ホラー VS SF 3
夜というのは人間の領域ではない。
だからこそ人は灯りをつけ、闇を払おうとするのだ。
本能的に暗がりを怖れるから。
「電気ってありがたいもんだよなぁ」
「そうですわね。停電などが起きると実感しますわ。私たちがどれだけ電気に頼っているか」
夜の闇を見はるかして呟いた俺に、みなみが応えてくれた。
午後九時。
俺たち二人が最初の見張りだ。
寝るにはまだはやい時間だけど、異常事態の連続に、けっこうみんな参ってしまっている。
そして、寝るといってもちゃんとした寝具があるわけでもない。
床やベンチの上に雑魚寝である。
どれだけ疲れが取れるか、正直かなり厳しいラインだと思う。
「ベッドとはいかないまでも、せめてソファでもあればいいのですが」
疲れ果てた様子の人々に視線を送り、みなみがため息を吐く。
七月の北海道は東京のように暑くないが、逆にいえば朝晩は冷えるのだ。
肌掛けくらいないと風邪を引く人もいるだろう。
「もし、さ」
「はい?」
「車両が用意できなかったら、いっそ新函館北斗駅を目指さないか?」
提案してみる。
いつまでも道の駅にはいられない。
宿泊施設ではないため、避難者の体力は消耗する一方だから。
「たしかに、駅の横に大きなホテルがありますわね」
かるく頷くみなみ。
あそこなら彼らを休ませることができる。
「問題は、いるかどうかだけどな。やつらが」
駅の中はゾンビに占拠されていたが、立体駐車場は大丈夫だった。
ホテルに関しては見ていないため判らない。
当然、偵察は必要になるだろう。
「それでも、道の駅にカンヅメってよりはマシなんじゃねーかなーと」
「賛成ですわ。ただ、問題は移動ですわね」
「だよなあ……」
新函館北斗駅と『なないろ・ななえ』は、ざっと三キロほど離れている。
歩きなら一時間近くかかるだろう。
お年寄りもいるこの状況で、さすがに徒歩移動は選択できない。
となれば、ピストン輸送しか方法はないことになる。
官民あわせて二十四名。
軽自動車と装甲車、バイクをフルに使えば二往復か。
先発組と後発組に護衛戦力を分けないといけないから、けっこうチームわけが難しい。
「あーでも、先に偵察かー」
がりがりと頭をかき回す。
みなみが微笑した。
「拓真さん、軍師みたいですわね」
「軍師て」
えらく古風な言い回しである。
たぶん、今の世の中にそんな人はいない。
「いえいえ。私たちがいるのですから、軍師くらいいてもおかしくありませんわ」
「なんてこった。軍師と超能力者は同列に扱われるもんなのか」
「希少価値的に」
笑い合う。
なんだかなー。
ゾンビパニックがなくて、みなみが超能力者なんかじゃなかったら、ふつーに交際したいよなー。
あ、でもその場合は、出会うわけがないのか。
うまくいかないものでござる。
事態が落ち着いたら、連絡とか取り合えるのかな。
いやいや。
まてまて俺。
これは吊り橋効果だ。
たぶん政府の特殊機関とかに所属してるんだぞ。こいつは。
まともに恋愛とかできるわけねーじゃん。
むしろ俺、消されるじゃん。
「拓真さん?」
「みなみのことは誰にもいいませんから、殺さないでください」
両手をすりあわせたりして。
「申し訳ありません。まったく理解不能ですわ。なんでいきなり命乞いをはじめるのですか」
「ノリと勢い」
うん。
まさか脳内妄想の結果だとはいえない。
「まあ、喋ったら殺しますけどね?」
「怖いわっ!」
ふつうに怖いよ。この美少女。
漫才みたいな会話を繰り広げながら、ちらりと時計を見た。
そろそろ午前零時になろうとしている。
第二班に交代の時間だ。
朝六時。
とっくに太陽は顔を出し、周囲は明るくなっている。
最後の見張り当番であるステラと森住二曹が、まだ眠っている人々を起こしてまわる。
といっても、それはほとんどいない。
不安のままに一夜を過ごしたのだ。
眠ったとしてもうとうとする程度で、熟睡からはほど遠いだろう。
