ず失敗する。良い証左だな」
ため息を吐いた森住さんが突撃銃を構えた。
まったくである。
ゾンビには知性はないはず、作戦行動は取れないはず。
こっちの都合にあわせて動いてはくれない。
「夜に侵入されるよりマシですわ」
ふんと鼻を鳴らしたみなみ。
右手にPKブレイドがあらわれる。
「斬り破りますわよ」
「それは良いんだけど、臭いがきつくなってきたなあ」
「発生から二昼夜ですもの。どんどん腐っていきますわ」
「欲しくない情報を、ありがとう」
シニカルに笑い合った俺とみなみが飛び出す。
コンバットナイフとPKブレイドが閃き、ゾンビどもの頭を破壊した。
ぶしゃっ! と、なにか飛び散る。
きちゃない。
あとでまた風呂に入らないときついね。これは。
「外に引っ張り出すわ」
「OK」
ステラと森住さんも、協力しあいながらゾンビを誘導しようと試みる。
ロビーにいるのは二十から三十といったところ。
できれば外で倒したいって気持ちは判る。
けど、これはもうダメだね。
ロビーは使い物にならない。
死体を外に捨てて水で洗い流したくらいでは臭いは消えないだろう。
「バスが見つかり次第、すぐに出発ということですわね」
「最悪、ずっとホテルに隠れていれば良い、とも思ったんだけどね」
「そうは問屋が卸さないということですわ」
「せちがらい世の中だ」
背中合わせになり、次々に迫りくるゾンビを斬り捨てていく。
臭いよう。




