ホラー VS SF 5
「不味っ! なにこれまっずっ!!」
口に入ってきた液体は、ものすごい味だった。
馬糞とか食べたらきっとこんな味なんじゃないかな。
もちろん食べたことなんかないけどね!
これから死んでいくってときに、なんでこんな苦行をしないといけないのか。
ひと思いに殺してくれよ。
「吐き出さない。飲み込んで」
みなみに口と鼻を押さえられる。
拷問ですかっ!
息できない!
ごっくんと飲み込む。
うぐぇ……。
死ぬ前に、死ぬほどの苦痛を味わうとか。
ひどすぎるよ。みなみさん。
まあ良い……これでラクに……。
ラクに……?
あれ?
咬まれたところの痛みが消えていく?
おそるおそる右肩に視線を送れば、ごっそりと咬み千切られ骨まで見えていたはずの傷口が治りつつある。
え?
なにこれなにこれ!?
「効き始めましたわね。もう大丈夫ですわ」
俺を支えていたみなみが微笑し、ゆっくりと体を横たえてくれる。
飲まされたのは毒ではなかったのか。
あるいはハイポーションとかエリクサーとか、ファンタジーな感じの薬だったとか。
これでゾンビにならずに済むのだろうか。
「うらやましい。ねたましい」
近寄ってきた森住二曹が、なぜかげしげしと俺の体を蹴ってくる。
「ひっどっ! 怪我人になにするんですか!」
「怪我人? だれが?」
すげー意地悪そうな森住さんの顔だ。
もちろん俺って応えようとして気付いた。どこも痛くない。
咬まれたところも、森住二曹に蹴られた場所も。
「まじか……」
左手で傷口に触れてみる。
「っ! 触ると少し痛いか……」
けど、ほとんど完治している。
「どうなってんだこりゃ……?」
「おめでとう。拓真くん。きみも量産型能力者の仲間入りだ。うらやましいっ ねたましいっ」
そしてまた蹴ろうとする森住さん。
何度も喰らってたまるか。
一挙動で跳ね起きた俺は、ひょーいひょーいと回避する。
て、俺の動きやばくない?
途中から本気で当てようとしてきた自衛官の蹴りが、スローモーションに見える。
「ためしに受けてみろ」
「あ、はい」
右回し蹴りを左腕でガード。
がす、と、かなりいい音がしたけど、はっきりいって蚊が刺したほども効いてない。
普通だったら間違いなく吹き飛ばされているだろう。
そのくらいスピードとパワーの乗った蹴りだった。
「それが量産型能力者の身体能力ですわ」
みなみが説明してくれた。
つまり俺は彼女と同じ超能力者になったということか。
「なんとまあ……」
ちょっと語彙力を失っちゃうね。
ただ、ゾンビになるよりは十億倍くらいマシだろう。
みなみが訊いた死ぬ覚悟というのは、こういうことなんだね。
「つまり、俺はもう東京には帰れない」
「はい。公的には事故死した人のひとりに数えられることになりますわ」
ゾンビパンデミックなどは起こっていないから、大規模な死亡事故がでっち上げられる、と、すでに説明を受けている。
俺はそれで死んだことになる。
仕方のないことだ。
超能力者が、ほいほいって東京に帰るわけにはいかない。
犯罪し放題だもの。
「いいなー 拓真くんいいなー」
森住さんが悔しがっている。
子供かよ。
「俺も量産型能力者になりたい!」
みなみにすがるような目を向けたりして。
なんつーかあれだ、おやつが欲しくて尻尾をぶんぶん振り回してる犬。
そんな感じ。
「申し訳ありませんが二曹。私たちが持っている霊薬は一人一本のみなのですわ」
「ううう。俺がゾンビの死体を処理すれば良かった」
まあ、そうなったら咬まれたのは森住さんだろうから、霊薬とやらを飲んで量産型能力者になったのは彼だったろう。
もっともその場合は俺が周辺警戒って話になるから、どう考えても役割分担としてありえないけどね。
単純労働は、最も芸のない俺が担当するべきだろうし。
「ともあれ、私が拓真さんの師であり相棒ということになりましたわ」
「というと?」