俺も五時過ぎには目を醒ましており、みなみと一緒に斜向かいのコンビニまで食料調達にいってきたところだ。
二十四人の所帯である。
けっこう大量に必要になるのだ。
で、いまは女性陣がせっせと朝ご飯の支度をしている。
電気も水道もガスも使えるしちゃんとした厨房もあるから、ちゃんとしたご飯が用意できるのである。
ただし、補給のそのものはないので、いつかは物資が尽きてしまう。
そうなる前に日常を取り戻したいところだ。
「拓真さんには、いくら丼ですわ」
「ありがてぇありがてぇ」
まずは腹ごしらえ。
暗くて寒くて空腹だと、人間の思考は悪い方悪い方へと流れてしまう。
生き抜くためにも、しっかり食っておかねば。
そして、食ったら作戦会議である。
新函館北斗駅に隣接したホテルへ移動しよう、という俺のアイデアは、全員一致で可決された。
道の駅に籠もっていてもジリ貧だからだ。
現在、鉄道は止まっていて復旧の目処は立っていない。
それでも、動きさえすれば新千歳まで一本で移動することができる。過大な期待は禁物だが、新幹線が回復すればそのまま本州に戻れる可能性だってある。
駅の近くにいるというのは、そう悪い判断ではない。
ただし、新函館北斗の駅にはまだゾンビがうじゃうじゃいる。
ホテルの中はどうなっているか判らない。
ゾンビのいないところへ逃げるのではなく、いるところへ向かうのだから、けっこう勇気が必要だ。
「それでも、くるかこないか判らない救援をただ待っているよりはずっと良いだろうね」
そういって俺のアイデアを強力に支持してくれたのは国岡さんである。
ていうかリーダーシップあるなあ。
冷静だし決断力も行動力もあるし。
たぶん、だからこそ田所のジジイはこの人が気に入らなかったんだろうね。
自分が一番でないと気が済まないタイプだもん。あいつ。
ある意味で、ヤツは功労者といえる。
国岡さんのリーダーシップを認めない不平分子を、まとめて連れて行ってくれたわけだから。
残った俺たちは、ごく自然に国岡さんをチームリーダーとして仰いでいる。
自衛官の人たちも、彼の冷静さに一目置いているようだ。
「ただ、偵察は必要だと思うんですよね」
「問題は人選だろうね」
「俺が行きますよ。言い出しっぺですし」
とくに気負いもなく、危険な任務に志願する。
こういうのって押し付け合いになったらギスギスするからね。
人間関係が悪くなると、そこから崩壊しちゃうんだ。
たいていのゾンビ映画でも。
ので、俺としては危険な仕事も率先してやろうと思ったのさ。
若い衆が頑張ってる、というのをみせることで、年配の人たちも諦めないでほしいからね。
もちろん、俺だけで偵察なんてできるわけがない。
一緒に行くのは二人。
みなみと森住二曹だ。
ステラは自衛官三人とともに、みんなを守る。
戦力を二分することになってしまうけど、こればっかりは仕方ない。
「それじゃ、さっそく行きますかね」
ペットボトルのお茶を飲み干し、俺は立ちあがる。
朝ご飯を作ってくれた女性陣を見ていて思ったんだけど、どんどん動いた方が良い。
じっとしてるから余計なことを考えるのだ。
できることをやっていた方が気も紛れるし、なにより身体を動かせば脳細胞だって活性化する。
「拓真くん。これを」
近づいてきた自衛官が、俺に自動小銃を渡してくれる。
この人は富士松三等陸尉。
俺たちを新千歳空港まで移送する自衛隊の隊長さんだ。
ていうか、民間人に火器を持たせるなよ。
「隊長さん。俺は……」
「使い方は森住が教える。持っていきなさい」
習ったって、急には当たるようにならないと思うけどなぁ。
でも、これも気遣いなのだろう。
危地に徒手空拳で送り出すというのは、たしかに気が引けるからね。
「まあ、私がいるのですから、拓真さんも森住二曹も戦うことはないでしょうけどね」
ふふんと胸をそらすみなみ。
うん。
それは事実だろうけど、いろいろ台無しすぎる。