「私たちが持つたった一本の霊薬。それを誰に与えるかは私たちの判断に委ねられています。ただし、飲ませた以上は責任を持たなくてはならないのですわ」
もし俺がこの力を使って悪いことをしようとしたら、みなみの責任において始末する、ということだ。
「厳しいな」
「それが力を持つ者の責任ですわ」
「肝に銘じるよ」
神妙な表情で頷く。
「でも、こんな美少女が師匠で相棒なんてサイコー! って思ってるクセに」
森住二曹が混ぜ返した。
うん。
べつに否定する気はないけどさ。すこしばかりひがみ過ぎじゃないすっか? あんた。
ホテル内の偵察をする前に、少しだけ訓練することになった。
どのくらい動けるか掴んでおかないと、いざというときに役に立たないからね。
外に出る。
あちこちにゾンビの死体が散らばっている以外は、まったく平和な光景だ。
「ごく単純に、走ってみてくださいな」
そういってみなみが指さすのは、三百メートルほど離れた場所にある信号である。
「全力で?」
「ええ。あの信号で折り返して、ここまで戻ってきてください。それで自分の力が、だいたい把握できるかと」
「そんなもんかね」
クラウチングスタートの構えをとる。
全力と言ったからね。
「いきますわよ」
ぱん、と、みなみが手を拍った。
その瞬間、俺は飛び出す。
あるいは獲物を狙う猫科の猛獣のように。
景色が後ろに吹き飛んでゆく。
速い。
体感では、さっきまで使っていた軽自動車よりはるかに速い。
時速百キロくらい?
ん。まだ出せるな。
さらに足を速める。
みるみるうちに近づいてくる信号を掴んでUターンする。
えらく景気のいい音を立てて信号柱がひしゃげた。
ありゃ。
ごめんなさい。
内心で謝りながらさらに地面を蹴る。
まだだ。
もっともっと加速できる。
大きなストライド。
姿勢はできるだけ低く。
「はい。お疲れさまでした」
「ぐえっ!?」
良い調子でみなみの横を駆け抜けようとした俺を、細い右手が抱きとめた。
いや、そんな可愛いもんじゃないか。
胴ラリアットみたいな感じである。
体が真っ二つになるかと思ったわ!
「いや、なるけどな? 普通に考えたら」
森住さんが笑ってる。
後半くらいは時速で百八十キロくらい出ていたらしい。
そんな速度でぶつかったら、どうなるかって話だ。
ぐえ、で、済んじゃうのが量産型能力者なのである。
「まだいけそうでしょう?」
「んだなー こんな短い距離だと、ぜんぜん加速できないや」
往復六百メートルは、正直にいって短すぎる。
せめてこの倍は走りたい。
息のひとつも乱れていないのだ。
文字通りの意味で、準備運動にもなりゃしない。
「いーなーっ 拓真くん良いなーっ!」
「森住さんそればっかりですね」
「だってよう」
とか前置いて、量産型能力者のカタログスペックを教えてくれる。
百メートルを遅い者でも四秒で走り抜け、垂直跳びでは簡単に五メートルを記録し、フルマラソンを走った程度ではとくに疲労を感じない。
風邪だの皮膚炎だのといった軽い病気にはかからなくなり、即死以外の怪我は、二、三日もあれば完治しちゃうから、そう滅多に死ななくなる。
加えて、体は戦士として最も理想的な状態が勝手に維持され、ぶっちゃけいくら食べても太らない。
力だって、時速百八十キロで突進してくる俺を、みなみが右腕一本で軽々と受け止めちゃうくらいだ。
「俺だって量産型能力者になりたい!」
「あ、はい」
気持ちは良く判る。
けど、魂の叫びをあげるな。
「ステラがまだ霊薬を使ってませんわよ?」
「よし! 良いこときいた!」
余計な情報を渡すみなみに、ガッツポーズを決める森住さん。
「もう一声。もう一声なんかないか? ステーキおごるから。みなみちゃん」
「あの子はバイク好きですわ。一緒にツーリングに行く相手がいないと常々なげいております」
「それだ!」
ステーキで売られるステラさんであった。
ひどい同僚である。




